柔らかすぎず固すぎず。
次の日も、勿論ボク達は練習なのです。
しかし今日は、ちょっと雰囲気が違うのでした。
今までよりも、多くのコートでプレーされているようです。
いつもはもっと、空いているコートがあるのです。
だから周りのテニスコートで、プレーしている選手が気になるのでした。
確かに「隣の芝生は青く見える」、じゃなくて・・・・。
それでも昨日から続く好調を維持すべく、また自分自身の練習に集中しなおしたのです。
そもそも調子が良いのだから、それは簡単な事なのでした。
一旦気持ちを切り替えることに成功すると、本当に流れるような時間なのでした。
あっという間に午前の練習は終わり、お昼休みになったのでした。
例によって、僕はアカデミーの食堂に行きました。
今日はいつもよりも、賑わっている様に思えます。
そして僕よりも、少し上の年代の人達の姿が多く見受けられます。
その体型・服装から明らかに彼らもスポーツマン、勿論テニス選手なのでしょう。
僕はランチを持ち、空いている席に座りました。
ここの食堂はセルフサービスなのです。
目の前のランチを食し始めた、その瞬間。
「いいですか。」
聞き慣れた声の日本語が、僕に対して発せられたのです。
不意を突かれた僕は、思わずブッと吹き出しそうになったのでした。
「おっと、驚かして申し訳ありません。」
「あっ、はい。」
その人は、僕に対面で着席してきました。
「ここは、どうですか。」
その人は、刻露清秀さんでした。
彼は相変わらず余裕が溢れている表情をしています。
「まあ、何とかやっていますよ。」
僕は無難な相槌を打ちました。
「そうですか。でも調子は良さそうですね。」
やはり刻露さんは僕の事は、お見通しなのでしょうか。
それとも自分の好調さが、自然と顔に表れているのでしょうか。
「刻露さんは、どうしてここへ。」
露骨に僕は、会話の間を持たせるための言葉を出しました。
でもそんな僕に対しても、この人は悪い顔をしません。
「私は仕事の都合で、こちらに参りました。勿論、夏目さんの事も見に参りましたよ。」
スッキリとした顔で夏目さんは、僕の顔を見ています。
高いパフォーマンスでプレーできているのだから、自分の機嫌も悪くありません。
でもそれでも刻露さんに対しては、何やら引っ掛かるものがあるのです。
それは何かというと・・・。
監視されている、という感覚があるのです。
それに未だに、この刻露清秀という人の事を自分は余りよく知りません。
それなのに恐らく彼は、僕の事を全て把握している・・・・・・。
(・・・・!!)
今更ながら、僕は気が付いたのです。
自分が刻露さんに対して抱いている引っかかる感情の正体を・・・。
それは、<警戒心>・・・・。
いつもは何気ない一人食卓が、緊張の場になったのです。
「問題ありませんよ。」
「えっ?」
やはり刻露さんには、自分の心は完全に見透かされているのでしょうか。
そう考えると、下手な事を考えられません。
「今の調子で、夏目さんは大丈夫ですよ。」
「はあ。」
少し僕の考えている事とはズレている様子なので、自分としてはとりあえずホッとしたのでした。
それはそうとして・・・・。
彼の言葉には、一体なんの根拠があるのでしょうか。
やはり刻露さんは、僕の日頃の行いを監視しているのでしょうか。
「それはそうと。気になっておられる様子ですが。」
そのセリフに、僕はドキッとしたのでした。
彼は話題を変えました。
「今度のオーストラリアン・オープンに出場される選手の方々ですよ。彼らは。」
僕が持っている一つの疑問に、刻露さんは答えてくれたのでした。
それとも自分への注意をそらすための、会話の提供なのでしょうか。
「夏目様も練習は大変でしょうが、トッププロの試合もチェックなされても良いとは思います。」
「はあ、まあ。」
そう相槌を打ちながらも、僕は辺りを見回したのです。
その中には自分の予想通り、知った顔が見られたのです。
「おう。」
彼の方から声をかけてきました。
その人の名は、色黒で細身の南米系の男性、オウバー・キャスト。
「オーストラリアン、オープンに出るんですか?」
「おう、そうだ。だからここで調整してるんだよ。おう、コクロも一緒だな。」
オウバーさんは頭をボリボリと掻きながら、刻露さんを見下ろしています。
その眼から、彼が刻露さんと親しい感じであることが伺えるのでした。
「どうも、お世話になります。」
それでも刻露さんの言葉遣いは、丁寧なのです。
「ま、今回は上位の欠場者もあんまりいねえし、厳しいかな。」
オウバーさんは頭をカリカリと軽く掻きながら、苦笑いをしているのです。
それを見て、この人は本当に裏表のなさそうな人なんだな、と僕は思ったのでした。
「そうなんですね。そういえばグリップの調子はいかがですか?」
「ああ、いい感じだな。柔らかすぎず固すぎず。」
「ほう、肌にあっていそうですね。」
そう言って刻露さんは、微笑を浮かべているのでした。
たいしてオウバーさんは、白い歯を見せて笑っている様に見えるのです。
「じゃ、またな。」
オウバーさんは僕たちに軽く右手をあげて、どこかに行ってしまいました。
彼を見送るのも束の間・・・・。
「ふふ、今ので思い出しましたよ。」
刻露さんは自分の鞄を、何やらゴソゴソとしていました。
そしてあるものを取り出したのでした。
(それは。)




