双子の休暇
父と釣りを楽しんだルーカスはバーデット家の居間でくつろいでいた。お風呂に入り、服を着替え、アガサ手製の馬蹄形のクッキーをもらう。ちょっと硬めでカリッとして美味しい。
アグネスさんが揚げたドーナツは、焦げてるから食べてはだめと父がメイドに下げさせた。一生懸命作ってくれたのにと思うが、あとでヴィンが食べるから無駄にはならないし、火傷の軟膏はちゃんと渡したから安心していいよと言ってくれた。お父様は本当にお優しい。見習わなくちゃ。
ミミズを捕まえても騒ぐ妹はいないし、川岸で釣った魚を父が焼いてくれた。その手際の良さに驚いた。すごくカッコいい! 男同士の話もできたし、朝ごはんの時に護衛達が一緒だったのはこの際許そう。父がとびきりの笑顔で次を約束してくれたのだから。
お腹も満たされ、うとうとした隙に、父は領主にしかできない決済があるからと泣く泣く執務室へ連れて行かれた。目覚めると父がいない。すぐに戻ると言われたが、すぐに終わらないのはわかっている。先にヴィンセントに案内を頼みミアと厩舎へ向かった。バーデット家の大きな厩舎を見るのも楽しみのひとつ。
「ルーはご機嫌だな」
「お父様が今度は離宮のお庭でご飯作る約束をしてくれたの」
「そうか。その時も2人か?」
「アナを誘うよ。3人で作るんだー」
オリビア様の得意だった手料理をレイが代わりに作るらしい。野営から戻るなり、週に1度は子ども達と過ごす日をつくると宣言された。
「子どもの成長なんてあっという間だよ。今しか一緒にできないことをするんだ」
夜だけでなく丸1日だと予定の組み立てが大変だが、うまく回せるよう俺らが頑張ればいい。
厩舎に着くと厩務員に囲まれる。皆、若君到着を待っていた。
「若君のおかげでブチの入った馬が高額で取引されるようになりました!」
「パッチ君は王都で大人気なんだ。みんなが可愛いいって言ってくれるの」
初めてルーがパッチと屋敷の外へ出かけた日の事。公爵家から王城までミアがルーカスの乗ったパッチを引いて歩く姿が話題になった。
隣にはアリアンに騎乗したレイが優し気な眼差しを向けている。後ろにはアナベルが乗った屋根のないエレガントな2頭立て馬車。真っ白な馬を操るのはリアン。最後尾は漆黒のオニキスに騎乗したヴィン、バーデットの馬を手に入れたハリー、護衛達。何のお祝いパレードが始まったのかと皆が足をとめ道の両脇に並んだ。王城に遊びに出ただけなのだが。
帰りは噂を聞いた貴族たちが一目見ようと王城に詰めかけ、門から出られなくなり、騎士団が呼ばれるという珍事が起きた。
早くに目をつけた家では安く購入できたが、数も少なく、今では値も上がってなかなか手に入らない。そうなると持つことがステータスになり、問い合わせが殺到した。レイはただ欲しいだけで、乗りもしないで見せびらかすだけの者には売るつもりはない。ルーにも騎乗して、十分役に立つ馬だと王都中を回って自慢しようと言ってある。
そのために今日は練習にきた。王都でも練習はしているが、父に教わるならバーデット家の馬場がいいとルーがねだったのだ。
ルーはまだバランスをとるのが難しいと言いながら、毎日乗って頑張っている。背筋はまっすぐに伸ばせているが、重心が動いてしまう。
「力まずに乗れるようになってますよ」
毎日付き合うミアがいい調子ですと褒めまくる。小さな主の成長がとても嬉しい。
丸馬場の中をゆっくり歩く。パッチも落ち着いていて、ルーはまっすぐ前を見ながら「次に進めるかな」とミアに聞いていると、父の声がする。
「間に合ったーー」
仕事を片付けたレイがミアと交代して馬場の中に入る。
「もう少し常歩で。ただ歩くだけでなく、リズミカルに歩けるように」
「はいお父様。こう?」
「いい感じだ。すぐできそうだね」
柵のまわりではヴィンも厩務員たちも親子でいいなーとのんびり眺め、ミアは指導法を真似ようとレイの言葉を必死に聞き逃さないようにしていた。
「今日はこのくらいにしよう」
「明日にはもう帰るんだよね」
「ウィステリアでも、王都でもできるだけ練習に付き合うよ」
「やった!」
尊敬する父に教わり、褒められるのは嬉しいし、もっと頑張ろうという気になる。ミアも優しいし決して怒らない。気長に待ってくれるけど、やっぱりお父様がいい。でもそろそろ独り占めをおしまいにしないとアナがむくれる。頬を膨らませて怒る顔も可愛いけど、やっぱり笑った顔が好き。会いたくなってきた。
アナは親友のアイラと、アイリスとローズ姉妹の館に通っていた。居間にはあちこちに羊毛で作ったぬいぐるみが置かれている。姉妹に習って3日でひとつ仕上げるつもりだ。
留守中は毎日女子会すると言ったらルーに微妙な顔をされた。そうよね。元気な男の子にお茶飲んでおしゃべりなんて退屈でしかないでしょう。それにいつも父の側を離れないモリオンちゃんを独り占めできる! 今夜は抱いて眠れる。最高!
