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テオドールの説明を聞いている時に突然バルコニーに人が飛び込んでくる。
「ゆいさんっ!?」
バタバタと慌ただしく登場したのはルーク君だ。
「あれ? ルーク君どうしたの?」
「下から見えたんで……大丈夫ですか? ケガしていませんか?」
乱れた呼吸を整え左胸の前に手を添え、軽く頭を下げるルーク君が私を隠すように前に立つ。
「……この人は俺の大切な人です。乱暴なことをしないでください。罰が必要なら俺を罰してください」
守ろうとしてくれている。
前に立つルーク君に近寄り肩に手を乗せ、大丈夫だよと声をかけようとして息を呑んだ。
頭を下げてはいるがルーク君の鋭い眼光は隠しきれていない。同じくルーク君を見るジェイクの射るような視線に震え上がってしまった。目には見えない何かが二人の間でばちばちしていて怖い。
「あー、お兄様! こんなところにいらっしゃったのね。なんでアンジェのところにきてくださらないの?」
「あーあ」と呆れた顔をしていたテオドールの背後から小さな少女が現れた。テオドールの腰に抱きつく幼い少女の突然の出現に、一触即発だった場の空気が霧散する。
光りのように輝く銀色の長い髪が風にふわふわと揺れ、鮮やか緑色の瞳はまるで輝く星のようだ。華美なドレスを身に纏い、花の飾りとレースのリボンで出来た髪飾りを頭の両サイドにつけた可愛らしい少女は、まるで物語から飛び出してきたお姫様のようだ。
髪の色も瞳の色も、風貌もどことなくテオドールに似ている。お兄様と言っていたし、テオドールの妹なのだろう。
少女の後ろにはメイドのような服装をした女性とテオドール達とは違う色の騎士服を来た男性が数人控えていた。
「やぁ、アンジェじゃないか。こんなところでどうしたんだい?」
「もう! お兄様を探しにきたのです。お父様達もお待ちになっているのに、こんなところで何をしていらっしゃったのですか?」
ぷくっと頬を膨らませるアンジェを軽々と抱き上げたテオドールがごめんと謝ると、アンジェはすぐに愛らしい笑みを浮かべた。くるくると変わる表情を見ている周りも微笑ましい気持ちになっているのは、つられるように瞳を細めて見守る眼差しの優しさが物語っている。
アンジェはそれからちらっと私とルーク君を見つめながら首を横に傾け、「この人たちはだぁれ?」とテオドールに質問をしている。
「ジェイク、いつまでも学生に意地悪をしているんじゃない。元を辿ればジェイクにも非があるだろう。では、せっかくアンジェが迎えに来てくれたんだから父上達に挨拶へ行くことしよう」
「……承知いたしました」
「きみにも忠告しておこう。もう少し感情を表に出さないようにすることを学ぶべきだ」
「……ご忠告感謝します」
互いが不承不承といった感じではあったがテオドールの言葉に頷いていた。
その後アンジェを抱っこしたままのテオドールは、騒がせて悪かったねと私に謝罪の言葉を残して一行を引き連れてバルコニーをあとにした。
「痛いところはないですか? ゆいさん」
バルコニーに二人だけになるとルーク君はようやく振り返る。
眉が下がり、不安そうな表情で私を見たかと思ったらルーク君は頭を深々と下げた。
「ごめんなさい……俺が交流大会を見に来てほしいなんてお願いしたから。俺のせいです。ゆいさんにとってここは違う世界なのに、俺が近くにいたら絶対あんな乱暴なこと……」
「ストップ! ストップ! 大丈夫だよ。ルーク君、少し落ち着いて」
こっちを見てと腕を引くと躊躇うようにのろのろとようやく私を見た。
紫色の瞳は揺れ、苦しそうに下唇を噛む仕草は年齢よりもルーク君を幼くみせる。ふーと息を吐き出し、ルーク君を長椅子に座らせてその横に私も座る。リュックから水筒を取り出してルーク君にコップに入れた冷たいお茶を飲むように促した。
ルーク君はお茶の入ったコップと私を交互に見てゆっくりコップに口をつけてお茶を全部飲み干した。
「……冷たい」
「落ち着いた?」
「はい。ごめんなさい……」
「本当に大丈夫だよ。ルーク君の活躍を楽しみに来たんだたから俺のせいなんて言わないで」
「……うん」
まだしゅんと落ち込んでいたルーク君のお腹の音がぐぅっと鳴り響く。
どうやらトラブルがあり、ルーク君は朝食を食べることが出来なかったらしい。お昼にはまだ早い時間だったが、恥ずかしそうにお腹をおさえているルーク君と私の間にリュックからお弁当を取り出して並べた。
「軽くお腹に入れる? 満腹もまずいけど空腹もまずいよね」
この日のために購入した三段のお重箱。
ツナマヨとカニカマが入ったサラダ巻きといなり寿司。鶏の竜田揚げとエビフライと甘酢あんかけの肉だんご。だし巻き卵と人参といんげんの肉巻き、それと前日に作っておいた筑前煮も少し入れている。トマトとブロッコリーを彩りに並べたお弁当は朝早くに起きて作ったもので、二人で食べるには多すぎる気もするがきっと大丈夫だろう。
喜んでくれるとは思っていたが想像を超えていた。
ルーク君は目が飛び出るのではないかと心配になるくらい瞳を見開き、無言でじっとお弁当を凝視している。準備してきた割り箸を差し出し、ルーク君と声をかけるとはっとしたように私を見た。
「こ、こんな豪華な食事を作ってきてくれたんですか?」
「朝から頑張って作ってきちゃった。張り切りすぎて多く作り過ぎちゃったかも」
頬を紅潮させ瞳が潤んでいる。
隠しきれていない喜びがルーク君から溢れ出ているのが表情で分かった。
「俺の……俺のために作ってくれたんですよね」
「うん、そうだよ」
「もったいなくて食べれない」
「えぇっ!? そんなこと言わないで食べてよ。せっかく作ってきたんだから」
「いや、でも……」
「また作ってあげるから。それに空腹だと力入らないよ」
お弁当を食べるの渋るルーク君に次また作るからと約束してようやく食べ始めてくれた。
目をキラキラさせながらいなり寿司を口に頬張っているルークを見て、小学校の時の運動会を思い出した。母がお弁当を作って応援に来てくれる運動会は特別な思い出の一つとして残っている。
「すごい美味しいです!」
早食いで大食いのルーク君が珍しく味わうようにおかずをゆっくり食べている。
こんなに喜んでもらえるなら早起きして作った甲斐があった。
ふふっと笑いながら私も竜田揚げを一つつまむ。ふむ、衣さっくりで中ジューシーに仕上がっている。下味もしっかりついていてとても美味しく出来ているのじゃないだろうか。
ルーク君を見るとルーク君もちょうど竜田揚げを食べており視線があう。
とろけるような顔をしたルーク君の顔を見たら私まで幸せな気分になった。




