黒蟹シリーズ
関所を通り抜けた蜥蜴車が南へとまっすぐ進んでいく。徒歩なら2日のペースだが蜥蜴車なら昼過ぎ頃には村に到着するという事だった。その中でソフィア達が購入してきた回復剤を分配していく。ここで俺は回復剤ばかりに気が取られていて、アペルの装備の更新を忘れているのに気付いた。俺やソフィアの装備は良いがアペルのは安物で、これからモンスターの大群と戦うには心許ない。こうなったら作るしかないと思い《装備作成》で何か良いのがないか探していく。
作成リストの使用アイテムの中にダークサイズクラブの鎌とダークサイズクラブの甲羅を見つけた。作れるものは黒蟹の剣と黒蟹の盾だ。剣の方はダークサイズクラブとの戦闘中、その鎌が洞窟の中の岩を容易く切り裂いていたので鋭さは十分だろう。盾の方も今の装備に比べたら十分硬いだろう。ただし2つとも作成成功率がそこまで高くない。それだけ良い物なのだろうが、失敗は許されないので《装備作成》のレベルを上げる。他に作れそうな物はないが、アペルは基本回避か盾での防御なのでこれらがあればなんとかなるだろう。《装備作成》のレベルを上げたおかげか両方成功し、それをアペルに渡し装備してもらう。ついでにアペルは文字を読めるそうなので冒険者の心得(初級編)を渡しておく。詠唱があったとしても《回復魔術》とかを使う場面も必要になってくるだろう。
「この装備凄いです」
うむ、出来上がった装備を《鑑定》してみると、攻撃力も防御力も今まで装備していたものとは比べ物にならないくらい上がっていた。そしてセット装備の効果か《黒蟹の護り》という能力が付いていた。《黒蟹の護り》は装備者の防御力を+10%上昇させる。盾以外の防具が心許ないアペルにはありがたい能力だ。そしてアペルはスキルポイントを使い《火魔術》をレベル5にして《エクスプロージョン》を使えるようにしていた。相手は大群なので範囲で殲滅できるようになっていたほうが効果的だ。アペルもそれを分かっていて《剣術》を極めるより先に《火魔術》を取得したのだろう。
今回はソフィアは杖装備で行くみたいで魔法をメインに戦うみたいだ。確かに杖を使用する分、威力が増したソフィアの範囲魔法が最大の殲滅力になるだろう。魔法も《氷魔術》をレベル3にして《ホワイトブリザード》を使えるようになったらしい。
2人ともモンスターの大群相手に今出来る事を最大限やろうとしている。俺も《回復魔術》を上げておいたし、後は現地で必要に応じてスキルのレベルを上げられるようにスキルポイントも残してある。今までの戦闘では同時に3体までは相手取っていたが、今回は流石に数が違い過ぎてどうなるか分からない。
御者が俺達に前方から煙が出ていることを伝えてきたので、俺達は蜥蜴車の中から頭を出して前方を見る。確かに前方から煙が上がっていて、既にモンスターに襲われている事が見て取れた。蜥蜴車は俺達をここまで運んでくれたが村が襲撃中ならば、モンスターの襲撃を受けないように村から離れた場所で俺達を降ろす事になった。ギリギリ村まで近付いてもらい俺達が蜥蜴車を降りると、蜥蜴車は転回してヘルグミルの街の方へと引き返していった。
「急ごう!」
村に向かって走り出す。足場が砂地なので若干足を取られるが、ダンジョンの砂漠フィールドである程度慣れていたので、そこまで苦もなく走り続けることが出来た。アペルが先行し村の中へと入っていく。戦場は村の南側、つまりは俺達の居る正反対の所みたいで、戦線を維持できているのか北側にはモンスターの姿は見られない。アペルに付いていくとそこには戦えない子供や女性、お年寄り達が非難している場所に着いた。
「アペル、何で帰ってきたんだ!」
俺達の出現に獣人達がざわめき出す中、怒号が響きそちらを見ると声の主はガベルだった。ガベルは怒りの表情を露にして近付いてくる。
「帰ってくるなと言っただろう!お前に何かあったら俺はどうすれば良いんだ」
「その言葉そっくりそのまま返すです。父さんや母さん、ついでにちょっとだけ兄さんも居なくなるのは嫌です。それなら私も戦うです」
何気にアペルの兄への対応が酷い。シェリーもそうだったがアペルも遊んでいる最中に邪魔してきたのを根に持っているのだろうか。ガベルは怒っていたのだがアペルの言葉を聞いた瞬間に、怒り何処かへ行ってしまって表情が緩んでしまっている。大好きな妹が自分の心配をしてくれたのが嬉しいのだろう。アペルは表情の締まらないガベルに戦況の説明を促した。ガベルは表情を引き締めると、妹の言い分に帰らせるのを諦めたのか今の状況を説明しだした。
今はまだモンスターの大群と戦線がぶつかったばかりで、これからもっと戦闘が激しくなるだろうとガベルは説明する。だがモンスターの数が多過ぎて時間とともに戦線は少しずつ下がってしまうだろうとの事だった。村を襲っているモンスターはスコーピオンの大群で、その中に数はそこまで多くないが上位種のデスニードルスコーピオンも確認されていた。スコーピオンは両手の鋏と何より気を付けないといけないのが尻尾の毒だ。鋏に気を取られていると自由自在に動く尻尾でプスリと毒を喰らってしまう。毒は一度マッシュルームで痛い目を見ているので厄介なのが良く分かる。今は漆黒狼シリーズの装備の能力で《漆黒狼の寵愛》が付いているから毒無効で喰らわないが、ソフィアとアペルには注意するように言っておいた。
ガベルは非戦闘員の獣人達の護衛としてこの場に居るらしかった。他にも護衛の獣人が何人か一緒に居るそうで、出来れば数の差もあるので全員前線に行きたいらしいのだが、そればかりはどうしようもないだろう。代わりに前線で戦ってくるとアペルが告げるが、予想通りガベルは猛反対だ。
「死なせるつもりはないですが、もし父さんが死んだら兄さんは代わりにこの村を守っていかないといけないのです。そしたらあたし達が戦うしかないです」
アペルの言葉にガベルは口惜しそうな表情で反論できないでいる。他の獣人が教えてくれるが、アペル達は代々村を治めてきた血筋なのだとかで、村長の父が死んだらガベルが村長を引き継がなくてはいけないので、こうやって前線から外されて護衛のリーダーを任されているらしい。哨戒している者からモンスターの大群を発見し、村に向かっていると報告があった時、緊急会議が開かれ各持ち場を村長が決めていったのだが、ガベルはアペルにそのことを伝えるために出払っていて会議に参加せず、それを見透かした村長がガベルを護衛のリーダーへと決定してしまっていた。ガベルがアペルを大切にしている事は村人全員誰もが知っている事であり、村長の考えも皆が分かっていたので反対するものは誰も居なかった。
「兄さん、大丈夫です。ショージさん達に出会ってからちゃんとレベルも上がって強くなってるです」
ガベルが俺に視線を向けて睨み付けてくる。勝手に俺の大切な妹を危ないダンジョンに連れて行きやがってみたいな顔をしていた。アペルが視線の先を確認すると俺を庇ったのかガベルの鳩尾に拳を撃ち込んだ。
「それじゃ行ってくるです」
「ま、待て!」
喘ぐガベルを置き去りにして俺達は村の南、スコーピオンの大群と獣人達の戦いの場へと向かったのだった。




