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第二十七話 「奪還 その五」

 地下二階までは、階段を二回折り返した。

 やはりその口に開いたままで、地下のどの階もそうなのだと清子は考える。

 だからつまり、この階段は非常用とかそういうものではなく、やはり基本的に利用されている場所なのだ。

 人と鉢合わせる可能性は大いにあるのだ、と。


 しかし、宝を守る竜はエレベーターではなく階段を使え、と命令なのか警告をした。

 おそらくこの施設の監視カメラを見ていて、中の状況を把握しているにも関わらず。


 だったらなぜ、彼は安全を確認した上でエレベーターを使えという選択をしてくれなかったのだろう。

 そのほうが雅を救出するのに最も近道だというのに。


 もちろん、真意はわからない。

 わからないはずなのに、どうしてか辻褄の合いそうなことが思い浮かぶような。

 清子がそんな錯覚にも似た、なんとなく、の感覚をまた感じたのは、通り過ぎるつもりでいた地下二階の風景のせいだ。


 作りは地下一階と同じ、はめ殺し窓の向こうに棚が並んでいるというもの。そこで上とは違う部分といえば、左側の壁に寄せられたハンドルのない黒いガラス戸のついた棚の存在だけ。


 無視して通り過ぎることもできたはずが、そこで清子だけでなく鈴希も足を止めたのは、黒ガラスの向こうにわけのわからないものがあったからだ。


 人形。

 黒ガラスの奥でも金色だとはっきりわかる乱れた髪が、二人の目を引いた。


「どうしてあんなもの……」


 清子にも浮かんでいた疑問を鈴希が口にした。


「外国のもの……だけじゃない。清子さん」


 言って鈴希は棚の方を指差すが、清子はすでに釘付けだ。

 

 あるのは金髪が目立っていたつば広帽子を被った洋人形だけでなく。


 その隣には赤い紅をつけた白い顔と手だけが浮かび上がって見える和服姿の人形も立っている。

 そのまた隣には、衣服を着ていない頭部の大きな幼児用のナントカちゃん人形。細身の、それもナントカちゃん人形、その同タイプの外人。動物のぬいぐるみ、人型のぬいぐるみ。


 そんな多種多様な人形が無数に棚の中に所狭しと並んでいる。


 それを異様と感じるのは、上階と同じく保管されているように見えるからだ。

 本なら理解もできるが、どうして人形が保管される必要があるのだろうか。

 

 希少だから、ではない。

 清子がそう断定できるのは、美杏が小さい頃に買い与えたのと同じものが混じっているからだ。

 それを保管、しかも白衣の人間が。


「変……ですよ、ここの連中は……」


 いまさらそんなことを再認識した清子。

 鈴希が「そうですね」と反応したのと同時、カシャ、とシャッター音が鳴った。


 驚いて清子が振り返ると、鈴希も驚いた表情をして、いつの間にか手に持っていたスマートフォンを睨みつけていた。


「これ、音消すやつないんですか?」

「すいません。よくわからなくて」


 清子が言うと、仕方ないか、と鈴希はスマートフォンをしまった。


「先を見てみましょう」


 言ってまた先を歩き出す鈴希の後を、黙って清子はついて行く。

 

 そうして階段を下りる最中。この時すでに、なんとなく、に輪郭ができ始めていることに清子は気づいていた。

 

 彼らが雅を求めた真の理由。

 時間を求めるその方法。

 白衣。

 

