番外編 ヴィンの休日
もうすぐあの日がやってくる。
だがそれを口に出してはしてはいけない。それは奴の最愛の妻の命日の7日後の事だから。
「子ども達連れて離宮に行ってくる。ヴィンはフーレ村の家にいる?」
「ああ。たまにはのんびりさせてもらうさ」
「気が向いたら顔出すよ。じゃぁ、行ってきます」
親子を離宮近くまで送って、小さな家に向った。
「掃除しとくか」
小さな家はすぐに掃き終わってしまう。特にやりたいこともない。鍛錬して、飯食って、寝るだけ。それじゃいつもと変わらない。休日だ。遠慮はいらないな。
昼間から酒を飲むことにした。隠してあったダールの酒を見つけて栓を抜く。
「旨い! 少し残しておくか」
レイにはかなり強い。底にわずか残して栓をした。開けた窓から風が入ってきてカーテンを揺らす。気持ちいいな。休日最高。
「あっ。あれなら邪魔にもならないだろう」
突然ひらめいた。酔った勢いで離宮にある厩舎に忍び込みアリアンの尻尾の毛を少しいただいてきた。小さな家に戻ると、見本にカーテンのタッセルを外す。
「だいたいこんな感じか? 適当でいいだろう」
丁寧に梳いた毛を輪っかに通した。三つ編みにして、リボンで2ヵ所結ぶ。先を切りそろえたら出来上がり。アリアンの尻尾の毛で作ったタッセル。黒くつややかな毛が綺麗だ。これならどこにぶら下げてもいいだろう。俺にしたら上出来だ。
「ヴィンセント様、夕食お持ちしました」
勝手口から若い料理人見習いの声がする。
「待ってた。そこに置いてくれ」
離宮の飯も旨い。今日のメニューは…。
「何だよ。酒のつまみばっかじゃないか」
「レイ様からの指示です。お酒もお持ちしました。もう飲んでましたね。ここに置いておきます。あまり飲み過ぎないように」
「わかってるよ。ああ、ひとつお遣い頼まれてくれ」
出来上がったばかりのタッセルを菓子の包み紙にくるんで、レイに渡すように言って、チップも渡した。
「かしこまりました。ではまた明日朝食お持ちしますね」
小遣いをもらって嬉しそうに駆けていった。
「ほんとによく、俺のことわかってんな。わかってないけど」
レイにひとつ不満があるとしたら、誕生日くらい祝わせろだ。気持ちもわかる。愛妻の命日のすぐ後だ。お祝い気分になれないのだろう。
最後のプレゼントを大事にしているのも知ってる。針が刺さったままのハンカチ。病床でも一針一針刺繍を刺し続けていたらしい。未完成のままで、直接受け取ることができなかったと聞いた時は俺も泣いた。
だからって俺が祝っちゃいけないことはない。包み紙に小さくおめでとう書いたが読んだろうか。読んでも読まなくてもどっちでもいい。
「ミャー」
「スノー。また悪戯してモリオンに叱られたのか? たまに怖いよな~」
白猫スノーがぴょんとテーブルの上に乗ってきた。モリオンに見られたらまた叱られるぞ。
「チーズ食うか。それは俺の肉だ。お前は本当に自由だな」
よし。今夜はこいつと遊ぶか。庭に生えていた猫じゃらしをユラユラ揺らすと夢中で手を伸ばしてくる。
「捕まえてみろ。おっ。やるな。次は玉転がしだ」
猫おもちゃ箱から玉を取り出し、ポンと放るとすごい勢いで追いかける。その繰り返し。飽きると次を出せとねだる。子猫のくせに体力はある。こっちは酒飲みながらで、うとうとしてきた。
「俺はもう寝るぞ。勝手に遊んでろ」
ところがスノーもベッドに潜り込んできた。今夜はいつもの抱き枕がいない。まあいいか。
「毛だらけにするなよ。レイがチクチクするって文句言うからな」
モリオンはちゃんと自分の寝床で大人しくしている。甘える時は思い切り甘えレイを虜にする。たまにツンとしても可愛いとしか言わないが。
「顔なめるな。ご自慢の肉球なら大歓迎。いいよな。肉球」
もう睡魔に勝てない。
「来年こそ祝わせてくれよ」
『ありがとう』
「うん? 今なんか言ったか? 飲みすぎたな」
翌朝、優しい香りが鼻をくすぐる。目を開けると隣でレイが寝ていた。アリアンに乗って朝一番で来ていたらしい。
今朝も俺の抱き枕は最高だ。起きたらオムレツ焼いて、旗を立ててやろう。




