48.悪癖の一因
賑やかだったパーティーも終わりを迎え、自分とアイラとサキトの三人は今、ソフィアの自室へと訪れ、一つのテーブルを囲んで座っていた。
やたらとモフモフしてそうなぬいぐるみが至る所に並べられた非常に可愛らしい部屋なのだが、当のソフィアは現在別のモフモフの虜になっていた。
「はぁ~……癒やされますぅ……」
「キュキュウ~」
キュウを撫でながら恍惚とした表情を浮かべるソフィアを見て、ようやく力になれた事に安堵していると、自分の手の中に収まっているロンドが不満げな鳴き声を漏らす。
「ピィ……」
「ん? どうしたんだいロンド?」
「ピピィピィピィ!」
どうやらいつもは今のキュウのポジションにロンドがいるらしく、少しジェラシーを感じているらしい。
「自分からタケルくんの所に行ったくせに何言ってるんですかもう!」
「あはは……それならロンドも戻るかい?」
問いかけながら人差し指でロンドの頭を軽く掻くように撫でると、気持ち良さげに目を細めながら答えを返す。
「ピィピィ」
ソフィアとは後でいくらでも時間があるので、今は自分の手の中が良いらしい。
「まったく、薄情なパートナーです……」
「やべぇ、何の話してんのか全然わかんねぇ」
「そんなのいつもの事じゃない。まあ私はある程度予測はついたけどね。どうせロンドがまたわがままな事言ってるんでしょ?」
流石はエスパーアイラ、大体の状況を理解しているようである。
「……ピィッ!」
「ちょっとロンド、アイラちゃんは本当の事言っただけなんだからそんな事言っちゃダメでしょ!」
「え? ロンドは何て言ったのよ?」
「『アイラにはもう羽を触らせてやらない』みたいな事言ってるね」
「え……」
アイラがこの世の終わりみたいな顔をしている。
(伝えない方が良かったかもしれないな……)
少し罪悪感が湧いてきたのでフォローをしておこう。
「こらロンド、あんまり意地悪な事言ってちゃダメだぞ?」
「ピ、ピィ……」
「良かったねアイラ、さっきのは冗談だってさ」
「何でタケルくんの言う事なら素直に聞くんでしょうか……?」
アイラが安堵の表情を浮かべたかと思えば、今度はソフィアが少し落ち込んでしまった。
ままならぬ。
何か話を変えつつソフィアの気分を盛り上げられる様な話題はないだろうか。
「ん~……ああ、そうだ!」
「ん? どうしたんだタケル?」
「いや、すっかり忘れてたと思ってね。はいソフィア、これ」
ロンドに一度肩へと移動してもらい、マジックバッグから花束を取り出してソフィアへと差し出す。
「わぁ、綺麗……。ええと、これは……?」
「一応お祝い、かな? 僕が自分で準備したわけじゃないのが申し訳ないんだけど……」
全てハヴァリーさんが選んでくれた花であるため、流石に自分からのお祝いと言い切る事は憚られた。
「いえ、嬉しいです! ありがとうございます! 早速飾ってきますね!」
そう言ってソフィアは花束を受け取ると、足早に部屋を出て行った。
喜んでもらえたようで何よりである。
「そういえば俺たちも忘れてたな」
「私はタイミングを見計らってただけで、ちゃんと覚えてたわよ」
そう言うとサキトとアイラもマジックバッグから何かを取り出して机の上へと置いた。
「ぬいぐるみ……?」
サキトはやたら凜々しい熊のぬいぐるみを、アイラは可愛らしい猫のぬいぐるみを取り出したようだ。
それぞれ簡単にリボンが巻かれており、恐らくこれが二人からソフィアへの祝いの品なのだろう。
「まあこの部屋見りゃわかると思うけど、ソフィアはぬいぐるみが――ってかモフモフしたもんが大好きでな!」
「って言っても、この部屋にあるぬいぐるみの半分以上は何かしらのお祝いの度に私とサキトがあげてる物なんだけどね。改めて見ると凄い量ね……」
ソフィアがいなくなって手持ち無沙汰になったからか、キュウはアイラの持ってきた猫のぬいぐるみをつつき始めた。
(猫とキュウか……なかなか良いな)
小動物同士の愛らしさが良い感じに交わっていて、実に目の保養になる。
アイラも同じ気持ちなのか満面の笑みである。
やはり、可愛いはどの世界でも共通で通じる正義なのだろう。
「ああ、そういえばサキトとアイラには何も準備してないや……色々案内とかして貰ったし、何か欲しい物あれば言ってよ」
自分が用意できる物などたかが知れているが、ソフィアにだけ準備して二人には渡さないというのは単純に自分の気が収まらない。
「私は別にいいわよ……って言ってもあんたは納得しないわよね……。そうねぇ……その、きゅ、キュウちゃん撫でさせてくれたり……でも、良いわよ?」
