14.森の外側
「はぇー……すんごい……」
「キュウッ♪」
広大な森林を抜け、どこか涼し気な湿った空気を感じなくなったかと思うと視界が開け、目の前には大草原が広がっていた。
地平線の先まで一切視界を遮るものが無いのではと思える程の広大な土地には背の低い草が一面に生えており、そよ風に揺れながら陽光を反射して眩しい。
よく見ると広大な草原に地面の露出した部分が一筋の線を引いている。
あれは街道であろうか。
そうやって草原に見入っていると、サキトが話しかけてきた。
「そんなに凄いか? 普通の草原だと思うんだが……」
「いやぁ、何というか少年心をくすぐられるというかね? 冒険心が湧いてくるというかね?」
「森の中の方がわくわくするけどなぁ」
サキトが言う事もわからなくはない。
確かに自分も最初の頃はなかなかわくわくしていたものだが、流石に半年も過ごしていると少しばかり飽きてきてしまっていたのだ。
「こんな広い草原見たことないからさ! なんか思い切り走り回って、転げまわりたい衝動に駆られるんだよ! なあキュウ!」
「キュウッ!」
キュウはもう走り出したいようで、肩から地面へと降り立ってウズウズとしている。
今日も可愛いことこの上ない。
そんなキュウを目を細めて眺めていると、後ろからどこか素っ気ない感じの少女の声が聞こえてくる。
「どうせこの後散々走り回る事になるんだから、とりあえずここで一旦昼食にしましょうよ」
そう言ってアイラが指を振ると、目の前の草が五メートル四方程に刈られて緑のレジャーシートを敷いたような状態の地面ができた。
風の魔法で刈り取ったのだろう。
「ん? 結構日差しが強いわね……」
確かに今はちょうどお昼時であり、太陽は真上からギラギラと照り付けてきている。
自分がそれを確認していると、今度はアイラが地面に人差し指を付けたかと思うと、地面から土が伸びていき、みるみるうちに東屋のようなものができた。
周りの地形に変化がないところから見るに、恐らく魔力を土に換えたのだろう。
「はぇー……すんごい……」
「べ、別にあんたもこれくらいできるでしょ?」
「いや、模様もつけるんだなーってね」
アイラの作った東屋には流線形の美しい模様が入っていて、何だかより一層涼し気だ。
それに随所に何やら可愛らしい動物の模様も散りばめられている。
「この辺に美的センスの差が出るんだろうなぁ」
「ちょっ……本当にそんなに大した事じゃ――」
「いや、凄いって本当に。ここでなら気持ちよく昼食楽しめそうだし。あの模様も可愛くて和むし」
「ッ――」
アイラは若干顔を赤くすると、ツインテールを揺らしながらそそくさと食事の準備をするために東屋の下へと行ってしまった。
「本当に凄いのになぁ……」
そんな自分の呟きに鈴の音のような少女の声が反応してくる。
「アイラちゃんを照れさせるなんて、タケルくんなかなかやりますねぇ」
何やらムフフといった感じに話しかけてきた、肩に翠の小鳥――ロンドを乗せた少女はソフィアだ。
微笑ましいものを見るかのようにアイラへと目を向けている。
「いつもアイラちゃんはからかってばかりですからね! たまにはからかわれる側に回るのも良い薬になるでしょう!」
ソフィアは「ふんすっ」とでも擬音の付きそうな感じに両腕を組んでいる。
恐らくいつもはソフィアがアイラにからかわれているのだろう。
「別にからかったつもりは無かったんだけどな……」
少し悪いことをしてしまったかもしれないな。
そんな風に考える自分にソフィアが耳打ちをしてきた。
「ふふっ、アイラちゃん実は可愛いものがすっごく好きなんですよ。本人は隠してるつもりらしいですけどね」
「ちょっとソフィア! 何かタケルに吹き込んでないでしょうね!」
「別に~♪ 何も教えてないよ~♪」
なるほどつまり可愛い模様を褒めたから照れたのか。
そういえばキュウを撫でる時にも照れていたが、それも可愛いもの好きなのを隠そうとしていたからなわけだ。
別段隠すようなことでもない気がするが、まあ本人が隠したいのならば以後気を付けて――
「でもまあこうやって細かいところの造形とかに凝ったりするのは魔力制御の特訓になりそうだな」
「本当にもう模様の事はいいから! さっさとお昼食べてさっさと出発するわよ!」
(おお、照れてる照れてる)
何だかもう少しからかいたい気持ちが湧いてくるが、やりすぎはよくないだろう。
からかうのはたまににしておこう。
未だにウズウズとしているキュウを抱き上げ、自分も東屋の下へと入って適当に座る。
サキトやテッチも入ってきたところでマジックバッグから木製のバスケットを取り出して、中心に置いて蓋を開けた。
「おお! おいしそうだ!」
バスケットの中身はおじいちゃんの用意しておいてくれた鹿肉のハンバーガーだ。
これを食べきったらしばらくはおじいちゃんの料理を食べられないだろうから、しっかりと味わって食べることにしよう。
