19.腰巾着ポール
トリスタンとルイーナはそれぞれ自室で食事をしているらしい。
朝食の席には私とブレイクしかいない。
調子が悪いのかと心配になったが、よくあることだと言われ、何となく聞きづらくて聞けなかった。
せめて私がここに来た役目を果たさないと、と思う。
私はそっとカトラリーを置いた。
「あの、ブレイク様が言っていた天幕ですが。お屋敷から見えるんでしょうか」
朝、また窓から外を見てみたけど、よくわからなかった。朝もやが僅かに残るだけで、黒い雲もない晴れ渡る青い空だ。
「——昔は見えたらしいけど、最近では麓からはあまり見えないんだ。限りなく薄くなった天幕が、垣間見える、それも一部に——といった具合だ。もっと山に登れば見える」
「じゃあ、山まで行くんですか?」
身を乗り出す私に対して、ブレイクは優雅にお茶のカップを口に運ぶ。
「そんなに急がなくてもいい。まずはゆっくり休んでから」
「私は元気ですけど」
あ、でも、ブレイクも忙しいんだった。
「——また、ブレイク様の都合のいい時に、一緒に連れて行ってもらえれば」
「頼もしいな。こんなに積極的に力になってくれようとするなんて。ありがとう」
そう言いながらブレイクは器用にサラダとハムを食べている。その仕草も優雅だ。
優雅——そう、ブレイクからはあまり必死な様子がない。急ぐ様子がなくて不思議に思う。
「私、このために来たんですよね」
「ああ。ただ……天幕が一体どういうものなのかもわからないし、自然現象かもしれない。以前も言ったと思うが、あまり気負わずにいてほしい。——君にはここで、少しゆっくりと……何というか、羽を伸ばしてほしいと思っているんだ」
珍しくブレイクが言葉を選ぶように、言い悩んでいる。
羽を伸ばす……どういう意味だろうか。
妖精の力を借りたかったのではなく、私を連れてきたかったというようにも取れる。
戸惑いが伝わったのか、ブレイクは困ったように笑った。
「そうだな。今日は少し街の外れへ足を延ばしてみようか。景色のいい場所があるから」
「…………はい」
釈然としなかったけど、取り敢えずお客さんな私はゆっくり頷いた。
動きやすい服に着替えて出ておいでと言われて、セレナらに手伝ってもらって着替えを済ませる。
簡単な、町の人が着るようなワンピースだ。初めからこれでよかったのにとも思う。
「ありがとう、行ってきます!」
「あ、お送りします」
「玄関を出た所って言われたので、すぐだから、大丈夫です!」
髪を一つにまとめてもらって、私は部屋を出た。
セレナらは片付けに忙しそうだったから、外に出るくらい見送りはいらない。
もともと内城でも一人で行動していたし。付き添われるっていうのがどうも苦手で。
それより、ブレイクと二人で出かけるのがすごく楽しみだ。
自然と顔が緩む。
「——おい」
突然、ぬっと廊下から影が出てくる。
驚いて止まったのに、そいつは私の肩をドン、と押した。
「楽しそうだな、ナノリア」
「あ……」
よろめいて、尻餅をつきそうになって何とか踏みとどまる。
薄暗い茶色い髪と目、そばかす顔で釣りあがった顔。
見覚えがある。王城から付いてきた護衛騎士のうちの一人だ。
そして、アディノスの腰巾着の一人——監視を付けると言った、そいつだ。
わざと近い距離から私を見下ろして、腰の剣に手を掛けている。
こんなところで剣を抜く事なんてできないくせに、私を威嚇するためだけにそんな動きを見せてるんだ。
「ポール……」
「ポール、様、だろう?」
ざ、と一歩踏み出されて、こちらも一歩下がる。普通に近づきたくないからなだけだけど、こいつは私がビビってると思ってるみたいだ。
前はそうだったかもしれない。アディノスには絶対に逆らえないから、その取り巻きらにも何を言われるかびくびくして。
——今は違う。
こんなちんちくりんの小さい男——私よりは大きいけどブレイクに比べると貧相だ——の事なんて、全然怖くない。
「私、ブレイク様に呼ばれてるの」
ポールは明らかに不機嫌そうに顔を顰めた。
「お前……高価な服を着せられて、摂政殿下と共に食事をして、それだけでいい気になってるんじゃないだろうな?」
「……………」
どうしたらいい。ここで反抗的な態度をとるよりは、取り敢えずやり過ごしていた方がいいのだろうか。
「あまり羽目を外しすぎるなよ? 適当にして切り上げて帰れって言われてるだろうが。アディノス殿下の不興をかいたくはないだろ」
そう言えば私が絶対服従すると疑っていない。
この下品な笑みを見ると、ああ、本当にナノリアは長い間アディノスの言いなりになって来たんだなと思う。
こんな、弱い立場の者を痛めつけて悦に入るような、最低な人間に。
「……………」
「とりあえず、お前、摂政殿下に言っておけよ、俺を護衛騎士にしたいって」
「護衛騎士……?」
「公爵家の騎士ばっかで固めやがって、お前ごときに近づけねえんだよ。ったく、面倒な」
そうなんだ。ブレイクはどうしてそんな——。
「それにしても、お前、ちょっとは見れるようになったじゃないか」
ポールが私の頭から足元まで、舐めるように視線を寄こしてくる。
うえ……気持ち悪い。
「俺が相手をしてやろうか? 殿下に捨てられたら」
「は」
寒気が一気に背中を駆け上がる。嫌悪感が吐き気と共に押し寄せてきた。
思い出した。こいつ、私の羽をごしごしとブラシでこすった奴だ。
「ゴミクズ」
あ、しまった。つい口をついて出てきた——。
「なんだと……?」
ポールの手が伸びてくる。走って逃げられるか……?
そう考えた時。
「ナノリア様!」
パウラが向こうから駆け寄って来た。すっとポールの手が引っ込められる。
「陽射しがありますので、帽子をお忘れです」
「あ、ありがとう……」
「いいか、ちゃんと言っておけよ!」
人目を気にしてか、ポールはそれだけ言って、歩き出し立ち去ってしまった。
パウラが警戒した目をそれに向けてる。わざと大声で来てくれたんだ。
「ありがとう……」
改めてパウラにお礼を言う。
うん、目立つから親指立てないで。
パウラは私の頭に大きな麦わら帽子をかぶせてくれた。
「——こんなこと言っちゃなんですけど、ナノリア様、男見る目ないですよ」
「や、あいつは……う、うん」
返す言葉もなかった。




