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「ねぇ、しーちゃん。そもそもノア君って本当に私を好きなの?」
全然思い当たる節がない。
コミュニケーションを取ろうとしてみてもノアは素っ気ない態度ばかりで、どちらかと言ったら面倒がられていた思い出しかない。
高校を卒業するまでは来日の度に交流もあったが、その後は夏希にも言った通り連絡先も知らないので連絡もとっていなかった。
誰かと勘違いしている可能性が高いんじゃないかと私は思うのだけど。
「好きだって本人が言ってたわ……信じられない?」
「信じられないって言うより、誰かと間違えている可能性はない? 私がノア君に好かれていたとはとても思えないんだけど」
「ノア、フランス人とは思えないくらい本命には奥手だったみたい。ゆいにどうやって接すればいいか分からなかったらしくて、素っ気ない態度を取っていたらしいのよ……そもそも交流があった人は限られているから間違いようもないわ」
そう言われても全然しっくりこないよ。
ノアと私じゃ釣り合いがとれていなさ過ぎなのじゃないだろうか。私達が二人並ぶところを第三者になったつもりで想像してみたのだが、何で? と誰もが首を傾げたくなるだろう。世界で活躍するモデルと一緒に並ぶなんて恐れ多い。
「……だめ、想像出来ない」
「やっぱり無理か。余計な小細工しないで告白すればノアにだって可能性があったかもしれないのに、こんなにごちゃごちゃした関係に巻き込まれたら恋愛対象には思えないわよね……本当に馬鹿野郎よ」
「もしその話が本当だったとして真っ向勝負で来られていたら逃げてたかも。ノア君、かっこよかったから私なんかじゃ無理だよ。しーちゃんくらい美人さんじゃないと、とてもじゃないけど隣に並べないって」
「えー、そんなことないでしょ。私が男だったらゆいと付き合いたいし結婚したいって思うわ」
「慰めはいらないよ」
「私は本気で言ってるわ。可愛いし、料理が上手だし、一緒にいれば癒されるし、おっぱいが大きいし」
「しーっ!! こんな場所で何を言っているのよ……」
「ゆいは充分魅力的だって言いたいの」
至寿子がぐいっとテーブル越しに身体を寄せてきた。
「あ、ありがとう。何か嬉しいです」
「その敬語は何よ。信じていないでしょ?」
「しーちゃんの本気は伝わった。しーちゃんが男の人だったら私も嫁いでいくよ? 女の人で残念。貴重なチャンスだったのに」
「ノアのことは横に置いておくとして、結婚したいとか思わない? ゆいは良い奥さんになると思うんだけど」
幼い頃は大人になったら誰かを好きになり、お付き合いをして結婚するのは当たり前のことなんだと思っていた。だが相手は自然に湧いて出てくるわけじゃない。
「結婚したくても相手がいないと結婚出来ないでしょ?」
そう、結婚は一人じゃ出来ないのだ。
至寿子は納得していないらしく、「それなら誰か紹介しようか?」と言い出す。気持ちは有り難いが、今は結婚よりも就活が先かも。
宝くじが当たりお金はあるのですぐすぐ働かずとも大丈夫だが、人生何があるか分からないし就職はしたい。それに今はルーク君と一緒に晩ごはんを食べる生活に幸せを感じている。
「まだ結婚はいいかな。心配してくれてありがとう」
「……まぁ、私がこのタイミングでゆいに男を紹介したらノアに怒られそう。でも私、ゆいに幸せになってほしいんだもん。彼氏欲しくなったら教えて。フランス人の良い男を紹介するわ」
「フランス人限定なの?」
「そうよ。ちなみにノア相手だったらすぐにでも結婚出来るわよ」
「ノア君はなっちゃんが怖いから無理」
「……本当にノアは馬鹿野郎だよ」
その後、カフェのおすすめチーズケーキを食べてから至寿子と別れた。
チーズケーキがとても美味しくてルーク君にも食べさせてあげたいと思った。ルーク君は甘いものが好きみたいだが、チーズケーキはどうだろう。テイクアウトが出来るみたいなので今度買いに来ようかな。
美味しいものを食べるとついついルーク君のことを考えてしまう。
別れる時に至寿子から「もし夏希から連絡きたら私に教えてほしい」と言われたので頷いたが、正直連絡なんて来ないでほしい。
私を巻き込まないでくれ。
至寿子と別れた後にスーパーに向かう。
もちろん晩ごはんの材料を買いに行くためだ。今日は試験を頑張ったルーク君に美味しいものを食べさせてあげたい。
今日はトマトの煮込みハンバーグを作ろうかな。きのこも入れると美味しいんだよね。青果コーナーで玉ねぎを手に取り、買い物かごに入れようとした時に「ゆいちゃん」と背後から声をかけられた。
「ひさしぶりだね、ゆいちゃん」
知っている声だ。
おそるおそる振り返るとさっきのカフェで話題に上がったもう一人の幼馴染みの夏希が立っている。まさか至寿子と別れて早々に夏希に会うなんて思いもしなかった。
これって本当に偶然? って疑いたくなるタイミングだ。
ふわふわの長い髪を一つに結び、膝丈のシャツワンピースを着ており柄はピッチの細いストライプで涼しげだ。童顔の夏希が微笑むと幼さが増す。
しかし細めた瞳の奥に嫌な光が見えた気がした。
「……なっちゃん」
手ぶらの夏希はスキップするように近寄り、私が手に持っていた玉ねぎを奪い取って止める間もなく私の買い物かごに叩きつけてきた。
「ゆいちゃん。ちょっと話があるんだけど」
夏希の乱暴な行動のせいで青果コーナーにいる人達の視線が私達に集中していた。そんなことお構い無しの夏希は胸の前で腕を組み、威嚇の態勢に入る。