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アポロの護り人 ―異世界夢追成長記―  作者: わらび餅.com
第二章 軍属大学院 入学 編
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15.いつもと違う朝


 目を覚ました自分の瞳に映ったのは、見慣れない若干古びた木の天井だった。

 普段と寝心地の違うベッドで睡眠をとったためか固まってしまった筋肉をほぐすように、上体を起こしてから体を伸ばす。


(どこだっけ……ここ……?)


 腰の横付近で掛布団の上に丸まって未だに寝ているキュウをゆっくりと優しく撫でながら寝ぼけ眼で辺りを見回す。

 全体的に木で作られた部屋は装飾が少なく、ベッドの足側と右側面は壁に面しており、左側面は壁に面していないとはいえ、壁までの距離は二メートル程しかない。

 その壁の端にはこれまた木製の扉が設置されており、恐らくそれがこの部屋の出入り口なのだろう。

 ベッドの頭側と壁の間には小さな作業台があり、その横に設置された窓からはほんのりと明るい外の風景が見えた。

 部屋の全体を見終わって抱いたのは、まるで寝泊りするためだけに作られたような簡素な作りだという感想で――


「ああ、そうか……。ここ宿屋だ……」


 そういえば自分たちは昨日から帝都に向けて出発し、このクルブ村の宿に泊まったのであった。

 そんな自分の声に反応したのか、手の下から可愛らしい鳴き声が聞こえてくる。


「キュ……キュゥ?」


「ああ、ごめん起こしちゃったか。おはようキュウ」


「キュキュウ……」


 まだ眠そうに前足で目を擦っているキュウの頭を指で優しく撫でていると、足元の掛布団が盛り上がり、中からテッチが這い出てきた。


「ああ、テッチもおはよう」


「ワウッ!」


 テッチが「自分も撫でろ」と言わんばかりに体を擦り寄せてきたので、空いている手で頭を撫でる。


(三人はもう起きてるかな? てか今何時だ?)


 部屋の中に時計が無いため正確な時間はわからないが外の明るさから判断するに朝の五時くらいであろうか。

 確かロビーには時計があったはずなので、後で確認に行くとしよう。


「まあ出発は七時頃って言ってたし、まだ余裕そうだな。というか時計も買わないとだよなぁ……」


 この世界にも前の世界であったような時計があり、時間の概念も概ね変わらない。

 森で過ごしていた頃は自分もおじいちゃんも健康的で、時間に縛られないような生活をしていたため、時計自体はあったがそれほど「今が何時だ」などと気にしていなかった。

 しかしこれから社会の中で生きていく上で、時間というのは非常に重要になってくるだろう。


「帝都に着いたら時計をまず仕入れるか。てか帝都ってバイトとかあるのかな……?」


 一昨日、旅の準備中におじいちゃんから「金の心配はするな」と言われてある程度――それこそこの宿になら三ヶ月は泊まれる程のお金を渡されてはいるが、やはり何かしら自分で稼げるようにならないといけないだろう。


「移動中にでも聞くか……。さて、顔洗いに行くよ」


「キュウッ!」


「ワウッ!」


 確か昨日宿の人が、水が入り用の場合は桶は貸し出すから自分の魔法で出すか、村の真ん中を通っている小川から自分で汲むようにと言っていたはずだ。

 せっかくなので目覚ましがてら小川に直接顔を洗いに行くことにしよう。

 キュウを肩に乗せ、テッチを引き連れて部屋を出る。


 特に盗まれるようなものを置いているわけではないが、一応ちゃんと鍵をかけておく。

 質素な部屋の割に防犯対策はしっかりとしているらしく、部屋の扉には施錠用の魔道具が使われているのだ。

 しっかりしているとはアイラの受け売りで、自分からすればこの"取っ手の部分に魔力を流すだけ"という施錠方法は本当にしっかりしているのかと甚だ疑問であった。

 しかし、軽く話を聞く限りどうやら前の世界で言う指紋認証と同じような効果があるらしく、そうと理解すれば途端に強固なセキュリティに思えるから不思議なものだ。


 ガチャリと鍵のかかった音がしたのを確認し、まずはロビーを目指して歩く。

 廊下には自分の足音だけが鳴り、特に誰かと遭遇することも無くロビーへとたどり着いた。

 受付の上に掛けられている木製のアナログ式時計を見ると、予想通り時刻は五時過ぎといったところである。

 早朝であるためかロビーには受付にも、奥の方にある食事用のテーブルにも人の姿はない。

 しかし受付の奥からは何やら物音と、食欲をそそられる甘く香ばしい匂いが感じられる。

 朝食を作っているのだろう。


(そういえばお昼用の軽食って作ってもらえたりできるのかな? 作ってもらえるなら早めに言っておいた方がいいよな……。でも仕事中だよなぁ……)