「え? そんな事で良いの? それは別にキュウが良い時ならいつでも良いけど? なあキュウ?」
「キュ? キュウッ!」
キュウが返事をするや否やアイラに飛びつくと、それを受け止めたアイラがしどろもどろになりながらもキュウを撫でて幸せそうに笑う。
満足してくれた様でなによりだ。
「サキトは?」
「うーん俺はなぁ……。そうだ! 今度タケルの家に行かせてくれよ! 確か露天風呂とかあるんだろ?」
「え? サキトもそんな事で良いの? 僕は全然大丈夫だけど――あ、でも一応確認とってからの方が良いか……」
「ああ、世話してくれてる人がいるんだっけか?」
「うん、多分許可してくれるとは思うんだけど、どっちにしてもその人が結界を張ってるから伝えとかないとサキトが入れないかもしれないし……」
「おまえの家、結界張られてんのか……。まあ銀将様の家なわけだもんな。そりゃあ結界でも張ってないと――あれ? そう考えたらなんか余計に行きたくなってきたな!」
サキトもどうやら満足してくれそうなので、早いうちに許可を貰う事にしよう。
結局何一つ自分からとしてのお祝いは出来ていないが、まあ今回は仕方ないだろう。
ちょうど話が纏まった所で、部屋の扉が開き、ソフィアが帰ってきた。
「お待たせしました。玄関に飾らせてもらったんですけど、良かったですか?」
「うん、全然大丈夫だよ。寧ろ玄関で良いの?」
「はい! 色合いも本当に綺麗でしたし、寧ろ玄関の花瓶にぴったりに剪定されててびっくりしちゃいました!」
「ああ、ハヴァリーさんがディムロイさんと知り合いみたいだし、ここに来た事あるのかも」
ハヴァリーさんならば花瓶の大きさ程度なら記憶していても不思議ではないだろう。
「あっ! そのハヴァリーさんって方に曾おじい様が『クアリの花を一つ頂いている』って伝えておいて欲しいって言ってました」
「クアリの花ってなに?」
「確か条件に応じて様々な色に移り変わる花だったと思います」
「へー、そんな花があるんだ。あの赤い花の事かな? わかった、伝えておくよ」
「はい、お願いします。あっ! アイラちゃんサキトくん、それってもしかして……?」
自分との会話を終えたソフィアの目には、どうやら机の上に置かれた二体のぬいぐるみが映ったようだ。
「おう! 合格祝いだ! それに、今回も美味い飯食わせて貰ったしな!」
「今回のはパパがハクスレージの方から仕入れたって言ってたわ。いつもとひと味違うから存分に楽しみなさい」
ソフィアはその猫と熊を受け取ると、見るからにウキウキとした様子で並んでいる他のぬいぐるみの間にその二体を並べた。
少し置く場所を悩んでいたのは、きっと何かこだわりでもあるからなのだろう。
「二人ともありがとう!」
戻ってきたソフィアは満面の笑みである。
本当に好きなのだろう。
笑顔は健康に良いなんて話を聞いた事があるが、だとすれば好きな物があるというのはすこぶる体に良い事なのだろう。
(あの中にキュウが並んでも違和感なさそうだな……)
『並んでみようか?』
「え、いや、別に――」
言い切るよりも前にキュウがひとっ飛びにサキトがプレゼントした熊のぬいぐるみの隣へと並ぶ。
まあ思っていた通りあまり違和感はない――
「キュウちゃん! 並ぶんならそっちのアイラちゃんのくれた猫ちゃんの二つ隣です!」
予想外なソフィアの気迫にキュウは体をビクリと震わして慌てて言われたとおりに移動する。
どうやら本当にこだわりがあるようだ。
「うんうん♪ そっちの方が収まりも良くって可愛いよキュウちゃん♪」
「キュ、キュウ……?」
何が変わったのだろうか。
――いや、変わったか。
「ん? どうしたのよタケル、急に笑って……?」
「ああいや、ソフィアが笑ってるなって思ってさ」
「うん、まあ、笑ってるけど……?」
「――うん、いや、何でもないよ」
何でもないのが良いとも言えるだろうか。
ソフィアたちにとっては毎度の事で、もう慣れっこになってしまっているのだろう。
それでも自分はソフィアがまたいつものソフィアに戻ってくれて安心したのだ。
あの冷たい目や表情がただの殻だと聞かされてはいても、初めて見た自分にはどうしても不安だった。
要するに、こうしてまた普通に笑い合って話せる事が嬉しくてならないのだ。
(それにやっぱり、笑ってる人を見る方が楽しいし――)
――『そんな所でなに当然の事を言ってるんですの……?』
不意に、中庭でメアリーに言われたそんな言葉を思い出した。
(メアリーちゃんとも、こんな風に笑い合いながら話せるくらい仲良くなれるかな……?)
