47.強力なコネ
「……よし。行くぞ」
ほんのりとした淡い明かりに包まれた廊下で意気込みを改め、パーティー会場へと通じる扉に近づくと、使用人と思わしき人が扉を開く。
目映い明かりと共に雅びな音楽と人々の賑やかな声が溢れだし、それと同時に悪意の塊が――
(……あれ? 来ない……?)
身構えていたのが馬鹿らしくなるほどに何も感じない。
ひょっとして本当に、キュウが一瞬でも感じたために自分にも流れ込んできたのだろうか。
『……ごめん』
「い、いや、そうと決まった訳じゃないしさ。それにどうしようも無い事だろ? 気にすんなって」
責任を感じた様子のキュウを慰めながら、会場内に視線を巡らせる。
ソフィアの様子が気になるというのもあるが、感じなくなったとはいえ自分の周りにいるのはあの悪意を垂れ流していた様な者たちなのだ。
笑みを浮かべながら会話しつつも、その下にはどす黒い欲望を渦巻かせている。
自分は貴族ではないので話しかけられる様な事は無いとは思うが、正直あまり関わり合いにはなりたくないし、そんな者たちに囲まれている状態で一人でいるというのは心細い。
せめて知り合いと共にいたいのだ。
「お、いたいた」
自分と同じように平民であるためか、特に誰に話しかけられるわけでもなくひたすら料理にありついている友人――サキトへと近づく。
人が近づく気配を感じたのか、声を掛けてもいないのにこちらに気がついたサキトは、頬張っていたフライドチキンを慌てて飲み込んでから口を開く。
「むあ? んぐっ……。ふう、タケルじゃねぇか。なんか全然見かけなかったけどどこ行ってたんだ?」
「あはは、ちょっと気分転換に外の空気吸いにいってたんだ」
「気分転換って、ちょっと早すぎやしねぇか? まだパーティー始まってそんなに時間経ってねぇぞ?」
「うん、ちょっとね……」
「ふーん、まあよくわかんねぇけど無理はすんなよ? それよりほれ、この揚げ物とか超美味ぇぞ? まだろくに食ってねぇんだろ?」
言われてみれば当然であるが、パーティーが始まってすぐに逃げ出してしまっていたためまだ何も食べてはいなかった。
嗚咽がこみ上げてきてしまうほどの状態だったため、そもそも食べられたものではなかったが、今ならばもう大丈夫だろう。
「でも最初から揚げ物っていうのもなぁ……」
サキトのいるテーブルはどうやら揚げ物などの油をふんだんに利用した料理が多いようで、最初に口にするにはあまりにも重すぎる。
「ああ、それならあっちの方にサラダとか置いてるテーブルがあったはずだぞ」
サキトの顎で示した方向を見ると、確かに緑豊かな皿が並ぶテーブル
「サラダか……。でもお肉も食べたいんだよなぁ……」
実際の所のマナーなど知らないのだが、無駄なトラブルを避けるためにもあまり取り皿に料理を乗せて動き回るのはよろしくない気がする。
「一応なんかうっすい肉ならあったぜ? おれはあんまりああいう上品なのは口に合わねぇし、がっつり食いてぇからこっちに来てっけどよ」
「なるほど、じゃああっちに行ってみようかな。でもサキト、ちゃんと野菜も食べないと体に悪いよ?」
「うっ……義姉さんみたいな事言うなよな……。良いんだよ別に、いつもは家でめちゃくちゃ食べさせられるし、こういう時くらい好きなもん目一杯食わねぇと損だろ?」
「損かな?」
「損だろ。義姉さんの料理って別に不味いわけじゃねぇんだけど、こういうのと比べたらどうにも平凡だしよ」
作ってもらっておいてなんて言い草なんだ。
「じゃあサキトが作ればいいじゃん。そうすれば好きな物ばっか食べられるよ?」
「いや、俺が作ったら不味いもんしか出来ねぇし、そもそも好きなもんばっか作るのを義姉さんが許さねぇよ。だから俺は作らねぇ!」
(そんな情けない事をドヤ顔で言われてもなぁ……)