キュウとテッチとロンドにはそれぞれ果物をだしてやる。
自分もハンバーガーを一つ手に取ってかぶりつき、やわらかい赤身肉の旨味を堪能していると、ソフィアが口に含んでいる物を飲み込んだ後、口を開いた。
「それにしても、こんなに早く森を抜けられるなんて思ってませんでしたね。ひょっとしたら森で一晩野宿かもと思ってました」
「へぇーそうなんだ。まあテッチが先導してくれたから迷わなかったってのが大きいんじゃないかな?」
「それもあるけど、あんたのでたらめな魔力探知の範囲もあるわよ……。まさか魔物に一匹も遭遇しないとは思わなかったわ……」
「でたらめって……そんなに広いの?」
自分がやっていたのは移動しながらの千メートル探知だ。
正直今まで比べる相手がおじいちゃんしかいなかったため、これがどの程度の技術なのかがわからないのだ。
「確かあんた自身の魔力拡散の限界は五百メートルくらいって言ってたわよね? それだけなら私と同じくらいだけど……いや、半年でそれっていうのは十分異常なんだけど……」
逸れかけたアイラの説明をサキトが引き継ぐ。
「移動しながら千メートル維持できるっていうのはかなりすげぇと思うぜ! 俺なんて走りながらだと百メートルも怪しいからな!」
「あんたはもうちょっと頑張りなさいよ! まあ魔力の拡散範囲っていうのは妨害されない限りそれが魔法の発動射程になるから、動きながらそれだけの距離の射程をほこるっていうのはどう考えても強みよ」
「まあ少なくとも私たちの年代で千メートルを超えてる人はほとんどいませんね」
ソフィアがそう締めくくった所で、疑問に思った事を聞いてみた。
「へー。というより魔力拡散って妨害されるの?」
それを聞いた三人は驚いた顔でこちらを見た後、サキトとアイラは何か思い出して納得したような顔になった。
「ああ、そういえば記憶が無いんだったわね……」
「え!? 記憶が無いって何のことですか!?」
「そういえばあの時ソフィアは居なかったな。タケルは半年より前の記憶が無いらしいぜ」
「そうなんですか……」
そういえばそういう設定にしていたのだった。
ソフィアの悲し気な視線が突き刺さる。
(やめてくれ、その視線は僕に効く……)
嘘をついているだけにこういう純粋な視線を向けられると心が痛む。
どうにか話を変えようと考えるそんな自分に、アイラが願っても無い提案をしてきてくれた。
「まあ簡単に教えてあげるわ。試しに軽く魔力拡散してみて。十メートルくらいでいいわ。軽くよ、軽く!」
「え、うん、わかった」
言われるままに魔力拡散をしてみる。
広げた魔力からは周りにいるソフィアやサキトやアイラの存在や、果物を食べ終わってアイラの後ろ側から草原に向けて歩くキュウとテッチとその背中に乗るロンドの存在、そして地面から生える草や落ちている石などの形が感知できる。
いつもの魔力探知だ。
「ん?」
しかし突然アイラ側に広げた魔力が押し戻されてきて、キュウたちの存在やその向こうの地面や草などが感知できなくなった。
代わりに自分の魔力が空色の何かに阻まれているのを感知している。
「これは……魔力か! なるほど魔力同士をぶつけて魔力拡散を妨害できるのか……」
「理解が早いわね……。まあ正確にはきちんと妨害しようとして魔力をぶつけないとダメなんだけどね。単純な探知用の魔力同士なら干渉しあわないから色とかもわからないんだけど、どちらか一方でもその魔力が攻撃の意図を持った途端に反発し合うようになってその存在を認識出来るようになるのよ。魔法での対人戦とかになってくると戦いながら相手の魔力拡散を妨害して、相手の妨害を掻い潜って魔力を伸ばして死角から魔法を放ってって技術が必要になってくるの。次はそうね……」
そうして饒舌に語るとアイラは妨害していた魔力を消したようで、再びキュウたちを感知できるようになった。
何故かキュウとロンドがテッチの尻尾に掴まったのでどうしたのかと思いアイラ越しに覗き込むと、テッチが草原を駆けまわり始めた。
「キュッ♪、キュキュッ♪、キュウッ♪」
「ピィ、ピィィィィッ!」
キュウとロンドは尻尾に掴まって振り回されながら楽しそうに鳴いている。
ロンドは若干悲鳴のような気もするがきっと楽しんでいるだろう。
(楽しそうだなぁ)
風に揺れる雑草の波も相まって、さながらウェイクボードのような光景に目を細めていると、変わらず拡散していた自分の魔力をかき分けるように、細長くなったアイラの魔力が何十本も自分を取り囲むように近づいてきたのを感知した。
「うわっ! びっくりした……。これは……なるほど魔力を圧縮してるのか!」
「そうよ。本当に理解が早いわね。流石はセイル様仕込みってところかしら? さっきはタケルの魔力と拮抗させてたけど、圧縮させれば相手の魔力を突破することも出来る。だけど圧縮すれば魔力の拡散範囲は縮小するから自分の探知できる範囲も狭くなるの。対人戦ではその辺の駆け引きも重要になってくるのよね!」
