12.急転
食事も終わり、お互いについて色々と話していたところで、紹介し忘れている者たちがいることに気が付いた。
「そうだ。すっかり忘れてたや。おいでキュウ」
既に果物を食べ終え、横たわるテッチの上に同じく横たわって欠伸をしているキュウに声をかける。
キュウの上にもロンドが乗っていて、鏡餅のような状態になっている。
平和だ。
「キュ?」
「どうしたの?」という感じにキュウが起き上がると、上に乗っていたロンドはそのまま飛び立ち、ソフィアの肩の上へと舞い戻った。
少し遅れてキュウも自分の膝に乗ったところで、両手で持ち上げて三人に紹介をする。
「こいつが僕の相棒で、光と火の精霊の――ほら、自己紹介して」
「キュウッ!」
「キュウって言うんだ! 賢いなぁお前はまったくよしよし――」
ちゃんと自分の名前を言えるだなんてなんて賢いのだろうか。
持ち上げている両手でわしわしと撫でまわすとくすぐったそうにキュウが鳴き声をあげる。
「キュキュキュウッ♪」
「お、おう。タケルとキュウが仲が良いことはわかったな……」
「仲が良いっていうか……どちらかと言うと親バカって感じじゃないかしら? でもかわいいわね……」
「いいな……そうだロンド! 頑張って『ロンド』って鳴いてみて!」
「ピ、ピィ……」
「む、無茶言わないでくれ……」という感じにロンドが鳴いている。
最初の頃は安直な名前を付けたものだと思っていたが、今ではよくぞこの名前を付けたと思っている。
実に良い名前だ。
「ほほほ。では一応こちらも紹介をしておこうかのぅ。わしの事は知っておるようじゃから省くとして、そこでのんびりしておるのが光と雷の精霊のテッチじゃ。わしの女房の契約精霊じゃの。ソフィア嬢ちゃんや。その子の事もタケルに紹介をしてやってはくれんかのぅ?」
「は、はい! 私の契約精霊で、光と風の精霊のロンドです!」
「ピィッ!」
おじいちゃんによるテッチの紹介と、ソフィアによるロンドの紹介が終わったところで、一つの疑問が生まれた。
("契約"って何の事なんだろう……)
自分とキュウは特に契約と呼ばれるような事をした覚えは無いが、何かソフィアとロンドの関係と違うところがあるのだろうか。
(契約って言うだけはあるし、何か儀式とかするのかな……?)
「あの、タケルくん」
顎に左手を当てて、右手で膝の上のキュウを撫でながら色々と考えていると、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
何事かと思い顔をあげると、目の前に端正な顔立ちの少女の顔が――ソフィアの顔があった。
使い慣れた花の石鹸の香りがふわりと鼻孔をくすぐる。
一瞬あまりの近さに緊張からか鼓動が速くなったが、すぐにソフィアの視線が自分に向いていない事に気が付く。
視線の向いていた先は自分の膝元――つまりキュウであった。
「その、もし良ければなんですけど、キュウちゃんを……撫でさせて貰えませんか?」
その目はあまりにも期待に満ち溢れていて、断るにはあまりにも忍びない。
というよりキュウが嫌がりでもしない限り、断る理由も別に無い。
小声でキュウに問いかける。
「別に良いよな? キュウ」
「キュ? キュウッ!」
「良いってさ。はい」
キュウを持ち上げてソフィアに渡す。
撫でさせて貰うだけのつもりだったようで、ソフィアは一瞬驚いたが、恐る恐るとキュウを受け取った。
「キュ、キュキュッ♪」
「はぁぁ……もふもふ……かわいい……」
どうやらキュウの可愛さの虜になったようでご満悦のようである。
当然であろう。
若干だらしない顔になっているが、キュウの可愛さを考えれば仕方のない事だ。
仕方がないったら仕方がないのだ。
そんな様子をアイラがどこか羨ましそうな様子で見ているのに気が付いた。
ここにもまた一人キュウの可愛さに魅了された者が誕生したようだ。
その在り様だけでこんなにも簡単に人を魅了するとは、まったく罪深い精霊である。
「アイラも撫でる?」
「い、いや、私は別にっ……いいわよ」
アイラは頬を赤らめながら目を逸らす。
察するに照れくさいのであろう。
しかし照れくさいのであれば、無理に勧めるのもあまり好手とは言えないかもしれない。
どうにかして自然な感じに、アイラにキュウの可愛さを直に体感してもらう方法は無いものかと考えていると――
「キュッ」
「あ! キュウちゃん……」
「へ?」
アイラの感情でも読んだのかはわからないが、キュウがソフィアの腕を飛び出してアイラの肩へと乗った。
「え、ちょっ、え?」
「キュキュウ♪」
肩に乗ったキュウはアイラが反応する間もなく頬ずりをする。
「ちょっ、ちょっと……もう! くすぐったいったら!」
「キュキュキュウッ♪」
そう言いながらもアイラは笑顔であり、キュウを押しのけようとはしない。
なるほど確かにキュウから強引に擦りついていったならば、照れていたアイラには有効であろう。
その人に合わせたやり方で可愛さを振りまくとは――
(――キュウ……恐ろしい子!)
