花嫁衣装は誰が着る
王国騎士団からローガンがウィステリア騎士団に移籍した。団長になるのが嫌で逃れて来たのかと聞けば、剣術大会からずっと考えてきた事だという。自分は王都のような華やかな場所より、ウィステリアのようなのんびりした場所が性に合っている。田舎騎士がちょうどいいそうだ。
「うちは大助かり。若い者も多いから、指導頼むよ」
レイも気心の知れたローガンを歓迎している。リアンとも相談して、しばらくは副団長。その後は団長になってもらう。
「私はすぐにでも団長をローガンに任せて、アナ様の護衛に徹したいのですが」
「当分は騎士団をしっかり頼むよ。君にしか任せられない」
「私が馴染むまで、リアン団長にいてもらわないと困る」
主にもローガンにも言われ、リアンはちょっといい気分。アナ様とは休日にカフェ巡りへ行こう。仕事じゃなければ堂々と同席できる。
アナの『リアンのお嫁さんになりたい』は、どうも本気らしかった。リアンが父似だからと言われても父は複雑。まだまだ愛娘の結婚など考えたくない。護衛をリアンに任せれば安心だが、当面はレイラと腕の立つメイドに任せることにした。
「アナ様は私がしっかりお守りします」
アナの護衛はレイラが勝ち取った。
「アナ様の護衛は諦めましたが、レイモンド様のメイドとして頑張ります」
「メイドじゃない。たまに変装する時の手伝いだからな」
ヴィンがアスターにたまにだからと念を押す。四六時中レイの側で仕える訳ではない。普段は今まで通り騎士団にいて、領へ仕事や遊びでくる貴族女性の警護をしてもらう。
レイが変装する時、ミアやフローレンスがいれば手伝いを頼む。いなければ自分で支度する。夜会用のドレスはさすがに1人で着れない。女性の鳩に頼んでいた。ヴィオラの専属メイドなどいないし、訪問先のメイドにも頼めない。頼れる鳩が結婚することになり退職してしまった。フローレンスもいなくなるとミアだけになるが、そうなるとルーカスの護衛に支障がでる。
「自分でできる限りはするけど、誰かいた方が助かるよ」
「お前、普段は俺に手伝わせるのに、ドレスは自分で着るんだよな」
「あら嫌だわ。女性の着替えを男性には頼めません」
ヴィオラのドレスは脱ぎ着しやすいものばかり。声色だけヴィオラのレイが、最近はかんざし1本で幾通りも髪を結えるようになったと自慢する。化粧も化粧品を雑貨屋に並べているくらいだ。できて当たり前と言う。
「ドレスは着るより、脱いだ後が大変なのですよ」
そうそうとレイが頷く。アスターが男性は知らないでしょうがとヴィンとレイラに向かって、簡単な仕事じゃないと訴える。
ホコリや汚れはすぐ落とさなければならない。洗えるものは、宝石などできるだけ外すか保護する。夜会用は特に手間がかかる。しまうときも、しわにならないよう丁寧に。それに小物も装飾品だって手入れが必要。取り扱いが難しいものもある。
それでフーレ村の家では村娘風だったのか。ヴィンも納得。木綿の簡素なワンピースなら簡単に着られて、あとはポイッと洗濯かごに放り込めばいい。離宮にいる小さな家担当が回収。洗濯して、また届けてくれる。
「いつでもお呼びくださいね」
「当分予定はないけど、よろしく頼むよ」
そう度々変装しなければいけない案件など合っては困る。
領主館戻ると、アイリスとローズの姉妹とモリーナが待っていた。
「レイ様。いつでもお着替えできるように衣装は運び込んでありますから」
「そう。それは楽しみだな。でも僕よりもいい人材を呼んでおいたよ」
「えっと。それはどちらのご令嬢でしょうか」
「入っておいで」
執務室に現れたのは、レイとはまた違う可愛い女性。でもどこかで見たことがあるような。どなたかの妹だろうか。違う。レイが笑っている。
「花嫁衣装ならぜひ着てみたいと言ってくれてね。僕とサイズもそう変わらない。どう?」
「い…いいと思いますわ」
「ミアです。よろしくお願いします」
着たくても、自分には縁がないと諦めていた花嫁衣装が着放題と聞いて、ミアはもう舞い上がっている。誰かのためではないが、嬉しい。心は女子なのだ。
がっかり気味の3人。ヴィオラを飾り立てるチャンスが! でもミアも素材としては魅力的。新郎役はどうしようかしら。ちらっ。ヴィンに目を背けられた。
新郎役も連れてきたとレイが扉の外にいた人物を中に引きずり込む。
「重要な仕事って何ですか。えっ? 絵のモデル?」
騎士団から容姿の良い者をレイが仕事と言って連れてきた。ミアと並べば、確かにいい感じではある。イメージに近い。でも期待通りではない。少し考えますと姉妹とモリーナはミアだけを連れて衣装部屋へ消えた。
