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アポロの護り人 ―異世界夢追成長記―  作者: わらび餅.com
第二章 軍属大学院 入学 編
35/54

32.帝都観光


「じゃあ私はそろそろ仕事に戻るよ。今日だけじゃあ到底回りきれないだろうけど、帝都を存分に見て回るといいよタケル君。みんなもわかっているだろうけど、道中は気を付けるんだよ」


 そう言うとリーガルさんは部屋を出ていった。

 早速貰ったこの『波動時計』とでも名付けられそうな腕時計で確認すると、時刻は既に九時を十五分程回っていた。


(……思ったよりも良いな)


 身にそぐわないだの何だのと思っていたが、着けてみると中々どうしてしっくりくる。

 何だか恥ずかしいが、"ちゃんとした腕時計を着けている"という事実に少しばかり高揚してしまっているのだ。

 そうしてまじまじと腕時計を眺めている自分を余所に、リーガルさんを見送ったアイラが話をきりだした。


「さて、じゃあそろそろ私たちも出かけましょうかね! まずはどこから案内して回ろうかしら……。パパの言ってた通り、全部を見て回るのは流石に無理があるし……」


「俺はずっとここで育ってきたから、帝都自体はどこが見どころなのかとか正直わかんねぇんだよなぁ……。城の外観とかは昨日見ただろうし……」


 サキトの言わんとする事も何となくわかる。

 見どころとはもっぱら他の場所とは違う所の事を言うのだと思うのだが、その"他の場所"というものを知らなければそもそも見つける事すら困難であろう。

 きっと、東西南北の都市の建築様式を模したという貿易区画の人々の居住区などは、それこそ見どころの一つなのだとは思うのだが、あれはどちらかと言うと他の都市の見どころであって帝都自体の見どころとは言い難いのだろう。


 しかし、自分が今とりあえず見に行きたいのはその内の一つである東側の居住区なのだ。

 それを主張しても良いものかと少し悩んでいると、ちょうどいい問いかけをソフィアがしてくれる。


「うーん……。タケルくんはどこか気になる場所とかありましたか?」


「ああ! それならさっきそこの居住区見て凄く気になったんだ! あそこから見たいな」


「そこの居住区って、ラグルスフェルトの――東の都市の建築様式の所ですか?」


「うん、そこそこ! ……ひょっとして何か都合が悪かった……?」


「いえ! 寧ろ大歓迎ですよタケルくん! 早速行きましょう!」


 わざわざ何やら言い換えて確認してきたので何かマズい事でもあるのかと心配したのだが、当のソフィアは寧ろ嬉しそうに返答してきた。

 よくよく考えれば、地名を言われても自分は理解が出来ないので、それを考慮して言い換えてくれただけであろう。


(ん? でもラグルスフェルトってどっかで聞いた事があるような……?)


 ここ最近何度か耳にしている気がする。

 思い出せそうで思い出せない感覚にもやもやとする。

 どこで聞いたのであっただろうか――


(ああそうだ。ソフィアの家名だ!)


 答えに辿り着いた事によって、憑き物が落ちたかのようにさっぱりとした気分になる。

 しかしそれも束の間、また新たな疑問が頭に浮かぶ。


(あれ? って事は東の都市の名前とソフィアの家名が一緒って事なのか……?)


 東西南北にそれぞれ存在する四つの大都市。

 四大貴族と呼ばれる地位の高いらしい人たち。

 そんな貴族の一員らしいソフィアの家名と同じ名前の都市。

 ひょっとしたら、四大貴族と言うのはそれぞれの都市を治めていたりする人たちの事なのかもしれない。

 それならばティストさんが言っていたように地位が高いというのも頷ける。


(って事はソフィアってやっぱり凄く偉いんだよなぁ……)


 そう考えながら自分が眺めているのに気が付いたのか、ソフィアが小首を傾げる。


「どうかしましたかタケルくん?」


「――いや、何でもないよ。それじゃあ早速案内してもらえるかな?」


「はい! では行きましょう!」


 元気よくソフィアが出口へと向かっていき、皆でその後に続く。


――偉かろうと偉くなかろうと、ソフィアはソフィアだ。


 好奇の視線に晒された時のソフィアの表情はどこか寂し気だった。

 自分の思い違いの可能性もあるが、きっと自分が偉い人に接する様な態度で接すれば彼女は悲しむだろう。

 自分もそんなよそよそしい関係になるのは嫌であるし、ここは友人として接する事を許し、そして求めてくれているソフィアの優しさに甘えさせて貰おう。

 そんな事を考えながら自分もソフィアたちの後に続くのであった。


―――――――――――――――――――――――――――――


(そう! これだよこれ! この触り心地だよ……)