「キュウちゃんは随分と人懐っこいですね」
ソフィアが肩のロンドを人差し指で撫でながら話しかけてくる。
「うん。他の精霊がどうなのかは知らないんだけど、キュウは"楽しい"とか"嬉しい"とかそんな明るい感情が好きみたいでね。――何度も救われたんだ。本当に可愛い奴だよ。他の精霊ってどうなの?」
「ロンドも本当は人が笑ってるのを見るのが好きなんですけど、この子はちょっと恥ずかしがりやで……。ロンドもキュウちゃんみたいにすればいいのに」
「ピィッ」
そう言ってソフィアはロンドの頬を指で突っつくが、ロンドは照れたようにそっぽを向く。
実に微笑ましい光景である。
同じく微笑ましそうにその光景を眺めていたおじいちゃんが、ふと何か思い出したかのように口を開く。
「そういえばお前さんたち、何故この森に来ておったんじゃ?」
確かにそれは気になっていた。
半年過ごしてきたこの森だが、自分の知る限り人が入ってくる事はほとんどどころか全く無かった。
この家のある場所は森の端からそれほど離れた場所ではないのに、だ。
そんなおじいちゃんの問いに答えたのはソフィアであった。
「高等学院の卒業認定と軍属大学院の入学認定を兼ねた実技試験として、この森への遠征任務に来てたんです」
「ほう。しかし生徒三人だけでこの森の探索をするのは些か危険じゃと思うんじゃが……」
三人の表情が沈む。
キュウが突然変わった空気に戸惑っている中、重い口を開いたのはサキトであった。
「……二人引率として兵士の人が付いてきてたんッスけど……片方の人は逃げて……もう一人の方は亡くなったッス」
「そうか……すまんの、辛いことを聞いてしもうたわい。ひょっとしたら遺品が残っておるかもしれん。後で回収しにもう一度昨日の場所まで行こうかいの」
「はい……。ありがとうございます」
助けきれたと思っていたが、自分は間に合ってなかったわけだ。
悠長に森を飛び回っている間にでも、異変に気付いて向かっていれば、ひょっとしたら助けられたのかもしれない。
そもそも気付けた可能性が低いという事はわかっていても、どうしてもそう考えてしまう。
あの場で失われた命があることに、心がズキリと痛んだ。
「そっか……。ごめんね、間に合わなくって……」
無意識口から出たそんな言葉は助けられなかった人――死んだ人に届くはずもない。
こんな言葉は無意味だ。
ならば何故にこんな言葉を紡いでしまったのか。
「タケルは悪くねぇよ! そもそも近くに居た俺たちにもどうすることも出来なかったんだし……」
それは、こうやって誰かに否定してもらうがためであろう。
自分の心の弱さが嫌になる。
自分が痛みから逃げるために人を出しに使うなど、見下げ果てた行為に他ならない。
事実、自分の行為の結果として残っているのは、力足らずで助けられなかった事を思い出し、自身の無力を呪う彼らの表情だ。
何が"誰かを護れるような生き方をする"だ。
こんな心持ちでいったい何を護れると言うのだ。
今一度自分を戒めねばならない。
暗く、重い空気が蔓延する中、再びおじいちゃんが問いかける。
「さて、"後で"とは言うたが、森の中を探すなら出来るだけ明るいうちの方が良いじゃろうから、もう今から遺品の回収に向かうとするかのぅ。……言うのが辛ければ言わなくとも良いのじゃが、具体的に昨日起こった事について聞かせてはくれんかの? どうにも気になる点があるでのぅ……」
「は、はい。大丈夫です。案内をよろしくお願いします」
そこで、昨日はよくわからないために無視した事を思い出した。
時間が経ちすぎると手掛かりがなくなるかもしれないから、この際同行して調べてしまった方が良いであろう。
「おじいちゃん。僕も一緒に行っても良い? 僕も少し気になる事があるんだ」
「ん? タケルも当事者じゃからの。もちろん良いぞ」
「ありがとう」
同行の許可を貰ったところで、食べ終わった後そのままにしてしまっていた食器を片付けてから、留守番のテッチ以外の全員で昨日の地点まで向かったのであった。
