猫娘の魔物退治
犬人の村を経て家に帰ると、庭で陽子さんが掃除のモップを振り回していました。構えは槍でしょうか。低く構えて踏み出すと同時に斜めに突き出して、素早く退きながら上から薙ぎ払うように振って、そままま今度は上から突いて。「たいていの武器は扱える。いや、心得があればたいていの物は武器になるから」と言う陽子さん。魔獣暴走に向けて腕慣らしでしょうか・・・
魔獣暴走ではありませんでした。・・・どうやら数日前に珠子さんが聞き込んできた話の続きらしいです。隣の市の小学校や幼稚園の飼育小屋が荒らされているという話。夜中に網や戸を蹴破って中のウサギや鶏を切り裂いて殺しているらしいというのですが、珠子さんが聞いた話では「切り殺して、引きちぎって、血をまき散らして。ひどく悪質なイタズラか異常者の仕業じゃないかと警察が・・・」って。
昨晩は例の親分さんの知り合いが経営する幼稚園が襲われたそうです。市内で惨事が続いているので警戒するのは当然で、昨晩は親分さんの所から若いのが2人行ってて・・・夜中に襲われて、どうもその襲撃者が"フツウ"ではないらしいというのです。
幼稚園の警備だから日本刀や拳銃はマズいという事で、スタンガンと警棒を持っていたそうです。格闘や拳闘の心得もある者だから『たいがいの人間相手なら始末できる』はずだったのですが、夜中過ぎに出たのは怪物みたいに巨大な犬で、無事に撃退はできたものの2人ともけっこう怖い思いをしたらしいです。陽子さんの見立てでは、唯の犬ではなく、ひょっとしたら魔物かもしれないと。
「魔物って昔はけっこういたんだけどね、最近は出てないみたいだけどね。案外、錯乱とか異常なんたらとか言われてる中にはいるのかもしれないけどね。まあ、手練れの若い衆が普通の犬に後れをとることは無いだろうさ。」
「それで陽子さんの所に相談が来たんですか。」 なぜ? 陽子さんが妖狐って事は知らないはずですよね。
「闘ったうちの一人がケルベロスとか言い出してな、犬の姿をした怪物じゃないかって。まあ、こないだのホテルの幽霊のこともあって、私に様子見て来てもらえないかってね。まあ、見かけたらそのまま放って置くってのは無いから、それなりに片付けなきゃならんだろ。」 やはり、そういう方向の話ですか。しかし、モップで魔物掃除??
「えっと、魔物って人や動物が『魔』を持って成るんですよね。」たしか、そんな話だったはずです。
「魔性はな、元々いくらか持っている者もいるし、まわりの影響や自身の思いで発現することもある。魔性ってな、理性や知性とは相反するものだから、心が弱ったり何か執心すると落ちやすくなる。魔に落ちると元々の力が魔力に変わるので、力が強い者が落ちるとやっかいだな。」
「で、そのウサギとか襲っているのが、魔物じゃないかって事ですか?」
「夜な夜な飼育小屋を襲うって、ただ気性の荒い犬ではこんな事はしないよな。おそらく、兎や鶏を殺したい何かの衝動に捕らえられているんだろうな。」
「魔物って、魔を纏った生き物だから、死霊とかと違って打撃は効くからな。実際、顔を棒で殴ったのは効いたらしいしな。獣の姿らしいから、間合いの取れる武器が良さそうと思ったが、長物で戦うのはしばらくぶりだから、ちょいと体をほぐしてたところなんだよ。」 やはり陽子さんは魔物退治行くようです。モップを置くと今度は水道管を持ちました。今度は棒術ですね。鉄パイプが木の棒みたいです。近くを見ると、金属バットとか農具のレーキとかいくつか落ちています。手に合う得物を探しているのでしょうか。
「あ、その話。あたしの方が先だからね。おばちゃんから聞いて、魔物っぽいって思ってたんだから。」 珠子さんが割り込んで来ました。「幼稚園を荒らす悪いヤツは、この爪で成敗してやるよっ。」爪が一瞬で30cmぐらい伸びました。先がギラっと輝いています。鉄なら完全に違法な長さです。
「珠子が猫娘やるんなら、私は下駄を履いて行こうかね。」 どうやら再放送でやってるアニメのようです。
「若い女性が深夜に出歩いちゃいけないですよ。」 一応、僕は止めました。
「じゃ、ひょろ志、車で送ってよ。」 逆に送迎を頼まれてしまいました。
ちびたちも行きたがりましたが、夜遅いからと言って寝かせつけました。保温水筒に熱いコーヒー入れて、夜食がわりにお菓子を持って。2人には、安全のためと言って防刃ジャケットと手袋を付けさせました。陽子さんは鉄パイプを武器に選びました。珠子さんは盾のかわりと言ってポリバケツの蓋を持ちました。あ、陽子さんは下駄ではなくちゃんと靴履いてます。
珠子さんが気配察知を張って車の中で待機していると、魔物は2時頃にあらわれました。「ちょっと強い目ぐらいの妖気だね」と珠子さん。2人はウサギ小屋の前へ。僕は車内で待たせてもらいましたが、やはり結果はあっけなかったです。
ウサギ小屋に近づくのを待って、陽子さんが横薙ぎに一撃。立ち直って飛びかかってくる所を珠子さんがサイドステップしながら爪で斬擊。これで終わり。大型バイクぐらいに見えた魔物は、魔が解けたらしく縮んで大型犬の姿になりました。おそらく、飼い主が訓練のつもりで殺生させているうちに、犬が魔に落ちて、勝手に獲物を狩りだしたのではないかというのが珠子さんの推理。
深夜でしたが、親分さんの所へ事態解決の電話を入れました。それで「見回りの者が飼育小屋の前で死んでいる大きな犬を見つけた」事にして、翌朝園児たちがくる前に綺麗に片付けできたそうです。犬は毛並みが綺麗で野良では無さそうだが飼い主不明。誰が犬を斬り殺したかも不明。おそらく謎の飼い主が犬に兎や鶏を咬み殺させていたが、この晩は何かが起こり飼い主が犬を殺したのではないかというのが新聞の記事。警察は飼い主を捜しているらしいです。
補注:陽子さんはたいがいの武器は使えますが一番得意なのは薙刀です。珠子さんは武器を使えません。バケツの蓋は本人もネタのつもりです。




