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アポロの護り人 ―異世界夢追成長記―  作者: わらび餅.com
第二章 軍属大学院 入学 編
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22.寂しさのスパイス


 大通りの商店街を抜けると交差点になっており、左右にも大きな通りが湾曲しながら伸びている。

 交差点の角には見回りの軍人たちとは別に常駐らしき軍人が立っており、その前には人の腰程の高さの細長い石の円柱が地面から伸びている。

 上面に魔法陣が刻まれているので、何かしらを操る装置なのかもしれない。


 商店街側の道沿いには至る所から使い込まれた馬車が出入りしており、恐らくこちらが搬入口であるという事が推測できた。

 忙しなく動き回っている人々もいれば、立ち話に興じている人々もおり、活気に満ち溢れていた商店街とはまた違った人々の営みが感じられる。


(こっちの通りは馬車がいっぱい通ってるんだな……)


 視線を左右に振って交差点を渡れるタイミングを見計らってみるが、右が過ぎれば左が来てと、絶妙に渡れそうに無い。

 急げば渡れない事も無いのだろうが、わざわざそんな危険な事をする場面でもないので、大人しく良いタイミングを待つのが吉であろう。


(こう考えると信号機って偉大だよな……)


 場所によって時間に差はあれど、待っていればいずれは安全に道路を渡れるのだ。

 ずっとタイミングを見計らうために視線を巡らさせるのは少々疲れてしまう。

 しかし何度か首を左右に振ったところで、自分とキュウ以外の面々は一人として首を振っていないという事に気が付いた。


 どういう事かと不思議に思っていると、交差点の角でひたすら立っていた軍人が動きを見せ、目の前の石柱へと手を翳し、魔力を流す。

 すると五台ほど馬車が通り過ぎた後に、それより後ろの馬車は交差点から五メートル程手前でぴたりと動きを止めた。


 止まった馬車たちの御者台に設置されているランプの様な物が、淡いがはっきりと見て取れる光を放っている。

 馬車の動きが止まったのを確認した軍人が再び石柱に魔力を流すと、馬車の手前にある石畳と交差点ギリギリにある石畳がいくつか車止めのように地面から伸びて、簡易的な横断歩道のようなものを作り出した。

 それと同時に、商店街側の大通りで停車していた高級そうな馬車が交差点を進み始める。


(なるほど、一応信号機みたいなシステムはあるんだ……)


