11.生きてこそ
「ッ――ふぅ……」
体に上手く力が入らなくなったため尻もちをついて、乱れた呼吸を整えるため深呼吸をする。
炎を放ち切ると同時に精霊化は解けており、凄まじい倦怠感が絡みついてきている。
正直もう動きたくない。
「キュウ……」
キュウも同じようで、肩の上でぐったりとしている。
前に使ってみた――いや、使ってしまった時よりも勢いをつけた分多めに魔力を消費してしまったようで想像していた以上に怠い。
魔力を全て使いきったり、異常な量の魔力を喪失した際にこのような症状が出るらしく、今回は後者が原因だ。
体から何かぽっかりと抜け落ちてしまったようなこの喪失感にはそうそう慣れることはないだろう。
しかしいつまでも座り込んでいるわけにはいかない。
早く後ろの二人を家に運んで解呪をしてあげないと、いずれは呪印が体に広がり切ってしまう。
「呪いはまだ大丈夫そう?」
重い体に鞭を打って立ち上がり、後ろの三人に小走りで駆け寄りながら呪い傷を受けている二人の安否を確認すると、翡翠の少女が答える。
「まだピカレスの枝の効力が残っているみたいですから、もうしばらくは大丈夫だと思いますけど……」
少女の表情が沈む。
理由はわかる。
いくらましになったとは言え、呪いを受けた状態というのは辛いのだ。
体に呪印がまとわりついてくる嫌悪感と、徐々に体の感覚がなくなっていくことに対する恐怖や、それと共に増していく単純な傷によるものとは少し違った痛みなど、思い出すだけでも憂鬱になってしまいそうだ。
早く他の二人を解放してあげたいのだろう。
「家に戻れば薬があるはずだからついてきてくれるかな? 二人は僕が運ぶとして、君は歩ける?」
「は、はい! 魔力がもう無いので、身体強化ができないですけど……」
となると、家に着くまでかなり時間がかかってしまうかもしれない。
その場合はもう一度香木くんに活躍してもらえばどうにかなるかもしれないが、この際非常に乗り心地は悪いがこの翡翠の少女にはポルテジオで囲った中に入ってもらってヴォルジェントで全速力で飛んで行った方が良いかもしれない。
キュウの異常なまでの魔力量のおかげであの規模の魔法を使ってもまだ魔力に余裕があるため、そんな強行策でも全然出来る。
その策を翡翠の少女に伝えようとしたその瞬間――広場の端にある木の一つが突然吹き飛んだ。
「ッ!?」
突然鳴り響いた轟音に、敵の増援が来たのかと思い少女らを庇うように前に出てポルテジオを展開するが、再び広げていた魔力探知から入ってくる情報から、何の心配もないということを悟る。
寧ろこの上なく心強い増援であった。
「おじいちゃん!」
「タケル! 大丈夫か!?」
おじいちゃんが全速力で跳んできて、ブレーキに使った木が衝撃で弾け飛んだわけだ。
相当急いで来てくれたのだろう。
「うん。僕は大丈夫だよ」
「帰りが遅いから心配しておったら、精霊化の魔力を感知するわ、森の地面が大規模に溶けとるわで何事かと思ったわい……」
「ちょっと色々あってね……。って、それどころじゃなかった! ピカレスの薬持ってない?」
「ん? 持っておるが……その後ろにおるのはまさか、ディムロイのところのソフィア嬢ちゃんじゃないか?」
おじいちゃんに話しかけられたソフィアというらしい翡翠の少女は一瞬体を跳ねあげて返答する。
「は、はいそうです! というよりなんで『銀将』様がこんな場所に……。それにおじいちゃんって……」
どうやら面識があるようだ。
銀将様とかいうのが一体何なのかが気になるところだが、今は先にするべきことがある。
