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すごいスピードで唐揚げを食べ終えてしまった子どもに今度は枝豆を渡す。枝豆を一つ手に取りふにふにと感触を確かめている子どもの前で一つ試しに食べて見せると枝豆も次々に食べ始めて皮だけが残った。
それでも空腹が収まらないのか残った皮をじっと見ている。今にも皮を食べてしまいそうな雰囲気に少し焦ってしまった。
「それは食べられないよ」
「そう……ですか」
「ちょっと待ってて! 何か食べられるものを持ってくるから」
「いや、平気だ。美味しい食事をありがとうございました」
「いいのいいの。遠慮しないで」
再び自分の部屋に戻りながら、何かすぐに食べられるものがないかと今日スーパーで買い物をしてきたものを思い浮かべる。
「あっ」
台所に行きかけた足を止めてクローゼットの方に行く。
冬物の服を仕舞っていた箱の中から裏起毛の大きめなパーカーを取り出して子どもの所に戻り、目をぱちくりさせている子どもにパーカーを着せた。
「この部屋少し寒過ぎるからこれを着て待っててくれるかな?」
「あの、俺が着たら汚れて……」
「汚れたら洗うから大丈夫よ。これだけじゃ寒いかもしれないけど」
「……いえ、とても温かいです」
「何か温かい食べ物を探してくるからね」
ちょっと待っててねと言って今度こそ台所に向かう。
今日は晩ごはんを作る予定じゃなかったから大した食材を買っていなかったし、何よりお米を炊いていないんだよね。仕方ないから明日の朝食に食べるつもりで買ったパンでピザトーストを作ろう。コーンスープがあるからお湯を沸かし、ピザトーストに乗せる具材を切っていく。ハムにピーマンに玉ねぎを適量切り、厚切りのパンにトマトソースを塗り具材とチーズを乗せてトースターに入れた。二枚も焼けば足りるかな?
ピザトーストのチーズに軽く焦げ目が入ったのを確認し、マグカップにコーンスープの粉を入れて熱々のお湯を注いでスプーンでかき混ぜる。お皿にピザトーストを移せば完成だ。
「おまたせ」
マグカップとお皿を持って穴の先にいる子どもに声をかける。
サイズが合わないパーカーを着た子どもはまだ床に座ったままだ。蝋燭が置かれたテーブルの上にマグカップとピザトーストが乗った皿を並べた。
私の後を追うようにふらりと立ち上がった少年は湯気が上がっている食事を見つめている。
「どうぞ。熱いから口を火傷しないように食べてね」
「い、いただきますっ!」
子どもは椅子に座り、勢いよくピザトーストにかぶりついた。
火傷注意と伝えたが無駄になってしまったかもしれない。アチッと言いながら口に詰め込むスピードが早い。一枚目のピザトーストが食べ終わると今度はコーンスープの方に興味を示している。
「コーンスープは熱湯を入れているから本当にゆっくり飲んでね」
「はいっ! うわっ、本当に熱い」
マグカップを触りスープの熱さを感じ取ったらしく、ふーふーと一生懸命息を吹きかけて冷ましている姿が可愛らしい。
「ねえ、遅くなっちゃったけど私の名前はゆい。あなたの名前を聞いてもいいかな?」
「俺の名前はルークです。アイゼングレーグ騎士学校の一年です」
「騎士学校?」
「はい」
「……男の子でいいんだよね?」
「はい。十三歳です」
マグカップのハンドル部分を持ち少しずつ飲んでいる子どもはルーク君といい、どうやら男の子だったようだ。
私より十歳年下で騎士学校……騎士か。日本に騎士学校があるなんて聞いたことないよ。緑色の月が見えていた窓に近寄り、そこから外を覗いてみる。
外は真っ暗だ。ぽつんぽつんと灯りがついている家もあるが、緑色の月に照らされた建物はどれも低く、私のアパート部屋から見える景色とは全く違った。
やはりここは日本、というか地球じゃないんだと思う。
「ご両親は?」
「俺は孤児だから親はいない、です」
「……そうだったんだ。ごめんね、辛い話を聞いちゃって」
「俺みたいに親がいない子どもはたくさんいるから気にしないで。俺は運が良い方だし……本当なら騎士学校に通えるような身分じゃないけど、魔法が使えたから騎士になれるかもしれないし」
「え? 魔法?」
「はい。魔法力が高かったから騎士になるために騎士学校に通っています」
ルーク君が人差し指を一本だけ立てると、指先からパチパチと金色の火花のようなものが出た。
「……すごい、それが魔法の力?」
「ゆいさんも結界を張れるんだから魔法を使えるんじゃないんですか? それよりあの穴……あんなの初めて見た。別の空間と繋げるなんてすごい。どうやってるんですか?」
「ちょっと待って! あれをやったのは私じゃないよ。ルーク君がやったんじゃないの?」
「いや、俺はまだ学生だからあんな高度なことは出来な、ません」
「……ルーク君より年上だけど、無理に敬語を使わなくていいよ」
一生懸命丁寧な言葉遣いで私に接しようとしてくれているが、所々おかしくなっている。無理しないで良いんだよと言ったら「そういうわけにはいきません」と断られた。
「それじゃあ話を戻すけど、あれをやったのは本当にルーク君じゃないの? 怒らないから教えてくれない?」
「本当に俺じゃないです。こんな美味しいご飯を食べさせてくれたゆいさんに嘘なんか絶対につきません」
「ごめんね、疑っているわけじゃないんだけど……えっと」
話している最中にぶえっくしょんとくしゃみが出てしまった。
ルーク君がした可愛らしいくしゃみじゃない、ちょっとオヤジっぽいやつが出て恥ずかしい。寒い寒いと思いながら何度も部屋を行き来していたのにルーク君に上着を着せることで満足し、自分のことをすっかり後回しにして忘れていた。
「あっ! すみません! 俺がゆいさんの上着を借りてしまったせいで……寒いですよね、今すぐ脱ぎます」
「大丈夫だよっ! まだあるから取ってくる。ルーク君はそのまま着てて」
パーカーを脱ごうとしたルーク君を押し止め、自分の上着を取りに行っているうちにルーク君はピザトーストもコーンスープも食べ終えていた。
「満腹でお腹の中が温かいです。こんなに美味しい食事を食べたのは初めてです。ゆいさん、ありがとうございました」
「どういたしまして」
お腹を撫でながらにこりと笑ったルーク君に微笑み返す。
満腹になると幸せだし、それが美味しい食事なら尚更幸せだよ。ただのピザトーストとコーンスープで申し訳無いのだが、喜んでもらえたのなら私も嬉しい。
皿の上にマグカップを重ね、さてこの穴をどうしようかと私達の視線は同じ場所に向けられていた。