第十四話 「落札したもの その十一」
「はいはい?」
これがいつものやり方なのだろう。
鈴希は躊躇なく通話に応じたが。
「ユウキジョージ?」
本当に知らない人物だったようだ。
助言を求めるように鈴希の視線は善へ向けられたが、善は肩をすくめた。
「どうしてわたしの番号知ってるんですか?」
当たり前の質問。
しかしスピーカーの向こうにいるのは、正体不明の人物だ。
二言目に明かされるであろう人物の正体に期待する三人の視線が、鈴希に集まる。
「みあ……って、あの?」
鈴希が言うなり、三人が前傾に変わり。鈴希は、「清子さん」とスマートフォンを渡した。
なぜ自分が指名されたのか。わけがわからなかったが、清子は渡されたスマートフォンを耳に当てた。すると。
『お母さん、だーくんに友達がいた!』
美杏の声だ。
驚いた清子がどこにいるのか尋ねるが。それは『友達んち』だと一蹴された。
『そんなことより、だーくんの友達だよ。あたしのSNSを読んだんだって、だけど凍結されちゃてて。それで、だーくんのアカウントに連絡くれたんだって!』
美杏は喜んでいるようだが、清子には事態が掴めない。
落ち着いて、と今度は清子が口にしていた。
『だーくんのこと何もわからないし、形見の一つくらい欲しいと思ってだーくんのパソコン取りに家に行ったの。だけど、パソコンは調べなきゃいけないからダメだって、スーツの人が言うんだよ。ムカつくよ、あたしんちなのに』
「うん、それで?」
『だから、ゲームちょうだいって言ったわけ。あれなら怪しいこともできないだろってさ。だけどね、それでもダメだって言うから、叫んだ。だったら、新しいゲーム機買えよって。そしたらさ、三軒向こうの井頭さんとか出てきちゃって』
「うんうん」
『そしたらさ、スーツの人ヤバいと思ったんだと思う。ちょっと相談するとかいって中に戻って、ゲームならいいって言ってあの黒いやつ返してくれたんだ』
「黒いの? プレステ?」
『そう、それ。ソフト入りっぱなしでさ。たぶん最後にやってたのもこれだったんだよ……』
尻すぼみに声が落ち込み、美杏の鼻をすする音が聞こえた。
泣いているのだろう。
つられて清子も目頭が熱くなる。
「そう。それで……?」
『オンラインゲームってやつでね。だーくんのフレンドが、だーくんのこと心配してメッセージを残してくれてて……』
「うん……」
『もしかしたら呪いかもって……。お母さん』
どうして連絡くれなかったの。
その後は泣いてしまって何を言っているのかわからなかった。
同調して喉を詰まらせる清子だったが。大きく息を吸い、涙を拭った。
「ごめんね。事情があって、電源入れられなかったの。でもね、大丈夫。お母さんが、絶対雅を取り戻してみせるから」
『……絶対?』
「もちろんよ。だって、私も会いたいもん。もう一度ちゃんと話したいの、だから。絶対」
『約束して。もう二度と、だーくんをひとりにしないって……』
「する」
そう答えて、限界だった。
あふれる涙を止められず、清子は声を殺して泣いていた。
その丸まった背中にそっと手を置き、鈴希は清子からスマートフォンを受け取ると、再びそれを耳に当てた。
もしもし。ジョージ。
きっと美杏も限界だったのだろう。
どこかで自分と同じく涙を流す娘を想像しながら、清子はもう一人の子供の存在を強く実感していた。
◯
美杏の事情が正確にわかったのは、清子が落ち着いた三十分後だ。
結城ジョージは、美杏が現在付き合っている彼氏で、文博のもとにいたくない。そして、スマートフォンの電源を入れていると近くを警察がうろつくという清子と同じ事情から、友人の家に泊まって迷惑をかけたくないという理由を汲み、匿うことにしたようだった。
そのため、美杏も連絡できなかった。