「おじいちゃん、とりあえずピカレスの薬でこの二人を解呪してあげてくれないかな? 結構手酷く呪いを受けちゃってるみたいなんだ。材料ならまた渡すからさ」
そう言いながら二人の方を見ると、こちらもこちらで唖然とした様子でおじいちゃんを見ていた。
「ほ、本当に銀将様だわ……」
「確か旅に出てるって聞いてたけど……」
「ほほほ。こんな老いぼれのことを知っておるとは、最近の若人は随分と博識じゃのぅ。どれ、呪い傷を見せてみぃ」
そう言っておじいちゃんは二人の近くに屈んで呪いの様子を診始める。
「――おぉ……これはまた随分とやられておるのぅ。嬢ちゃんは随分と呪いの根が深いし、こっちのボウズなんて最初のタケル並に呪いが重複しとるじゃないか……。ん? それにしては随分と進行が遅いのぅ」
一通り呪い傷の様子を診終わったおじいちゃんはマジックバッグから十センチほどの試験管のようなビンを取り出した。
ビンの中には薄い金色の、煌めく半透明の液体が入っており、おじいちゃんはその少し粘度の高い液体を呪い傷に向けて垂らしていく。
呪い傷に触れたそばから薬は肌に吸収されていき、枝を折った時とは違い呪印が傷に引っ込んでいくのではなく、傷口から順に呪印が崩壊していった。
呪いが消えた事で金髪の少女は随分と楽になったのが表情から読み取れる。
少年も未だに解呪の途中ではあるが、きっと先ほどまでよりはずっと楽であろう。
よくよく考えてみると、ピカレスの薬の実物を見るのはこれが初めてである。
「薬での解呪ってこんな風になるんだ」
「そういえばタケルは見るのは初めてじゃったの。まあ見る機会が少ないに越したことはないわい。それにしてもここまで進行を抑えるとは、ソフィア嬢ちゃんも解呪の腕をあげたのぅ」
おじいちゃんがそう言うと、翡翠の少女は両手を胸の前で左右に小さく振り、慌てた様子で否定する。
「ち、違います! 私はもう魔力が尽きてしまっててどうしようもなかったところにそちらの……タケルさん? が来てくださって……」
「ん? 解呪なんていつの間に覚えたんじゃタケル」
「いや、解呪したんじゃなくって、香木くんに頑張ってもらったんだよ」
そう言いながらマジックバッグから折れたピカレスの枝を取り出し、おじいちゃんに見せる。
「お、おう、そうかの……。また贅沢な使い方をしおってからに……。すまんが嬢ちゃんたち、この事はここだけの秘密にしておいてくれんかのぅ。聞く者が聞けばタケルに害を及ぼそうとするかもしれぬからのぅ……」
「は、はい! もちろんです!」
「言えるわけないッスよ……」
「命を救われてるんだから尚更よね……」
やっぱりこの世界だとなかなかに非常識な行動だったのだろう。
やったことに関しては反省も後悔もないけど、今後は気を付けておこう。
少年の呪いを八割ほど解呪したところでおじいちゃんが立ち上がった。
「すまんが今の手持ちじゃとここまでが限界じゃ。一度家まで移動しようかの。一人ずつ運ぶから少しの間わしの肩の上で我慢しておいてくれるかのぅ?」
「おじいちゃん、僕も運ぶよ」
いくら屈強な肉体を持っているとは言え、おじいちゃんは百七十五歳という超高齢者だ。
老体に無理をさせるわけにはいかない。
半年間色々と扱かれたおかげで筋力はだいぶついている。
人ひとりくらいなら余裕で運べるはずだ。
(ここは若者が率先して力仕事をせねば)
そんなことを考えていたが――
「フラフラなくせをして何を言うておるんじゃまったく。あの跡を見る限り凄まじい量の魔力を使ったんじゃろ。一目で辛そうなのがわかるわい。今は大人しく休んでおれ」
バレていたようである。
できるだけ心配をかけたくなかったのだが、なかなか隠すのは大変なようだ。
