9.ブレイクとの再会
久しぶりに来た執務室は、10年前とまた少し変わっていた。
色々なものの配置も少し変わっているし、書類や本がすごく増えている。
執務室にはブレイクだけがいた。
「ようこそお越しくださいました」
声は前と同じだ。
あたたかい気持ちになる、優しい声だ。
自ら扉を開けて丁寧にお辞儀をされる。
アディノスが邪魔でよく見えないけど、私も後ろの方で頭を下げた。
「ふん。あれだけしつこく言われたらな」
「許可を頂ければ出向きましたのに、このような場所で申し訳ありません」
よく聞くと少し声の感じは変わっている。
さらに低音になって、前より……疲れているような。10年経ったのだから、そりゃお互い歳を取るか。
すっと目の前に手を伸ばされる。
え、と思わず目線を上げると、ブレイクと真正面から目が合った。
わぁ……めっちゃイケおじ。——いや、失礼か。まだ40にもなってないのに。
目の下にクマもあるし、どことなく疲れた顔をしているからすこし老けているように見える。けれどそれさえも魅力的だ。漆黒の髪は相変わらず艶やかに光っている。
疲れは見えるものの不健康な感じはなくて、体も鍛えてるのが服を着ていてもわかる。背筋はまっすぐで独特の威厳というか雰囲気がある。
琥珀色の瞳が優し気に私に向けられているのを見ると、怖いという噂は当てにならないなと思った。
「またお会いできて光栄です、妖精の姫君。——といっても、覚えてないかな。君はまだ5つだったから」
覚えてる——と言おうとしたら、アディノスがどかどかと大股で歩いてソファに座った。そっちに気を取られて返事をできずにいたら、ブレイクが続けた。
「君をひどく恐がらせてしまったんじゃないかと心配していたんだ。怖い記憶として残っていなければいいが」
「怖いだなんて」
その気遣いにもびっくりする。
そうか、あの時ナノリアは泣いたまま眠ってしまったから。
「こちらへ」
あ、これはエスコートか。されたことが無いから分からなかった。
手の角度的に握手じゃないもんな。そっと手を乗せてみる。
「あっ、私の手、汚……」
雑巾掛けのせいで荒れてる。
咄嗟に引っ込めようとしたのに、きゅっと握られる。そのままふっとブレイクが表情を緩めた。
「汚くなど。小さくて、可愛らしい手だ」
顔に熱が集中する。もう……こういう事をさらりと言っちゃうんだから。
恐ろしい、大人の男性だ。
だってほら——あそこにいるぼんくら王子はソファに座って足を開いて、不機嫌さをアピールするのに忙しい。
そういう態度が人間を小さく見せるってわかんないのかしら。
幸いなことにアディノスとは離れた対面のソファに座らせてもらえた。ブレイクは対面に座る私たちの横、一人掛けソファに腰を下ろした。
「さて、本題に入る前に——やっと会えましたね殿下」
声を掛けられたアディノスは腕を組んだまま返事をせずにいる。
「国政会議にいい加減出てください。来年の4月には即位の儀を行いますよ」
「そう急がなくてもいいだろう。早くする必要性を感じない」
「殿下。私は元々、殿下が成人するまで、という約束で摂政の位に着いたのです。ドローネ王からもそのように遺言されたのはご存知でしょう」
「聞き飽きたさ。でもな、今で全く問題がないのに、そんなに急いで俺が即位する必要があるか?」
ブレイクが眉を寄せた。
「殿下がせめて国政会議に参加して下さるのなら、あと数年は待てましたが」
このぼんくらは、書類から逃げるだけではなく会議にすら出ていないのか。呆れてしまう。
蓄積された目の下のクマを持つブレイクに対して、肌艶がよくて超健康そうなアディノスを見ると、いかにブレイクに負担が集中しているのかがよくわかる。
「私を簒奪者にでも仕立て上げるおつもりですか」
「なんでそうなる」
アディノスは馬鹿馬鹿しいと吐き捨てたが、あながち見当違いでもないように思う。
ここに来るまでにパウラに色々と聞いた。集めた情報によると、この王子は外面だけは良くて、城内での評判はすこぶるいい。使用人からの評判はかなり悪いけど、家臣、貴族らに対してはその能力の高さと外面の良さを活かした社交術で人気が高いのだ。
一方ブレイクは清廉潔白な国政を運営している手前、融通が利かないだの、期限付きの摂政の癖にと何かと当たりが強い。——まあ、面と向かっては誰も文句を言えない程有能なんだけど。
アディノスが成人しても即位しなかったら、ブレイクに王位を狙う二心あり、という構図ができかねない。
「私もそろそろ公爵領に戻らねば。もう10年も父に任せてしてしまっている」
ブレイクはかなり本気のようだ。それを見たアディノスは大袈裟に胸の前で手を組んだ。
「貴殿には本当に感謝してるんだ。父が亡くなった時、俺はあまりに幼かった。この10年自由にさせてもらって」
「……まあ、子供時代というのは、大切ですからね」
「そう、大切なんだよ」
アディノスは大層にそう言ったが、ブレイクの前だと、宿題から逃げて虚勢を張っている子供にしか見えなかった。