どこか嬉々とした様子でアイラがそう話す。
魔法での戦闘と言われて想像していたのはただひたすらに魔法を撃ち合う姿だったが、実は目には映らない部分の方が重要みたいだ。
魔力を体外で圧縮して自在に動かすという技術は、世間一般ではどうなのかは知らないが、個人的には結構難しい技術だと思う。
「はえー……すんごい……」
本日三回目のそれを呟くと、アイラはまたほんのりと頬を染めた。
「べ、別にこれくらいの事、軍属大学院に入るなら出来て当然よ!」
そんな強気に謙遜するアイラの言葉に反応したのはサキトだった。
「俺は出来ないけどな!」
「いや、あんたは近接格闘特化の脳筋スタイルだからこんな技術いらないでしょ……」
「よせやぃ。照れるぜ」
「別に褒めては……いや、まああんたの身体強化は実際凄まじいけど……」
どうやらサキトは脳筋スタイルでこのパーティの一翼を担っているようだ。
そうして関心していると、ソフィアが補足するように話し始める。
「でもアイラちゃんもサキトくんも実際凄いんですよ! 二人ともそれぞれの分野でヴェルジード高等学院の最優秀生徒に選ばれてますし!」
「おお! それは凄い!」
恐らく期末テストの科目一位みたいなものなのだろう。
このパーティはだいぶ優秀な人材で構成されているようだ。
「そういうソフィアだって治癒魔法の科目はダントツでトップじゃないの。寧ろ帝国全体でも上位でしょ」
「はえー……すんごい……」
「い、いえ! そんな凄いだなんて!? 私なんてまだまだですっ!」
ソフィアも若干照れて頬をほんのりと赤く染めている。
帝国全体という事は、規模的には全国模試レベルどころか国家試験の上位というレベルだろうか。
もしかしなくても凄い人材を自分は助けたのかもしれない。
「僕まだ応急手当レベルの治癒魔法しか使えないんだ。今度教えてよ」
「は、はい! 私でよければいつでも聞いてください!」
優秀な教師に予約も取り付けたところで、ソフィアが「さて」と言いながら立ち上がって話し始めた。
「昼食も食べ終わった事ですし、そろそろ出発しませんか? 今からなら急げば日暮れまでにクルブ村に間に合うと思いますし」
その言葉にサキトとアイラも続きながら東屋の外へと出る。
「そうだな! 久しぶりに全力で走るか!」
「あんたが全力出したら誰も追いつけないでしょうが! ほら、タケルもどいて。これ片付けるから」
これとは東屋の事であろう。
「え!? これ壊しちゃうの? 勿体ない……」
残念がる自分にアイラは少し照れながら返答する。
「残念がってくれるのはありがたいけど、このまま残してても魔物の餌になるだけなのよ」
「ああ、なるほど……」
納得して東屋から外に出ると、アイラが東屋に手をかざす。
土で出来ていたそれは一瞬で土くずへと戻って地面へと落ち、アイラが再び手をかざすと空色の魔力へと還元されてアイラへと戻っていった。
「ああそうか。魔力で作った物なら魔力に戻せるのか」
「そそ。それを無理やりするのが魔物ってわけよ。まあこの魔力を回収するって技術も実は難しいんだからね!」
アイラが得意気に胸を張る。
確かに試した事はないが、魔力の回収というのがどういう原理でやっていることなのか皆目検討もつかない。
魔力探知の魔力であろうと、出したら出し放しにしていたが、普通に考えれば勿体ない。
キュウが居るから魔力にそうそう困らないとはいえ、この魔力を回収する技術とやらもいつかは覚えたいものだ。
「なるほどね。良い勉強になったよ」
一人納得していると出発する気配を感じ取ったのか、テッチが尻尾にキュウとロンドを引っさげたまま足元に近づいてきた。
あれだけ走り回っても息がほとんど上がってないのは流石といったところだろうか。
「じゃあテッチたちも来たことだし、そろそろ行こうか! テッチはクルブって村の場所わかる?」
「ワウッ!」
「お! じゃあ案内お願いね!」
「なんで普通に会話してるのよ……ソフィアも今のわかるの?」
「え? いや、わからないけど……」
「ん? なんとなくわかるんだよ」
「なんとなくってあんた……」
アイラとソフィアが不思議がっているが"なんとなくわかる"以外に返す言葉が無いのだ。
「長い時間一緒に過ごしたらわかることもあるって何かで聞いたことあるぞ俺」
「うん。たぶんそんな感じだと思うよ」
ロンドの言葉もなんとなくわかるが、理由がわからない今はサキトの発言に乗っかっておくことにしよう。
そうしてなんだかんだありながらも出発して、特に魔物の反応を見つけることもなく、無事にクルブ村と呼ばれる二メートル程の木の塀で囲まれた、木と石で作られた建物が二十軒ほど建っている集落へと到着し、そこにある宿で一泊したのであった。
第二章突入です!