 どうしようか迷ったが、声を掛けることにした。


「あの、すみませーん!」


「あ! はいはーい! 少し待ってねー!」


 奥からは張りのある女性の声が返ってきて、数秒待っていると恰幅の良いおばさんが出てきた。

 高校の頃食堂で働いていたおばさんたちを彷彿とさせる。


「ああ、精霊使い君かいね。どうもおはようねぇ。精霊ちゃんたちもおはようね」


「キュウッ♪」


「ワウッ」


「おはようございます。あの、お昼用に何か持ち運べる軽食を準備してもらえたりってしますかね?」


「ん? ああそれなら昨日もう一人の精霊使いちゃんから頼まれて代金も貰ってるから、今それも含めて作ってるところだよ」


 どうやらソフィアが既に手を回してくれていたようだ。


「あ、そうなんですか。 すみません忙しいのに手を止めさせちゃって……」


「ははは、いいわよいいわよこれくらい。今から小川に行くのかい? 桶はいるかいね?」


「あ、直接洗うので大丈夫です。ありがとうございます」


「そうかね? まだ今の時期のこの時間じゃ冷たいだろうから気をつけてねぇ」


「はい。わかりました」


 会話を終えるとおばさんは再び受付の奥へと入っていった。

 宿泊客がそこまで多くないのに加え、精霊を三体も連れた一行という事で物珍しさからか、昨日もよく話をしてくれた人だ。

 キュウも昨日たくさん可愛がってもらっていたのでご機嫌である。

 だがまあ、朝最初に挨拶をする人がおじいちゃんでないというのはなんとも――


――やっぱり少し寂しいな……。


 わかりきっていた事とは言え、それでもやはりどこか心にぽっかりと穴が開いたような感覚に苛まれる。

 しかし、気にしていてもしかたがないため、思考を切り替えて行動を再開する。


「それにしてもソフィアがもうお金払ってるのか。後で返さないとな」


 そう呟きながら宿の外へと出て、小川へと向かった。

 外の気温は森よりも幾分か暖かいような気もするが、それほど差があるわけではない。

 しかし明らかに森の空気と違うと感じるのは、ひんやりとした空気に混じる周辺の家から香る準備中の朝食の匂いと、それに伴う生活音のためだろう。

 こうも人の気配を感じられる朝というのは実に久しぶりで、自分が社会生活の中に戻ってきたのだと感じさせられる。

 そのまま朝の空気を満喫しながら一分ほど歩けば小川へとたどり着いた。

 辺りに人の姿は無いので貸し切り状態だ。

 小川を流れる水の細流(せせらぎ)を聴いていると、花畑の間を流れる水路の事を思い出す。

 そうやってまた感傷に浸りかけた自分を少し鼻で笑い、目の前を流れる澄んだ水へと屈んで手をつける。


「ああ、さっきのおばさんが言ってた通りちょっと冷たいな」


 ちょっとというよりかなり冷たいが、目を覚まして余計な思考を振り払うにはこれくらいの方が良いだろう。

 手で皿を作って水を掬い取り、顔を洗っていく。

 手で感じるよりも冷たく感じて一瞬体がビクリと震えるが、一度、もう一度と顔に水をかける度に、思考は目の前を流れる川の水のように澄みわたっていく。


(そうだ。別に心に穴が開いたわけじゃない……。これは"広がった"だけだ)


 自分の世界が広がっただけだ。

 まだその広がった世界に入る思い出がないだけなのだ。


(そもそもあの森を出た理由の一つが"広げて"そこを"埋める"ためだもんな……)


