23.身に余る新居
ソフィアたちと別れ、テッチとキュウと共にひたすらに歩く。
自分の今歩いている通りは、先程までの大通りよりは少しばかり狭く――とは言っても馬車が三、四台程度なら余裕で並んで通れそうな程度には広い通りだ。
商店街やビル群などは、建物と建物の間にある細い路地や通りが規則的に配置されていたが、この通りはそれらがいたるところに乱雑に配置されている。
(住宅街って感じだな)
通りに沿って建っているのは殆どが木とレンガで作られたような民家ばかりで、たまに何かしらの店がある程度だ。
鉄筋コンクリートで作られたような角ばった建築物を現代風というのならば、この街並みは現代風では無いのかもしれないが、かと言って古い街並みかと言われると、実際に前の世界でもこのような家を見た事自体はあるのでそうとも言い難い。
街を歩く人々も、見回りらしき軍人以外は皆まさに"普段着"といった感じであるが、別に街並みに相反している様には感じられない。
(正直、帝都に着いてから一番心落ち着く光景かもしれないな……)
古いとは言い難いとは言ったが、壁や屋根などがレンガなどで基本的に暖色でまとまっている街並みは、何となく落ち着ける"古き良き"と言った匂いも漂わせている。
強いていうならば、現代にも違和感のない古さ――現代的レトロとでも言った感じであろうか。
何にせよ、美しい街並みである事に変わりはない。
これから自分の住む街になるのだと思えば、それなりに心躍るような光景だ。
通りを進みながらテッチに問いかける。
「ねえテッチ。今進んでるこの道って城の南側の大通りに繋がってるんだよね?」
「ワゥ。ワゥワウ」
「なるほど、このまま真っ直ぐ進めばその大通りとぶつかるんだね。目的の家はどの辺にあるの?」
「ゥワウッ」
「城の東側方面か。じゃあ大回りしてるわけだね。やっぱり貴族の居住区に平民が入ったりしたら怒られたりするの?」
王城には流石に入れないとは思うが、あのまま大通りを直進して王城の外周を回った方が確実に距離は近くなってたと思うのだが、わざわざ大回りするという事は何かあるのではないだろうか。
「ウゥゥ……ワウッ」
「な、なるほど……テッチが嫌だったのね」
どうやらテッチは貴族という生き物が嫌いらしい。
「……ソフィアは、良かったの?」
「……ウワゥ」
『貴族にも良い奴と嫌な奴がいる』とのことらしい。
要するにソフィアは良い奴だから違うという事だろう。
わざわざこんな遠回しな言い方をしたのはきっと、貴族を一纏めに悪く言ってしまった後でソフィアの事を思い出したからばつが悪くなったのだろう。
口は少し悪いが、優しいテッチらしい反応だ。
頭を撫でてやると、また照れたように鼻を鳴らした。
そのまま通りを進んで行くと、また大きな通りの交差点へと出た。
ここが南の門を入って真っ直ぐ進んできた所なのだろう。
西の大通りから南西の軍人居住区を斜めに突っ切ってきたわけだ。
そして、前方には南の都市の建築様式を模した建造物があるわけで――。
(これは……また……)
目の前に広がる光景に思わず苦笑いしてしまう。
道沿いには五メートルほどの壁がずらりと並んでおり中の様子が窺えない。
それでも壁の上から辛うじて背の高い建築物が頭をだしており、見る限り肉まんの様なドーム型の屋根らしき物が多く、他にも少数ではあるが細い塔の様なものも見える。
しかし、苦笑いをする理由は壁に囲まれているからとかそんな所にあるわけではない。
黒いのだ。
ほぼ全部が黒い。
しかもただ黒いのでは無く、磨き上げられたように艶やかなのだ。
見える限りその全てが艶やかな黒い石材で作られており、少し傾き始めた陽光を吸収して怪しく煌めいている。
黒いのに眩しいと感じたのは初めてかもしれない。
単体で見れば珍しい建築物に興味も惹かれるとは思うのだが、生憎個人的に落ち着ける街並みの中を安心しきって歩いてきた自分にとっては、些か刺激が強すぎる。
(なんだろう……絶対に景観を壊さないとだめな決まりでもあるのかな?)
そんな事を思いながらふと反対側に目を向けると、そちらにはまるで対比するかの如く白を主張する巨大な城がある。
果てしなく高い立派な尖塔が特徴的な王城だ。
こうして見比べて見ると、これはこれでそれほど景観を壊しているとは感じられない気もしてきた。
全く違う世界観を一気に感じられるのが、この都市の魅力なのかもしれない。
貿易都市という名に恥じぬ程に規模の大きな文化の交流点――そう理解しれば自然とこの光景も受け入れられた。
大型のショッピングモールに行って、色んな店に目移りするような感覚で楽しめばいいのだ。
(……ちょっと中の様子とか見てみたくなってきたな)
楽しみ方に気が付いた途端にそう思ってしまう単純さに我ながら呆れてしまう。
キュウは最初からきっとこんな感覚で街を見ていたのだろう。
そもそも自分の"世界の色々な景色を見たみたい"という願いにこれほど適した場所も無いのではないだろうか。
良い場所に来たものだ。
(少しくらいなら見に行っても……)
そう思いテッチにチラリと視線を向けると、テッチはこちらの思考を全て読んでいるかのようにゆっくりと首を横に振り、一吠えする。
「ワウッ!」
「え? あぁ……そうだね。まずは家だよね」
テッチの言う通り、これからこの街に住むのだから探索ならいつだって出来る。
さっさと家に向かう事にしよう。
再び進みだしたテッチの後について、今度は東の大通りに向けて進みだしたのであった。
―――――――――――――――――――――――――――――
南の大通りの交差点を出発してから一時間ほど歩いた頃だっただろうか、心なしかテッチの足取りが速まったように感じた。
(お? もうすぐ着くのかな?)