すると少年も老人に負担をかけるのは気が引けたのかはわからないが――
「あの、お陰様で呪いもだいぶマシになったッスから、自分で移動できるッスよ?」
おじいちゃんにそんな提案をした。
しかしそれを聞いたおじいちゃんは「やれやれ……」とでも言いたげな顔をしながら口を開いた。
「まったく最近の若いもんは……。自分が困った時や辛い時は年長者を頼るものじゃ! わしは"努力"は認めるが"無茶"を認める気はないからの。無茶をするくらいなら今は存分にもたれかかって来ておれ。小童の無茶を肩代わりする程度の"重み"でつぶれるほど柔な生き方をしてきたつもりはないぞ」
正直いつも助けてもらってばかりな気がするが、そう言われてしまっては返しようもない。
ここはおとなしく甘えさせてもらおう。
結局おじいちゃんが一人ずつ抱えてあっという間に家まで運んでしまったのであった。
三人を客室に寝かせた後、自分も細事を済ませてから寝室に戻り、泥のように眠った。
眠りに落ちる直前になろうとも、魔物を焼き尽くした時の感覚が消えることは無かった。
―――――――――――――――――――――――――――――
気が付くと、見知らぬ部屋に居た。
いや、見知らぬというわけではない気もする。
(この部屋をどこかで見たことがあるような気がするな……)
何か違和感があると思い、部屋をよく見まわす。
目の前には木製のダイニングテーブルがあり、同じデザインの椅子が四つ周りに置かれている。
その奥にはキッチンらしき場所があるようだ。
右にはどこかへ続く扉があり、左に目を向けるとガラス戸の向こうに庭が見え、ひまわりが咲いているのが見える。
陽光を反射して黄色く輝くその花弁を見て違和感の正体に気が付いた。
この部屋には鮮やかさがないのだ。
全てが灰色じみた色をしている。
ただ、ひまわりだけは眩く黄色に輝いている。
(なんだろうこの気持ちは……懐かしい?)
ふと何かの気配がした気がして後ろを向くと、大きなソファの向こうにテレビがあって、そのソファには誰かが座っていた。
テレビは電源はついているようだが、ひたすらに真っ暗な画面を映し続けている。
ソファに座る誰かは俯いていたのだが、ふと顔を上げて暗い画面に反射して映るこちらの存在に気が付くと慌てて立ち上がり、ソファを飛び越してこちらに近づいてきた。
(顔が……見えない?)
近づいてくる人は恐らく男性だと思うのだが、口元より上に何か靄がかかっていてよくわからない。
自分より身長は若干高いが、少し痩せ気味のように感じる。
手を伸ばせば触れられる距離にいるのにも関わらず顔が見えないだなんて、普通は不気味に感じそうなものであるが、胸に湧く思いは先ほどひまわりを見たときと同じか、寧ろそれ以上の懐かしさだけであった。
(なんだろう……この感情……)
男性は何か言っているのか、しきりに口をパクパクさせているが、何も聞こえてはこない。
「あなたは誰ですか?」
状況的に考えて部外者は確実に自分なのだが、思わず聞いてしまった。
しかしどうやら、相手の声がこちらに届かないように、こちらの声もあちらに届いてないようだ。
目の前の男性も状況に気が付いたようで、残念そうに口角を下げた。
しばらくそんな表情を浮かべた後、唐突にこちらに手を伸ばして来た。
普通誰かもわからない人に触られそうになったら避けようとするものだと思うのだが、何故か避ける気にはなれなかった。
伸びてきた手はそのまま自分の頭を撫ではじめる。
(なんで、こんなに安心できるんだろう……)
そのまま撫でられ続けていると、だんだんと瞼が重くなってきた。
(結局、誰なんだろうか……)