 自分の目的を再確認したところで、マジックバッグからタオルを取り出して顔を拭く。

 拭き終わったタオルを小川に浸けて軽く洗ってから水気を絞り、今度はキュウとテッチの顔を拭いてやる。

 そうしてもう拭き終わるという頃に、澄んだ空気を伝って甲高い鳴き声が聞こえ、テッチの頭の上に一羽の鳥が舞い降りた。


「ピィッ!」


「おはようロンド。君も拭いてほしいのかい?」


「ピピィッ!」


 鳥の正体はロンドで、どうやらこの子も洗顔をご所望のようだ。

 ロンドがここにいるという事はつまり――


「ちょっとロンド。急に飛んでいかないで――って、タケルくん!? お、おはようございます!」


「ああ、おはようソフィア。早いね」


 宿の方面からこちらに小走りで来たソフィアに挨拶をする。

 彼女も顔を洗いに来たのだろうか。


「タケルくんこそ早いですね。人が居るなんて思いませんでした」


 ロンドの顔を優しく拭いてやりながらソフィアの方を見る。


「ソフィアも顔を洗いに来た――ってわけじゃなさそうだね。散歩かい?」


 彼女の端正な顔に寝ぼけたような様子はなく、それどころかその透き通るような翡翠色の髪をしっかりと整えて、オレンジ――ではなくアポロ色のリボンでワンサイドアップに結われている。

 外出時の身だしなみは完璧と言ったところか。

 流石は女の子である。


「いえ、私はロンドがやたら外に行きたがるので連れ出したんですけど、そのままこちらに向かって飛んで行ったものですから……。どうやらタケルくん目当てだったみたいですね」


「ピィッ♪」


 気分よさげに鳴くロンドを見て、ソフィアは冗談めかして少しむくれた。


「まったく……。契約者としては少し妬けちゃいますね」


「ははっ。まあたぶん親戚のお兄さんくらいの感覚なんじゃないかな? この子の親愛はちゃんとソフィアに向いてるみたいだし。目新しさから僕の方に来てるだけだと思うよ?」


 親戚のお兄さんなんていなかった自分に何故この感覚がわかるのかと言うと、ロンドからそう感じるからに他ならない。

 本当に不思議な感覚だ。


「じゃあ私もキュウちゃんの親戚のお姉さんになります! ほらおいでキュウちゃん!」


「キュ? キュキュウッ♪」


 名前を呼ばれたキュウはソフィアに飛びついて頬ずりをし始めた。


(むむっ……! これは確かに少しばかりジェラシー……)


 旅のついでにキュウの魅力を世界中に広めようと画策していたのだが、少しばかり規模を考え直さなければいけないかもしれない。


「人気が出すぎると一緒に居られる時間が減るかもしれないもんな……」


「ん? タケルくん今何か言いました?」


「え? いや、何でもないよ。――そろそろ宿に戻ろうか」


 一緒に居られる時間が減るのは寂しいが、きょとんとするソフィアの腕に抱かれたキュウの楽し気な様子を見ると、キュウが楽しいのならばそれで良いとも思えた。

 そう思えたからこそ、確と理解できたのだろう。


(そうか……。おじいちゃんもきっと、ソフィアたちと話す僕を見て――)


「あの、タケルくん?」


「――へ? ああ、どうかした?」


「その、髪に寝癖が付いてますよ?」


「え? どこどこ?」


「あっ、もうちょと後ろです」


 ソフィアの指示に従って手探りで寝癖を探すと、確かに寝癖が付いていた。

 しかも恐らく結構盛大な寝癖だ。


(これ……たぶん宿のおばさんにも見られてるな……)


 この状態で話していたのだと思うと少し恥ずかしくなってきた。

 急いで手を水で濡らして手櫛で直そうと試みるが、思いのほか頑固でなかなか直らない。


「あれ……? 頑固な奴だな……」


 そんな自分を見かねたのか、ソフィアが少し笑みを漏らしながら近づいてきた。


「ふふっ。ちょっと良いですかタケルくん?」


「え? あ、うん」


 自分の許可を得ると、ソフィアが右手を寝癖の部分にゆっくりと髪の流れに沿うように当ててきた。

 ほんのりとしたぬくもりから察するに、何かしら魔法を使ってくれているようだ。

 だがまあ傍から見ると、きっと頭を撫でられているようにしか見えないだろう。


(早朝で人が居なくて良かった……)


「――はい。直りましたよ」


「あ……ありがとう……。今のは魔法?」


 寝癖のあった場所を触ってみると、確かに寝癖はなくなっており、それどころか水気まで無くなっている。

 ドライヤーで乾かした後のような状態だ。


「はい! 火と水と風の合成魔法です。ちょっと難しいですけど、コツさえ掴めば簡単ですよ!」


「合成魔法か……。良かったら後で教えてくれない?」


「もちろん良いですよ! 他にも気になる事とかあったらどんどん聞いてくださいね!」


「うん。ありがとう。助かるよ」


 寝癖も直ったところで、二人で他愛のない会話をしながら宿へと戻ったのであった。





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