目の前で楽しげにしている三人の友人を眺めていると、そんな考えが浮かんでくる。
(仲良くはなりたいけど……友人とはなんか違うよな……?)
違う事はわかるのだが、何が違うのかがわからない。
そんな痒いところに手の届かない感じの思考に眉を寄せていると、サキトに肩をつつかれる。
「どうかしたのかタケル?」
「へ? ああ、ごめん、ちょっと考え事してたや」
「タケルって結構ボーッとしてる事多いよな」
「あはは……治そうとは思ってるんだけどね……」
考え込むと周りの音が聞こえなくなるのはともかくとして、会話中に唐突に思考に没頭する事くらいは治したいものだ。
「ああでも、タケルのそれって集中力が高すぎる事の弊害なのかもな。義姉さんが言ってたぞ。タケルの集中力は深さも早さも長さもなかなか異常だって」
「へ? そうなの?」
そう聞くとこの癖も仕方ながない様な気がしてくる。
いや、治すに超した事はないのだが。
「昨日どんな特訓してるのか聞いた時は内容が異常過ぎてそこまで考えられなかったけど、確かに相当な集中力が無きゃあんな事出来ないわよね……」
アイラが若干呆れ気味にそう口にする。
そういえば昨日特訓内容教えた時に三回くらい言い直させられたが、あれは内容が異常で理解が出来なかったからであったのか。
「あれ? なんでアイラは納得してるのにそんな呆れ気味なの?」
「あの内容を何でもない様にケロッとした顔で言ってるあんたに呆れてんのよ。しかもそれを何十セットもやった後にティスト様と打ち合いもしてるんでしょ? 体力はともかく確かに集中力は異常なのよあんた」
「体力はともかく」というのは恐らく、「体力の消耗は身体強化などで抑えられるが」という事だろう。
異常という言い方は何だか悪いように聞こえてしまうが、リオナさんだけでなくアイラもそう言うのだから、この際それは確かなのだろう。
しかし、「打ち合い」という部分だけは断固として否定したい。
「アイラ、アレは決して打ち合いなんかじゃない。一方的に打たれてるだけだ……」
「な、なんでそんな遠い目をして言ってるのよ……? ティスト様に特訓つけてもらうってだけで凄く光栄な事なのよ?」
「いや、まあ僕も特訓つけてもらえる事自体には感謝してるんだけど……まあ、ちょっとね……」
ティストさんがヒィヒィ言いながら凌いでいる自分の姿をどこか楽しんでいる様に感じられて――いや、確実に楽しんでいるので正直複雑な気分なのだ。
自身の事を「優しい優しい姉弟子様」だなんて言うのだから、もっと優しくして欲しいものだ。
「そういやタケルって義姉さんの講義は軍属大学院の訓練場で受けてるんだよな?」
「え? うん、そうだけど」
唐突な問いかけをしてきたサキトにそう肯定を返すと、今度は残念そうな表情が返ってきた。
「そっか……じゃあ結局この中だと、俺が魔力登録一番最後なんだな……」
「それってそんなに残念な事なの?」
あの魔力を流すだけの行為に特にそれ程の価値があるとは思えない。
なんならこの帝都ヴェルジードに入る時の魔力登録の方が特別だと思えるくらいだ。
「タケルはなんかサラッと登録済ましちまったみてぇだけど、軍属大学院って本来そんな簡単には入れない所なんだぞ?」
「え? でも一般開放もされてるって言ってなかったっけ?」
サキトの言葉に疑問を返すと、アイラが答える。
「一般開放されてる所は割りと簡単に入れるけど、地下に広がる施設はある意味貴重な遺跡みたいな物だから、魔力登録をした人じゃないと入ることすら出来ないのよ。逆に言うと、利用する資格を持つ者が魔力登録を出来るって感じね」
「あそこって遺跡なの!?」
どこもかしこも綺麗にされているからか、寧ろ最新鋭の施設だと思っていたのだが違うのだろうか。
「そっか……タケルって『イオカラ』って聞いた事ある?」
「えっと確か、建国当時に活躍した凄い魔術師だっけ?」
以前ティストさんがそんな風に言っていたはずだ。
「凄く大雑把だけど、まあそれだけ知ってれば十分ね。建国当時って今から二千年くらい前の話なんだけど、軍属大学院はその頃にイオカラが作った施設なのよ」
「ああ、確かそんな事言ってたなぁ。でも作ったのはその人でも、色々設備とかって最新の物に更新されてたりするんじゃないの?」
二千年も経てば普通、旧式なんて話ではなくなるだろう。
「されてないわよ」
「えっ!?」