 それを確認するつもりで清子が踊り場を通り過ぎ、地下三階の棚が見えた時。

 ゆっくりと、棚は右の方へ流れていく。


 本の詰まった棚に新しく本を差し込むのと同じように、いとも簡単に巨大な棚が移動していく様は、つまりどこかに道ができることを意味している。


「ストップ」


 先の鈴希が壁の裏に寄り、最後の一段を下りたばかりの清子を自分の背後に手招きする。

 清子が指示に従って背後に立つと、鈴希はまたスマートフォンを取り出した。


「また撮るんですか?」


 後ろから覗き、彼女がスマートフォンのカメラを起動させたのを見て、清子はそう訊いたが。

 鈴希は、しっ、と指を立てて清子を黙らせた。


 すると彼女は、自分の頭を出す代わりにスマートフォンのカメラレンズの部分だけを口の外に出した。

 その画面には、向こうの風景が映し出されている。


 棚が動いて出来た道は、ちょうど階段と廊下を繋ぐ口の正面の位置に出来ていた。

 明らかになった棚の内側は高さと幅の違う引き出しが幾つも詰まっていて、何が収まっているのかはわからない。


 特段の情報も得られない光景、その奥の方で唯一生きた情報である白衣がちらちらと映り込んでいた。

 それで鈴希はスマートフォンの位置を少しだけ上にずらすと、そこに立っている白衣の人物が短髪のメガネをかけた男性だとわかる。


 鈴希はカメラを動画モードに切り替えて、録画ボタンをタップした。

 コロン、と音がして清子はヒヤリとしたが、それはシャッター音よりもずいぶん小さく、向こうにいる男には届いていないようだ。


 男は、幅は広いが高さが十センチかそこらの薄い引き出しを開けていて、一旦中のものに手を伸ばしたものの、途中で引っ込めポケットから取り出した白い手袋をつけた。


 ここぞとばかりに、鈴希は画面をズームする。

 おかげで画質は多少荒くなったが、男の手元がよく見える。


 そうして改めて男が引き出しの中から取り出したものは、親指の先くらいはありそうな大粒の赤い宝石が付いた金のネックレスだ。

 

 この施設の意味を半ばわかりかけている清子はそれを、いかにも、と思った。

 

「鈴希さん、あれって……」


 清子が言うと、鈴希は「でしょうね」と言った上で、


「何なのかは、あとで善くんに見てもらえばなにかわかると思う」


 と頷いた。


 男が遠くへ戻っていき、そのタイミングで録画を止め、二人は足早に階段を下りる。


「もしかして、あそこにあるものは全部アクセサリー?」

「どうでしょう……。上の人形は棚一列分だけだったし、他のものもあると思う。けど、たぶんなんらかのジャンルで分けられているって可能性は高いでしょうね」

「ジャンル……」


 そう聞いて、やっぱり、と清子の鼓動が早まった。

 

 急がなければならない。こっち側でも、雅は窮地に立たされている。

 

 ここに辿り着く前、美杏から届いたメッセージを思い出し、清子は力の込め方がわからなくなって歯が微かに震えていた。


「清子さん、大丈夫?」

「だ、大丈夫です。早く行きましょう」


 様子のおかしい清子に一瞬だけ気遣うような視線を送り、鈴希はまた先頭を切って残り十三段の階段を下り始めた。

 例のごとく後に続く清子だが、緊張のせいで足が震えておぼつかず、たった十五センチ程度の段差から片足着地するのにも変な気を使っていた。


 それが残り三段というところ。

 震える足が挫け、清子は体制を崩した。


 あっ、と声を上げ慌てて壁に手をつくも、崩れた体制は立ち直れず、それでもバランスを取ろうと踏み出した左足は二段先の地下四階の床を踏んでいた。


 キュキュッ、と連続して靴底が鳴り。

 背後の異変に気づいた鈴希が慌ててもう一つ足音を増やし、転ぶ既のところで清子を支えた。


「大丈夫? 本当に……」

 

 清子の顔を覗き込み、鈴希が言う。


「すいません、足がもつれてしまって。でも、大丈夫です」


 大丈夫です。

 平謝りの代わりに二度目にもそう言い、清子が自分を正そうと浅い深呼吸をした、その時。


「しっ」


 歯の隙間から息を吐き、鈴希は清子を抱き寄せて咄嗟に壁に身を当てた。


 誰か来たのだ。

 悟ってすぐに息を殺し。清子は階下と地下四階のどちらからか、と交互に気にする。

 すると。


「もうずっと匂いが鼻について離れないんだ」


 廊下の向こうで男の声がした。

 疲れたような息の多い喋り方、低いが太くはなくどこか若々しく聞こえる声色が、清子には少し文博に似ているように聞こえた。


「例の匂いか? 生臭いっていう、あの」


 返事。それも男の声だ。

 ハキハキとしていて明るい印象。男だが、鈴希っぽくあまり気遣いができなさそうに感じられるのは、経験則というものか。


「もう生臭いなんてものじゃない。腐臭だ。ずっと、鼻の奥に肉の腐った匂いがこびりついて離れないんだ。頭がおかしくなりそうだよ」


 うんざりする。と若々しい声の男はため息をした。


「まあなあ、ここじゃ多かれ少なかれ皆そういう現象に苛まれてる。気になるなら、火曜に青森先生が来るらしいからみてもらうといいさ」

「そのつもりだよ。上手く眠れないし、匂いは取れないし、最悪の気分だ」

「それは怖いな。おまけに声まで聞こえてきそうだ」

「囁くのか?」

「耳の奥に触れるか触れないか、されるがままになれば気持ちいいだろうな……」


 あぁ。

 最後、熱っぽく息がもらしたのが聞こえ、エレベーターの扉がレールをスライドする音がした。

 次いで張り付いた靴底が離れる粘着質な足音がし、鈴希は素早く廊下の向こうに頭を突っ込んだ。


 右、と室内。首を二度だけ動かして、清子を置いて廊下へと飛び込む。


「え……」


 止める間もない素早い行動。

 というよりも、止められはしなかった。

 