 進みだしたテッチたちに置いて行かれないようについていきながら、馬車やせり上がった石畳へと目を向ける。

 ちゃんとした仕組みはわからないが、恐らく最初に軍人が石柱に魔力を流した際に、御者台のランプが光り、それが馬車への停止信号になるのだろう。

 停止を目視で確認したら車止めを出して商店街側が進める。

 そういうことなのだろう。


 止まっている馬車たちは全部、御者台でランプが点灯しているので、馬車にはあの装置を取り付ける事が義務付けられているのかもしれない。

 高級そうな馬車が交差点を過ぎ、歩行者がある程度渡ったところで、まず交差点ギリギリでせり上がっていた石畳が元に戻る。

 交差点を渡ろうと走り込みそうになっていた子供を母親らしき人物が止めている様子から察するに、これが歩行者の停止信号なのだろう。


 交差点を渡る歩行者がいなくなると、馬車の手前にある石畳も元に戻り、再び馬車が動き出した。

 ランプの光は消えているので、恐らく自分の推測は正しいだろう。


 再び交通量の多くなった交差点から目を離し、前を向く。

 ビル側の道沿いには商店街側程の人はおらず、何だかあまり活気が感じられない。

 都会然としたビル側の方が閑散としている様子はなんだか奇妙である。

 自分たちと共に交差点を渡ってきた人々も、殆どはそのまま真っ直ぐと進み、ビルへと入る人あまりいない。


「キュ……」


「え? ああ、そっか。キュウはまだ食べてなかったな……」


 キュウが空腹――というよりも、「何かを食べたい」というような欲求を伝えてきたのでマジックバッグの中を探る。

 本来精霊に食事は絶対的に必要なものではないらしく、"空腹"という概念は無いらしい。

 単純においしいから食事をするという感じである。

 さっきおいしそうな果物を見たせいで、口が寂しくなったのだろう。


 キュウに小さな木の実を与えながら、横に聳え建つビル群を見上げつつみんなについて大通りを直進する。

 一階部分は普通に石で作られており、全面ガラス張りなのは二階からのようだ。


 いや、これはひょっとしたらガラスでは無いのではないだろうか。

 角度の浅い二階付近も全く中の様子が見えないところから見るに、鏡張りと言った方が正確なのかもしれない。

 だがその割には、まだほとんど真上にある太陽の光をそれほど反射していないようにも感じる。

 鏡のように空を映しているのに、全く眩しくないのだ。


 また、ビル一つあたりの幅は二十五メートルと言ったところであろうか。

 ビル同士の間は五メートルくらいしか離れていないが、鏡張りのおかげなのか知らないがそれほど暗くない。

 そんな具合にひたすら同じような建物が並び立っている。


 隙間からは草木の生えた公園の様なものが垣間見え、その向こうには恐らく先ほどの交差点を曲がった通り沿いに並び建っているであろうビルたちが見えた。

 それでも十分すぎる程に量は多いのではあるが、どうやら内側までギチギチにビルが建設されているわけでは無い様だ。


「それにしても、いつ見てもこのビル群は立派よね。ああ、こういう建物の事をビルっていうのよ! 西の都であるハクスレージの主要な建築様式らしいわ。まだ行った事ないからいつか本場を見てみたいのよね!」


 アイラがビルを見上げながらそう口にした。

 こちらでも"ビル"というらしい。

 というより西の都のハクスレージとやらはこれが主要建築だというならば、自分的には超大都会なのではないだろうか。

 ちょうどいいので気になっている事も聞いてみる。


「この建物って何の役割があるの? 見たところお店って感じでもないけど……」


 スーツを着たビジネスマンでも出てきそうな見た目であるのに、たまに出てくる人を見かけても、皆一様に普段着といった感じだ。


(あ、作業着の人出てきた……)


 ビルの中で配線工事でもしていそうなあの人が一番この場に居て違和感がなさそうである。


「ああ、ここは殆どが西側の貿易区画で働いてる人たちの住居よ」


 アイラの言葉に衝撃を受ける。


「え……? このビル群全部人が住んでるの!?」


 ビル一つ辺りの高さは都市壁と同じく上がどこまであるのかよくわからない程に高い。


「な、何階建てなのこのビル……?」


「確か三十階とかじゃなかったかしら?」


「そ、それがいくつあるの……?」


「六百くらいじゃなかったかしらね? 流石にそこまではちゃんと知らないわよ……」


「アイラちゃん。タケルくんはそもそも帝都の区画とか知らないから驚いてるんじゃないのかな?」


「あー、確かにそうね。どうせまだ十分近く真っ直ぐ進むだけだし教えてあげるわ!」


 それからアイラによる帝都講義が始まった。


―――――――――――――――――――――――――――――


「――って事よ! わかった?」


「えーっと、ちょっと待ってね……」


 実際に地図でもあればもっと簡単にわかりそうな気もするが、今手元に無いものを求めても仕方がない。

 ここは自分なりに頑張って頭の中で内容をまとめて想像しよう。


 まずこの帝都ヴェルジードという都市は、王城を中心とした半径一万五千メートルの円状に築かれた壁に囲まれた都市であり、大まかな区画というのも、同じく綺麗な円形の外周を持つ王城を中心に描いた円で分けられているらしい。

 要するに王城以外の区画は全部ドーナツ型になっているのだろう。


 中心から半径三千メートルの円の上に建つのが帝国を治める皇帝陛下とやらが住む王城で、城の内部に役所や軍の本部、研究機関などがあり、まさに国の中枢となる建物となっているようだ。


 その城外周から千メートル圏内の区画が国のお偉いさんである貴族たちの居住区画であり、ソフィアの家もそこにあるらしい。

 そういえば彼女は貴族であった。

 詳しくは聞いていないが、確か門でソフィアに土下座していたモブロスとやらも貴族だとか言っていた気がする。


(実はソフィアって結構偉いのかな? 全然偉ぶらないし普通の女の子っぽいけど……っていかんいかん! 聞いたことが頭から抜ける前にまとめないと!)