そんな疑問を抱いたまま、再び意識は沈んでいった。
―――――――――――――――――――――――――――――
下腹部と胸と鼻の頭に重みを感じ、目を開くと視界に翠色の何かもふもふとしたものが映る。
「……ん?」
状況を理解しようと努めるが、寝ぼけ頭をいくら回転させたところで、答えには行きつかない。
もういっそ手で掴み取れば早いのではなどと思い至りそうになった時、とつとつという感じに鼻の頭に乗っている者が数回小さく跳ねながら方向転換をして、こちらを覗き込んできた。
「あぁ、あの時の精霊か……」
「ピィッ!」
鼻の頭に乗っていたのは翡翠の少女の肩に乗っていた小鳥の精霊であった。
「どうしてそんな所に乗っているんだい?」
「ピピィピィピィ」
なんとなくでしかわからないが、どうやら起こしに来てくれたようだ。
言われてみると、確かに何か食事を作っている匂いが漂っている気がする。
「ありがとう。すぐに行くよ」
そう言って上体を起こすと、小鳥の精霊は小さく飛んで頭の上に乗り、胸の上で寝転がっていたキュウはゴロゴロと転がって下腹部の上に乗っかっていたテッチに当たって止まった。
起きたのを確認したテッチはのそりと立ち上がり、いつものように扉を器用に開けて出て行く。
キュウも今の衝撃で起きたようで、あくびをしながら足をピンと張って伸びをしている。
キュウを右腕に抱いて小鳥の精霊を頭の上に乗せたまま、匂いの発生源と思われる食卓の方面へと向かう。
階段を下りる時の振動が良い感じに眠気を誘ったのか、キュウの頭が腕の中で船を漕いでいる。
きっと精霊化、もとい膨大な魔力消費による疲れがまだ残っているのだろう。
(そういえばさっき何か夢を見てたような……どんな夢だっけ?)
空いている左手でキュウの頭を撫でながらそんなことを考えつつ、食卓へと続くドアへと近づくと、中からなにやら賑やかな話声が聞こえてきた。
「もうあの子たち起きたのかな」
ドアを開けると、料理を皿に盛っているおじいちゃんの周りに件の三人が集まっていた。
「銀将様! あの石鹸とても良い香りがしたのですが、どこで仕入れているんですか?」
「確かにいい香りだったわよね! 私も教えてほしいです銀将様!」
「義姉さんもああいうの好きかもな……。俺も教えて欲しいッス銀将様!」
「……ほほほ。教えてやっても良いが、その"銀将"という呼び方はなんだかむず痒いからやめてもらえんかのぅ……。普通にセイルと呼んでくれまいか?」
どうやら風呂に入って石鹸の香りを体験して気に入ったようで、入手方法を聞き出そうとしているようだ。
(我が家特性の非売品なんだよなぁ。というより"銀将"って本当に何なんだろう?)
そんなことを考えながら、とりあえず朝の挨拶をする。
「おはようおじいちゃん。三人も具合はよくなったみたいだね」
「おお、やっと起きてきたかタケル。おはようと言うとるが、もうお昼じゃぞ」
「え!? 僕そんなに寝てたの!?」
確かに疲れてはいたけれど、そんなに長く寝ていたとは思ってもみなかった。
騒がしくなったためか、腕の中で寝ているキュウが再び目を覚まし、薄目で辺りをきょろきょろと見まわし始める。
感覚的には寝室からいきなり食卓に来ていて状況を把握できていないのだろう。
「ほら、そろそろ起きようなキュウ。もうごはんだぞ」
「キュイ……」
まだ起きるのが嫌なのか、右腕と体の隙間に潜り込もうとしている。
愛い奴め。
かわいいのでもう少しだけ寝かせておこう。
そんなことを考えていると、翡翠の少女が話かけてきた。
「あ、あの! 昨日は助けてくださってありがとうございました!」
