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「俺はやっぱりゆいさんの魔力が原因だと思います。俺は阻まれて向こう側に行けませんから」
「うーん、でもね、そもそも私に魔力なんてないのよ。私の世界には魔力なんて存在しないの」
「……私の世界?」
「ルーク君は気が付いていなかったんだ。驚かないで聞いてね。どうやら私とあなたは違う世界の人間みたいなの」
「違う世界の人間ですか?」
「ええ。私は日本という国に住んでいるんだけど聞いたことある?」
ルーク君は首を横に振る。
「聞いたことないです」
「ちなみにここは何て国なの?」
「国の名前はアイゼングレーグです」
「あれ? ルーク君が通っている学校と同じ名前なのね」
「はい、そうです。アイゼングレーグはこの国を建国した国王の名前で、俺が通っている学校はその初代国王が作った学校だ……です。アイゼングレーグはとても強い騎士の王様だったんですよ」
「そうなんだ」
「アイゼングレーグは歴史ある大国なんだけど。本当に知りませんか?」
「……ごめん、聞いたことない。やっぱり私達は違う世界の人間みたいだね」
腕を組んでううんと唸りながら穴を見ていると、穴に近付いて通り抜けることが出来ない穴を触っていたルーク君が「そうだ」と手を叩く。
何か良い考えが浮かんだのかな?
どうしたの?とルーク君に近寄るとルーク君は一瞬身体を震わせた。突然近付いてきた私に驚いたらしい。
「……あの、どうやって二つの世界が繋がったか再現してみませんか?」
「再現?」
「そうです。この穴が空く前にゆいさんは何をしていたんですか?」
ルーク君に言われて自分の行動を思い出す。
「お風呂から上がって、ビールと唐揚げと枝豆を持ってきたのよ。それで確か壁に寄り掛かった時にドンって音が壁の向こうから聞こえて……」
そうだ。
何かが壁にぶつかったのかなって思って、壁に手をついて耳をあてようとしたんだ。そう、こんな風に……
今は壁が消えてしまっているので、壁があるつもりで身体を寄せるふりだけする。すると不思議なことに壁に空いていた穴が消えてしまい、ルーク君の部屋は暗くなってしまった。蝋燭の光があるから真っ暗ではないが、ゆらゆら揺れる小さな光源だけじゃとても心許ない。
あまり大きな穴じゃなかったが、私の部屋の照明がこちらの部屋も照らしていたのねとどうでもいいことを一瞬考えていた。
いや、今はそれどころじゃないぞ。
「きっ、消えちゃったっ!? ちょっと待って、私こっち側に残っちゃっているんですけど……」
「待って下さい、落ち着いて、ゆいさん!」
ひぃーっと悲鳴をあげながら焦って壁にしがみついた瞬間、消えた穴が再び空いた。
もちろん身体を支えてくれるものは何もないので私の身体はルーク君と部屋とは別の世界、つまり日本の自室の床に倒れ込んでしまう。ルーク君の制止を聞いておけばよかった。そう言ってもパニックになりかけていてルーク君の声が全然耳に届いていなかったのだけれども。
床に倒れ込んだままの私を「大丈夫ですか?」とルーク君が心配そうな顔で見ている。
「だ、大丈夫……思ったより簡単に穴が開いたり閉じたりするね」
「助けたかったんですけど、間に合いませんでした。ごめんなさい」
「謝らないで。私が取り乱しちゃったのが悪いよ。こちらこそ驚かせてしまってごめんね」
いい大人がひぃーって悲鳴あげちゃったよ。
恥ずかしさで少し頬が熱い。心配そうな顔をしていたルーク君だったが、起き上がって恥ずかしそうに笑っている私を見て安心したようだ。伸ばしかけていた手で私が倒れていかないように掴もうとしてくれていたことが分かる。
「ありがとう、ルーク君」
お礼を言ってもルーク君の反応は悪い。
私が勝手に慌てて倒れただけなのであまり気にしないでほしいのだが。
「……それにしても、やっぱりこの穴は私がやったってことになるのかな?」
「その可能性が高くなりましたね」
「うーん、不思議だわ。どうなっているんだろう」
私が触れたら壁が消え、もう一度触ると消えたはずの壁が現れる。
やっぱり私なの?
「ちょっと待って! 違う壁でも試してみよう。今度はこっち側の壁でやってみるよ」
ルーク君の世界と繋がっている壁とは反対側の壁に同じように手をつき、耳をあててみる。しかし隣の部屋に住む女性が誰かと話している声が聞こえるだけだった。女性一人の声しか聞こえないから電話でもしているのかな?
暫く壁にくっついたままでいたのだが何の変化も起きない。これじゃあ、ただ隣の部屋の音を盗み聞きしているだけになってしまうと気が付いて慌てて壁から離れた。
「こっち側だと何も起きないね」
「……そうですね。今更俺が言うのも何だけど、もしそっち側でまた別の違う世界に繋がったらどうするつもりだったんですか? 危ない場所だったりしても、俺此処から出られないから助けにも行けないんですけど」
「その可能性は思いつかなかったよ」
「自分で制御や理解していない魔術は何が起こるか分からなくて危険です。もう、無闇にやらないほうがいい」
「う、うん。そうだね」
ルーク君の紫色の瞳が少しだけ悲しげに歪んで見える。どうしたんだろう。
瞳を伏せたルーク君はテーブルに乗っていたお皿とマグカップを持ってきてくれた。
「この穴の閉じ方も分かったので、ゆいさんは寝た方がいいです。ずっと思っていたのですがあまり顔色が良くない」
「確かに寝不足ですごい顔してるかも。ルーク君の言う通り今日は早く寝ようかな」
食器を受け取ると欠伸が出た。
お風呂に入る前に飲んだビールがここにきて眠気を誘っている。あれたった一本だけど疲れた身体を眠らせるには充分らしい。
「……俺、初めてでした。初対面の人にこんなに優しくしてもらったの」
「えー? 大したことしてないよ」
「俺にとっては大したことです。ゆいさんに優しくしてもらったこと、俺きっと一生忘れません」
「大袈裟だって」
「ありがとうございました」
深々と頭を下げられて吃驚してしまった。
そんな特別なことをしたつもりがないので「どういたしまして」と肩をぽんぽんと叩く。それでも中々頭を上げてくれなくて困ってしまう。
「上着をお返しします」
「いいって、この部屋寒いから着ていて。次会った時に返してくれればいいから」
「……え、次?」
「うん、次。ルーク君も早く寝た方がいいよ。明日は学校?」
「学校です」
「寝不足はまずいよ。それじゃあ、おやすみ」
食器を自分の部屋のテーブルの上に置き、おやすみとルーク君に手を振ると「おやすみなさい」と慌てたように手を振り返してくれた。
その後すぐに壁の穴を消し、使用した食器とまだ開けていないビールを持って台所に向かう。ビールを冷蔵庫に戻し、手早く洗い物をすませてベッドに横になった。
眠くてうとうとしながら美味しそうに食事をしていたルーク君を思い出す。母親が生きていた時は朝から晩まで働きっぱなしだった母親のために食事の準備するのは私の仕事だった。
「誰かの食事を準備するの久しぶりだったな」
食欲旺盛なルーク君と母親の姿が重なった。
母親は「ゆいの作る料理が世界で一番美味しい」とよく褒めてくれた。それがとても嬉しくて私は料理を作るのがどんどん好きになったのだ。
就職してからは料理を楽しむという感覚を忘れ、ましてや誰かのために料理なんてしてこなかった。簡単なピザトーストだったけど、作ったものを誰かに喜んで食べてもらえるのってやっぱりいいなって改めて思う。