 久しぶりに感じるさらりとしたその感触に少しばかり感動を覚える。

 右手で、小さな瓦屋根によって陽を遮られてひんやりとしている部分を触り、左手ではその下の日光に温められた部分を触る。

 夏の暑い日には日陰となった場所にある土壁に触れる事で体から熱を奪ってもらい、冬の寒い日は日光から蓄えたその熱を供給してもらう。

 そして春と秋はその日の好みでどちらも楽しめるという卓越したスポット。

 そう、自分は今、東の貿易区画の人々の居住区画を囲む白い土壁に触れているのだ。


 これほど長く伸びる土壁はなかなかにお目にかかれないのだが、それ以上にこれほど綺麗に均等に塗り固められた土壁なぞ、なかなかどころか初めて見たというレベルかもしれない。

 所々に小さな穴がぽつぽつと散見され、少しばかりデコボコした様な土壁も、人の手で作られたという事がひしと感じられて良いのだが、このやすりをかけた木材を思わせるきめ細かさの土壁が果てしなく伸び行く様には言葉もなく圧倒されてしまう。


 しかし、触れた部分から伝わるものには大きな相違は無く、人々の雑踏が溢れる中であっても不思議と安心感を得られる。

 状況が状況なら下手をすればこのままの体勢で眠る事さえもできるかもしれない。


(昔はよくもたれかかったまま寝ちゃってたよなぁ……)


 背中から感じるじんわりとした温もりには、眠気を誘う様な効果があったように思う。

 コンクリートブロックや木材で出来た外壁は、ゴツゴツしていたり雨風に晒された影響でささくれ立っていたりと、体重を預けるのには適していない事が多いため、このくつろぎ方はまさに滑らかな肌触りの土壁ならではと言ったところであろう。


(ああ……ちょっともたれかかってみようかな……)


 そうして危うく頬までつけて夢の世界へと誘われそうになっていた自分を、サキトの声が呼び止める。


「お、おいタケル!? 大丈夫か!? ひょっとして昨日までの疲れが残ってんじゃねぇのか?」


「へ? い、いや、大丈夫だよ。ちょっとあんまりにも肌触りが良かったから……」


「ああ、別に気を失って倒れかけたわけじゃないのね……。なに? 昨日『良い地面だ』とか言ってたのといい、土が好きなのあんたは?」


 若干呆れ気味にアイラがそんな事を言ってきた。

 なるほど、傍から見るとそんな風に見えてしまっていたのか。

 というよりも、その解釈は少しばかり違う。

 あくまでも土壁という場所が心地よいのであって、土が好きなわけではないのだ。


 そもそも昨日のは誤魔化すためにああしただけなのだが、まあそれはアイラたちの知る所ではないので仕方がないだろう。

 アイラとサキトは「変な奴だな」とでも言いたげな視線をこちらに向けてきているが、ソフィアだけは違った反応を示す。


「わかりますかタケルくん! 曾おじい様から聞いたんですけど、この外壁を作る時にちゃんと現地から職人を呼んで作ったらしいんですよ! 私も昔からこの土壁に囲まれて過ごしてたので、タケルくんのその『つい触りたくなっちゃう』って気持ち凄くわかります!」


 目を輝かせながら土壁へと触れたソフィアは、頻りに何かを確かめているかの様に頷いている。

 どうやらソフィアも同士の様だ。

 ちなみに精霊ズはというと、テッチは特に何をするでもなく地面に座っており、キュウとロンドは外壁の屋根瓦の上で一緒になって丸まっている。

 土壁とは少し違うが、きっと屋根瓦も陽を浴びて良い感じに暖かくなっていて、下からは瓦の、上からは日光の熱でじんわりと温められて気持ちが良いのであろう。

 まるで眠っているかの様に穏やかだ。


「まあ楽しいならそれでも良いけど、あんまりここで時間使い過ぎたら見て回れる場所が減るわよ?」


 状況を見かねたアイラのそんな発言は、至極御尤もである。

 名残惜しいが土壁から手を離し、尚も瓦の上に陣取るキュウとロンドを両手で掬い取る様に持ち上げる。

 驚いたような反応を見るに、どうやら本当に寝ていたようだ。

 キュウも名残惜しそうであるので、今度また連れてきてあげる事にしよう。

 ロンドもソフィアの肩へと戻った所で、改めて皆で居住区域の中へと入っていく。

 中の通りには人の気配はあまりない。

 きっと昨日通った西側の居住区画と同様に、殆どの人が貿易区画へと働きに出かけているのだろう。


(あぁ……やっぱり似てるな……)


 家と家とを遮るように作られた人の高さ程の塀も、大通りと私有地を隔てるように構えられた木製の引き戸の門も、軒先の深くなった瓦屋根も、何もかもがかつて自分の過ごした世界で毎日の様に目にしていた建築様式のそれだ。

