アナの隠し事
翌朝、時間が空いたので後で教会へ練習を見に行くと伝えると、アナは少し困った顔をした。
「お父様にはきちんと練習してからお見せしたいの」
「練習の邪魔はしないよ。それでもダメ?」
「お父様が来たら、女の子は集中でません!」
「僕たち男の子の練習を見て欲しい。騎士にも負けないくらいに大きな声が出せる子もいるんだよ」
「それは楽しみだな。そうだね。今日はルーの練習を見に行こう」
「それがいいわ。支度してきます」
先ほどよりは明るい表情。やはり練習中に何かあるのだろう。双子の支度はわざと時間をかけさせ、レイが先に教会へ向かうとセイン達劇団員が来ていた。
「セイン。僕は宿舎から出るなと言ったはずだ。今すぐに戻って帰り支度でもしてはどうかな」
「旅の無事を祈りに来ただけです。昨夜からいなくなった団員探しもしなくては」
言うことを聞かずに勝手に2人抜け出したが、まだ戻らないという。それはそうだ。セオが捕えずみ。
セインは他にも勝手に出歩こうした者の見張りをしているのだろう。察しはつく。
「初めまして領主様。アナちゃんのお父上ですね。チケットを受け取ってくださらなくて残念でしたわ。公演も中止だなんて。私はあなたのために歌いたかったのですよ。今夜お館に伺ってもいいかしら?」
演技くさい声音でベタベタと話しかけてくる。レイは声をかけてきた女の顔を見ない。殺気だったヴィンが早く戻れとレイから距離をとらせた。放っておけばレイに抱きつきかねない。
「子ども達の劇の練習に付き合ってあげると約束したのです。明朝にはここを発ちますから、子ども達に会わせてください」
「セイン。その大きなトランクは何? 子どもなら入ってしまいそうだね」
「これは人形劇に使えそうな衣装ですわ。寄付しようと…」
「黙れ。僕はセインに聞いている」
「ひっ!」
レイが剣を女に突きつける。
「何をたくらんでいる? なぜアナを傷つけた?」
「何を言っているのかわかりません」
「答えたくないのならそれでもいい。ここは僕の治める領だ。疑わしい者を捕らえても誰にも口は出せない」
「罪のない者を捕らえる? 狂っているわ」
「なら罪状を言い渡す。ひとつめは公爵家への不敬罪だ。調べれば余罪がいくらでもつくだろう」
全員が捕らえられた。
「セインを呼んで」
「牢から出していいのか」
「彼は情報提供者だ」
エナの元を離れたセインは失望し、酒浸りの日々を過ごしていたが、ふと劇場に立ち寄った。自分にはもう信じるものはないが、歌劇団の仕事は楽しかった。どこか雑用でもいい。雇ってもらえないかと探しているうちに、ドサ回りをしていた劇団の中にエナと似た者を見つける。頼み込んで入団した。
エレナという団員と話しているうちに、エナの妹だとわかった。
「会ったことはないけれど、父から私あてに生活費が送られてきていたの。最近それがなくなって困っていたんです。父はどうしているの? 姉がいるなら会ってみたい。私みたいに歌っているのかしら?」
セインはウオーランドでの出来事を話して聞かせた。父が亡くなったと聞くと1度会いたかったと涙をこぼす。
「エナ様は歌劇団の歌姫として、魔女信仰に傾倒しておかしくなった者の心を慰め、また道を外さないように導いておられます」
「素晴らしいわ! 私にもお手伝いできないかしら」
最初は家族に会いたいという普通の女性にみえたが、一緒に行動するうちに次第に本性がわかってきた。エナと顔も声もそっくりだが、エレナは自分勝手で強欲。行く先々で2~3回出演した後は急に具合が悪くなったと代役をたて、街で遊び放題。
エレナは自分がいつも1番でないと気が済まない。代役に人気が出ると追い出し、見目の良い娘は端役しか与えない。そっくりと言われた姉も気に入らないのだろう。表情を見ればわかる。教団には興味を示した。これは危険だ。まだ隠れて信仰している者に祭り上げられでもしたらエナが危ない。
団長も怪しい。あまり興行に熱心ではない。エレナの勝手を許し、機嫌をとっている。まさか、まだ死んだ当主を信じる者がいるのか。
「君が警鐘を鳴らしてくれたおかげで早く拘束できた。国外に出てから捕らえるつもりだったけど、大事な娘を傷つけられたからね。一時も自由にはさせられない」
「あなた様はあれだけでわかったのですか?」
「あんなしわくちゃなチケットを見せられたら、行くなと言われたのと同じだ。僕が1番聞きたくない教団の話を出し、エナには様とつけて呼ぶのに、エレナにはなかった。明らかにおかしいだろう」
「私と同じようにだまされる者がいないようにしたかっただけです」
レイがずいぶんと強硬に劇団を国外に出そうとしたのかはわかった。
「なぜ2日も時間を与えた?」
「念のため調べが必要だ。あの教団に関わる者達ならば、野放しにはできない」
ヴィンが拳を握りしめる。信者ならば1人残らず捕えて、切り刻みたいくらいだ。
劇団員からの指導は今後ないと聞いてルーはがっかり。アナは安心したようだった。
「アナ。もう父様に全部話してくれないかな」
「お父様に隠し事はできないのね」
「おいで」
レイはモリオンを抱いたアナを椅子に座らせた。朝からずっと離さない。心細かったのだろう。
「最初は皆で受ける演技指導が楽しかったのです。でも、レイラが席を外した時に話があると1人呼ばれました」
「何を言われたの?」
「身分を聞かれた後に、この白銀の髪が綺麗と褒めてくれました。それでお父様と同じで自慢だと答えたら、お父様に紹介して欲しいって言われました」
「なぜ父様が今日練習を見に来るのを嫌がったの? 会わせたくなかった?」
「褒めてもらっても、目がすごく怖かったの。だから断ったのです」
「それだけじゃないでしょ」
「…すぐにお父様に気にいられて、新しいお母様になるからって。嫌だと拒みました」
「それは父様も嫌だよ。2人のお母様はオリビア1人だけだ」
「そうしたら、特別に指導してあげるから先生と呼ぶように言われました」
大人なら立場が上と勘違いしたのか。何様のつもりだ?
「他には?」
「私がうまく演技できないなら、貴族の私の代わりに教会の子に…これよりももっと痛い事をするって…」
アナが袖をまくると、もうつねられた跡は残っていなかったが、思い出したのか、わっと泣き出した。
口止めまでされていた。すごく怖かっただろうに。友達を守るために耐えようとしていたなんて。
フローレンスの報告では他の子どもに被害はなかった。だが、劇団に入らないかと誘われた子が数名いた。連れ去るつもりだったのか。セオの報告から子どもの団員が数多くいたそうだ。早く解放してあげなければ。
「もう大丈夫。あの者は捕らえた。アナにも教会にも近づけさせないから安心して。それにレイラにも側を離れないようお願いしてあるから。本当は父様がずっとアナの側にいたいのだけど」
「大丈夫です。いつだってお父様は困った時にすぐに気づいて、助けてくださるもの」
「ミャー」
モリオンが私もいるわとアナの頬をペロっとなめる。アナもやっと心の底から安堵したようだ。
ウオーランドはまだ危うい。他国に門を開いたばかりだ。国外に身を潜める魔女信仰者までは対処できない。新王になるダニエルにしっかりと統治させるには。さてどうしようかな。