―――――――――――――――――――――――――――――
「……結局見つからなかったわね」
時刻は既に夕暮れ時。
今は家へと帰っている途中である。
既に結界の中に入っているので、魔物などの心配はない。
結果として、ソルという人の遺品は見つからなかった。
せめて何か小さなものでもと長時間目を凝らして探していたにも拘らず、何も成果が無かったためか、皆の足取り――特にソフィアとアイラとサキトの三人の足取りは重たいものとなっていた。
沈みかけの夕陽に照らされた花畑はまだ目視で花の姿を確認できる程度の明るさをたたえているが、なまじ普段の明るさを知っているだけに、反って暗さが際立って感じられてしまう。
その暗さはまるで彼らの心象を表しているようで、どうにかしてあげたいが上手い方法が思いつかない。
花畑が再び明るさを取り戻すには月が昇るのを待つしかないように、彼らの心象が明るさを取り戻すのにも時間を要するしかないのかもしれない。
もしかしたら自分が精霊化した時の魔法で焼き尽くしてしまった可能性もあるだけに、下手な事を言えないのもある。
きっと自分がそのことを気にしていると知れば、彼らは気を使ってしまうだろう。
(あの時魔力探知からは人型のものなんて感知できなかったんだけどなぁ……)
実際に死んだ人の感知なんてしたことがないから、確信をもって言えるわけでもないが、あまり人を巻き込んだとは思いたくない。
そんな空気を換えようとしたのかはわからないが、おじいちゃんが質問をしてきた。
「そういえばタケル。気になる事があると言うておったが、それについては何かわかったのかいのぅ?」
「ああ、うん。さっき昨日の事説明してた時に少し離れた所に別の反応があったけどよくわからなかったって言ったの覚えてる?」
「おお、確かに言うておったな」
「その反応があった辺りを調べてみたんだけど、どうも人と何か大きな動物が一緒に居たみたいなんだよ。しかも特に争ってたりした形跡もなかったんだ……」
「ふむ……。不自然じゃのぅ」
それに、"よくわからなかった"っという点も気になる。
人が居たなら何かしら魔力の色が見えるはずだし、動物が居たなら居たでわかるはずなのだ。
他にも、争っていなかっただけでなく、何かしらの靴の跡と、明らかに巨大な動物の足跡が"隣り合って"付いていたのもおかしい。
熊のような動物と仲良しの人間が偶然あの場所に立っていたという可能性もあるが――
(いや、無いな……)
他にも気になる点があった事を思い出したので、聞いてみる。
「そういえば、さっきも言った雀蜂型の魔物以外の魔物が魔力を捕食しなかったんだけど、そんな事ってあるの?」
自分の言葉を聞いたアイラもそれに続いてきた。
「それ私も気になってたわ。魔法を分解されたんだけど、捕食はされなかったのよね……」
「なんじゃと……!? それはわしも初めて聞いたのぅ……。魔物が九体も連携して戦った上に、魔方陣魔法を使ったというだけでも十分異常じゃというんに……」
どうやらおじいちゃんも聞いたことがないくらいにイレギュラーな事だったようで、少し考えこんでいる。
そうして少し考えたあと、再び口を開いた。
「ソフィア嬢ちゃんたちはいつ頃帝都に戻らねばならんのじゃ?」
「ああ、それについては、体調もお陰様でもう万全ですので明日の朝にでも出発しようと思っています」
「ふむ。では帰ってから急いで帝都宛に手紙を書くから配達を頼まれてはくれんかのぅ?」
「はい。わかりました」
どうやら既に三人で話はしていたらしい。
(もうお別れなのか……)
せっかくできた友人とこんなにも早く別れることになるとは、仕方ない事とは言えやはり少し寂しい。
大人数でする食事も、談笑も、長らく経験していなかった楽しみであっただけに、寂しさも一入である。
「キュウ……」
そんな感情を読み取ったのか、肩に乗るキュウが頬を擦って慰めてくる。
「ふふっ、ありがとな……」
いつかおじいちゃんに帝都に連れて行ってもらった時にでも会えるだろうか。