話し合いの結果、ミアには好きなだけ着てもらい、カタログ用にスケッチを何枚も描かせることにした。ミアは当分部屋から出ないだろう。
モリーナが見ていただきたいものがあると、今度はレイだけを新郎用の衣装部屋に連れて行った。
「レイ様に花嫁役お願いしたいのですが、お嫌なのですよね」
「そうだね。僕じゃなくていいと思うよ」
「ヴィンセント様用にこのような衣装を作っていただきましたが諦めました。とても素敵だったでしょうね。いつか本番で着ていただくとしましょう」
モリーナが口では残念そうだが、さっさと箱にしまいこもうとする。待ってとレイが止めた。
「確かにヴィンの花婿姿は見てみたいね」
「でもヴィンセント様はお相手がヴィオラ様じゃないと着てくれないでしょう。今回は諦めます」
「諦めるには早いよ…。そうだ。僕とわからないように描かせるなら、着てもいいよ」
「無理なさらないでくださいな。主を困らせるなとセオ様に叱られます」
「大丈夫。仕方なくだが、僕が民のために一肌脱いだと言えばいい」
「さすが領主様ですわね。ではお願いします」
モリーナが箱を片付け、にっこりと笑った。
レイが連れて行かれると、姉妹がヴィンにこちらへどうぞと呼んだ。
「ご覧ください。ヴィオラ様に着ていただく花嫁衣装でしたの。このロングベールをつけてバージンロードを歩く姿。想像してみてくださいな」
いいかもしれない。村娘も可愛かったが、花嫁衣装だって似合うだろう。ヴィンは目を閉じて想像した。だが、レイは嫌がるだろう。仕方がない。想像だけにとどめよう。
「もし…。もしもですよ? ヴィオラ様がこちらの衣装を着てくださるなら、ヴィンセント様に新郎役をお願いしても? 無理にとは言いません。先ほどの騎士様にお願いしますので」
先ほどの騎士がヴィオラの横に並ぶ? 確かにいい男だったが、想像したくもない。気分が悪くなってきた。
「俺はレイ様の護衛だ。片時も離れるわけにはいかない。その時は仕方がない、どんな役でも引き受けよう」
「さすがレイモンド様の第一の側近で護衛ですわ」
姉妹とモリーナの勝ち。領主館の『ウェディングサロン』に飾る絵は2人に決まった。
早速アスターが呼ばれた。さすが元サンドラ女王の侍女だっただけはある。手際もセンスも良い。あっという間に花嫁の支度は終わった。
教会ではなく、領主館の庭でポーズをとることにした。神様の前でバージンロードは歩けないとレイから物言いがついた。
ガゼボに並ぶヴィオラとヴィン。互いの手を取り、見つめ合う姿は本当のカップルにしか見えない。ヴィンがあまりに緊張して正面を向けなかったのだが、ヴィオラが目を反らすなと言えば、照れながらも役に徹した。
シンプルな白い絹のドレスとウィステリア刺繍の入ったロングベール。シルバーグレーのモーニングコートを着た新郎の胸には同じ刺繍の入ったポケットチーフ。レンタルに出すものだが、2人が着るとフルオーダーの最高級品に見える。
鳩からの報告で、領主館に乗り込んできたハリーが地団駄を踏む。
「他国の王子をうちの宣伝に使えないでしょう」
「でも!」
散々ごねたハリーは人には絶対に見せない約束を書面にし、ヴィオラのスケッチ1枚だけ持ち帰ることをお許しいただいた。レイの私物だがガーターリボンまでねだり、粘り勝ちで奪っていった。
「ハリーはあれで本当に王位につけるのか? ただの駄々っ子じゃないか」
雑貨屋でヴィンが呆れていた。それよりも姉妹たちにうまく乗せられた気がする。珍しくレイが頭を抱えている。
「母上や子ども達まで見学に来てさ。僕はこれからも男親に見てもらえるか、そっちが心配」
先ほどからレイはため息しかついていない。悪乗りしすぎた。
「でも君の花婿姿は良かったよ。母上様に見せてあげたかったね」
「俺はレイラとハリーに睨まれて、身の危険を感じてたよ」
レイとばれないよう絵には、顔が特定できないようベールで隠したが、見学者が大勢詰めかけた。アランとアンはもちろん、トーマスやセオまで来て囃し立てられた。雰囲気作りですよと言われても納得できない。
「明日考えよ。もう疲れた。寝るよ」
「そうだな」
いつものように寝台に2人並んだ。
「ねえ。今夜ってもしかして初夜?」
「お前は。黙って寝ろ」
「チューくらいしてよ」
「……」
「ほら」
バチン!
「痛っ!!」
レイのデコを指で思い切り弾いて、赤くなったところを手当といってチューした。