そう言って彼女が頭を下げると、隣の二人も口々に礼を言いながら頭を下げる。
こう面と向かって誰かからお礼を言われるというのは初めてなので、なんだか気恥ずかしい。
「い、いや、そんな大したことは出来てないっていうか、その、こちらこそありがとうっていうか、えっと……」
慣れないゆえにしどろもどろな返答になってしまう。
よく見ると昨日は破れたり汚れたりしていた制服らしき服は綺麗に補修されている。
たぶんおじいちゃんの仕業だろう。相変わらず多才である。
落ち着くために一呼吸置いて、相変わらず何と言えば良いかはわからないが、とりあえず三人を見て今思うことを口に出してみる。
「……まあ、三人とも無事に助けられて本当に良かったよ。ありがとうね」
目の前の三人が一瞬きょとんとしていると、頭の上にいる小鳥の精霊が抗議の鳴き声をあげた。
「ピィッ」
「ああ、ごめんごめん。君も無事でいてくれてありがとうね」
「ちょっ!? ロンド! そんな所に乗ったら失礼でしょ!」
この精霊の名前はロンドというらしい。
髪の中に埋もれていたからきっと少女たち側からは見えなかったのだろう。
パートナーに注意をされるが、ロンドは動く気配も無く、頭の上でのんびりと羽を休めている。
「これくらい別にいいよ。なんかかわいいし」
そう言って左手でロンドの頭の辺りを優しく撫でてやると、気持ちよさそうに鳴き声を漏らす。
そんな様子を見ていた金髪の少女が驚いた顔で呟く。
「なんでロンドがあんなに懐いてるの……? 私なんて触らせてもらうのに一年もかかったのに……ぐぬぬぬ……」
羨ましいと恨めしいを足したような感じの視線を向けてくる金髪の少女に茶髪の少年が答える。
「命の恩人だからじゃねぇか? てかお前もそんな視線向けるなよ。失礼だろ」
「わ、わかってるわよ……。でもやっぱり納得がいかないわ……」
なんだか悪いことをしてるような気分になってきた。
そんなに気難しそうな精霊とは思えないのだが、実際どうなのだろうか。
聞いてみようかと思ったが、先におじいちゃんが発言をした。
「まあ色々と話もあるじゃろうが、とりあえず飯にしようじゃないか。せっかくの飯が冷めてしまうからのぅ」
確かにその通りである。
昨日はあまりの倦怠感から食欲も湧かず、結局何も食べないまま眠りに落ちたので、空腹も結構な度合いだ。
今日のメニューは何かと覗き込んでみると、いつか見たことのあるシチューのようなスープとパンであった。
このスープはおじいちゃんの得意料理らしく、結構な頻度で食べているが未だに飽きない味だ。
「これ、昨日渡した鹿の肉使ってるの?」
「うむ。そいつとこの前の猪の残りを入れてみたぞい。ソフィア嬢ちゃんたちはあんまり食い慣れない肉じゃろうから若干クセがあって食べにくいかもしれんが、少し我慢してくれのぅ」
「あ、いえ、私は実家にいる時はよく食べてたので大丈夫ですよ、ぎん……セイル様」
「俺も昔炊き出しでよく食べてたから大丈夫ッスよ! むしろ結構好きッス!」
「ソフィアとサキトは食べたことあるんだ……。私は食べたことないからちょっと楽しみだわ」
「ほほほ。そうかそうか。では、食べるとしようかのぅ」
そうして、いつの間にか人数分の椅子が並べられていた食卓へと食事を運んで準備をする。
キュウもさすがに目が覚めてきたようなので、キュウ用の皿に小さくカットした果物をいれてやると、ロンドがその皿の近くへと降りたった。
「キュ?」
「ピィピィ」
「キュ」
「ピィッ!」
翻訳をすると、順に「欲しいの?」、「うん」、「ほらよ」、「さんきゅー!」って感じだ。
(そういえばなんでロンドの言ってることわかるんだろう……?)
