11.【決意の証】
案内された宿は、簡素という言葉に尽きる標準的な宿だった。レリィを見送り宿に入ろうとするリデアを呼び止めた。
「リデア。俺はここに居て良いのか?」
アキトの言葉を聞いて、リデアは首をかしげた。その表情はなぜそんな事をいうの、とでも言いたげだった。
リデアには、分からない。アキトが感じている罪悪感を。
「居ていいに決まってるでしょ?細かい説明もだし、このまま森にいたらアワリティア達に見つかるわ。」
「い、いや。そういう事じゃ・・・」
リデアには、分からない。
アキトは、アキトの立場について話したんじゃ無い。アキトは、アキトの罪について話したんだ。
きっと彼女は気づかない。謝罪の機会など来ない。ならば、自分で、作ってしまえばいい。
「あ、あとで!俺の部屋に、来て・・・くれないか・・・?」
「う・・・んと。へ?」
リデアの顔がみるみる紅くなっていく。そして、口調にも動揺が見て取れた。謝罪の機会を作ろうと自室に招く。ちなみに、あたりは薄暗く、もう少しすれば完全な闇に呑まれるだろう。
夜、自室、招く、作る。
「いや、違うよ!?俺はそんな不埒じゃねぇよ!?」
「な、なななななんの事!?別に私、勘違いなんか、ししししてないし!?」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「じゃ、じゃあ後で、よろしく。」
「う・・・うん」
リデアのとんでもない勘違いに絶叫し、普段の口調が消し飛んだりした。
しかし、謝罪の機会を作れたのは事実だ。誠心誠意、心の底から謝ろう。そして、償おう。
ーーーーー
控えめなノックの音に肩を震わせ、静かに扉を開けた。
「り、リデア」
何か、心臓の奥底で、熱い物がいる。
金髪が水滴に反射し、薄くウェーブがかかった髪型は先ほどと違い、幼さを感じさせない。入浴を済ませた後なのだろう、頰が紅潮し、艶かしさを5割り増しで伝えて来た。
ーーーああなるほど。これは萌えか!
くだらない心の叫びは、リデアの美貌と現実逃避によるものだろう。
「じゃ、はいって」
「う、うん。」
若干声が震えているが、準備は整った。手で示したテーブルの椅子に座り、リデアがこちらを見上げた。
「リデア。俺は、お前に言わないといけない事がある。」
「なに?」
強く踏み出す。
「本当にすまなかった。」
大きく頭を垂れ、リデアに頭を下げた。
突然のアキトの行動に、リデアは困惑しておののく。
そして、
「なんで、謝るの?」
当然のようにリデアはなぜ?と問いかける。
覚えていないのか。
アキトがリデアにたって戦え、守れと懇願したのは、聞こえていなかった。しかし、あの洞窟でアキトは逃亡した。リデアの命などどうでも良かった。
「俺は、逃げただろう?」
「・・・」
静かに告げると、僅かな沈黙が漂った。
「少し、昔話に付き合ってくれる?」
「・・・・・・ぇ」
困惑しながらも、アキトは小さく頷いた。
昔話。少女は語り出す。記憶の紐を解くように。
「黒竜という魔獣が、スノウストの平原に現れたの。」
「スノウスト?」
聞いたことの無い地名を問うと、リデアが微笑んで答えた。
「ここ、ウドガラド興国の1番大きな都市、興都に隣接する平原よ。」
懐かしむような少女はどこか悲しい表情をしていた。
「黒竜は、私たち竜伐と、興国兵で迎え撃った。黒竜には、悪意を感じる力があったの。」
悪意を感じる力。
アキトの表情に、痛ましげな感情がよぎる。
「だから、攻撃は避けられ、隠れる事さえ出来なかった。」
「そりゃ、酷いな・・・。」
当時の戦いを知らないアキトに、軽々しく言えたことでは無いが、そんな相手にどう勝つだろう。
逃げ惑っても見つかって。勇気を振り絞り命を賭しても刃は当たらない。絶望しかないだろう。
「興国兵1万人が、数時間足らずで溶けたわ。」
味方が死にゆく中、闘いを強いられる。少女の口調からは、その辛さが滲み出していた。
「絶望を絶望で塗り固めるような大戦。ヴィネガルナの指揮でなんとか黒竜を倒した頃、残っていたのは数十人の興国兵と私たち。」
「数十名?」
「ええ。アキトは逃げた事をそうやって謝るけど、人間ってそんなものよ」
苦渋の表情でリデアは続けた。
「心の力が切れたらみんな逃げ出してしまう。私だって、黒竜討伐戦では逃げた。」
「そ・・・れは。」
「アキトは、戻って来た。そして、倒す事までしてくれた。」
弱々しい笑みを浮かべて、リデアが言う。
リデアも、逃げた事があった。そして、それが心の底で重りとなっていた。
「君は偉いよ。」
「なあ、アワリティアの討伐、するんだろ?」
「そうじゃなきゃ、生きられないかもね」
償いをしよう。この頭脳で。
「手伝わせてくれ。」
償いをしよう。この生命で。
「でも、あれは危険で」
リデアの瞳がアキトの瞳を覗き込んだ。そして、笑った。
「本気、なんだね。」
「ああ。」
「なら、よろしく。」
微笑んで、少女が手を差し出した。その手を取り、誓う。
この少女をたすける。謝る事すら出来なかった少女を、謝らせてもらえなかった少女を。
「それとさ、俺に偉いなんて言うなよ。」
「?」
「きっとその闘いで死んだ人達は、討伐を願ってた。リデアはそれを成し遂げた。そうだろ?」
「そう・・・かな?」
そうじゃないはずがない。この少女は、こんな年齢でその偉業を成し遂げた。
それは、誇るべき事だろう。
大きく頷いて笑った。
「そう・・・か。なんか、気が楽になった。ありがとう」
「いや。リデアはすごいよ」
この少女の心の重みを少しでも消したいと、願う。今のアキトは、それしか考えない。
はにかんだ少女の顔を、アキトは忘れない。
ちょいシリアスです。黒竜との戦いは、書くかも?全ての伏線は完結までに回収します。