「針でツンツンするだけなのに、本物そっくりにできるなんて。モリオンちゃんを作ってお父様を驚かせるわ」
「ミャー」
「モリオンちゃんも嬉しそう。おいで。…やっぱり来ないか…」
アナの横に座り、手元をじっと見ているかのようなモリオンはミルクを出されても動かなかった。針がアナの指にあたると、モリオンの毛が逆立つ。そしてペロッと舐めてくれる。
「アナちゃんもアイラちゃんも手先が器用ね。普段から針を使っているのかな?」
「お裁縫は大好きです。お父様からお誕生日にお母様の使ってらしたお裁縫箱をいただいたの。縫物をしているとお母様が側にいるみたいな感じがするんです」
姉妹がソファに倒れ込んだ。こんなに可愛い娘をのこして逝くなんてさぞ辛かっただろう。絵姿を見せてもらったが、妖精にしか見えない。レイが再婚なんて全く考えてないのがよーくわかった。
「アナちゃんには双子のお兄様と優しいお父様がいて羨ましいわ」
「領主様は本当にいつ見てもカッコいいよね。私のお父様も服装はきちんとなさっているけど、普通のおじさまだわ。へんなダジャレで笑わせようとして困っちゃう」
大商会の会長であるアイラの父は職業柄かいつも最先端の服を着ている。貴族ではないが流行に敏感な社交界で人気者だ。愛娘におじさん呼ばわりされているとは! 今頃くしゃみでもしているだろうか。
「お仕事で毎日ご一緒できないし、自分のお父様が素敵な方だと思うけど、家では普通の方だと思うわ」
「そうなの? くつろぐ時も微笑みを忘れず、寝姿も決して乱れないと勝手に想像していたわ」
「まさか! お父様だって欠伸なさるし、疲れたーって素足になって、入浴剤を入れた木桶によく浸かってるわ。起きた時はおひげだって伸びてます」
「(見たい!)」
「それにすごい怖がりで、よくヴィンセント様を寝るまで横に座らせているみたいだし」
「(それは想像できる!)」
「ミャー! ミャー!」
モリオンがアナの膝をペシペシと叩く。あら、おしゃべりが過ぎたみたいとアナが両手で口を塞いだ。それ以上言わないであげて! たぶんそう言われている気がする。
「えっと。仕上げてしまいましょうか」
「そうね。明日にはお戻りでしょう? 見たらとてもお喜びになるわね」
「はい。残りも頑張ります!」
4人はひたすらツンツンと羊毛を刺し続けた。
「見て。モリオンちゃんにそっくりよ!」
アナはベッドの上でモリオンとぬいぐるみを見比べている。大きさはだいぶ違うけど、初めてにしては上出来。モリオンも匂いを嗅いだり、触ってみたりと気に入ったようだ。
「一緒に寝てくれるのね。今日も甘えさせてくださいな」
優しくモリオンを抱きしめた。お日様とすみれの匂いがする。
「お願い。どこにも行かないでね。ルーは強がっているけど、本当は私と同じにお母様が恋しいの。モリオンちゃんまでいなくなったら、お父様もルーも悲しがるわ。私もよ」
「ミャー」
あったかいな。アナは心地のよさにすぐ眠ってしまった。
「アナ、ただいま。お土産があるよ」
幸運が訪れますようにと渡されたのは、馬蹄形のネックレス。
「お父様ありがとう! すごく素敵。次のお茶会に着けていくわ。あら、ルーその顔はどうしたの?」
「名誉の負傷だよ。アナもその指先どうしたの?」
「名誉の負傷です」
ふふふ。2人はぎゅっと抱き合う。楽しかった休暇の報告をしようと子ども部屋に駆けて行った。




