34
「それで、それで? 一体なんて言われたの?」
大盛りのごはんが入ったお茶碗を手渡しながらルーク君に質問する。
「別にたいしたことは言われてないですよ。これからもしっかり精進するようにと言われただけです。あと今後の成長を期待すると」
「えー!? それってすごいことだよね!」
「まぁ、そうですね。陛下に声をかけてもらうことなんて俺みたいな平民にはまずありませんから」
ごはんを受け取ったルーク君がいつも通りすぎて首を傾げる。
ルーク君の活躍で大盛り上がりだった学校交流大会は巨鳥に会場を破壊されたこともあり中止となってしまった。
部屋の中でいったい何があったのか気になって質問してもルーク君の返事はあまりに冷静なものだった。興奮しているのは部屋の外で待機していた私達で、いろいろ質問したのにルーク君の返事は「まぁ」とか「うん」とかあまり嬉しそうじゃない。実際、ただの学生が王族に声をかけられるなんて滅多にあることじゃないとロアーノが言っていた。部屋の中にはルーク君達の国の国王陛下がいたわけで……ものすごいことだと思うんだけど。
「ルーク君、ちょっと冷静すぎるよー」
「そんなことより俺は目の前のご馳走の方が気になっています」
ルーク君お疲れ様会ということで私達は二人で焼肉パーティーをしている。
お肉屋さんに厳選焼肉セットを頼んでおり、美味しそうなお肉を次々ホットプレートに並べていった。
お祝いごはんといったらお寿司か焼肉か……どんなごはんか説明して、どちらが食べたいかと質問したら散々悩んだルーク君は最後まで迷いながら「お肉が食べたいです」とのこと。
つまりルーク君のリクエストにお答えして焼肉となったわけだ。
「ごめん、ごめん。すぐに焼いちゃうからね」
ジューッとお肉を焼いていく。
煙の出ないホットプレートを買ったが、窓も開けて換気もばっちりだ。
特別に良いお肉を買ってきたので、焼きすぎないように注意してホットプレートを見ていたのだが正面に座っていたルーク君も真剣な表情で焼けていくお肉を見てそわそわしている。
「はい、まずは牛タンからどうぞ。ねぎ塩だれも作ったからそれで食べてみる?」
「はい」
ルーク君の前にある三連の小皿に焼けた牛タンを置き、こうやってとねぎ塩だれをかけてみせる。
ねぎ塩だれがこぼれないように箸で器用に牛タンをつかんで口に運んだ。
「うまっ!」
「美味しい? よかった。じゃあ次々焼いていくねー。違うお肉も焼こう。これは、牛カルビかな?」
「はい! あ、ゆいさんも食べてください」
「主役が遠慮しないの。私もつまみながら焼くから……あ、サラダとごはんも食べてね」
お肉屋のおばさんが若い男の子は豚肉大好きよなんて言って豚肉も多めに入っている。
豚バラにハツにレバーに豚トロもある。
「豚肉も焼いていきますよ。こっちのお肉はしっかり焼いてから食べてね」
何種類かずつホットプレートの隙間に並べていき、焼けたお肉をどんどんルーク君の取り皿に載せた。
ルーク君は私に言われた通りサラダもごはんもしっかり食べていた。大きなお茶碗のごはんは大分減っている。もう少しでおかわりかな?
「あ、そういえば……ふふ、今日のルーク君まるで王子様みたいだったよね」
「……えっ、王子様?」
「ほら、お姫様からほっぺにキス」
思い出して笑ってしまう。
部屋の中からルーク君と一緒にあの可愛らしいアンジェが出てきてなんとルーク君に抱きつき、頬にチュッとキスして恥ずかしそうに走って逃げるという事件が起きたのだ。
「可愛らしい子だったよね。」
キャッキャッと笑いながら走りさるアンジェは幼いながらに恋する女の子だった。
きっと大活躍したルーク君の姿に憧れの気持ちを抱いたのではないだろうか。
「……子供じゃないですか」
確かに今は子供だが、数年後には絶対美少女になるだろう。
年頃の少年をからかいすぎるのはよくない。にやにやしてしまうのを堪えながら「そうだね」と肯定してお肉を焼くことに専念することとしよう。
「はーい、次のは塩胡椒でもいいし焼き肉のタレにつけても美味しいよ」
「はい!」
「んー、おいしいね。お肉がすごくやわらかい」
「ゆいさんが作ってくれるごはんはいつも本当美味しいです」
「ふふふ、これはお肉を焼いているだけなんだけどね」
「お弁当も本当に美味しかったですし」
「ルーク君がそう言ってくれるから作り甲斐があるよ。お弁当も全部食べてくれたもんね」
多すぎか? と少しだけ心配したお弁当もルーク君はぺろりと全て食べてくれた。
「当然です!」と胸を張るルーク君のお茶碗は空になっている。自然と笑みが溢れ、おかわりするよね? と声をかけると「お願いします」と控えめに差し出されお茶碗を受け取る。
何を食べても美味しいと言ってくれるルーク君だが、本当に好みのものを食べる時は白米を食べるスピードが違う。お肉屋さんのおばさんが言った通り若い男の子は豚肉大好きというのは間違いではないらしい。もちろん好き嫌いはあるだろうけど、シンプルに塩コショウかけるだけでも美味しいからね。
鼻歌を歌いながらお茶碗に大盛りごはんをよそう。
「そういえば、巨鳥? すごく大きいんだね。現れた時はびっくりしちゃった」
「そうですね。でも巨鳥は中型魔獣で、あの個体はまだ若かったからそこまで大きく育っていなかったんです」
「……あれで中型?」
大型はどれだけの大きさなんだろう。
想像しただけでぶるりと震えてしまった。
「大型魔獣はめったに現れることはありません。でも一度現れれば厄災となり人々を苦しめる……それを討ち倒すために騎士がいる」
遥か昔、ルーク君が住む国を建国した初代国王アイゼングレーグは厄災といわれる大型魔獣を上回る超大型魔獣を討伐して根城だった場所に国を建てた。そこから始まり、子孫が魔獣に怯えることなく豊かに暮らせるような国を作ると宣誓し、現在までそれが続いている。魔力がある子供は騎士学校で学び、国のために騎士となり、国を守る。
それがアイゼングレーグで生きる者の義務であり誇りだ。
「……騎士って本当にすごいのね」
「俺も立派な騎士になれるように努力します。初代国王のアイゼングレーグのように」
「ルーク君ならきっと立派な騎士になれるよ。よしっ! もっともっと強くなれるようにごはんをたくさん食べないとね。はい、どうぞ」
「はい! ありがとうございます」
おかわりの入ったお茶碗を手渡すとルーク君は輝く笑顔を浮かべた。
ルーク君は将来きっと逞しくて立派な騎士になるだろう。どんな成長を遂げるか楽しみだが、今この瞬間のルーク君は私が独り占めしている。美味しそうに食べる姿を目に焼き付け、穏やかな時間を楽しんだ。