現状自分も食事は人任せになっているので強くは言えないのだが、せめてもう少し感謝しながら食べるべきではないだろうか。
「まあもうちょっと感謝しながら食べなよ? じゃあちょっと向こうのテーブルに行ってみるよ」
「おう! また後でな!」
そうしてサキトと別れ、サラダなどが置かれているテーブルへと移動する。
結果的にまた一人になってしまうが、お腹が空いてしまったのだから仕方がない。
「お、生ハムだ。結構好きなんだよね」
一人暮らしをしていた頃は、切っただけの野菜と一緒にするだけでサラダに塩気が加わって食べやすかったのでしょっちゅう食べていたものだ。
いわゆる一人暮らしのお供の一つだ。
『このお肉は生なの?』
「いや、生ではなかったと思うけど……。実はよく知らないんだよね」
キュウの質問に答えながら、生ハムで野菜を包む。
(そういえば普通にお箸とかあるんだなぁ……)
それで言えばフォークやスプーンがある事も不思議なはずではあるのだが、結局利便性を追求すれば同じ様な形状や使用方法に行き着くものなのかもしれない。
気にしても仕方のない事なのでそれ以上考えるのはやめ、出来上がった小さな生ハムサラダを頬張る。
(うん、おいしい)
きっと舌の肥えた人ならば、「絶妙な塩気がうんたら」とか「舌触りがうんたら」とか感じるのであろうが、自分にとっては美味しい生ハムである。
「ああ、でもなんか変わった香りがしたな」
その辺りにこだわりがあったりするのだろうか。
(今度エフィさんかハヴァリーさんに聞いてみようかな)
そんな事を考えながら黙々と生ハムサラダを食していると、突然肩を叩かれた。
「戻ってたのねタケル。パーティー始まって早々出て行ったから何事かと思ったじゃないの」
肩を叩いたのは少し疲れた顔をしたアイラであった。
挨拶回りがあるからとアイラとはパーティー開始と同時に別行動になっていたのだが、どうやら偶然見られていた様だ。
「あはは、ちょっとね」
「なんか顔色悪かったけど、何かあったんじゃないの?」
ウェイターの運んできた飲み物を受け取り、こちらを尻目にアイラはそう口にする。
思っていた以上にしっかり見られていた様だ。
心配をしてくれるのは嬉しいが、何故あのような現象が起こったのかも未だにはっきりとしていない。
「いや、大丈夫だよ。それよりも、アイラは大丈夫なの? ちょっと疲れてるように見えるけど」
それ以上に、時たまではあれど人の思考を無差別に覗き見てしまうという事実を伝える勇気が自分にはもてなかった。
本当に心配な気持ちはあるとはいえ、それを話題を変えるために使った事にも嫌気がさす。
「……まあ、言いたくないなら別にそれでいいけど、無理はするんじゃないわよ?」
そんなアイラの優しい言葉に自分は――
「……ぷっ」
思わず吹き出してしまった。
「ちょっと! なんで笑うのよ!」
「いや、さっき同じ事をサキトにも言われたからさ」
本当にこの友人たちは、自分の事を心配しすぎではないだろうか。
これでも一歳とはいえ自分は年上で――
「それだけタケルが辛そうに見えるって事よ。まだあんたと会ってからそこまで日は経ってないけど、それでも助けたい、力になりたいって思っちゃうくらいには私もサキトも、もちろんソフィアもあんたの事想ってんの」
飲み物を上品に一口飲み、さらにアイラは続ける。
「サキトは図太い所あるし、私とソフィアはある程度慣れてるけど、あんたは多分こういう場所、苦手でしょ?」
「い、いや、そんなことは……」
「別に隠すような事じゃないわよ。あんたってサキトみたく鈍いかと思えば、妙に鋭い所あるから、きっとああいう薄ら笑いの下では欲まみれで悪巧みしてるのとか、気づいちゃってるんでしょ?」
アイラがそれとなく顎で示した先にいる人を見ると、そこにはソフィアに話しかける一人の中年男性がいた。