それが、鞄に入れっぱなしだった鈴希の番号を記したメモを思い出し、ジョージのスマートフォンを借りて電話をかけてきた。というのが経緯だ。
話を聞き、美杏は頭の回転が早いし勇気があると、鈴希も善も陽介も感心していた。
しかしそれは、親ではない他人の目を介して見た結果だ。
美杏は昔から、近所や学校、たとえば三畑さんなんかにも、元気で頭がいい、とそう言われることが多かった。
清子は、そんな自分とはまるで違うそんな娘の姿をずっと危なっかしい、誰かに迷惑をかけなければいいが、とそう思っていた。
それがどうしてか今は、誇らしいと思えた。
しかし。
ほころびかけた清子の心は、美杏の行動が自分にとって都合の良い行いだったからではないのか、人に褒められたからではないのか、という自問によって不意に縛り直される。
まるで変わっていない。自分のためだろう。
美杏の言葉が蘇り、清子の安易な誇りの持ち方に釘を刺されたのだ。
だから違う。
美杏へ抱く誇りのあり方は、そうではない。
謙遜も、彼女自身ではない自分がすることではない。
彼女の信念が兄へ向いていることの優しさ。
及ぶ危険が自分に向けられていようとも揺るがない強さ。
美杏がもともとに持つ、勇気と愛情の持ち方にこそ誇りを持つべきだ。
だから「ありがとう」という言葉は、彼女自身にかけることにした。
娘を褒めてくれた三人にでなく、ましてや自分のためになってくれたことにでもなく。
今はそばにいない、美杏へ向けて。
その一言のおかげで、清子は自分が温かくなったような気がした。
するとふと、清子の脳裏に失われていた雅との生活の一片がふと浮かぶ。
あれは、雅がまだ四歳くらいの幼い頃。
当時雅が気に入っていたヒーローのショーを見に遊園地へ行った時のことだ。
雅は初め、どうしてか遊園地に行くのをしぶった。
理由を尋ねても、答えず。行きたくないのかと訊けば、行きたいと言う。
困り果てた清子に対し、文博は、一緒にいれば怖くない、とすっとんきょうなことを言っていたのを覚えている。
遊園地に着くと、今朝の躊躇なんかなかったかのように雅ははしゃいでいた。
清子の手を引き、あれが欲しい、あれに乗りたい。
どうしてか調子が優れないと思っていた清子に代わり、乗り物の大半は文博が付き合った。
雅はとても楽しそうで、むしろいつもよりも元気だったように思う。
そして昼すぎ。
ショーが始まって、気がつくとそれまで活発だった雅が大人しくなっていた。
清子は、午前中に遊びすぎて疲れたのだろう程度に思っていたが。
ショーの中盤、怪人がステージ上に立ち、客席に降りて周囲の子どもたちが騒然とし始めた時だった。
雅がいなくなっていた。
文博と二人、慌てて周囲を探したが見つからず。
トイレはもちろん、迷子センターに呼びかけてもらっても雅は見つからなかった。
誘拐されたのかもしれない。
焦る二人は、遊園地を出て近くの交番に届け、それから降りた駅の周辺や近くの店などを探し回ったが、それでも見つからない。
途方に暮れる清子が気づくと、文博もいなくなっていた。
一人残され、具合の悪さも相まってどうしようもなくなったその時、文博からケータイに連絡があった。
雅を見つけた、という連絡だった。
話を聞くと、どうやら雅は家に帰ろうとしていたらしい。
何をどう察知したのか、文博はそうだと確信して家へ向かい、その道中一人で歩く雅を見つけたようだった。
清子が家に着くと、雅は泣いてぐちゃぐちゃになっていて。文博はキッチンでふてくされていた。
汗がまだ乾いていなかったから、きっと走ったのだろう。
清子が雅にどうしてこんなことをしたのかと問いただそうとすると。文博は、もういい、と言った。
こいつは臆病者なんだ、と。
それからだ。
清子も文博も、雅から目を離せなくなっていた。
