終章
魔王復活の報せが世界中に走ったのは、それから数日してからのことだった。
***
世界は再び魔王の手に落ちた。
動乱の国々をまとめあげた手腕は神速。
勇者を求める声が高まる。
そんな中、ひとりの青年が立ち上がった。
金色の髪に赤い瞳。
魔物の徴を持ちながら、正義を掲げる勇者として。
その勇者が魔王城にやってきた。
私は勇者に抱き付いた。
私にはわかった。
彼は私と魔王の子供だ。
「私の赤ちゃん」
やっとこの手に抱けた。
大きくなってしまったけども。
大切な我が子には違いない。
「なにを、言っているんだ」
彼がおびえる。
「その赤い瞳が証よ」
「この瞳が?」
「なにか感じない? 私達は親子よ」
「懐かしい気は、する」
彼も戸惑っていた。
私は彼の手をとって、魔王のもとへ向かった。
玉座の間に魔王はいた。
私が連れてきた青年をみて、魔王も両目を見開く。
私よりもなお魔力の強い魔王ならわかるだろう。
「我が息子か」
「父さん、なのか?」
「私の坊や、名前を教えて?」
私は二人の腕をとった。
「リィ…アドミラス・リィ」
「素敵な名前ね。でも、本当は私達が付けたかったわ」
「本当に俺の両親なのか?」
「そうよ!」
私が微笑みを向けると、リィは苦しそうな顔をして剣を抜いた。
そうして、私の胸にその剣を深々と刺したのである。
痛みを感じた。
だが、死ななかった。
なぜなら、私の心臓は魔王が持っているからだ。
「剣で胸を刺されても死なない化け物が俺の母親のはずがない」
リィの両目から涙がこぼれる。
「俺の母はミラーナ、父はいない」
リィが魔王に向き合う。
「やめよ、息子」
「俺は魔王の息子じゃない!」
私の胸からリィは剣を抜いた。
私は膝をついた。
どうして?
どうしてふたりが戦わなければならないの?
またあのときのように、私は大事なひとを失うのだろうか。
身体が勝手に動いた。
両者の間に立つ。
魔王の雷に打たれた。
リィの剣に刺された。
それでも私は生きていた。
「どうして戦うの? 私達は家族なのに」
「ティナ、ティナ、しゃべるな。いますぐ治す」
魔王が私の身体を抱きかかえた。
リィは地面を叩いた。
「なぜなんだ! なぜ俺が魔王の子供なんだ!?」
「ねぇ、リィ・・・これから一緒にいましょう。そして、たくさん話を聞かせて?」
「かあ、さん」
リィが私の手を握る。
大きな手。
魔王の手と同じく。
「世界なんていらない。私にはあなたたちがいればいいの」
こほこほっと咳をする。
血がこぼれた。
「ティナ、しゃべるな」
思ったよりも深い傷らしい。
魔王が傷をふさぎ終えたときには、リィも涙を流しつくしていた。
「俺は人間として生きてきた。恩義もある。だから魔王を倒そうと思った」
「・・・・・・」
「貧困な村で育ち、毎日が生き残るための戦いだった。世界が悪いのは、みんな魔王のせいだと言っていた。俺もそうだと思っていた」
「つらい生活をしていたのね」
「つらくない日なんかなかった。ミラーナがいなければ、俺は死んでいた。俺は40年生きてるが、見た目はどうだ? 二十歳にもなっていないようにみえるだろう」
「私そのひとに会ってみたいわ」
リィは首を横に振った。
「もう、死んだよ」
「そう…」
「俺はもう一度世界をみてくる」
「リィ?」
「何が正しいのか、はっきりこの目で確かめて来る」
私はリィを抱きしめた。
大きな大きな私の赤ちゃん。
「いってらっしゃい。すべてをみてきなさい。そして、いつか帰ってきてね」
それまで魔王と一緒に待っているから、と。
魔王はリィに魔力の一部を与えた。
「私の血を引いているのならば、魔のものはおまえに従うだろう」
「リィ、私の可愛い子」
私はリィの頬にキスをした。
「また逢う日まで」
「ああ、母さん」
リィが私を抱きしめる。
それから身を翻した。
「ねえ、魔王。あの子、あなたにそっくりだわ」
きっとモテるわね、と。私は冗談を口にした。
***
星歴3988年、蒼の月――。
世界は魔王の支配に下った。
しかし、世界から貧困はなくなり、争いも消えた。
平和が訪れたのである。
魔族も人間も亜人も。
等しくその権利を手に入れた。
すべては魔王の計らいで。
もう彼を魔王と呼ぶものはいない。