確かに笑みを浮かべながら話しているのだが、何か下心があるように思えてしまう。
いや、気づくも何も一度あの悪意の塊を感じてしまうと、もうそうとしか見えないのだ。
(なんか……嫌だな……)
ソフィアにそんな感情が向けられている事に、それを自分がどうする事も出来ないという事に、そして知らない人に対してそう感じてしまう事に――
「……」
「それでいてあんたは優しいから、自分に向けられてる訳でもないのに向けられる人の事を想って辛くなる。――今のあんたもそんな所でしょ?」
そんなに自分はわかりやすいのだろうか。
「アイラは、凄いね。でも僕は……優しいんじゃないよ……。ただ臆病なだけだ」
「あんたが臆病だったら、私たちは今ここにはいないわよ。もっと自信を持ちなさい自信を!」
そう言ってアイラは活でも入れるかの様につま先で自分のくるぶし付近を小突いてきた。
地味に痛い。
「自信、かぁ……」
「まあ、学院に通い出せばたぶん嫌でも自信がつくわよ。同時に自信を無くしそうでもあるけどね」
「え? それってどういう……?」
「あんたがいかにチグハグかがわかるって事よ。まあそれは入ってからのお楽しみにしといて、今は食事でも楽しんでなさい。ほら、これとかおすすめよ」
そう言ってアイラは、自分がしていたのと同じように生ハムで薄い緑色の何かを巻いた物を差し出してきた。
「何これ?」
「生ハムメロンよ」
「え゛……」
「なんて声出してんのよ……。確かにあんまり合うイメージは無いかもしれないけど、以外といけるから食べてみなさいって」
半ば強引に生ハムメロンを乗せた皿を押しつけられる。
よっぽどおすすめなのだろう。
しかし、違うのだ。
別に初めて見る特異な組み合わせだからこのような反応をしてしまったわけではない。
寧ろその逆で、その組み合わせを既に体験した事があるからこその反応なのだ。
一人暮らしをしていた頃に、ひょんな事からかなり上等なメロンを貰った事があったのだが、普段にメロンの様な高価な物を買う機会も無かった自分は、これ幸いにと以前からよく耳にして気になっていた「生ハムメロン」をやってみようと試してみたのだ。
まあ結果として「別々に食べた方が美味しい」という評価に落ち着いたのだが、普段から安物とはいえ生ハムを好んで食していた身としては、かなり期待していたのも相まって大分悪い印象が残ってしまっているのだ。
「ほ、本当に美味しいの……?」
「騙された思って食ってみなさいって、ほら」
(ま、まあひょっとしたらこっちのメロンが向こうのとは違っている可能性もあるわけだし……ええい、ままよ!)
投げやりに意を決して生ハムメロンを口へと放り込む。
(……ん? あれ?)
「ほら、どうよどうよ?」
アイラがニヤニヤしながら覗き込んでくる。
「んぐっ……うん、美味しい……」
飲み込んでからアイラに率直な感想を述べる。
アイラのニヤニヤがさらに強調されてしたり顔と呼べるレベルになっている気がするが、それが気にならない程に今自分は困惑している。
(いや、一度整理しよう。そもそも何で昔食べた生ハムメロンはいまいちだったんだ……?)
生ハムの違いが自分にはわからないのだから、これはつまりメロンに違いがあるという事だ。
確かめるためにもう一つ生ハムメロンを作って口に放り込む。
アイラの顔がドヤ顔にまで発展しているが今は気にしない。
(ああ、なるほど……)
改めて味わってみるとよくわかる。
このメロンはあまり甘くないのだ。
寧ろ少しばかり青臭いまである。
かつて自分が貰ったメロンは糖度が売りのとびっきり甘い物だったはずなので、そこが味の分かれ目になっているのだろう。
値段が高ければ良いという物でも無いわけだ。
(いや、このメロン甘くはないけど貴族のパーティーに出されてるんだから一応高いのかな?)
