第72話 流れ者、権之丞の場合
新芸能。
何か忘れてないですか?とか疑問が来そう。
忘れては無いですよ。
「くそおっ!放しやがれっ!!」
目の前で縛られたアホウ共を、見下ろす。
世の中には、"はみ出し者"というヤツが
一定数存在している。
例えばこいつら。
意味不明で奇天烈な格好をする者達。
俗にいう、『傾き者』というヤツだ。
真面目に働く"傾き者"は別にいい。
問題はコイツらみたいに、ろくに働かず
恐喝や乱暴狼藉をやりだす連中だ。
"傾く"ことを力を振り回す事、暴れる事と
勘違いしているような輩だな。
…………で、彼らは今回
現行犯で捕まったヤツらとなる。
「――――さて?
まあ、悪さをして捕まってしまった以上は
お前さん達は罰を受けねばならぬ。
――――――選べるものは二つある。
ひとつは一定期間、
普請などの土木工事での只働き。
……一応、メシは付いてくるがどれだけ働いても
銭を貰えんというのは空しいぞ?
二つ目は、一人につき
こいつの写本を10冊作ることだ。
ちょっと文字の書きすぎで手が痛くなるかも
知れないがまあ、気にするな。
―――――どちらもそれなりに大変だが、選べ。」
毎日身体を振り回して汗をかき、
只働きでバテバテになる日々を過ごすか。
頭と手首を使って座りっぱなし。
本を十冊分、ひたすら文字を書き続けるか。
こちらはどちらでも困らん。
「くそったれめが!
字なんか書けるわけがねえだろ!!」
―――――――えー………?
お前さん達、"傾き者"なんてやってるクセに
読み書きも出来ないの?
―――――――本気か?
………ちょっと格好悪いなんてものではないぞ?
うわー………
―――――ないわぁ。
「・・・・・・」
えーっと、
…………………何だったら、読み書き出きるように
手配しておいてやろうか?
出世して武家になってから"読み書き出来ぬ"なんて
ちょっと恥どころではないぞ?
本気で物笑いのタネだ。
「……………スマン、頼む。」
………………………………おう
では………そういうことでな。
ひとまず文字が綺麗に書けるようになったら
一先ず写本を始めるといい。
まあ、とりあえずはのんびりやるといいさ。
じっくりと取り組め。
そして、
沼 に 沈 め 。
―――――――――さて、
しばらくは放置する。
様子を見るのは彼らの読み書きが可能になり、
"本"の写本が始まってからだ。
「………な、なあ?
続き……有るんだろう?
読ませてくれよぉ…………………」
ふふふふふふふふふ。
馬 鹿 め 。
―――――予想通りだ。
大衆娯楽のない時代に、
続き物の物語を最初だけみせたら
こんなことになるのは目に見えているよな。
しかも読ませたのが
『三国志演義』
後に世界的に有名となる軍記物語だ。
"野郎"にとってこいつは、
麻薬なんぞよりもはるかに質の悪い依存性がある。
一巻だけ見せて放置とか、ある意味拷問だ。
「ふふ…………
無論あるとも。
あるが…………………ただしな?」
勿体付ける。
因みにこの演義、翻訳済みのものだ。
そうでないとこいつらに写本が出来ない。
無駄に時間がかかるからな。
飢餓感を煽ってやる。
「何だ!なんでもやるぞ?!
………殺しか?!」
うわー、テンパってるな。
まあ、心配するな。
治安側の人間が、
治安を乱す側になるわけがなかろう?
お前さん達に任せたいのはな、
―――――こいつ、演じてみないか?
「…………演じる?
―――――どういうことだ。」
んー………
そうさな。
ひとまずは一寸見せてやろう。
まだ焼べてない、冷えた炭をひとつ手に取る。
炭を握って眉まわりにゴリゴリと。
次いで将来出てくる予定の法令線辺りに塗りつけ、
更に蟀谷・下顎辺りにも線を取る
用意が出来たところで立ち上がる。
湯飲みを天に突き上げ、
『 我ェ ら 三 人 ! 生 ま れ し 日ィ、
時ィ は 違 え ど もォ !
兄 弟 のォ 契 り を
結 び し か ら はァ !!
心 を 同 じ く し てェ
助 け 合 いィ !
困 窮ゥ す る 者 た ち をォ !!
救 わ ん !!! 』
激しく抑揚を付けてゆったりと。
時に大きく髪を振り乱し、足を踏み鳴らす。
湯飲みは高く掲げたまま。
最後に片足で強く床板を踏みつけ、
片手を抉るように突き出し
クワッと目を強く見開いて連中を睨め付ける。
―――――しばしの沈黙。
手拭いを軽く濡らして顔の炭をぬぐう。
銅鏡で確認して、
顔の汚れが残っていないことを確認する。
最後に少し冷めた湯飲みの白湯を一口。
「――――――で、どうだったかね?」
ぐるりと振り返って尋ねてみた。
『 傾 く 』 っ て 言 う の は 、
こ う や る ん だ ぜ ?
戦国時代の新芸能といえば忘れてはならないのが
コレである。
主人公は案外、歌舞伎好きかも。
実のところ、某『お国』さんを招こうと
想定していたのだが、
この人、"まだ産まれていない"。
やむなく路線変更。
………つうか、
歌舞伎なら傾き者にやらせればよくね?
という結論にたどり着く。
最初に主人公が傾き者たちにドン引きしているのは、
一種の策。
過剰反応することで相手の怒りのボルテージを
消沈させている。
ただし、実際に必要なのは確かではある。
マメ知識
『読み書き出来ない武家は物笑い』
領地持ちとなる武家は、
ある程度の内政知識を必要とするため、
読み書きと算術をある程度は習得している。
ただし、あくまで『ある程度』。
バカなやつはやはりバカ。
ムダに頑張ったりして失敗すると領地取り上げとか
普通にあり得る。
『大衆娯楽のない』
この時代は、洋の東西を問わず
学問から娯楽にいたるまで
残らず特権階級が独占している。
そのため、庶民に娯楽という観念がない。
そのために祭りなどに夢中になり、
また処刑が悪質なショーとして成立してしまう。
『質の悪い依存性』
野郎に読んだことのない三国志演義を
一巻だけ見せるとか、本気で極悪な行為。
ちょっとヤバいほどの禁断症状が出る。
過去の前例としては、
『レイニー止め』事件(?)がある。
名前だけはそれなりに有名な話。
興味がある方は、調べてみて下さい。
『焼べる』
マキを火に焼べる、と用いる。
燃やすために火の中にいれること。
『炭でゴリゴリ』
いわゆる"隈取り"。
顔の陰影や血管をを極端に強調させる効果がある。
("濃い"漫画の陰影描写みたいなもの)
赤はヒーロー、青は敵役
茶色は人外役に用いられる。
なお、隈取りは"取る"もの。
描くでも塗るでもない。
『法令線』
歳をとると頬に出てくる線。
絶対に女性に尋ねてはいけません。
かなり激しく嫌われる恐れがあります。
『演義の本文』
読むときは、
小さいカタカナを全部無視して下さい。
歌舞伎で、力む時の表現だと思ってくれれば。
有名な"桃園の誓い"の一部分。
『睨め付ける』
"ねめつける"は、"にらめつける"の古典的表現。
旧い表現を用いるときに使う。
どちらも同じ漢字・同じ表現で書ける。