しかし、同時に美杏の妊娠がわかり、雅への躾はこれまで以上に厳しくした。
そうするしかなかった。
そうでなければ、雅は何をするかわからない。
子育ての難しさを実感し、だから二人は子どもの唐突な活発さを封じ込めるのに必死になった。
だから清子は思い出したのだ。
雅ももともとは活発で行動力のある子だった。
四歳で電車に乗り、家に帰ろうとしたのだから、勇気もあったし洞察力も優れていたはず。
考えてみれば美杏の兄なのだから当然だ。
それなのに、どうして雅を大人しい子だと思い込んでいたのか。
原因は。
「清子さん……?」
「は、はい?」
「聞いてます?」
「あ、ごめんなさい……」
ごめんなさい、とまた平謝りをする清子に「怪我、まだ完璧って感じじゃないですもんね」と鈴希が気遣うようなことを言った。
「それで、どうします?」
話を聞いていなかったという事情を理解してくれていたのではないのか。
少し驚いて、「なんのことですか?」と清子が訊くと。
「美杏ちゃんですよ。吉木さんが都合つけてくれたおかげで、中野署の監視はかなり軽いものになるって言ってたじゃないですか。だから、どうします?
美杏ちゃんは旦那さんに預けるのか、放っとくのか、それともこっちに来てもらうか」
そこに、放っておく、という選択しがあるのは鈴希らしい。
だが、同様に清子もそこで迷っていた。
どちらにしても美杏は自分の信念に従って動くだろうと思えるからだ。
すると。
「放っておけばいいじゃないですか。どうやら娘さんは、自分が何をするべきかわかっている」
善が言った。
いったい見抜かれているのはどこなのだろう。
自分か、それとも美杏か。
清子はそれが疑問だった。
その妖艶な佇まい、妖しげな笑み、発言。
もしも魔女が存在するのなら、きっとこういう人物なのだろう。
「……霧峰さんの言う通りです。たぶん、美杏は私が何を言ったとしても自分の思った通りに動きますから。だけど、一応私の意見としては、夫の元にいてもらいたい」
「心配、ですか。優しい母親ですね」
少し棘のある言い方だ。
見抜かれているのは自分だろうと清子は察した。
だが、清子は首を横に振る。
「いえ、そうではなくて。そこを着地点にしてもらいたいんです。どれだけ自由でも、家族のところに戻ってきてもらいたい。いくら煙たがられたとしても、私があの子の親である限りは……」
「エゴですね。それを認めて、開き直ったってところですか」
どうして突っかかる。
揺さぶられそうな気持ちを取り戻すため、清子はまた首を横に振った。
「違います。私はあの子を信じているから」
言葉としては足らない。
だが、今口にできる精一杯を清子は言った。
それを「なるほどね」と受け止めた善は、またあの笑みを浮かべていた。
「じゃあ、美杏ちゃんは旦那さんとこにってことで。あとは……」
これです。
そう言って鈴希が清子に向けたスマートフォンの画面には、数分前に見せられたものと同じものが写っている。
情報提供者は、雅のインターネットフレンドで、omanjuという人物。
雅が今のようになる五日前の八月三日の深夜に、助言を求められてとあるオークションサイトのURLが送られてきたようだ。
その画面、真っ先に目につくのはやはりあの忠告だ。
『このオークションは終了しています』
それが何を意味するのかは、見ての通り。そこで何かが出品されていたことを伝えており、しかしあったはずの画像は削除されてしまっている。
これを欲しがっている人からすれば、無意味な画面だろう。
しかし。
四人にとっては、重要な情報が残されていた。
出品名『超希少隕石! 金運上昇、財運、開運、宇宙パワー 15ミリ 財布に入れて持ち歩くと大大大吉』。
状態は、新品、未使用。
返品不可。
オークション開始日時は、今年の八月三日午前十時十分。