何にしても、食べ合わせがこんなに奥が深い物だとは思わなかった。
これはアイラに感服である。
「ほらほら、私の言った通り美味しかったでしょ?」
「うん、ちょっと意外だったや。前に甘いメロンで試した時はあんまり美味しくなかったんだよね」
「はっ、はぁ!? あ、あんた甘いメロンなんてそんな超高級品どこで……ってまあ、あの方と一緒に暮らしてたんならそういう機会があってもそんなに不思議でも無い気がしてくるわね……」
どうやらこちらではメロンと言えば、今食べたような少し青臭い物の事を言うようだ。
アイラが『超高級品』と表現するという事は、本当に相当な貴重品なのだろう。
似ている所だらけだと思えば、こうした細かな違いが出てくるため本当に油断ならない世界である。
というよりおじいちゃんの存在が便利すぎやしないだろうか。
とりあえずアイラたちに対しては、多少この世界に於いて常識外れな部分を晒してもおじいちゃんでどうにかなるような気がする。
「そ、そうだアイラ! 他に何か美味しい食べ合わせとかってあるの?」
話を変えるついでに新境地を切り開いて行こうと思いアイラに問いかける。
「へ? まあ私もパパの受け売りなんだけど……この桃なんて――」
「お取り込み中の所すまないが、少々よろしいかな?」
自分の問いにアイラは気分良さげに答え始めてくれたのだが、その言葉を唐突に男性の声が遮った。
声の出所へと目を向けると、五十代も半ば程の男性が緩やかな笑みを浮かべて立っていた。
渋めの声と顔つきや、短く切りそろえたアッシュグレイの髪が相まってナイスミドルといった感じだ。
体の向きが若干自分の方に向いているので、恐らくアイラではなく自分に用があるのだとは思うが、いったい誰だろうか。
「お、叔父様!? ご、ご無沙汰しております」
「ああ、アイラの叔父さんなんだ」
アイラが男性に言った言葉から自分がそう判断して呟くと、アイラが慌てた様子で耳打ちしてくる。
「ちょっ!? 違うわよ、この方はソフィアのお父様! ラグルスフェルト家の現当主様よ!」
「え、そうなの!? す、すみま――申し訳ありません」
貴族であるという事を思い出し慌てて言い換えて頭を下げる。
メアリーにしてもディムロイさんにしても髪の色がソフィアと同じ緑系統の色だったので、勝手に一族全員がそういう感じなのだと勘違いしてしまっていた。
「ははは、構わないよ。人里離れた森の中で俗世間とは隔離されて育ったと聞いているからね。改めて自己紹介をさせてもらおう。私は『ディリス・リブルス・ラグルスフェルト』、今回君が救ってくれたソフィアの父だ。よろしく頼むよ」
そう言ってディリスは右手を差し出してきた。
どうやらソフィアが上手く説明をしてくれていた様で、自分が四大貴族とやらの当主の顔も知らない世間知らずな事については特に気にしていないみたいだ。
「よ、よろしくお願いします。あっ、その、須藤武っていいます」
差し出された右手を両手で迎えて握手をする。
さすがは大貴族の当主と言った所であろうか。
こうして握手しているだけで思わず緊張してしまう。
手汗とか出ていないだろうか。
それにしても――
(あんまりソフィアの面影は無いなぁ)
改めてディリスの顔を見てみるが、ソフィアともメアリーとも似ている部分が無い様に感じる。
(いや、男親だから似てなくても不思議ではないのかな……?)
そんな事を考えていると、何かを察した様にディリスが口を開く。
「ははは、ソフィアは母親似でね。君が私をソフィアの父だと判断できなかったのも仕方がない事さ」
「い、いえ、そんな事は……」
やはり自分は考えている事が顔に出やすいのだろうか。
いや、きっと大貴族の当主ともなるとそういう技術も秀でているのだろう。
「本当に気にしなくても構わないさ。私自身も娘たちとは似ていないと思うからね。まあそんな事より、まずは礼を言わなくてはね。ソフィアを救ってくれた事、感謝しているよ。何か困った事が起こった時はソフィアを通してでも相談してくれたまえ。できる限り力になろう」
「い、いえ、その……」
「遠慮する事はないさ。私も君とは是非仲良くやっていきたいんだ」
悪気は無いとはいえ、失礼な事を考えてしまっていた事を見抜かれたからだろうか。
何だか有無を言わさぬ圧力が籠もっている様に感じてしまう。
「そういえば、君はあのティスト様とも親交があると耳にしたんだが、いったいどういう関係なんだい? あのお方とのコネを作るのは私たちでもなかなか難しいんだが……」
「えっと、いや、それはその……」
これはマズい。
おじいちゃんとの関係を悟られないように説明するにはいったいどうすればいいのだろうか。
焦っているのを悟られない様に頑張ってポーカーフェイスを維持しながら思考を巡らせていると、自分とディリスとの会話に聞き覚えのある声が割って入った。
「これこれディリス、あまりタケル君を試すような事をするでない。そういうやり取りとは無縁で暮らしてきたのじゃ。その慌てた顔を見れば一目瞭然じゃろうて」