周辺にある家はどれも相変わらず木やレンガで出来た温かみのある民家ばかりで、日常をこの空間で過ごせるのならば、落ち着いた暮らしができそうで非常に良い。
家族で暮らすような民家ばかりで手に余りそうだが、機会があれば友人などを家に招いて遊んだり、勉強会などをする事も容易だろう。
経験は無いが、ホームパーティーなんて洒落た事をしてみるのも良いかもしれない。
まあ何にせよ――。
(サキトたち以外にも家に呼べるような人が出来れば良いなぁ……)
膨らむ新生活への期待と不安に心を揺らしていると、テッチが細い路地へと進路を曲げる。
どうやら大きな通りに面した家では無いようだ。
(そっか! おじいちゃんって結構有名人らしいし、帝都にいる時は目立たない場所で過ごしてたのかも!)
そうなると隠れ家的な家だろうか。
最初のうちは家の場所を覚えるのに難儀しそうではあるが、それはそれで心躍るというものだ。
ただ、洗濯物が乾きにくいと嫌なので日当たりはある程度良い方が嬉しい。
魔法で乾かしても良いが、やはり洗濯物は天日干しが一番だ。
若干舞い上がってしまい、調子の良い思考が止まらない中、家数軒を過ぎた所でテッチがもう一度路地を曲がる。
それについて路地を曲がったのだが、その路地は何だか今までの路地とは雰囲気が違っていた。
まだ一応昼間であるはずなのに、先を見通すほどに暗くなり、奥の方が全く見通せない。
奥の暗闇を見れば見る程に、このまま進めば二度と戻ってこれなくなるのではと言う不安に駆られる。
思わず唾を飲み込んだその時、右足にピリピリと電流が流れる。
「ワゥ」
小さめな声でテッチが、「怖くなったら尻尾を掴め」的な事を言ってきた。
という事はこれからこの路地を進むのだろう。
こくりと頷いて返事を返し、進みだしたテッチのあとについて進む。
しかし、最初は何だか怖い様な気がしていたが、しばらく進んでみるとそうでもない気がしてきた。
(まあ、ただの路地だもんな……)
自分はいったい何を怖がっていたのだろうか。
時折こちらを確認するように顔を向けてくるテッチが、余裕そうになった自分を見て、「おっ! やるじゃん!」みたいな視線を向けてくる。
度胸試しか何かだったのだろうか。
そんな疑問を抱いていると、唐突に視界が開けた。
眩しさに思わず目を瞑り、何事かと警戒するが、慣れ親しんだ甘い香りに鼻孔をくすぐられ、風が奏でる音や水の細流に鼓膜を揺らされた事で、自然と警戒をといてしまう。
瞼を開き、光に慣れた目に飛び込んできたのは、一面に広がる色彩豊かな花畑と、その中心に建つ一軒の大きな屋敷であった。
それはまるで、この空間だけ世界から切り取られているようで――。
「――似てるな……家と……」
真ん中に建っているのはログハウスでは無く、白を基調とした立派なお屋敷だが、種類ごとに綺麗に分けられた花畑や水路の配置など、森にあるあの家を思い出さずにはいられない。
「ねえテッチ……まさかここが……」
「ワウッ!」
返ってきたのは肯定。
つまり、目の前にあるこの屋敷が――。
日当たり抜群。
ホームパーティも何のその。
なんなら本当にそれなりのパーティーでも開けそうな――。
「手に余るどころの騒ぎじゃないよ……」
身に余る程の――新居なのだ。
「あ……あはは……」
あまりの事実に硬直する自分の耳に、落ち着いた口調の渋い声が背後から届く。
「おやおや、どなたかと思えばテッチ殿ではございませんか。お久しぶりでございます」
振り向くとそこには、清潔感の漂う黒いスーツ――とは少し趣の違った正装、所謂執事服と呼ばれるようなものに身を包んだ白髪で細身の男性が立っていた。
見た目の年齢はおじいちゃんより少し若いくらいだろうか。
髪がある分若く見えるのかもしれないが、場合によってはおじいちゃんよりも年上の可能性があるので、この世界では見た目の年齢はそれほど信用ならない。
しかし確かに言えるのは――明らかな強者であるという事だ。
おじいちゃんと似た雰囲気がひしひしと感じられる。
「そちらの方は――初めて"視る"御仁ですな。おや? テッチ殿以外にももうお一人精霊がいらっしゃいますな。……これはまた随分と膨大な……」
その老人は開いているのかわからない程に細い目をこちらに向けてそう言った後、恭しく一礼をしながら続けて発言する。
「紹介が遅れましたな。私はこのお屋敷の維持管理を主より任されております『ハヴァリー・ギーザクルス』という者でございます。本日はどのようなご用件でこちらにおいでになられたのでしょうかな?」