 ちらりと見えた庭先やベランダに置かれた物干し竿には洗濯物がかけられており、そよ風に揺られながら天日干しされている。

 道沿いには電柱や電線の様なものや、街灯の様なものが等間隔にたてられ、電線の上で小さな鳥が並びながら小さく鳴きあう様も見ていて何か懐かしい気持ちになってくる。


 対面側の塀の上には猫が歩き、自分と目が合うとしばらく見つめあった後に家と家の間に消えていった。

 しかし、少しばかり懐古心をくすぐられはしたが、思っていたほどの元の世界に戻ったような錯覚に陥らない。

 それはきっと、石畳の敷かれた大通りを馬車が走っているためであろう。

 線のひかれたアスファルトの上を走る自動車など、この世界には存在しないのだ。


「どうですかタケルくん? その……西のビル群みたいにインパクトは無いかもしれませんけど……」


 どこか自信無さ気にソフィアがそんな質問をしてくる。

 ソフィアにとっては自分の家が治める都市の建築様式なわけで、感想が気になるのだろう。

 確かにビル群程のインパクトは無いかもしれないが――


「僕は正直、こっちの景色の方が落ち着けて好きだよ。凄く懐かしいし――」


「そ、そうですか! それなら良かったです!」


 街の様子を褒められたソフィアは嬉しそうにしているが、自分は内心少し焦っていた。

 失言に気が付いたからである。

 うまく聞き流してくれていると良いのだが――


「ん? タケルお前今『懐かしい』って言ったか?」


「え? う、うん、言った……かな?」


 目ざとそうなアイラ辺りに気が付かれないかと焦っていたのだが、まさかサキトにそこを言及されるとは思ってもいなかった。

 意外とサキトも目ざといのかもしれない。


「『懐かしい』ね……。この建築様式で街が作られてるのって、ここかラグルスフェルト近辺くらいよねソフィア?」


「へ? う、うん。そのはずだよ」


「それでいて帝都に見覚えがないって事は、タケルってもしかしたらラグルスフェルト近辺の出身って事なのかしら?」


「そっ、そうなんですかタケルくん!?」


「さ、さぁ……どうかな……?」


 案の定アイラによる推理が始まってしまった。

 記憶喪失の奴が「懐かしい」なんて言ってしまえばそりゃあ記憶の手がかりだと思われてしまうだろう。


(どうやって誤魔化そう……いや、別に問題はないか?)


 別に"東の都市の出身かもしれない"となるだけなので特に問題も無いように感じる。


(じゃあもうそういう事にして乗り切れば――)


「ねえソフィア、領地にいる人の中から『スドウ』って家名の人探したりって出来ないの? ひょっとしたらタケルと関係ある人がいるかもしれないじゃない」


「た、確かにそうだね! わかった! 今日帰ったらお父様に出来るかどうかお願いしてみるね!」


 マズい方向に話が進みだしてしまった。

 このままではソフィアのお父さんやその他の人に一生見つからない自分と縁のある人探しをさせてしまう事になってしまう。

 それどころかもし下手に『スドウ』という家名の人が見つかってしまった場合、それが一番厄介だ。

 きっと優しいソフィアたちはその人と自分を会わせようとすると思うのだが、自分はその人が確実に他人であると知っているわけである。

 いったいどんな顔をして対面すればいいというのであろうか。

 これは何としても阻止しなくてはならない。


「い、いや、別にいいよソフィア。もし見つかっても縁のある人の可能性なんて殆ど無いだろうし……」


「家名が先についてて尚且つラグルスフェルト近辺に住んでる『スドウ』なんて、もし居たらほぼほぼビンゴに決まってるじゃない」


 自分の苦し紛れに絞り出した、なけなしの可能性を秘めた言葉に対してアイラが無慈悲な反論を返してきた。

 そういえば前に「家名が先に来るのは北西部の出身」的な事を言っていた気がする。

 そりゃあもし居れば確かにビンゴであろう。


「い、いや……でも……」


 尚も口ごもっていると、ソフィアが少し寂し気な表情で口を開いた。


「遠慮なんてしなくても良いんです。昨日、お互いに出来る事で助け合おうって言ったじゃないですか。私にもタケルくんの手助けをさせてください」


「ッ――」


 本当に自分が記憶喪失であるのなら、この言葉は嬉しい限りの言葉であるはずなのだが、ソフィアの善意を自分の嘘で踏みにじっているのだと考えると、罪悪感で押しつぶされそうだ。


(あぁ、やっぱり嘘なんてつくもんじゃないな……)


 嘘をつけば必ず報いが返ってくるなどとはよく聞くが、ある程度仕方ない事だったとはいえ、やはり嘘をつくべきではなかったのだろう。

 しかも罪悪感のせいで余計に嘘である事を明かし難くなるというオプションまでついてきている。


 もし嘘だと明かして今更「異世界から来た」などと言っても、現実味の欠片も無いそれはきっと助けを拒むための嘘だと受け取られ、昨日の約束を反故にしようとしていると思われるかもしれない。

 あの小さな嘘が斯くも恐ろしいものになるとは思ってもいなかった。

 少なくとも自分は、誰かを心配させるような嘘をつくべきではなかったのだろう。


「うん、わかった。お願いするよ……」


 結局自分には、嘘に嘘を上塗りすることも、勇気をもって嘘を明かす事も出来なかった。

 キュウと接する様に彼女らに自分の心とその中にある景色を、そのまま明かす事が出来たならばどんなに楽だったであろうかと、自分に笑顔を向ける彼女らを見ながら心底思ったのであった。






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