キュウと一緒に過ごしすぎて精霊の言葉を理解できるようになってしまったのだろうか。
(そういえばテッチってあんまり喋らないよな……)
そう思いテッチの方を眺めていると、テッチも気が付いたようでこちらへと目を向けてくる。
そうしてしばらく見つめあっていると――
「ワウッ!」
少し居心地悪そうに「なんか用か!」って感じに吠えてきた。
やっぱりなんとなくだが理解できるようになっているようだ。
そもそもテッチが喋る機会が少ないだけで、わりと前からなんとなく理解できていた気がしなくもない。
「いや、ごめんごめん。何でもないよ」
そう言うと「何なんだまったく……」という感じに鼻を鳴らして果物を齧りはじめた。
自分もそろそろ空腹が限界だ。
さっさといただくことにしよう。
いつもより人数が多いことで明らかに手狭な食卓を囲み、食事を始めた。
スープからは湯気と共に食欲をそそる匂いが香り立ち、口の中で唾液が分泌され始める。
しっかりと感謝を込めて「いただきます」と口にし、さっそくスープに手を付ける。
空腹のためかゴロゴロとした具材がたっぷりと入っている中でも、三センチ角に切られた肉にひと際目を惹かれてしまう。
躊躇する理由もないので、さっそくスプーンで掬い、口で息を吹きかけて少し冷ましてから大口を開けて放り込むと、どうやら猪肉だったようで、豚肉に似た旨味が口いっぱいに広がる。
先ほどクセがあるなどと言っていたが、おじいちゃんはその辺の処理にも手を抜かずにしっかりと臭み取りなどをしているため、ほとんどクセなんて感じない。
この家で初めて食べた食事にも猪肉が入っていたらしいが、全く気が付かなかったほどだ。
そんな風に約一日振りの食事を堪能していると、茶髪の少年はスープを平らげたようで、しみじみと口を開いた。
「なんか、こうしておいしいもの食べてっと、本当に"助かったんだな"って実感がすげぇ湧いてくるな……」
「確かに……普通に死ぬ覚悟してたものね……」
「ちゃんと生きてるんですよね……私たち……」
そうしてしばらく空の皿を見つめた後、少年がこちらに顔を向けてきた。
「改めて、本当に助けてくれてありがとうございますッス。この御恩は絶対に一生忘れないッス。その、タケルさん? でよかったッスか?」
なんともぎこちないというか、違和感のある敬語である。
それに、恐らく同年代である彼らにずっと敬語で接せられるのもなんだか嫌である。
せっかくこの世界に来てからようやく会うことの出来たおじいちゃん以外の人間だ。
出来ることならばもっと仲良くしたい。
「たぶん同い年くらいでしょ? 無理に敬語使わなくって良いよ。僕ちょっと色々あって、恥ずかしながら同年代の知り合いがいなくってさ。もし良ければ普通に友人として接してほしいかな。ちなみに僕の名前は『須藤 武』。歳は昨日も言ったけど十九歳だよ」
「そ、そうか? じゃあ普通に話させてもらうぜ。どうも敬語ってのがよくわからなくってな。俺の名前は『サキト・アヤサキ』ってんだ。サキトって呼んでくれ! 歳は十八だ」
「わかった。サキト、だね」
隣にいる少女らにも期待を込めた視線を送ってみる。
すると、翡翠の少女が先に口を開いた。
「あ、あの、私は敬語が癖になっちゃってるので、敬語以外でお話するのが苦手なんですけど……それでも良いですか?」
「うん。話しやすい方で良いよ」
「ありがとうございます。私は『ソフィア・リブルス・ラグルスフェルト』と言います。ソフィアって呼んでください。歳はサキトくんと一緒で十八歳です。その……タケルくん、でいいですかね?」
「うん! ありがとうソフィア!」
しばらくおじいちゃん以外の人との接点が無かったからか、同年代の友人が増えるのがとても嬉しく感じる。
向こうの世界に居た頃はこんなに心躍るような感覚はあっただろうか。
そんな事を考えながら、最後に金髪の少女へと視線を向ける。
「あなたなんか変な人ね……いや、悪い意味じゃないわよ! 何というか、まあちょっと想像と違ってたってだけよ。私は『アイラ・グランツ』よ。歳は二人と一緒で十八歳。私もアイラで良いわ。その、"タケル"が名前ってことで良いのよね?」
