第73話 権之丞、傾き者の誇り
歌舞伎の話、そして新芸能のはなしの
完結編です。
「『同年同月同日に生まれることを得ずとも、
同年同月同日に死せん事を願わん!』
――――――どうだ?」
知り合いの傾き者、蔵太夫がきいてくる。
―――――うーん?
セリフは問題ないんだがな。
………なんか違う。
どうとは言えんが、何かが足りない。
そこのところは…………
「広郷のセンセイ、どうだろう?
………何かが足りん気がするんだが。」
あのちっこい小僧の連れてきたセンセイに尋ねる。
―――何でも"演出家"というやつらしい。
"能"の中でも少し過激な一派の者を
わざわざ頼み込んで来てもらったらしい。
「――――――そうですねぇ。
この場面は『魂の同志』とも言える者に出会った、
人生最良の一瞬です。
…………もう少し、魂の底から
歓びの声をあげる様に出来ませんか?」
センセイが改めるべき所を教えてくれる。
感情を、歓びを演技にのせろか。
ただ、吠えているだけでは駄目なのだな。
――――――――ただ、吠えているだけ………か。
オレたちは何をしていたんだろうな?
派手で勇ましい装いに身を包み、
人とは違う態をしてその姿を誇る。
大きく豪勢な武具を担ぎ、
それを振り回して武勇を世に魅せる。
何でも出来る気がした。
最高に傾いているつもりだった。
だが、
『気がした』だけだった。
『最高のつもり』でしかなかった。
あの小僧のやった"演技"に、
自分たちが"傾き"で負けていることをハッキリと
―――――――自覚してしまった。
………できてしまった。
………オレたちは、何をしていたんだろうなあ?
傾いている"フリ"でしかなかったのか。
「………………あー、何だ?
まだ腐っているのか。」
しばらくすると小僧がやってきた。
人の湿気た面をみて簡単に言ってくれる。
…………確かに腐っているがよ。
「………今さらとは思うがな、
お前さんに聞きたいんだがね?
――――――――『傾く』って何だ?」
………………………は?
いや、何って言われても。
格好つけることだろ?
それに力を魅せること。
そして人とは違うと、お前らとは違うと叫ぶことか。
あとは…………よく分からん。
「…………で?
その全てに共通するものは何か?
―――――それに気がつくか?」
……………そう言われてもな。
急に言われてもわかるものでないぞ?
力を見せつけ、吠えて格好をつける。
―――――――――――あ。
「……………そういうことだ。」
…………意地か。
そして見栄。
ああ…………そうか。
いつの間にか、そんなことも忘れていたのだな。
今思えば、オレたちだって元はと言えば
そうだったハズなのにな。
……そうか。
今のオレはただのカスか。
あ あ !
畜 生 め が !!
自 分 に 腹 が 立 つ わ !!!
やるぞ、蔵太夫!十佐!
腹立ちを演技にぶつけるぞ!!
センセイ、もう一回お願いいたします。
今なら良いのがやれそうだ。
「―――――ふ。
その面と覚悟を忘れるなよ。
…………そいつがお前さんの大好きな『傾き』だ。」
――――はん、
言われるまでもねえよ。
全く同じタイミングで発表された、
"舞歌"・"姫演劇"そして"歌舞伎"を三つあわせて
『那古野三大新芸能』と呼びます。
当時は娯楽の全てが上流階級や知識階級に
独占されており、
庶民にまで届くことはありませんでした。
日本史上、初めて娯楽が庶民にまで解放された事で
那古野の町は産業のみでなく文化においても
大きな発展を遂げます。
那古野は
"産業の町"、"演劇の町"
そして"華やぎの街"と呼ばれました。
名古屋の町は、
今でも文化の発信地であり続けています。
実の話、歌舞伎は性風俗の方面から始まっている。
そのため、初期において刃傷沙汰の
問題を多発させたため幕府から禁止命令が出る。
……で、頭をひねってリニューアルしたのが
全年齢版の『野郎歌舞伎』。
正直トラブルとか面倒なので、
最初から野郎歌舞伎でスタートしている。
マメ知識
『広郷』
オリジナルの人物。
能の一派のひとりなのだが、演技の表現技法が
能にはふさわしくない派手で大袈裟な
演出を好むため、ハブられている。
うわさを聞いた主人公にスカウトされた。
歌舞伎の創始者の一人となる。
『華やぎの街』
もともと村田屋が始めた店周りのデコレーションが
那古野中に大流行。
町中が煌びやかに飾られて華やかに。
また同時に文化の町として発展することで、
町衆のストレスが常に発散されるため
他の町とは人の明るさが完全に別物となる。
町の様子と人の様子の両方からそう呼ばれた。