 清子は右足首に感じる違和感。

 痛いような苦しいような奇妙な窮屈な感覚は、良ければ捻挫、悪ければ骨折か。


 それを確かめるには、もう一度足首を捻る必要がある。

 ふう、と一呼吸置き、清子は足首を外側に倒した。


「……ンっ」


 くるぶしの辺りに瞬間的な痛みが走り、清子は一瞬顔を歪めた。

 だが、少しだけだ。

 試しに二度、足踏みをしてみると、その瞬間には痛みを感じない。


「まだ、大丈夫だ……」


 念の為靴紐をきつく縛っておこうと清子がしゃがみ込むと、そこに鈴希が戻ってくる。


「下じゃない、上に行ったみたいです。でもなんか……って、どうしたの? もしかして、足?」

「少しだけです。変なふうに歩かなければ痛くないから、問題ありません。それより、早く行きましょう」

「……うん」


 鈴希が手を添え、今度は二人一緒に階段を下り始めた。

 

 そうして階段を一段、二段と下る度、清子の足首に感じる違和感は重苦しく強くなっていく。

 しかし、ここで痛みを顔に出したりすれば、鈴希はどうするだろう。


 敵地の中心で、一人置いていかれるはずものなく。むしろそうなれば幸いなほうで、最悪、二人で一度地上に戻ることになるかもしれない。

 足手まといになるつもりはなかったのに、こんなつまらないことで自分が重荷になることは想定外だった。


 でも、雅を助けに行きたい。

 なんとしても。

 でも、もしすぐに逃げなければいけなくなって、その時はどうなるだろう。


 雅か自分か。

 おそらく鈴希は、と考えると目的事態頓挫する可能性が生まれてしまう。

 だからこの選択は、目的達成のためか意地か、だ。


 自分のためじゃない。

 もう何度目か美杏の言葉に閃き、清子が善に連絡してもらおうと鈴希を呼ぼうと息を吸うのと同時。


「そういえば」


 と、鈴希が話し出した。


「さっきの男、少し変でしたよね?」

「変、でしたか?」


 清子は、そうは思わない、と言わずにそう言った。


「そうですよね……」


 呟くように言う鈴希の目が泳いでいる。


「……どうかしたんですか?」

「いや、その。本当に二人いたのかな、って」

「え、っと。そうだったように思いますけど」

「ですよね。でも……」


 言いづらそうにして、鈴希は「エレベーターに入る瞬間、見えたのは一人分の背中だったんです」と。


「閉まる時だったから、当たり前っちゃ当たり前なんだけど。なんか気になるんですよ。あー、ってあとなにを言おうとしてたのかな……って」

「なにか……? ため息だったと思いますけど」

「ため息、に聞こえました?」

「はい」 

「そっか。かもですよね」


 鈴希は頷いてはいるが、どう見ても納得はしていない。

 泳いでいた視線が正面ではないどこかの一点で止まり、思考が停止しているのか何かを考えているのかという、不思議な表情をしている。


 そんな虚ろな表情のまま、顔だけを先へ向け、「とにかく、先を急ぎましょう」と鈴希は踊り場から一段下りた。


「はい。でも、その前に霧峰さんに連絡してもらえますか。足が、今は問題ありませんけど、あとでどうなるかわかりません」


 言うと、鈴希はそこで足を止め、清子の足へ目線を落とした。


「足、さっきの階段でですね」


 わかりました。

 そう言ってスマートフォンを弄り始める鈴希。迷いなく動く指さばきは、他人のものを操作しているとは思えないほど速い。

 それが、途中でピタリと止まった。


「でも、上に人が行ったし、一人で戻るのは危険ですね。かといって、ここで善くんを待っているわけにもいかない。清子さん、もう少し頑張って。雅くんと一緒にエレベーターで戻るのが一番安全で確実だから」


「はい、大丈夫です。でも、もしもの時は、絶対に雅を連れて行ってください。私はそのあとでいいです。そうじゃなきゃ、ここに来た意味がなくなってしまうから……」


 お願いします。

 鈴希に意見させまいと、清子は先に釘を刺した。


「……わかりました」


 頷いた後、なんとかします、と言って鈴希はスマートフォンの操作を続けた。

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