夢の中
「ミャ~ ミャ~」
レイ! レイがいる! 会いたかったよ!
「モリオン、探したよ。遠くのお出かけなら、僕と一緒に行こう」
抱き上げて頬ずりしてくれた。心配かけてごめんさい。ミルクみたいに白いほっぺにチュッとした。
「ルーとアナが戻らないって心配していたよ。フーレ村に行きたいの?」
「ミャ~」
そうなの。スノーをフーレに連れて行きたいの。レイは何でもわかってしまう。
「スノーも無事だ。少し興奮気味。地面に争った後があったが、勝者はスノーみたいだな」
「ミャッ、ミャ~」
ヴィンセントに抱かれたスノーが一発でやっつけたと自慢しているけど、伝わったみたいね。
「お姫様を守ってくれたんだね。よくやった。勲章じゃ重いだろうから、君にはこれ」
砂埃で汚れたリボンを外し、代わりにレイの髪に結んでいたすみれ色のリボンが結わえられた。
「ミャー」
スノーも嬉しそうだ。白いビロードのような綺麗な体にとても似合う。
私専用の柔らかい鞄に入ると、のぞき込んで少しお休みと言ってくれた。聞いていたアリアンがヒヒンと鳴いて、揺らさないように走ってくれる。
レイの鼓動が聞こえる。優しい香りに包まれ、私はあの日の夢を見る。
***
「ここはどこかしら」
ニオイスミレの咲く綺麗な庭で目覚めた。どうしてここにいるんだろう。体がすごく軽い。ふわふわと飛んでいるみたい。
「お墓……。オリビア?」
私の名かしら。だったらもうこの世の人ではないんだ。
どんな人生を送って、最期どうなったのかも思い出せない。ただこの場所だけはひどく懐かしい。きっと愛しい人と過ごしたのだろう。せめてその人の顔くらい思い出せたらいいのに。
月明かりに導かれるように、庭から見えるキラキラ光る湖まで行ってみたくなった。
湖畔に着くと黒猫が夜空を見上げていた。私も隣に座って月を見上げる。
「ミャ~」
私に話しかけてるのかな。
「こんばんは。私が見えるの? あなたはだぁれ?」
「こんばんは。良い月夜ね。まだここにいたの?」
「私のことを知っていたら教えて」
「知っているけど、教えてあげられない。この世から去るのが辛くなるから思い出せないの。その逆も。恨んで悪さしても困るからね」
何ひとつ思い出せないと言ったら、それは当たり前と返された。
「そうね。愛しい人や悲しんでくれる人がいたら、去れないわね」
じゃあなぜ私はまだここにいるのかしら。
「遺された人が行かせないのかしら。そんなこともたまには起こるわ」
「もし叶うならその人のそばにもう少しだけいたい。いつか私は消えるのでしょう。それまでで構わないから叶えてくれないかしら」
「猫としてしかそばにいられないし、もしかしたらその人があなた以外の人を愛するところを見てしまうかもよ」
「その人が幸せならいいの。だって愛は与えられるだけじゃない。そうでしょ」
待ちわびて、恋い焦がれて、それで一日が終わっても幸せだった日があったはず。思いが通じ合うのは奇跡。奇跡はそう何度も訪れはしない。それくらいはわかってるわ。
「さすが私の金のすみれ姫。いいわ。あの黒いのより、私もあなたがいい。いらっしゃい。今夜は満月よ。一緒に浴びましょう」
月光浴をしながら、黒猫を抱いた私はいつの間にか寝むってしまって、目覚めた時は不思議な事に黒猫の中にいた。
その人のところにへ連れて行ってくれる? 私の意思とは関係なしに、黒猫が走る。
気持ちいい! こんなに早く走るのはきっと初めて! 死んでからでも初めてがあるのね
ぽつん。雨が降ってきた。
ぽつん、ぽつん……ザーザー。
土砂降りの中、小さな家に着いた。この中にいるのね。どんな人だろう。優しい人だといいな。
「ミャ~ ミャ~」
ここを開けて! 私はここにいるよ!
扉が開くと、すみれ色の瞳をした男性が出てきた。
「猫ちゃんお帰り。おいで、拭いてあげる」
こんなに濡れて寒かったろう、可哀想にとキスしてくれた。
「ミャー」
この人だと一目でわかった。匂いも思い出した。甘くて優しいラベンダーとスミレだ。懐かしさで胸が一杯になる。
それから私はモリオンの中にいて、時折目覚める。
***
小さな家に着くと、お気に入りの箱に入った。落ち着くな~。柔らかいタオルはレイの匂いがする。
スノーは自分専用の箱をガリガリとしている。お手入れは大事。次にまた襲われてもスノーがいれば大丈夫。
「スノー。もし私が消えたらレイと子ども達を頼むわね。そのためにも月光を浴びてちょうだい」
「いいよ。僕のお姫様」
「さすが猫騎士様。行こう!」
夜を待って私は駆け出す。今は自由きままな猫だもの。
「出掛けたな。追うか?」
「どうしよう。気になるけど、見てはいけないような」
と言いながら、レイは支度を終えている。モリオン専用の毛布に、おやつまで鞄に詰めていた。アリアンには留守番をさせ歩いて行くことにした。
湖だろうと当たりをつけて、そっと木の後ろに隠れてモリオン達を探す。
「いたな。何やってんだ。ぼっ~と空見上げてるだけか」
「ヴィン……。ここで待っていて……」
「どうした? 見ちゃいけないんじゃ……」
レイがゆっくりとモリオンに近づく。
「声をかけたら消えちゃう? でもどうしても会いたくて。僕は夢を見ているの?」
月明かりに照らされたモリオンの影は……。
「ふふ。夢の中なら許されるかしら。一緒に月の女神様にお礼を言おう」
「そうだね。ねぇ。もう少し待っていてくれる?」
「急がないで。いつまでも待っているわ」
少しだけ月が雲に隠れた。誰も見てない。二人の影が重なった。