 今一度聞いた内容を思い出しながらイメージを膨らませる。


(確か次は……)


 貴族の居住区画の外周から四千メートル圏内が、帝都の商人や軍人や役人、またその家族が住むための居住区画で、アイラやサキトはここに住んでいるらしい。


 そして、その外周から二千メートル圏内が今自分たちの歩いている場所で、ここも居住区画とのことだ。

 誰が住んでいるのかと言うと、ここでようやくアイラが最初に言っていた事と繋がる。

 残りの土地――つまりは都市壁から王城に向けて五千メートル圏内に存在する"貿易区画"という場所で働いている人々や、貿易をしに訪れる人々が住んだり泊まったりするための居住区画らしい。


 つまり先ほど商店街を抜けた際の交差点で見た湾曲しながら左右に伸びる通りは、貿易区画で働く人々の居住区画をぐるりと囲む円になっているのだそうだ。


 しかし、この貿易区画と言うのがまた変わっていて、東西南北に四分割されているらしいのだ。

 それぞれの方角に存在する大都市の名産品や特産物を基本的に扱っているらしく、それに伴って居住区画もそれぞれの都市の建築様式を模しているのだそうだ。


 つまり別に半径一万メートルの円周上全てにあの高層ビルが立ち並んでいるわけではないという事だ。

 四分の一でも十分多いが、少しホッとしたのは否めない。


(つまり帝都にはまだ別の景色もあるって事だよな!)