また一つ楽しみにしておくことが増えると考えておけば、これはこれで良いのかもしれない。
気が付くと既に家の目前まで来ており、部屋の中からはテッチが付けておいてくれたのか、魔力灯という前の世界でいう蛍光灯のようなものの明かりが漏れている。
(せめて寝るまでの間だけでも、三人ともっと色々と話しておこう)
そう考えながら、室内へと入るのであった。
―――――――――――――――――――――――――――――
「へぇ、じゃあ半年より前の記憶がほとんど残ってないっていう事なのね」
「うん。だからこの家の周辺の事以外ほとんど知らなくって、だから聞く話全てが新鮮で面白いんだ」
「普通に日常の事を話してるだけなんだけどな」
晩御飯も終え、今はアイラとサキトの二人と他愛のない話を楽しんでいる。
おじいちゃんは何やらソフィアに話があるそうで二人で別室に行っている。
時間がかかっているのは先程の手紙の件に加え、確かソフィアの曾祖父とおじいちゃんが友人だとか言っていたので、その辺りの話もしているのではないだろうか。
暇を持て余したので、アイラとサキトの二人に自分がこの森に来てからの事を話していた。
嘘をつくのは忍びないが、もういっその事こういう設定にしておいた方が話が楽だろうという事で、半年より前の記憶がほとんど無いということにしたのだ。
この世界についての記憶という考え方をすればあながち嘘でもないし、聞く話全てが新鮮というのは本当の事なので、許してもらいたいところだ。
「銀将様との関係も、精霊化なんてことが出来るのに"名付き"の魔法が使えないなんて不自然な状態なのもなんとなく納得がいったわ……」
どうやら良いように解釈してくれたようだ。
「あはは……。それにしてもおじいちゃんとソフィアは結構時間かかってるね」
若干の後ろめたさを誤魔化すために無理やり話を変えてみると、タイミングよく二人が戻ってきた。
「おお、おかえり二人とも。話はもう終わったの?」
「うむ、終わったぞい。そんでもって今からはタケル、おぬしに話があるのじゃ」
話し方はいつもの通りだが、いつになく真剣なその顔につい身構えてしまう。
「別の部屋に移る?」
「いや、サキトのボウズとアイラの嬢ちゃんにも関係のある話じゃからここで大丈夫じゃ」
唐突におじいちゃんの口から名前の出た二人は完全に油断していたようで、慌てて居住まいを正す。
一拍呼吸を置いた後、おじいちゃんは口を開いた。
「のぅタケル、確か前におぬしは"誰かを護れるような生き方をしたい"と言うておったの?」
「うん」
以前特訓の休憩中に何か将来やりたいことはあるのかと質問をされた時に、そんな漠然とした答えを返したのであった。
「今もその気持ちに変わりはないかのぅ?」
「――うん、ないよ。そのために半年間頑張ってきたし……。まあまだまだ力不足だけどね」
この目標の実現がとても難しくて大変なことなのだと、自分は身をもって知っている。
依然として力不足ではあるが、この意志を失ってしまったら、自分には何も残らないのだ。
「まず簡潔に言うぞタケル。――軍人になる気はあるか?」
「……軍人?」
「そうじゃ。それが一番タケルの夢に沿うた職業じゃとわしは思うておるし、何よりわしはタケルにその"夢"を叶えて欲しい。前にも言うたことがあると思うが、タケルの力はきっと多くの人を救うことができるのじゃ」
「でも、軍人ってそんななろうと思ってなれるようなものなの?」
いきなり軍人にならないかと言われても、正直判断材料が少なすぎる。
別におじいちゃんを疑っているわけではない。
きっとおじいちゃんの言う通り、軍人というのが自分の目標に一番あった職業なのだろう。
だが、だからと言っておいそれと返事を返せるようなことではない。
そんな自分の考えを読んだかのように、おじいちゃんが返答してくる。
「それについても今から説明をするからよく聞いておるんじゃ。まずわしの言う軍人とは国の正規軍の兵士のことじゃ。主な仕事は各街や村落の治安維持や、魔物の討伐じゃ」
