その後ろ姿は、少しだけ寂しげなのでした。
(はあ。)
ベンチに腰を掛けている僕は、ちょっと溜め息をついているのでした。
でもそれは、悪い意味での溜め息ではないのです。
今日の練習は、もう終わりました。
そして現在の僕は、全身に充実感が一杯溢れているのでした。
だから何の問題もない、と言えるのですが思考することは止められないのです。
そこで僕は思いました。
やはり昨日メルボルン動物園にいった事に関して、ヒートには狙いがったのではないでしょうか。
ジャッカー・チンとカンガルー格闘王のスパーリングをみたのは、一つの狙いがあったのではないでしょうか。
でも今となっては、その事をヒートに対して追求しても、自分に取って余り意味は無いのかも知れません。
良いではないですか、実際良い状態にいるのですから・・・。
周りから見て、恐らく惚けた顔をしているのではないでしょうか、今の自分は・・・。
そんな事を考えながら、僕は明日以降も頑張ろうと心に誓うのでした。
でも話はこれで終わるほど、単純なものでは無かったのです。
==== ドンとしんく ふぃーる ====
(え!?)
どこからともなく声が聞こえたのです。
しかもそれは極めて、距離が近いと思われるのです。
「うわっ!!」
ボクが驚いたのは、無理もありません。
何故なら僕が横を向くと、彼(?)が座っていたからなのでした。
そうなんです。僕と同じベンチに座っているのです。
「な、何故・・・。」
僕の横にいるのは、まさかまさかのカンガルー格闘王なのでした。
「何故、貴方がここに・・・?」
僕は恐る恐る、彼(?)に語りかけたのです。
ボクが得体の知れない不安を感じながらであることは、最早言うまでもありませんでした。
そこで自分の思いもよらない言葉が返ってきたのです。
「君のためだよ。君は昨日、私のスパーリングを見に来た青年だろう?」
「え・・。」
なんと、このカンガルー王は流暢にも、僕に語りかけてきたのでした。
しかも、とても優しい口調なのでした。
その為に自分が抱いていた得体のしれない不安は、和らいできたのです。
もし彼(?)が人間だったとしても、それは立派な人格者なのではないでしょうか。
しかも見るからに、まさに王と呼ぶに相応しい品格を備えたカンガルーなのです。
僕は彼(?)に対して安心と共に、敬服という感情が芽生えてきたことを感じるのでした。
それはそうと、自分には素朴な疑問が沸いてきました。
何故に彼(?)は、自分のもとにやって来たのでしょうか。
そしてハッキリ言って、このカンガルー格闘王は一体何者なのでしょうか・・・。
「貴方は一体・・・?」
その率直な気持ちを、僕は彼(?)にぶつけたのでした。
「私は一介のカンガルーに過ぎないよ。
「カンガルー?」
「そうだよ。どこからみても、カンガルーじゃないか。」
そんな事を言われたので、僕は彼(?)の顔をジッとみやりました。
この時点で、もう僕は彼(?)に対しての警戒心は、全く無くなってしまっているのかも知れませんでした。
僕はあんまりカンガルーの事に詳しくはないのですが、確かに彼(?)は一般的なカンガルーではないでしょうか。
これがこの時点での、僕の彼(?)に対する見解でした。
「私は只のカンガルーだが、必死に格闘技に打ち込んだんだ。」
そこで僕は彼(?)が、何か大切な事を語る予感をしたのです。
「それなりに皆にも、認められるようになった。」
そのカンガルー王の言葉で、僕はハッ、と思い出したのでした。
彼(?)のジャッカー、チンとのスパーリングを・・・。
あの卓越した動きを・・・。
まさに両者は自信に満ち溢れていました。
それは間違いなく、今までの鍛練から来るものではないでしょうか。
「君ならできる。」
そう言いながらカンガルー格闘王は右手(?)で、僕の左肩をポンと叩いたのでした。
「は、はい。」
僕は彼(?)の顔を見て、素直に頷きました。
「頑張るんだよ。」
言葉と行動が一致していません。
カンガルー格闘王の顔が僕の至近距離まで迫っていました。
ただでさえ至近距離なのに、彼(?)はさらに迫ってきました。
カンガルー王の顔が、どアップになった瞬間・・・。
「うわああ!」
その迫力に、僕は圧倒されてしまいました。
そして僕は気を失ったのです。
(はっ・・・。)
どれほど時間が経過したのでしょうか、僕は目を覚ましました。
「なんだあ・・・。」
そして僕は、安堵の溜息をついたのです。
どうやら自分はベンチに腰かけたまま、居眠りをしてしまっていた様なのです。
今はオーストラリアは夏なので、風邪をひいたりはしないと思うのですが。
「ふう、また夢だったのか。」
落ち着きを取り戻した僕は、首を軽く左右に降りました。
とても小さな音が、自身の脛椎から漏れ出ていました。
そしてその解された首をもってして、周りを見回したのでした。
「あっ!」
その瞬間、僕は驚嘆の声をあげたのでした。
日が落ちかけ薄暗い中、ヒタヒタと歩く背中が見えていたのです。
その後ろ姿は、少しだけ寂しげなのでした。
僕は、いや恐らくほとんどの人々は、見たことはないでしょう・・・。
このようなシチュエーションで、有袋類が歩く後ろ姿を・・・。
カンガルー格闘王・・・、一体彼(?)は何者なのでしょうか。




