最終話
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はるか遠い昔に、罪なきひとりの少女が冤罪に落とされ、一族と共に殺された。
彼女の遺した『言葉』は、周囲の心に罪悪の種を植え付けることに成功した。
裏切りで魂魄を傷つけられた少女は、哀しみが癒えるのに数百年という歳月を要した。
生まれかわった彼女は、触れた遠い異国の歴史に引き寄せられた、薄れた過去の記憶を振り返る。
「アレグリアには魔術の心得などなかったのに…………」
そう、アレグリアは呪いではなく『恨みごと』を遺したのだ。
無情にも殺されたフォンデン一族。
その最後のひとりもまた『罪なき罪』を背負わされて殺される。
だったら……死の直前に「恨んでやる! お前ら全員、地獄に落ちろ!!」と捨て台詞を吐いても許されるじゃないか。
過去の彼女の言葉は、滅亡の序曲としていまもなお記録に残されている。
罪の重さから、各々が自滅していった。
唯一、年端も行かない子どもたちが新たに興った国で真っ当に生きたようだ。
…………親や兄姉、一族郎党の破滅を一番近くで見てきたのだから。
それで曲がった思考をもてば、自分も親たちと同じ地獄が待っていると信じただろう。
記録では、国の衰廃はフォンデン一族の死から始まったらしい。
【罪なき一族を皆殺しにしたことを彼らは悔いた。
しかし、悔いたところで還る生命などあろうはずもない。
「ああ、神よ。王都に住まう者たちが犯した罪に相応しい罰をお与えください。彼らが犯した罪が許される日が1日でも早く来るよう、願っております。
そして、理不尽に生命を奪われた皆様の来世がその後の未来が幸福に満ちたものになるよう、祝福をお与えください」
領都で夫の罪を知り神殿に入った貴婦人が毎日つけていた日記の、その日の最後に必ず締めくくっていた言葉だ。
その願いは届けられたのか。
この地にのみ存在する彷徨う魔物〈アンデッド〉は、【彼らの成れの果て】だと言われている。
それは彼らの生きた時代に現れた魔物だからだ。
しかし、ほかの大陸ではそれよりも前に存在が確認されている。
それもまた『国家単位で罪を犯したものの成れの果て』と言い伝えられている。
実際に彼らは斃しても死なず、一定の時間をおくとまた立ち上がる。
それは神に【死ねない罰】を与えられているから、と。
この大陸もまた神の罰を受けて彷徨う者たちなのか。
だとしたら、彼らが我々を見て逃げ出すのは、彼らがいまの自分の姿を恥じているから。
我らを見て襲いかかってくるのは、この苦しみから救ってほしいから。
そう思えないだろうか。】
この世界に偶像としての神は存在する。
しかし神自身は存在しない。
なぜなら、アレグリアをはじめとしたフォンデン一族。
そしてほかの大陸で彷徨う〈アンデッド〉の被害者たちを救うこともしなかった。
彼らは自分たちの犯した罪の重さを理解し、後悔の念に苛まれた結果、自らを〈アンデッド〉に堕としたのだろう。
彼らは何度殺されれば死の安らぎが訪れるのでしょう?
だって、そうでしょう?
貴婦人がつけられていた日記帳。
それをつけていた方は天寿を全うされたという。
国の記録を残し続けた宰相は、王都が廃都となってのちに家族の眠る神殿に参拝した記録がある。
その後は神官の一人として神殿の維持に尽力した。
彼もまた、神殿に墓標が残されている。
天寿を全うできたのは神殿にはいり、神に仕えたから?
だったら全員が神殿に入ればよかっただけだ。
罪と向き合えばよかった?
それは後悔とは違うのか?
計画を企てた王妃ですら、廃妃となって収容された塔の近くで墓標がある。
廃太子とマジョルカの墓標は……ない。
いや、破壊された墓標があるため、その中のどれかかもしれない。
それとも…………
少女は古びた歴史書を暖炉に焼べた。
罪を犯して消えた国の歴史など後世には必要ない。
あの国には生き残ったものたちが【正史】として残してきた歴史書が存在する。
彼らにとって都合の悪い歴史など、国の恥でしかない。
ましてや『仮死状態だった被害者に石を投げてとどめを刺した』などと…………
彼らの存在は過去のものとして忘却された。
すでに『許しを乞うべき相手』も存在していなければ、『許しを与える存在』もいない。
彼らは自らの手で終わりを迎えるしかない。
ただ………………自死もまた、【許されぬ罪】なのである。
〈了〉
死ぬタイミングを逃した彼らは、やはり魔物として倒してもらうしかないのだろうか。
いつか死ねる日がくることを夢みて……