 というより、門からあの交差点までは直線距離で五千メートルもあったというのか。

 そう考えると門の前の広場もかなり広いとは思ったが、恐らく半径千メートル程はある半円状の広場だったわけで――。


「ねえソフィア、僕たちが門の前から進みだして今どれくらい経ったっけ?」


「へ? えーっと、たぶん一時間と少しくらいですかね? それがどうかしたんですか?」


「……いや、何でもないよ。ありがとう」


 つまりもう次の交差点――つまり軍人などの居住区画が見えてきているという事は、一時間で七千メートル近く歩いているわけだ。

 たぶん本来ならばジョギングくらいだろう。


 少なくとも以前の自分はこの速さで進む事を"歩く"とは言わなかったし、人ごみでそんな動きをする事は無かったはずだ。

 どう考えても人同士でぶつかる。

 もしラブコメならばそこら中が恋に発展する出会いだらけだ。

 数秒待てば四角関係にすら発展するだろう。

 そうならないという事は、この速さがこの街、ひいてはこの世界のスタンダードという事だろう。


 きっとみんな程度に差はあれど身体強化をしているのだ。

 身体強化をすれば、ちょっとやそっとじゃ疲れないし、目もよく見えるしで速度の感覚に違いが出るのは当然と言えば当然かもしれない。


 でも、動きがそこまで速いかと言われると多少は速いように感じるが、恐らく一番影響しているのは一歩の大きさだろう。

 気にして見てみると、みんなぐんぐん進んでいるような気がしないでもない。

 これも"魔法は人の営みを加速させるもの"だと言われる一つの所以なのかもしれない。


「で? 結局タケルは帝都の区画とかなんとなくでもわかったのか?」


 交差点へとたどり着いたタイミングで、サキトがそう問いかけてきた。


「う、うん。たぶん……」


「そっか! じゃあ今度街案内してやるよ! 大きな通りの名前くらい覚えないと色々不便だしな!」


「あ、それ良いわね! ってかもうタケルさえ良ければ明日にでもやらない? たぶん私たち明日は休みになるし」


 サキトのありがたい提案にアイラが乗っかった。

 三日も走って旅してきたというのに、元気な事だ。

 本当に身体強化様様である。


「うん。まだ予定がわからないけど、たぶん大丈夫だと思うよ」


「それじゃあどこで待ち合わせにしましょうか?」


「タケルにわかりやすい場所ってどこだろうな……? タケルの家の位置がわからないからなぁ……」


 その時、また右足にピリピリと電流が流れた。


「ん? 何か良い案でもあるのテッチ?」


 問いかけるとテッチはアイラの方を見て、そのままアイラに向かって語り掛ける。


「ワウッ! ワウワウ?」


「え!? なに!?」


 アイラが戸惑っているので通訳をしてあげよう。


「アイラの家の商会は今もまだ、じょ、城東正面通り? 沿いに店を構えてるのか? だってさ」


 本当は『小娘!』と呼んでいたが、そこまで馬鹿正直に翻訳する必要はないだろう。


「う、うん。あるわ……あります」


 アイラはぎこちなくそう答えた。

 というより何故敬語に直したのだろうか。


(確かにテッチは少しばかり面構えは厳ついけど……厳ついからか)


 自分は言葉がわかるから良いが、アイラからしたら怖い犬に吠えられたという感覚かもしれない。

 実際のテッチは、アイラが敬語を使った原因が自身にあるという事に気が付いてしょんぼりしているくらいには愛らしいのだが、顔にはあまり出ないから伝わらないのだろう。

 テッチの頭を少し撫で、テッチに問いかける。


「テッチはそこならわかるの?」


 テッチは少し照れたように「別に落ち込んでなんかないし……」とでも言いたげに鼻を少し鳴らしてから頷いた。

 ツンデレさんめ。

 まったく可愛い奴だ。


「じゃあアイラちゃんのお家のお店の前で……そうですね、朝九時に集合でどうでしょう?」


「うん、わかった」


「それじゃあ俺たち次はあの左斜め前の通りに進むんだけど、タケルはどっちだ?」


 サキトが左に湾曲しながら伸びる通りと、王城へと続く正面の通りの間にある一直線に伸びる、現在地から左斜め前に進む通りを指さして問いかけてきた。

 自分には進行方向はわからないのですかさずテッチに問いかける。


「どっち?」


「ワウッ!」


 テッチが鼻で示したのは、サキトたちの行く通りとは正面の通りに対して線対称的な位置に伸びる通り、つまり別の通りであった。


「じゃあここで一旦お別れだね。明日、楽しみにしてるよ!」


「おう! また明日な!」


「明日までには準備しとくから楽しみにしときなさいね!」


「タケルくんもここまでお疲れ様でした! お家に着いたらゆっくり休んでくださいね」


 各々別れを口にして三人が通りの反対に渡ったところでタイミング良く交差点を渡れるようになった。

 自分も別の方向に進みながらも三人を目で追うが、行き交う人々に呑まれてすぐに見えなくなってしまった。


(明日会う約束してるけど……やっぱりちょっと寂しいな……)


「キュウッ♪」


「ワウ」


「ふふっ、二人ともありがとうな」


 三人と出逢った日から数えれば五日間行動を共にしていたのだ。

 自分の周りにできた物寂しい空間は、通り過ぎる人々によってすぐに埋められていく。

 帝都の中心部へと近づいているためか馬車や人の数も多くなり、いっそう喧噪が増していく中で、自分の周りだけはいやに静かに感じた。


(今まで"寂しさ"には嫌なイメージしかないと思ってたけど……悪い事ばかりじゃないかもな。だって――)


――寂しいと思う程に、未来への期待も膨らむものなのだ。


 自分の進む先に期待を抱ける喜びを噛みしめながら、思いを馳せる。


――明日の友人たちとの再会に。


――いつかの家族との再会に。






テッチだって可愛いのです。

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