明らかな年長者からこれほど丁寧な物言いをされるとは思っておらず、呆気に取られていると、テッチが電流を流してきて一吠えする。
「ワウッ!」
「え? ああ、おじいちゃんの手紙? 渡せば良いの?」
そのやり取りを見たハヴァリーさんとやらが、目は細めたままだが少し驚いたように声をあげる。
「てっ、テッチ様と契約を結ばれておられるのですか!?」
「え、いや、違いますよ!? 僕の相棒はこいつです!」
相変わらず契約というのが何かはわからないが、少なくとも自分と契約を結んでいるのだとしたら、それはキュウだ。
そう言ってキュウの脇を抱えて見せつける。
どうだ、可愛いだろ。
「キュウッ!」
「は、はぁ……しかし今先ほど、テッチ殿と会話をされてはおりませんでしたかな?」
なるほど、それで勘違いをしたわけだ。
でも、驚くような事なのだろうか。
見た目で人を判断しきってはいけないが、もっと冷静な人なイメージがあったのでちょっと意外である。
「その、何となくわかるといいますか……そんな感じです」
「な、なるほど……。失礼、取り乱してしまいましたな。それで、手紙とはいったい何の事ですかな?」
本当に今の説明で納得したのだろうか。
とは言え自分でも何故テッチと意思疎通できるのかはわからないので、こうとしか言えないから仕方がない。
マジックバッグからおじいちゃんに渡されていた二通の手紙を取り出して、テッチに尋ねる。
「ねえテッチ。どっち渡せば良いの?」
「ワゥ」
「え? どっちも? えっとじゃあ、これがおじいちゃんからの手紙です」
「"おじいちゃん"……ですか……。それではお手紙、少々拝借いたします。――なるほど、そういう事でしたか」
(速っ!?)
ハヴァリーさんは二通の手紙の片方を開封すると二秒程で読みきったのかこちらに顔を向けてきた。
「こちらはお返しいたします。もう片方はティスト様宛でございますので、私が責任をもってお届けいたしておきますゆえ」
「あ、はい」
もう一つは別の人宛の手紙のようだ。
(なんかどっかで聞いた名前の気もするけど……どこだっけ?)
思い出せそうで思い出せない。
ごく最近聞いたような気がするのだが。
そうしてハヴァリーさん宛の手紙を受け取った瞬間、脳に情報が流れ込んできた。
自分とおじいちゃんが森で出逢い、共に過ごし、家族となった事。
自分の"誰かを護れるような生き方をしたい"という夢を叶えさせるために軍属大学院に送り出す決意をした事。
これからの自分の生活の世話をしてやってほしいという事。
友人がいる事や自分に出来る事、心配や期待などと色々流れ込んできたが、ひと際強く流れ込んできたのは――。
――ただひたすらに、元気で楽しく過ごせる事を――僕の充実を願う気持ち。
きっとこの手紙は、意思や思念を触れた相手に伝えるような物なのだろう。
おじいちゃんの気持ちは知っていたつもりだったが、実際に感じるとこれ程までに熱を持ったものだったのかと驚いてしまう。
「どうぞ、お使いください」
ハヴァリーさんがハンカチを差し出してくる。
また自分は泣いてしまっているのだろう。
仕方ないではないか。
こんなの嬉しくないはずがない。
心に響かないはずがない。
ハンカチを受け取り、涙を拭く。
そんな自分にハヴァリーさんはゆっくりと語り掛ける。
「我が主、セイル様からの直々の"願い"にございます。私はこれより、あなた様を全力でサポートさせていただきます。ですのでどうかあなた様も、その想いを努々忘れずに、弛まぬ努力を積み重ねてくださいませ。あなた様の夢は主の夢、主の夢ならば私めの夢でもございます」
一拍呼吸を置いてさらに続ける。
「それに、あなた様のその夢は――個人的にもとても尊いものであると感じますゆえ」
そう言って彼は微笑む。
「さあ、それでは長旅でお疲れでしょうから、お屋敷へと案内いたしましょう。……失礼、お名前をまだ伺っておりませんでしたな」
「あっ! 武って言います。こっちは相棒のキュウです!」
「キュウッ♪」
「かしこまりました。それではタケル様、参りましょう」
こうしてまた一人、自分の夢に賛同し、協力してくれる人に出会えたのであった。
些か大きすぎる家ではあるが、この際この家も精一杯活用してやろう。
――次に会った時、自分が如何に元気に充実した生活を送れていたかを話せるように――。
ようやく到着しました……。




