イザリナ
「何でこんな所にダークネスウルフが!?」
ダークネスウルフを見たタランドーさんが悲鳴染みた声をあげる。その様子から察するに、ダークネスウルフは普段この辺りで出現するモンスターではないらしい。
ダークネスウルフの群れは俺達を中心に周辺を囲んでいた。だが様子を伺っているのか何もしてこなかった。俺達もダークネスウルフの出方を窺っていると、突然聞いた事のない艶かしい声が暗闇の中に響いた。
「ごきげんよう」
声のした方に注意を向けると、暗闇の中から漆黒のドレスを纏った女が現れた。その女は頭部の左右から角みたいな物が生えていて、手に開いた扇子を持ちそれで口元を隠しながら近付いてきた。
「そこの貴方、お名前は何と仰いますの?」
女は手に持っていた扇子を閉じて俺に向けてきた。俺に向かって言っているのだろうが、素直に名前を言う訳がない。
「教えてあげてもいいですけど、まずはそちらから名乗ってもらってもいいですか?」
「よろしいですわ。わたくしは魔王様に仕える八柱将の1人、サキュバスのイザリナと申しますわ。以後お見知りおきを」
イザリナは自分の事を魔王の配下だと言い、更に八柱将って事は幹部っぽい。イザリナの言う事が事実だとすると、こんな所で魔王の幹部に出会うとは最悪だ。《鑑定》も発動しなくて相手の強さが全くわからないが、《鑑定》を阻害している事を考えても厄介な相手だ。
イザリナとは違いダークネスウルフは《鑑定》出来たのだが、《闇魔術》のレベル5を所持していて、ステータスも同じ狼のジャイアントウルフと比べても遜色ない程高かった。1体ならまだしもそれが7体居て、それを統率するという事はイザリナの言っている事は本当なのだろう。俺がイザリナと戦うとしても、残りのダークネスウルフは7体も居る。ソフィアが4体、アペルが3体でも厳しい。こればっかりは包囲網を維持する為に、ダークネスウルフの数が減ってくれるのを祈るばかりだな。
「さあ、わたくしは名乗りましてよ。あなたのお名前を教えてくださいまし」
「……神楽坂翔二。何故魔王の幹部様がこんな所に?俺達に何か用でもあるんですか?」
「カグラザカ様と仰るのですね。わたくしは貴方に会いにきたのですわ」
イザリナの目的は俺に会う事だと言った。俺は今までこんなお姉さんに会った事はない。では一体何処でイザリナは俺の事を知ったのだろうか。
「それは光栄ですね。でも何故俺に会いたかったんですか?」
「そうですわね、あれは数日前の事ですの。他の八柱将のラゴモス、ああ、ラゴモスは魔王様の代わりにわたくし達に指示を与える参謀なのですが、獣人族と人族が手を組みそうだから、それを潰すようにと言われましたの。それでモンスターの大群を使って、まずは獣人族の色々な村を壊滅させていたのですが、そこに貴方達が現れて台無しにしてくれましたのよ」
イザリナの言う事が本当だとすると、獣人族の他の村も襲われていた事になるが、あの事件の主犯は今目の前にいるこの女だったのだ。まさかモンスターの大群騒ぎに魔王が絡んでいるとは思わなかった。
「それは邪魔をしてしまってすいません。謝りますからここは見逃してもらえませんか?」
「ふふ、安心してくださいまし、別に貴方をどうにかしようと思って来たのではありませんわ。今日はただのご挨拶に参りましたの。でもダークネスウルフちゃん達と遊びたかったらそれでもよろしいですわよ」
「いや、遠慮しておきます」
「あら、そうですの。砂漠の時みたいに戦ってるお姿を拝見させて頂いても良かったのですが、残念ですわ」
あ、危なかった。本当に残念に思っているように見えるので、もし返答を間違えていたら、戦わなくてはならない所だった。
「それではお名前を教えて頂きましたし、わたくしはそろそろお暇させて頂きますわ。カグラザカ様、またお会いしましょう。ごきげんよう」
イザリナはそう言って再び闇夜の中に紛れて消えていった。それと同時に馬車を囲んでいたダークネスウルフも一箇所に集まり、揃って闇の中へと消えていった。
辺りに静寂が訪れるが、まだ安心は出来ない。《探知》の範囲からダークネスウルフの群れが消えるのを確認してから大きく息を吐く。
「ふう、魔王の幹部にダークネスウルフが7体とかどう考えても無理でしょ」
魔王の幹部であれだ。魔王とはどれだけ強いのやら。出来ればこれからも関わり合いたくないな。倒すとか言っていたの撤回するわ。無理無理。
「ショウジ様、魔王の幹部に目を付けられるとは本格的に強くならないと今後が思いやられますね」
全くシェリーの言う通りだ。あんなのがまた来た時になんとか出来るようになっていないと命に関わる。レベル上げは早急にやらなければならない課題になった。
その日の夜は警戒に警戒を重ねて見張りをしたが、再びイザリナやダークネスウルフが襲ってくる事もなく無事に過ぎていった。翌日も翌々日も夜の見張りには気を使ったが何事もなく過ぎ去った。そのまま襲われることなく数日が経ち、とうとう俺達はティーリアの街に帰ってきたのだった。