「うん。それがどうかしたの?」
「いや、家名が先に来るって事は北西部の出身なのかなって思ってね。別に大した疑問でも無いから気にしなくても良いわよ」
「うーん。違うかな……たぶん」
せっかくできた友人を、「出身は異世界です!」なんてとち狂った発言で失いたくはないので、ここはお茶を濁すことにしよう。
そう思って何か別の話題は無いかと思案していると、おじいちゃんが先ほどの会話で気になる部分があったようで、先に口を開いた。
「今アイラ嬢ちゃんは家名をグランツって言わんかったか? ひょっとしてグランツ商会が実家だったりするかの?」
「は、はい。確かに実家はグランツ商会ですけど、ご存じなんですか?」
「昔まだ楽器しか取り扱ってなかった頃に妻と何度も立ち寄ったのぅ。確か今は結構な規模に成長しておるじゃろう?」
「はい! お陰様で繁盛していますよ!」
いい感じに話が逸れたので、更に話を逸らすついでに疑問の解消に努めてみることにしよう。
「おじいちゃんって結構顔広いんだね。そういえば、"銀将"って何のことなの?」
おじいちゃんがピクリと動く。
「あんまり言いたくないことだった……?」
「――いや、別にそういうわけじゃないぞ。わしの昔の二つ名なんじゃが……。なんというか、今思い返すと少々恥ずかしいような気がしてのぅ……」
そんな珍しくどこか落ち着きのないおじいちゃんの発言に被さるような勢いで、サキトが声をあげる。
「全然恥ずかしくなんてないッスよ! 銀将様の武勇を聞いて憧れない男なんていないッス! 銀の槍一本を供に魔物の群れに単身挑んで、一閃で全てを薙ぎ払った話とか特に好きッス!」
「いや、それは少々誇大表現をされとるのじゃ……。その――」
おじいちゃんに反論させる間も無く、今度はアイラが続く。
「奥様を救うために前々皇帝陛下の命に逆らってまで駆けつけて、紛争を治めたお話なんて私憧れちゃいます!」
「いや、軍への所属を目指しておるならあまり憧れない方が……というよりそれもちょっと話が一人歩きしておって――」
当然の如く最後にソフィアも続く。
「その、プリム様と並び立って戦場でお互いの背を預けあうお話が私本当に大好きで……いつか私もそんな人に出逢って一緒に人生を歩みたいなぁなんて思っちゃって……。あ!? 今の無しです! 聞かなかったことにしてください!」
「あらあらソフィアったら顔真っ赤にしちゃってぇ。本当に乙女なんだから」
「もう! アイラちゃん!」
「……ほほほ。まぁ、そういうことじゃ……」
おじいちゃんがどこか諦めたような目で宙を眺めている。
なんとなくだがおじいちゃんが凄いということはわかった。
(いや、色々と凄いことはわかってたんだけど、想像以上に、その、ね?)
誰に問いかける訳でもなく、そんな自分が納得するための言い訳じみた思考をしていると、話の矛先がこちらへと向いた。
「そういえば昨日のタケルくんの精霊化も私びっくりしちゃって、まさか同年代で精霊化できる人がいるなんて思ってなくって、その、尊敬します!」
「え、いや、そんなに凄いことじゃないよ。まだ全然制御出来てないし……。寧ろそんな状態で助けるなんて豪語してたのが、今思い返すと申し訳ないというかなんというか……」
キュウとの精霊化も本当に大したことでは無いのだ。
試しにおじいちゃんに教えてもらった、精霊化する際に必要な"祝詞"というものを唱えてみたら、何故か出来てしまい、制御できなかった魔力が暴発して森の一部を昨日のように融解してしまっただけなのだ。
「まあ何にせよ、結局私たちがタケルに助けられたって事実は変わらないしね。――本当に感謝してるわ」
アイラが真面目な顔で言ってくる。
今まで意識したことすら無かったが、どうやら自分は面と向かってお礼を言われるのが苦手なようだ。
顔から火が出そうだ。
出そうと思えば魔法的な意味で出せるけど、比喩的な意味で出そうということだ。
だめだ。
思考がおかしくなる。
「いやっ、そのっ、ど、どういたしまして?」
「プッ……。なに顔真っ赤にしてるのよ! あんた本当に昨日と同一人物?」
