間話―2 とある少年の独白
「おー、咲いてる咲いてる」
春の陽気広がる昼下がり、今俺は近所の神社に来ている。
毎年初詣とは別に年度末にもお参りにくるのがうちの家の恒例行事となっているからだ。
例年とは違い家族とは別で俺一人で先に来ているわけだが、他に参拝客も居ない中桜並木に囲まれた参道を独り占めしながら歩くのもなかなか乙なものである。
高校も先日卒業し、来月からは社会人なわけだが、何となくこの恒例行事はこれからも続けていきそうな気がするな。
今日は大学や就職などで地元を離れて行く友人たちを送り出すために、集まって騒ぐことになっているから家族とは別行動で来たわけだが――
「――仕方ないとはいえ、武が来れねぇってのは残念だな……」
"武"とは、俺の親友――いや、俺が親友になりたかった友達である『須藤 武』のことだ。
あいつはもう大学に通うために引っ越してしまっているため、今日の集まりには来れないらしい。
三年間一緒に過ごしたわけだが、ついぞあいつの親友になる事は俺には出来なかった。
俺にとって武は"親友"だったが、武にとって俺は"友達"だったんだ。
「まあ、俺には無理だったってことだよなぁ」
自分で言っていて悲しくなるが、結局はそこに尽きるのだろう。
どうして俺がそこまで武との"親友"という関係に拘るのか。
そんなの簡単だ。
俺の高校三年間はあいつが居なければ、悲惨で、寂しく、思い出すのも悲しいものになっていたかもしれないからだ。
三年前、高校生活に対する期待とうまく友人をつくれるかという焦燥がせめぎ合った結果、俺は何をとち狂ったのか「初対面のインパクトが重要だ!」と考えてしまった。
いや、そう考えるだけならまだ救いようがあったんだが、俺は"インパクトのある見た目"で攻めようとしてしまったんだ。
入学式前日に髪を金に染め、穴を開ける勇気もないためピアスに似たただのイヤリングをして、それとなく制服を着崩した姿を当時の舞い上がっていた俺は、"イケてる"と思ってしまった。
実際には初めての染髪は失敗していて染まり具合は中途半端、イヤリングもとてもセンスの良いものとは言えず、着崩した制服はただだらしないだけだったんだが……。
翌朝その姿を見て止めようとしてくれた家族を振り切って登校し、教室へと飛び込んだ俺に向けられたのは案の定といった感じの忌避と嫌忌の視線で、登校初日から俺は生徒指導室行きとなり、見事にボッチ街道まっしぐらとなるところだった。
休み時間の度に、誰かに話しかけようと思う度に、脳裏に焼き付いた忌避の視線が邪魔をして、勇気が出ず、結局教室の隅で一人で過ごす。
昼までのわずか数時間の間だけでも、俺にとってその教室は本当に地獄のような空間と化してしまっていた。
こんな状態で三年間も過ごすことになってしまうのだろうかと、昨日まで想像していた輝かしい高校生活にはもう手は届かないのだろうと、そうやって考えるだけで吐きそうにな状態だった。
もう家に帰りたいけど、家に帰って母さんになんて説明をするんだと思うと帰れるわけもない。
気さくに「高校デビュー失敗した」なんて言えるようなメンタルはもう俺には残っていなかった。
そんな感じに一人寂しく昼飯を食おうとしていた俺に話しかけてきてくれたのが武だったんだ。
後から友人に聞いた話だと、教室の片隅でどんよりと気落ちして俯いて座っている俺は、傍から見たら機嫌を悪くした、触れたら爆発するような危険物にしか見えなかったそうだ。
俺だったらそんなものには絶対に触れないどころか近づきすらしないだろう。
だけどあいつは話しかけてきてくれたんだ。
俺とは違い、既に気さくに話せる友人たちのグループを作っていて、そんな友人たちが止めるのも聞かずにあいつは俺に「一緒に食べる?」と真顔で聞いてきたんだ。
まあ冗談抜きに神の救いだと思ったわな。
神なんて特に信じていない俺だけど、毎年の恒例行事の参拝の結果が実を結んだのだと本気で信じる程の力がその行動には秘められていたんだ。
もはや精神を消耗しすぎて、毛ほどのプライドも残っていなかった俺は武に連れられるままそのグループに加わって飯を食い始め、武に聞かれるままにこの状況に至った経緯を話していた。
どうやらそのグループの奴らだけじゃなく、周りの奴らもその話に聞き耳を立てていたようで、話が終わる頃にはみんなの忌避の視線は何か微笑ましいものを見るような目に変わっていて、依然として居心地は悪かったが、別に悪い気分ではなかったのを覚えている。
ようやくその日初めて俺は笑うことができたんだ。
もちろん次の日からはちゃんと髪の色を戻して、制服もちゃんと着て登校したさ。
みんなから散々前日のことをネタにされてからかわれたけど、寧ろ話のタネになってありがたかったな。
そういえば後日武に、どうしてあの時話しかけてきてくれたのかって聞いてみたらあいつ、こちとら結構勇気出して聞いてみたのに、「寂しそうだったから」ってあっけらかんと答えやがった。
