23
床に残っていた血痕を綺麗にふき取り、ルーク君には悪いが先にシャワーを浴びさせてもらうことにした。頭も身体もすっきりさせたかったのだ。
シャワーを浴びる前にカレンダーで数えてみたのだが、夏希に刺された夜からちょうど60日過ぎていた。
一体どういうことなのだろう……2日しかたっていないはずなのに意味が分からない。
大きくため息を吐きながらシャンプーの泡を洗い流し、目の前の鏡を見て「ん?」と目を細める。何だかいつもよりも肌の調子が良いような……何というかぴちぴちしてる? 古臭い表現だが、自分の肌とは思えないようなきめ細かく瑞々しい肌になっている。
「……これは一体?」
両頬を触りながら鏡に顔を近付けて観察する。肌だけじゃなく、髪も何だかいつもよりつやつやしている? それに昔から腕にあった小さな傷まで消えている。
こんなことってあるのかしら。思い当たることといえばルーク君がしてくれた治癒の魔法しかない。刺された傷だけじゃなく、こんなところにまで影響を受けたのだろうか。死なずにすんだだけじゃなく、オマケでこんな良い特典があるとは……治癒の魔法ってものすごく万能なのね。
「あっ! ルーク君を待たせてるんだった。急がないと」
私には料理しかか出来ないのだから、せめてものお礼に美味しいごはんを精一杯作ろう。ゆっくりしている場合ではない。急いで部屋に戻らないと!
と、決意はしたもののーー
「お待たせ。ごめんね、今日はこんなものしか出せなくて……」
炊き立てのごはんと乾燥わかめの味噌汁。食べることが出来る食材がなくておかずとして出せるものがツナ缶と、広告の品で安かった冷凍食品の焼売くらいしかなかった。
あとで冷蔵庫の中を整理しなければいけない。
まさか60日も留守にする予定なんてなかったので消費期限が切れてしまっているものばかりだ。冷蔵品以外に何かないかと探してみたが残念ながらお腹の足しになりそうなものがない。
美味しい料理を作ろうと決意した矢先の手抜き料理だが、ルーク君はツナ缶のことがとても気に入ったようだ。
ルーク君が好きなマヨネーズでツナマヨにしたのが良かったみたい。美味しいもんね、ツナマヨ……
何を出しても美味しそうに食べてくれるルーク君を見ていたら、ふた月も時が過ぎていたという大事件のことが一瞬頭から消えていた。
「それで、ルーク君はどう思う? 今回のこと」
「うーん、ごめんなさい。正直俺にはわからないです」
「そっか、そうだよね……」
最初から謎ばかりだったので、今更? みたいなところはある。
そもそも異世界と繋がること自体説明がつかない私達に分かるはずもない。
「でもさ、私とルーク君は毎日こうして夜は一緒に食事しているじゃない? 時間の流れが同じなのかなって勝手に思っていたけど本当は違うのかな」
「どうですかね。情報が少なすぎて答えが出ないです……でもこっちの世界では二日しかたっていません。もしかして本来二つの世界の時間の流れは同じだったのに変わってしまったのかもしれないです」
「2日で60日か。1日なら30日ってことなのかな? でもどうして急に……」
「……もしかして俺がゆいさんを無理やりこちらの世界に連れて行ったせいでしょうか?」
「でもそうしてくれていなかったら私は死んでいたわ」
分かっている事実はそれだけ。
私はまるで今回のことは自分のせいみたいに言うルーク君を否定する。だってルーク君のせいじゃない。空白になってしまった60日を誰かのせいにしたいわけじゃない。そもそも予定も何もなかったのだから、学生の貴重な時間というわけでもないし、ただ過ぎ去った期間と思えばいい。
「ねぇ、それよりもさっきから気になっていることがあるの。まさか、ルーク君にとっての明日の夜ごはんは私の世界じゃ30日後になっちゃうのかな?」
考えただけでゾッとしてしまう。
毎晩一緒にごはんを食べるのが今の生活の唯一の楽しみなのに、それがひと月一回になってしまったら辛すぎる。
世界の終わりのような表情になる私に「まだ分からないじゃないですか」とルーク君が慰めてくれるが、不安な気持ちは拭えない。実際2日で60日の差が出来てしまったわけなのだから、十分にありえることだ。
救いがあるとしたら逆じゃなくて良かったということ。私の楽しみは私が我慢すればいいだけで、ルーク君が毎晩のごはんに困るわけじゃない。いや、でもちょっと待てよ……頭の中でざっくり計算してみたのだが1日で30日過ぎるということは騎士学校に通っている期間だけ考えたとしても……逞しく成長した美しい青年に食事の準備するおばあちゃんの姿を想像してしまった。説明するまでもないかもしれないが、青年がルーク君でおばあちゃんが私だ。
「……間違いであってほしい」
心からそう思った。
「あ、それかゆいさんがこっちの世界で暮らしませんか?」
「え?」
予想外の提案にぽかんとなる。
私がルーク君の世界で暮らす?
「俺がもっともっと強くなってずーっとゆいさんを守ります。どうですか?」
頬にご飯粒をつけたまま真っすぐ私を見て言うルーク君。
どうですか? と言われても……そんなつもりじゃないのだろうが、まるでプロポーズのような言葉だ。
「何だかプロポーズされているみたい」
「プロポーズ?」
「えーっとね、結婚の申し込みってことかな」
ルーク君はぼっと顔を赤くして黙り込んでしまう。
少年をからかいすぎてしまったかな。ふふふと笑うとルーク君も困り顔で笑った。