「昨日はなんだか感受性が強くなっててやけに強気になっちゃってたっていうか、なんというか、その……」
そういえば、昨日のあの感情が流れ込んでくる現象は何だったのだろうか。
攻撃の感知に関しても普段の訓練以上の精度だったような気もする。
正直あそこまで上手く跳弾などが決まるとは思ってもいなかった。
本当に今思い返してみると、よくも「絶対に助ける」などと豪語出来たものだ。
「なんか本当に申し訳ない……」
「そんな! 申し訳ないのはこっちです。その、薬のお代についても今すぐにお渡しするというのが難しいですし……」
そういえば対価がどうとか話をしていた気もする。
「別にお代なんていいのに――」
「いえ、そういうわけにもいきません! タケルくんに対する感謝は、正直お金や物で返せる度合いのものではないんです。そのうえ対価も払わないだなんて、ラグルスフェルト家の――いえ、一人の人間としてそんな不義理は出来ません!」
「そうだぜ! 俺はあの時のタケルに心底惚れ込んだんだ! 何か体を張ってでもお礼をさせてもらえないと逆に困るぜ!」
「いや、僕に男色の気はないんだけど……」
「ちょっとサキト……命の恩人をそんな目で見るだなんて……」
「サキトくん、いきなりそういう関係に迫ろうとするのは私もどうかと思うな……」
「ちょっ! そういう意味じゃなくって、心意気に惚れ込んだけど対価になるようなものは持ってないからって意味でっ――ていうかアイラとソフィアは俺に、そのっ……知ってるだろうが!」
「冗談に決まってるじゃない。ていうか本当に初心ねぇサキトは。さっさと告白しなさいよまったく」
「帝都に帰って合格貰えたらまた同じ学校になるわけですし、きっとチャンスがありますよサキトくん!」
「お、おう! そうだよな! 帰ったら今度こそ……ってそうじゃなくてだな! 俺に出来ることなら何でもするから、タケルも困るようなことがあったら何でも言ってくれって伝えたかったんだよ! 別に俺に男色の気はないぞ!」
「あはは、わかってるわかってる、冗談だよ」
確かに普通に考えたら命の恩というのは大きいものだろうから、ここで断るのも失礼に当たるかもしれない。
ここは一旦保留という形をとって、いつか困った時に助けてもらおう。
「まあ、また何か考えておくよ」
それにしても、これが俗に言う"恋バナ"なるものだろうか。
この歳になるまで恋慕の情というものを抱いたことのない――抱く余裕の無かった――自分にとってはあまりにも眩しい光景であった。
(目が潰れなくて良かった……)
サキトにアイラにソフィア。
話から察するに彼らはまだ学生で、これから帝都と呼ばれる場所に帰って試験か何かの合格をもらえば、進学でもするのだろう。
年齢的には前の世界でいう大学みたいなものなのだろうか。
「――学校か」
半年も森の中で暮らしていたために忘れかけていたが、自分も元の世界ではまだ学生なのであった。
未練が無いかと言われれば素直に頷くことは出来ないが、今の自分にはどうすることもできない話だ。
勉学に限った話ではなく、人が生きていくのにはどうしてもそれ相応の経済能力や技能が必要になってくる。
ただでさえ今の生活もおじいちゃんに頼っている状態だ。
そんな状況で自分本位なことを言うわけにもいかない。
(これ以上おじいちゃんに迷惑をかける訳にはいけない……。それに僕が居なくなったら――)
そんな思考を、先ほどまで黙って話を聞いていたおじいちゃんの声が遮った。
「ほほほ。色々聞きたいこともあるじゃろうが、飯が冷めてしまうぞい。真面目に話すのは食べ終わってからにしようぞ。サキトのボウズはおかわりはいるかいのぅ?」
「あ、お願いするッス!」
そういえば食事中であった。
湯気が立つほどに熱々だったスープも若干冷めてきてしまっているようだ。
せっかくのおいしい食事が冷めきってしまってはもったいないと、全員が再び食を進め始める。
その後は和やかに談笑をしながら、満足するまで食事を楽しんだ。
普段よりも明るく騒がしい食卓で、おじいちゃんだけはどこか思い悩んだ表情をしていたのであった。