まあそんな武だから、俺は親友になりたいって思ったんだろう。
俺はあの時、武に心底救われたんだ。
「おっと、危ない危ない。手水を忘れるところだった」
苦いけど、忘れたくはない大事な思い出に浸りすぎて参拝時のマナーを破るところだった。
入学時の出来事以来、この辺りの作法は大事にしているんだ。
手水をしながらも、頭を駆け巡るのは高校生活での思い出だ。
「本当に楽しかったな……」
あいつのおかげで俺は概ね高校三年間を楽しく過ごせたわけなんだが、未だに心の片隅に引っかかっていることがある。
二年の半ばの頃だっただろうか、武の笑い方がおかしくなった時期があった。
いや、もともと静かに笑う奴で、いくら楽しそうでも大笑いとかしたことは見たことなかったんだけど、なんだか悲しそうに笑うようになっているのに俺は気が付いたんだ。
というか、そこで初めて俺は、武の静かに笑ってるところ以外を――つまり怒ってたり悲しんでたりするところを見たことが無いって事に気が付いたんだ。
一年半も一緒に学生生活を送っておいて何を今更ってかんじだよな。
でも本当に気が付かなかったんだ。
きっとあいつが意図的にそういう表情を見せないようにしてたんだろうな。
表情の乏しい奴だなぁなんて思った事はあったけど、楽しそうなのは伝わってきたし、会話のノリが悪いわけじゃないからそれまで気が付かなかったわけだ。
初めて見る武の悲しそうな表情に、その時の俺は自分に何かしてやれることは無いんだろうかって、本当に素直にそう思った。
やたら人助けが好きな武の性格がうつってしまっていたのかもしれないな。
そうして俺に出来ることを考え始めて、まず原因について考えることにしたんだ。
その頃武の身に起こった特別な事といえば、帰宅中に突然意識を失って病院に運ばれたことだったわけで、正直頭の悪かった俺はもう「これだっ!」って確信しちゃったのだ。
ただ、武に聞いても「特に何もない」って言うもんだから、頭の悪いなりに図書館とかに行ったりして、武の倒れた通りの付近で起こった出来事とか噂話とかを新聞とか読んで頑張って調べたりしたのだ。
正直テスト勉強なんかよりも頑張っていたと自負している。
まあ結果を言うと、何もわからなかった。
完全に無駄骨だったわけだ。
暫くすると幾分か武の悲し気な表情も薄れて、前と同じように静かに笑うようになったけど、俺にはやっぱり無理をしているように見えたんだ。
どうにかしてやりたいとはずっと思っていたし、これをどうにかすることで武と親友になれるかもしれないという打算的な考えもあった。
ただ時間というものは有限で、武が大学に進学してしまったらきっと会う機会も劇的に減ってしまい、そのうち疎遠になってしまうだろうという予感が俺にはあった。
だから、タイムリミットを少しでも延ばそうと俺も武と同じ大学を目指すことにしたのだ。
馬鹿な俺なりに必死に勉強して、休日には武にも教えてもらいながら合格を目指したんだ。
今までの人生で一番頑張ったと言っても過言ではないくらいに頑張ったんだ。
まあ結果は惨敗で、でも俺は浪人してでも目指してやろうって思ってたわけさ。
ただ、俺の不合格を聞いて表情の乏しいあいつが本当に申し訳なさそうに謝ってくるのを見た時、俺はなんだかもう満足してしまったんだ。
――俺の事を思ってこんなに感情をだしてくれるなら、もう親友じゃなくても良いんじゃないかなって。
卒業式の日までずっと気にしていて、気にするなって言ってもあいつは悲しそうな顔のままで、そんな顔をずっとさせてる事の方が俺には嫌だった。
だからいつも通りおちゃらけて、話を変えて、最後に聞いたんだ。
『なあ、武。俺たち"友達"だよな?』
そう聞くとあいつは今まで見た中で一番の笑顔で「当り前じゃないか!」って答えてくれた。
そう、"友達"なんだ。
きっと親友だよなって聞いてもあいつは同じ答えを返してくれたと思う。
でもきっといつもみたいに気を使った静かな笑顔での返答だっただろう。
俺にはなんとなくそれがわかってしまったんだ。
――俺が、武を救う事の出来る"親友"になることはできないんだ。
そこまで考えたところで、もう賽銭箱の数歩手前まで来ている事に気が付いた。
「今年は何お願いしようかな……」
毎年くだらないことや単純なことばかりお願いしているわけだけど――
「まあ一年くらい自分以外のことをお願いしてもいいよな」
賽銭箱の前に立って会釈し、五円玉を賽銭箱に放り込む。
深く二回お辞儀をして、ゆっくりしっかりと二回拍手をした後、手を合わせたまま心の中で祈る。
――自分には出来なかった分せめて、新たな地での新たな出会いが、彼に本当の笑顔をもたらしてくれますように――
両手を下ろし、もう一度深くお辞儀をしてから神社をあとにする。
参道を歩きながらも、本当に叶ってほしいから心の中で祈り続けた。
俺を救ってくれたあいつを救える誰かに、あいつが出会えますように――
次回から第二章突入です。




