就活、はじめました
また、就活生がひとり就活を諦めたらしい。
原因は俺だそうだ。――ふざけるな。俺はただ、同じ説明会に出て、まっとうな質問を一つしただけだ。肩なんか叩いてもいない。今回は。
どうしてこうなったのか。話は四月に遡る。
*
女子大生になって三年が過ぎた。二千万の契約も、残り一年を切っていた。
その日、俺はアルテミス医科学の定期検診で、例のニコニコした研究員から、決定的なことをさらりと告げられた。
「熊沢さん、朗報です。施術の恒久的安定が確認されました!」
「恒久的、ってのはなんだ」
「はい。もう元には戻りません。この素晴らしいお身体のまま、一生を送っていただけます」
朗報じゃねえ。俺は診察室の天井を睨んだ。四十六の中身で、二十歳の女の体。それが死ぬまで。契約が終われば元の冴えないおっさんに戻れる。その細い希望が、そこで正式に断たれた。
三十秒ほど、俺は無言だった。研究員はニコニコしたまま、俺の返事を待っている。
だが俺は、営業を二十四年やってきた男だ。決まったことにいつまでも吠えない。吠えても数字は動かない。切り替える。それがこの体になっても変わらない、俺の唯一の取り柄だった。
問題は金だ。二千万は借金の返済と当座の生活できれいに消える。この先この体で、五十年も六十年も、どうやって食っていくか。
答えは一つしかなかった。
――就職するしかねえ。
*
四年生の四月。俺は就活戦線に足を踏み入れた。
正直、舐めていた。営業二十四年。面接なんぞ、椅子の反対側に何百回と座ってきた側の人間だ。何を聞かれ何を答えれば通るか。人事がどこを見てどこで落とすか。手に取るように分かる。ESも志望動機も、目をつぶってでも書ける。
楽勝だ。俺はそう思っていた。このときまでは。
最初の合同説明会。俺は開始十分で異変に気づいた。会場中の視線が、妙に俺に集まっている。企業のブースに座る若手社員が、俺と目が合うたび、資料を落とし、水をこぼし、噛みまくる。学生たちも、俺が通るとひそひそ囁き合う。
「なんだこいつら。緊張してんのか。説明する側だろうが」
俺はこの体が周りに何を起こすか、三年経っても一ミリも学習していなかった。中身はおっさんだ。「若い女に見られて社員が動揺する」という発想が、そもそも脳のどこにもない。
ある大手のブースで、俺は淡々と質問した。営業経験者ならではの、鋭くて具体的な質問だ。
「御社の主力商材、この二年で粗利率が三ポイント下がってますよね。値引き原資、どこから捻出してるんです。まさか営業の販管費を削って、無理な数字を現場に背負わせてませんか」
ブースの若手社員が絶句した。そして――なぜか耳まで赤くなった。
「い、いや、あの……えっと、す、鋭いご質問で……! お、お名前、伺っても……!」
隣で聞いていた学生たちがざわついた。「誰、あの人」「質問の中身もヤバいけど、顔がヤバい」「モデルか?」
俺はそれを「就活生の意識が高いな」としか思わなかった。
説明会が終わる頃には、そのブースには、俺の連絡先を聞き出したがる社員が、なぜか三人並んでいた。奥から人事部長まで出てきた。名刺を両手で握らせてくる。「ぜひ一度、うちに遊びに来てください」と。
俺は首をひねった。まだエントリーシートも出してねえのに。変な会社だ。人手不足もここまで来たか。
だがまあいい。就職できりゃそれでいい。この体で真面目に働いて、飯を食っていく。それだけが俺の二度目の人生の、当面の目標だった。
――なのになぜか、俺の就活はこの日から、とんでもない方向へ転がっていくことになる。
二千万と、恒久的な女の体。その使い道としては悪くない船出のはずだった。このときはまだ。




