第56話 「『女たらしだ』と彼女は言った」
「これなんかどうだ? かっこいい」
「ダメ。装飾がゴテゴテで使いづらい」
「じゃあこれは?」
「よく見ろ。刀身の太さが均一じゃないだろ。こういうのは造りが甘くて折れやすいんだ」
「へえぇ……さすがレモネットだなぁ」
そう誉めると彼女は、「フツーだよ」と頬をポリポリと掻きながら、照れくさそうにあっちへ行ってしまった。
レモネットと買い出しに来ている。
ツキト・ゾゾル連合軍を結成してから一週間が経った。
宿屋を拠点にしていた俺たちは、ゾゾルの厚意でアジトのひとつを貸してもらえることになり、そちらへ引っ越した。
ちょっと遅くなってしまったが、やっと腰を落ち着けたので、旅には不向きだった大剣や槍なんかの武器を買いに来たのだ。
ランゴ「30」を頭に乗せていると目立つので、今日は「2565」にしている。
そう、ランゴは貸し借りすべきである。
それをゾゾルたちに言ったとき、彼らが思いがけない提案に口をあんぐりと開けていたのを思い出す。
トップになるためジャルバダールの王都に残った連中や、腕試しのために他国から訪れている連中には思いも寄らない発想だったのだろう。
俺の最終的な目標は力や権力じゃないから、こういう抜け道を思いついた。
試してみると、一度剣を交えて、どちらかが「降参」と言うだけでランゴは入れ替わったのだ。
こんな簡単にランゴを変えられるなら使わない手は無い。
ただの外出なら高くも低くもないランゴを、
対抗勢力と戦うときには出来るだけ高いランゴを、
逆に高いランゴを温存しておきたいときには低いランゴを、その時々で頭上に浮かべておく。
考えてみればティワカンヤ王が勝手に決めたランゴを、いつしか国民全員が欲している。
なんだかこれは王の施策に上手く乗せられているだけで面白くない。
だからランゴに使われるんじゃなく、俺たちがランゴを使ってやるのだ。
今日はレモネットも三ケタではなく、四ケタ台のランゴを乗せている。
買い物にを出歩くときは、まあこのくらいの数字がちょうどいい。
「仮面の兄ちゃん、ご所望のナイフ三本、包んでやったぞ」
武器屋のオッサンが向こうの扉から顔を出し、にこやかな顔で革袋を突き出した。
「ああ、それ俺のじゃないんだ。そっちのツレの。ここで装備していくだろうから彼女に渡して」
レモネットを指すと、オッサンは「ええっ?」と驚いた。
「いやいや兄ちゃん、いくらジャルバダールが無法国家とはいえ、こんなちっちゃい子供にナイフを三本も持たせるなんて危ないぜ!」
もちろんオッサンは親切心から言ってくれたんだろうが、その発言はレモネットのプライドを大いに傷つけた。
「ちょっとちょっと、誰が子供だ、誰が。頭のランゴが見えないのか。『1989』。コイツより上だろうが。というか歳だって上だ」
ふんすふんす、と鼻息が荒い。
オッサンなんて三千番台だから俺たちよりランゴが低いのだ。
「ええっ!? じゃあそのランゴはたしかに嬢ちゃん自身が手にしたのかい?」
「……そうだ」
正しくは「ツキト・ゾゾル連合軍が所有するランゴから借りている」という状態なので、レモネットもいまいち歯切れが悪かったが、少なくともうっかりゲットしたわけではない。
死にかけの兵士を襲うとか、国を離れる家族に高いランゴを譲ってもらうとか、案外ランゴに見合った実力を持たない者は多いのだ。
まあさすがに二ケタ台、三ケタ台になると、その可能性も低いのだが。
しかしレモネットが怒るのも無理は無いだろう。
ついこの間はゾゾルにチビッ子と間違えられ、最近だって道行く人に心配そうな顔で声を掛けられたことが一度や二度じゃない。
背が低いだけではない。
そばかすの顔、くしゅっとした金髪、ふにふにのほっぺたと、まさにアメリカンキッズとでも言うべきお子様要素がこれでもかと詰まっている。
なんならチューインガムをぷくーっと膨らませていそうだ。
まあ見た目はともかく、強いし賢いし頼もしいから、俺は彼女が年上のお姉さんだって疑いもしない。
「そうかそうか、そいつはごめんね。はい、こちらがナイフだよぉ」
オッサンはへこへこと謝りながらレモネットに武器を渡す。
しかしその言い方が、まるで子供や孫をあやす親かおじいちゃんみたいな口調だったので、レモネットはさらに鼻息を荒くしていた。
苦笑しながらも、ちょっと気の毒だなと思った。
昼になったので、スラムにある広場で腹ごしらえをする。
この辺りはゾゾルの息が掛かっているため危険が少ないのだ。
「そういえば遅くなったけど」
と、俺は前置きして、
「『ツキト団』への正式な加入、ありがとう。レモネットみたいに強い人がいると頼もしいよ」
そう告げると彼女は、「そりゃどうも」と、素っ気なく返した。
「まあそもそもツキトはアタシたちを捜してはるばる来てくれたんだし、感謝するのはこっちの方だけどな」
「それでも『ツキト団』を作ったり、ゾゾルと手を結んだり、これからの方針を勝手に決めているのは俺だから。そのやり方についてきてくれて、的確なアドバイスもくれる。ありがたいよ」
「そ……そうか。ならいいけど」
今日だって、本当は一人で武器を見に行こうとしたところを、彼女が「武器に詳しいから」と同行を申し出てくれたのだ。
おかげで良いものが買えた。
「ニュトの面倒も見てくれるし、騒がしいシューシュカをちゃんと叱ってくれる。レモネットは『ツキト団』の良い姉ちゃんだよ」