この辺りは軍人という言葉の響きからなんとなく想像は出来た。
おじいちゃんは更に言葉を続ける。
「この正規軍というのは、帝都にある軍属大学院と呼ばれる学校――そこのソフィア嬢ちゃんたちが目指しておる学校じゃな。そこを卒業するのが基本的な入り方じゃ。他にも色々方法はあるが、まあわしとしては卒業するのが色々と一番良いと思うのぅ」
――待てよ、この話の流れはまさか……。
「正直わしの昔の伝手を使えば、そのまま軍に所属させることも無理ではないのじゃが、タケルはまだまだ伸びしろがあるし、少々知識不足なところも否めん。じゃから結果的に軍人になるかどうかはともかくとして、軍属大学院に通ってみるのが良いと思うのじゃが、どうじゃ?」
案の定であった。
正直、とても嬉しいし、とてもありがたい話だ。
色々な事を学びたい気持ちもあれば、この世界の様々な場所を見て回りたいという気持ちもある。
だが――
「でも、お金とかかかっちゃうし……」
「大丈夫じゃよ。なまじ昔の功績のおかげで金なら使いきれぬほどあるでの。孫一人の学費を払うくらい訳無いぞい」
――違う、気にしているのはそこじゃないだろ。
「でも、試験とかあるんでしょ? 今からじゃ……」
「それも大丈夫じゃよ。わしの伝手を頼れば、タケル程度の実力があれば十分入れる。きちんと試験を受けて入学しようとしておる者たちの居る前で、こんな裏口入学の話をしてしまってすまんがのぅ。許しておくれの」
「い、いや! タケルはシエラも使えて精霊化もできるッスから、絶対普通に試験受けても合格してるッスよ!」
おじいちゃんの諭すような口調に、サキトの賛同が加わるが、そうではないのだ。
――本当に気にしているのは……。
「でも、でもそれじゃあ……僕が、ここから居なくなったら――」
――おじいちゃんは、また一人に……。
口に出そうとしたその想いは、大きなごつごつとした手が自分の頭を少々乱暴に撫でたことで遮られた。
「――まったくそんなことを気にしおってからに……。本当に優しい子じゃよタケルは……。その優しさをより多くの人にも振り分けてやってはくれんかいのぅ? なぁ、タケル」
違う、これは優しさなどではない。
この期に及んで何を隠す必要があるのだ。
はっきりと言えば良いのだ。
――"おじいちゃんと離れるのが不安なんだ"って……。
しかし、おじいちゃんはそんな本心も見抜いているかのように言葉を続けた。
「これからわしが隣で見ていてやることは難しくなるが、何も心配することなぞ無い。友人も出来たではないか。それにのぅタケル。多くの人を救ってほしいのもわしの本心じゃが、他にもあるんじゃ」
「他にも……?」
「これも前に言うた事があると思うが、ひょっとしたらいつかタケルにとって本当に辛い出来事が起こるかもしれん。人生なにが起こるかわからんからのぅ。そんな時にタケルの生きる糧になる"輝く思い出"を作ってきて欲しいのじゃよ」
「輝く……思い出……」
「この無駄に広い森は、タケルが思い出を作るには些か"狭すぎる"とわしは思うのじゃ。人と会って、話して、世界を見て、感じて、おぬしにとっての輝くものを見つけてこい! タケル!」
おじいちゃんの静かだが力の籠った声が脳を揺らし、全身が粟立つのがわかる。
ここまで言われて、ここまでお膳立てされて、拒否する気にはもうなれなかった。
いつまでも一人で歩き出すことに怖気づいて居てはだめなのだ。
「――わかった。僕、その軍属大学院ってのに行ってみる……いや、行かせてください」
「うむ。では決まりじゃの! 明日ソフィア嬢ちゃんたちと共に出発するのじゃ」
「え!? そんな急なの!?」
「ほほほ。実行は早い方が良いからのぅ」
そう言っていつもより豪快めに笑うおじいちゃんは、気のせいかもしれないが、どこか寂しさを紛らわしているようにも感じた。
こうして、半ば諦めていた学生生活が予期せぬタイミングで舞い戻ってきたのだった。