「私も専門じゃないから詳しくは知らないんだけど、現在の最新の研究すらもまだそのイオカラの技術を解明しきれてないらしいのよ。だから遺跡だけど最先端ってわけ。そんで再現不可能で施設数に限りがあるから、使用にも制限がかかってるって事」
「なるほど……。なんとなくで魔力登録してたけどそんな意味があったんだ……」
思いがけず貴重な体験をしていた事実に驚いていると、今度はソフィアが話に入ってくる。
「まあ他にも大事な理由があるんですけどね」
「え? 他にもあるの?」
「はい、タケルくんは『アトクラス』って知ってますか?」
「いや、初めて聞いたや。何の名前なの?」
名前からも何の事だか全く想像出来ない。
また人の名前だろうか。
「第二の魔術師って呼ばれるカーサルって人が作った、帝都だと王城に設置されてる大規模魔力探知の魔道具の事です」
「へー、大規模ってどれくらい?」
「帝都全体くらいですかね? 最大範囲は流石に私も知らないんです。すみません……」
「い、いや、別に全然謝る事ないよ。それで、それがどうかしたの?」
「は、はい。この魔道具って一般に普及してる魔力探知妨害の魔道具も無効化しちゃうくらい強力な魔道具なので、軍が不法に出入りしてる人がいないか探したりするのに使ってるんです」
「ああ、じゃあもしかして帝都に入る時の魔力登録って……」
「個人の魔力波長をアトクラスの管理下に置くための登録ですね。この魔道具を使えば、軍が調べようとすれば誰がどこにいるのかが一発でわかるので、治安の維持に凄く役立ってるんです」
つまり帝都内だと常に発信器をつけられている様なものだと言う事だろうか。
何か罪を犯してどこかに潜伏しても一発でばれるとあれば、そもそも罪を犯さなくなるわけだ。
行き過ぎた管理社会な気もしなくはないが、それで治安が維持されているのならば万々歳なのだろう。
「ただ、そのアトクラスであっても突破できない程の強力な魔力探知妨害の施されている施設があるんです」
「ああ、それが軍属大学院なのか!」
「はい、なので学院は学院で独自に管理するためにも、魔力登録が必要なんですよ。地下施設に移動するのにはモートゥスを利用しないと駄目なんですけど、そのモートゥスにも魔力登録を済ませた人しか乗れない様になってますから、セキュリティー面を考えても軍属大学院は王城に並んで帝都で――いえ、帝国で一番かもしれないですね!」
二千年前に作られた施設が世界一のセキュリティーを誇るというのもなかなか耳を疑う様な話である。
凄いとしか聞いていなかったが、きっとそのイオカラという人はそれこそ伝説級の人物なのだろう。
(あれ? そういえばティストさんがその技術の一部をおじいちゃんが解明したとか言ってなかったっけ……? というよりおじいちゃんでも一部なのか……)
上には上がいるという事は理解していても、自分の中では何においてもおじいちゃんが一番だという認識があったので、こう明確におじいちゃんでも理解しきれない物を作った人がいると言う事を示されると、何だか複雑な気分である。
「さて、じゃあ時間も遅いし、そろそろお開きにしようかしらね」
一人勝手に落ち込んでいると、アイラがそう口にした。
確かに普段ならばもう寝ていてもおかしくはない時間だ。
「そうだね。キュウもロンドももう眠そうだし帰ろうか。ソフィアも今日はお疲れ様」
「はい! 今日は本当に来てくれてありがとうございました!」
「おう! また招待してくれよな!」
各々別れの言葉を告げ、ソフィアの部屋を後にして屋敷の出口へと向かう。
この屋敷内での自由を保証してくれていた深緑の小鳥は門を抜けると共にかき消え、今日という日が終わりを迎えようとしている事を感じさせられた。
良い事ばかりではなかったが、終わってみれば楽しかったと、そう思える一日であった。
「さて、明日もまた特訓があるし、帰ったら僕もさっさと休もうかな」
「帰りは近くまで送っていってあげるわよ」
「別に――いや、お言葉に甘えようかな。お願いするよ」
時間も時間であるので人目はもう特に気にはならないが、また明日から学院の入学までは、ひたすら特訓をするだけの何でもない平穏な日々が続くのだと思うと、もう少し余韻を味わっていたいと、そう思ったのだ。
そんな何でもない愛すべき日々が揺らがされるのは、それから数日の後の事であった。