感謝の気持ちを伝える。
顔が見えない分、普段から声に感情を込めるようにしている。
するとレモネットは恥ずかしそうに、ぷい、とそっぽを向いて、ため息とともに言った。
「お前さ……いつもこんな感じなのか?」
「え? こんな感じって?」
「恥ずかしげもなく、人を誉めるよな。ゾゾルのときだって……人たらしっていうのか? そういうの」
「ひ、人たらし?」
思わぬ言葉に面食らう。
「い、いやいや、全然そんなことないよ。俺なんて昔から誰にも人気無くて、いじめられたことだって一度や二度じゃないんだから」
「ツキトをいじめる? よっぽどの命知らずだな、そりゃ」
命知らずって……。
なんでいつの間にかそんな評価になってしまっているのか。
でも、思い当たるところはあった。
「いや、多分……変わったんだよ、俺。ニュトと出会ってさ。護るものが出来て、強くならなきゃって思うようになった。昔から人を見る目だけはあったから、良いやつはすぐに分かるし。それで良いやつの良いところは誉めているってだけ」
「ふーん」
レモネットはどこか含みのある相槌を打って、それから唐突に変なことを言った。
「てっきりアタシ、からかわれてるのかと思った」
「からかう? 全然そんなつもりないけど」
「いや、『良い姉ちゃん』なんて言うからさ。……アタシ、こんな見た目だろ? 普段はブリガンディの隊に所属してるけど、酒の場じゃアタシの部下にだって子ども扱いされるんだぜ。女ならまだいい方だ。男の子扱いしてくるヤツもいる。まあ女らしくしてないアタシも悪いし、そう言ってきたやつは的当ての練習台にしてやるけどね」
彼女は自嘲気味に笑った。
「ひょっとして、そのためにナイフの腕を磨いたとか?」
「うちは親父が研ぎ師だから、小さいころからナイフは触ってたけどね。馬鹿にされたくないから練習したってとこはあるよ」
「武術大会にも出たし」
「ぎりぎり敢闘賞ってところだけど」
ちなみにこの武術大会、後で聞いたところによると、ファンダリン以外の六王兵はほとんど入賞しているらしい。
故ルファード大将軍は三年連続優勝ののち殿堂入り。アレクトロはその後連続優勝で殿堂入り。
レモネットの世代じゃブリガンディとバスタークがワンツーフィニッシュで勝ちまくって、ボドが支配する前の年にブリガンディも無事殿堂入りしたとか。
改めてバケモノたちと一緒に戦ってきたんだな……と、変に感慨深い。
レモネットのことは、普通に可愛いと思う。
年相応かって言われると難しいが、むしろ二十代でこの顔立ちなら、のちのち本人もお得じゃないか?
「それってさ、単にレモネットのことが好きで意地悪言っているだけじゃないのかな」
「はあ?」
「だから同じ隊の連中も部下も、レモネットが好きでからかっちゃうだけなんじゃないかって」
「いやいや、ないない」
彼女はぶんぶんと手を振った。
「アタシ──その──そういう経験ねーもん。女の子扱いはされても、女扱いされたことはないよ。がさつだし、たまに向こう見ずだし」
「女の子扱いじゃダメなのか」
「小さい子が好きってだけならまだしも、そういうやつは大抵ヘンタイだからな。アタシ自身に、その、なんだ、レンアイ? してるとかじゃないもん」
ふてくされたような言い方が妙に可愛くて、思わず口角が上がる。
いろいろ苦労してきたんだな。
「なにかフォローしてやりたいとこだけど……俺もそういう経験値はゼロだからなぁ」
「ええっ?」
「えっ?」
「いや、絶対ウソだろ……」
レモネットの中で俺はどんなキャラなんだ。
まあ……いきなり特使になり上がったあげく、単身犯罪者の巣窟に突入し、なぜかファッションショーを開いているくらいだから変人の印象がついちゃったのかもしれないが。
一応いろいろ考えてアレコレやっているんだが、出来事だけをなぞるとたしかに破天荒に思える。
そして破天荒な人物は意外にモテたりするし。
俺だってあのブリガンディに告白されたくらいだから、今さら自分を卑下したりはしないけど、童貞であることに変わりは無い。
「まあ、なんだ」
俺は会話の合間にもぐもぐ食べていたイモを飲み込んだ。
「『ツキト団』のお姉ちゃん的存在っていうのも嘘じゃないし、幼い顔立ちだって良いと思うよ。これは予言と思っていいんだけど、しっかりしたところも向こう見ずなところも、まるっとレモネットを評価してくれる人がこれからどんどん現れる。どんどんモテるだろうから覚悟しておいた方がいい」
「……お前、詐欺師に向いてるぞ」
「本当だって」
「予言は外れるのが相場だしな」
「いいや、もう当たってるよ」
え? とこちらを見上げたレモネットに、俺はいたずらっぽく言った。
「俺がその証明だ」
「っ……」
するとレモネットはバッと顔を下げ、そのまま頭を上げようとしなかった。
「……レモネット?」
「……」
「……冗談を言ったつもりはないんだが」
「……分かった、ツキトは人たらしじゃない」
ん? なんで話が戻ったんだ? と疑問に思っていると、レモネットは真っ赤になった顔を上げて、睨むような顔で俺に宣告した。
「──アンタは女たらしだ」
「はっ?」
いやいやちょっと待ってくれ、と手をわたわたさせる俺をよそに、レモネットはガツガツガツと一瞬でイモを食べ終えると、さっさと先へ行ってしまった。
……ええ……。
ひゅるりと吹くほこりっぽい風が、一人残された俺を撫でていった──。




