雑貨屋店主は王子様
フーレ村の片隅にある小さな家は燃えずにすんだが、村の中心近くに建つ雑貨屋と物置小屋は全焼していた。
「乾燥した薬草があれだけ大量にあれば仕方ないよ」
レイはまだ使える物がないか、今では店を任せている弟子のイーサンと灰の中を探っていた。
「腰、痛くなった」
「僕もです」
手を止めたレイとイーサンは互いの顔を見て爆笑。二人とも煤だらけ。
「顔洗え」
ちょうど水を汲みに行っていたヴィンが戻って来た。
「やっぱり、ひとっ走り行って、あの蛇の抜け殻を持ってくるか」
商売繁盛の白蛇。まだバーデッドで大事に保管していた。
小さい店だが、建てるとなればそれなりに費用がかかる。そんな金があるならレイは村のために回すだろう。
「嫌だよ。儲けるために店を出しているわけじゃない。それに店がなくたってお客さんは来るよ」
道に広げたトランクを、通りがかった村人が覗く。
「レイ様、今手持ちがないんです。お金はあとで必ず持ってきますので、石けんを一つ譲ってください」
「お金はいいよ。そこの箱に石でも入れておいて」
「石? あとで子どもに拾わせて持たせます」
首をひねりながら村人は石けんを一つ手に取る。
そして次にトランクを覗く村人も、傷薬代に石を入れていく。
箱いっぱいになるとレイは嬉しそうに、石を洗いだした。
「お前は相変わらず子どもみたいだな」
「そうでもない。磨いてみたらすごく綺麗だったりするんだ。王都できっと高く売れるよ」
儲ける気はないが、商品になるなら何でも売りさばく。もしかしたら余所の国でも売れるかなとレイはほくそ笑む。
「あっ。姐さん、こんなところにいた。職人が着いたよ。一休みしたら挨拶させて欲しい」
ハリーは火事の後、すぐにクローク国ばかりでなく、近隣からも資材と職人を集めてくれた。
「ハリー、ありがとう。村の大工だけでは数年かかるところだった」
「それよりも姐さん。ちょっと相談が……」
「急ぎなの?」
「急ぐ。それも姐さんにしか頼めないこと」
ハリーはごにょごにょとレイにだけ聞こえるように早口でまくし立てた。
「なんだ。隠すことじゃないだろう。おめでとう。フローレンスに体を労るように言って」
フローレンスが懐妊した。
ただ悪阻が酷く当分クローク国へは帰れない。フローレンスはできればレイの近くで過ごしたいと言う。
「一緒に赤ん坊を取り上げた中だからね。僕が診察してもいいの?」
「姐さんになら……。でもやっぱり女医か腕のいい産婆を紹介して!」
「王都の屋敷なら、優秀な女医さんに診てもらえるよ」
ブリジットは二人目を出産したが、診療所は続けている。
「有り難い。早速フローレンスを連れて行く」
「アナも喜ぶよ。僕ももう少し村が片付いたら顔出すね」
アナもルーに負けまいとブリジットのもとで医学を学び始めた。オズワルドも今は王都にいて、アナを応援している。
◇◇◇
そして月日は穏やかに流れ、ウィステリアの街も様変わりした。
小さな商店が同じ建物の中に寄り集まり、ひとつの大きな店を構えるようになった。
「ここはいつ来ても飽きないね」
港から運ばれる珍しい物もガラスケースに陳列されていた。
レイはゆっくりと歩きながら面白そうに眺める。
「お前を飽きさせるような奴じゃないだろう」
レイが興味を示さない物は奥へしまわれ、すぐに新しい物に置き変わる。すべてアルジュンの指示だ。
「ヴィン、見てよ。綺麗な剣だ」
艶のある真っ黒な剣身。柄頭は珍しく馬の意匠が彫ってあった。
「興味ないな」
「たしかにこれは演舞用だね」
「レイはこの店に雑貨屋を出さないのか?」
「うちはいい。僕は気軽に寄ってもらえるような店がいいんだ」
サンダルのまま駆け込める店があってもいいじゃないかと雑貨屋美人店主が笑う。
「そうだな。ここじゃ茶飲み話はできない」
見渡せば着飾った人々で賑わっていた。
冷やかしだけで店を出ると、レイはその足で騎士団に向う。
「みんなを集めてよ。一汗かきたい」
ヴィンの口元が緩む。
今では帯剣するだけでほぼ使われなくなったが、騎士達は毎日稽古を怠らない。
「どこからでもいい。かかっておいで!」
レイが先に躍り出ると、騎士達は勇んで剣を振るう。
「まだまだ!」
レイの細剣がしなり、風を切って走る。
とてもじゃないが誰も打ち返せない。
「ヴィンセント様、お願いします!」
修練場は二人のために開けられた。
壁際で汗を拭う騎士達は、これから始まる対決に胸を踊らせる。いつだって白銀の一閃は騎士の憧れだ。
「お前ら、よく見ておけよ!」
「ヴィン、よそ見するな!」
「おおお」
低く身構えたレイから一閃が放たれると、修練場に感嘆のため息が漏れる。
「俺は……その姿が一番好きだ」
「何? ヴィン、聞こえない!」
「だから……レイ……愛してるって言った」
「えっ……」
急に立ち止まるレイに、騎士達は勝負がついたのだと思って拍手を送る。
「レイ、帰るぞ」
「うん」
騎士団の廊下を足早に歩く二人。
「レイ様、私もこれから相手をしていただきたいのに」
「ごめん、ローガン。ちょっと急ぐから」
顔を赤らめたレイは足も止めずにヴィンを追いかける。
「ねえ、ヴィン。もう一度言ってよ。よく聞こえなかった」
「言わない」
「意地悪だな」
「聞いていなかったお前が悪い」
「本気出してる時に、他に意識なんて向かないよ」
「……帰ったら茶を淹れてやる」
「ねえ。それより汗流したい。一緒にお風呂入るのはどう?」
ヴィンがぴたりと立ち止まった。
「お前はどうして、いつも俺を困らせる?」
「君が大好きだから」
ヴィンはぽかっとレイの頭を叩く。
「痛っ! 僕は元王子だよ。少しは加減しろ!」
「俺にはずっと王子様だよ」
たまにお姫様だが……。
雑貨屋店主で、薬草士で、領主で、二人の父親、時々白猫。
そんな男に惚れたのは自分。
今日も青紫の瞳が笑っている。それで十分。
ここで完結となります。ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
初作品となる『雑貨屋店主は王子様』に続く本作『雑貨屋店主は元王子様』、いかがだったでしょうか。
最後にヴィオラちゃんをもう一度登場させたかったのですが、レイがどうしてもドレスを着てくれませんでした。
連載開始当初は、とても読みづらかったと思います。改稿も何度したことか……。たぶん落ち着いたら、また改稿すると思います。(すでに王子編を改稿始めました)
最後に、店主レイから一言ご挨拶を。
「またのご来店お待ちしています」