オークション終了日時は、今年の八月五日午後十一時三分。
入札開始価格、一万円。
即決価格、三万円。
入札件数、三。
「オークションの終了時間が落札のタイミングだとすると、まともな出品者ならニ、三日後に届くように発送したはず。
清子さんの話だと、雅くんは一昨日の朝食は食べて昼食を食べてないわけだから、その時に魔術を行った可能性は高いわけか。となると、七日か八日にはこれが雅くんの手に渡っていたってことだから……」
ピッタシハマってる。
そう言って鈴希はスマートフォンの画面を自分の顔に戻し、「清子さん、思い当たるものありますか?」と今度は清子の方を見た。
「七日……荷物……」
少し考えると、清子にはすぐに当日の状況が思い出された。
だから、七日ではない。
八日の午前中、雅の朝食の空き皿を片付け、先日借りてきた映画を見ている最中だった。
少し退屈な物語の序盤が明け、話が展開する中盤に差し掛かった時、電話が鳴ったので面倒に思ったのを覚えている。
電話は母親からで三十分ほど続き。気分が変わってしまったので映画は午後から見直すことにして、たまには昼食にハンバーガーでも買いに行こうと、雅に留守番を頼み家を出た。
近くのハンバーガーショップで買い物を済ませ家に戻ると、ついでに覗いたポストに茶封筒が一つ入っていて、雅宛てだった。
「八日です。雅宛ての封筒を昼食と一緒に部屋の前に置きました」
「封筒って、普通の茶封筒ですか?」
「そうでしたけど……。違うと思いますか?」
「いや。三万もするものをそんな雑に送ってくるなんてなあ、と……」
そう言って再びスマートフォンに視線を戻した鈴希が顔をしかめた。
「と思ったら、こいつ評価ゼロだ。素人じゃん。雅くんもどうしてこんなのから、そんな高いもの買っちゃったんだろう……」
首を捻り、画面を睨みつける鈴希の姿は呆れているような発言とは違い、清子にはいたって真面目に考えているように見えた。
雅のことを何も知らないはずなのに、まるで雅に理由があってそうしたかのような。
親身になっているというのとは違う。むしろ、雅を知らないからだろうか。
鈴希とは違った疑問に首を傾げる清子には、鈴希が考えていることは予想もつかなかった。
「金運だからな。藁にもすがる思いってやつだったんじゃないのか? なんとかして金が欲しかったんだろ。二十一だし、年齢的におかしなことじゃないと思うけどな」
陽介が言った。
すると。
「理由なんて本人にしかわからない。それよりも、これが触媒かどうかが重要だ。画像があれば、ヤマシタさんが判別できるかもしれない」
そう言って善は自分のスマートフォンから目を離し、鈴希を見た。
「綿串、この出品者にコンタクトを取って、画像のことを聞いてみてくれ」
言われて、鈴希は頷いた。
「他にもガラクタ出品してるし、それはできると思うけど。連絡がすぐに来るとは限らないし、画像が残っていないかもしれない。こっちは急いでるんだから、善くんも別のプラン考えてよ」
言いながらすでに鈴希はスマートフォンを操作している。
「別のプラン……か」
透視だな。
独り言をいうと徐に善もスマートフォンを弄り出し、そしてすぐ耳に当て直した。
お久しぶりです。
そんな会話が聞こえてきたかと思うと、次に陽介のスマートフォンが鳴った。
応答は、黄地、のたった一言。
その後ニ、三度「はい」と頷くと、スマートフォンを耳に当てたまま善と鈴希に何やら目配せをし、陽介は部屋から出て行く。
雅とは無関係の三人が三人とも動き始める中、清子だけは手持ち無沙汰にしていた。
画像の探し方はわからないし、それは二人が今やっている。
かといっても別のプランとやらも思いつかないし、自分にできることはなんだろうか。
考えて、清子も三人に習ってスマートフォンを取り出した。