助け船をだしてくれたのはディムロイさんであった。
というより自分のポーカーフェイスを見破るとは、流石である。
『武がわかりやすいだけだと思うよ?』
何の事やら。
「第一あのおてんばと会いたければワシがいくらでも呼び出してやるぞ?」
「お、お爺様……お願いですから本当に呼び出さないでくださいね? 私の気が休まりませんので」
「公の場に居るときは可愛らしいものじゃろうて」
「その後が問題なのです。何度あの暴君に秘蔵の年代物を飲み干されたか……」
「え、えーっと……?」
ディムロイさんとディリスの会話について行けずに自分が困惑していると、ディリスが改めて自分へと目を向ける。
「ああ、失敬。君が社交界ではどの程度やっていけそうかと思ってね。少し試させて貰ったのだよ。不安にさせてしまって悪かったね」
「は、はぁ……え? というか暴君って……」
「ああ、私はティスト様とは……その、うん、まあ、そういう事さ……」
その遠い目を見て自分は本能的に察した。
この人もティストさんの『本性を知っている側』だという事を――
「言うとらんですまなんだな。ワシの判断でディリスには君の事情を話させてもろうとるんじゃ」
ディムロイさんの言葉に驚愕する。
「じ、事情っておじいちゃんの事ですか!?」
「うむ」
「ど、どうして……?」
そんな自分の当然の疑問に答えたのはディリスであった。
「その秘密を守るためにだよ。『人里離れた森の中で俗世間とは隔離されて育った』君が、帝都を訪れるや否や『ティスト様と親交を持つ』なんて突飛過ぎてどんな噂が立つかわからないし、それによってどんな不利益が発生するかもわからない。あの人は弁えている様で、実のところ自身がどんな存在なのかを理解しきれていないからねぇ……」
一拍呼吸を置いて、ディリスはさらに続ける。
「だから今後、もしティスト様との事を聞かれたら私の名前を出すと良い。『娘を救ってくれた礼としてティスト様とのコネを作ってくれた』とでもね。お爺様は社交界の一線を退かれてから久しい。恐らく私とティスト様に親交があるという事の方が世間的には認知されているからね」
「え? でもそれならソフィアが友人ってだけで勝手にそういう解釈になるんじゃ……?」
「当の本人である私が公にそう認めるのと認めないのとでは全く変わるのだよ」
「ああ、なるほど」
「それに、これだけ社交界を騒がせる要因を秘めているというのに、当の君は少しばかり社交界での活動は不得手そうだからね。それも私が事情を知っていればいくらでも対応が出来る。お爺様の判断はその辺りの事も含めてなんだよ」
「それは、その、ありがとうございます」
「ははは、この程度でお礼になるのならお安い御用だよ。……ティスト様のフォローの事を思えば……」
何だろう。
先ほど話している時は威圧されているように感じたのだが、今は妙な親近感が湧いてきている。
自分も特訓のついでにストレス発散でボコボコにされている立場上、社交界の事など何もわからずとも苦労している事はわかってしまう。
「ディリスさん……」
「ああ、タケル君、君もかい……」
「いい人……なんですけどね……」
「ああ……だからこそたちが悪いんだが……」
自分が目を見るだけで察したように、ディリスさんも察してくれたらしい。
仲間がいるとは何とも心強いものだ。
事実何の解決にもなってはいないのだが。
「あれ? でも――ここでそんな話したら……」
この場がパーティー会場であるという事を思いだし、小声で話しかけると、ディリスさんは笑いながら答える。
「ああ、それなら大丈夫だよ。『密話のシエラ』といってね。私もシエラ持ちなのさ。私の近くにいない者には今までの会話は聞こえていないから安心したまえ。まあお爺様には効き目がなかったが、この会場にお爺様程の者はまずいないから大丈夫さ」
「な、なるほど……」
それならば大丈夫だろうと安心していると、自分の隣から声があがる。
「あの……おてんばとか暴君とかってまさかティスト様の……いや、でもまさかそんなわけ……?」
ディリスさんのシエラがどの程度の範囲をカバー出来るのかは知らないが、少なくとも自分と先ほどまで会話していたアイラは効果の範囲内にいたわけだ。
冷や汗が流れる。
きっとディリスさんも流しているだろう。
(ティストさんの知らない所で本性をバラしたなんてティストさんに知れたら――)
自分とディリスさんは同時に口を開いた。
「ご、ごめんアイラ! ティストさんには言わないで――」
「あ、アイラ君! それは違う人の事で――」
「……え? ……えぇ?」
アイラを口止めする方向性の自分と、誤魔化す方向性のディリスさんとの内容の乖離にアイラが戸惑う。
「ふぅ、人間性がにじみ出ておるな。のうディリス?」
「ははは……、言わんでくださいお爺様。痛感しておりますので……」
「え……? ほ、本当なの……!?」
一人の少女の夢を壊してしまった事に罪悪感を覚えながらも、どうにか他言しないようにと懇願したのであった。




