75話 お願い
双子はぐっすり眠ってしまった。姉の指をくわえて眠る、その姿はまだまだ子供だ。一ヶ月も恐怖に耐えたんだ、今日ぐらいはゆっくり寝てくれ。
立ち上がり、部屋を出る。
仲間に報告に戻らないといけない。
「あら?どうされました?」
突然、侍女に後ろから話しかけられる。全く気配がなかった。
「びっくりした」
無表情で棒立ちしている。月に照らされているせいか、肌が異様に白く見える。
「終わりましたか?随分早いですね」
「もう寝てしまったよ」
「そうですか。なら、ライラー奥様にお相手を?」
「違う。仲間に報告に戻る」
「そうですか。随分淡白な人なんですね。あれだけ愛を囁かれたのに」
「あなたも魔族か?」
「はい。ですが、見ての通り力もない、ただの幽鬼でございます。それを奥方様にいただいた傀儡に取り憑いただけのか弱い幽霊です。はい、とてもか弱い」
「そ、そうか」
幽霊、屋敷幽霊ってやつか?人形憑きなんて一番怖いやつじゃないか。突然刃物で刺したりする
「どうしましたか?」
「いや、行ってもいいかな」
「それはいけません。客人ももてなせないのと、奥様に怒られてしまいます。ですから…」
硬い人形の手が頭を撫でる。
「何をした?…」
体が動かない。全身に重りが乗ったみたいだ。
「少々金縛りを。奥様が言っていた通り、とてもお疲れのようですね。この程度で体が全く動かなくなるとは…」
体を軽々と持ち上げられる。
「寝室にお戻りください」
無理やりさっき出た部屋に連れられ、ベッドに入らされる。そこに誰かがいた気がするが、柔らかい感触に包まれると、寝こけてしまう。
胸が重い…息苦しい…
「はっ…」
目がさめると、体の上に角が生えた女が乗っかっている。
「なに?…」
「おはようございます。もう夕方ですよ」
双子の母親が、全裸で腰の上に跨っている。
「おい、何してる?」
「え?素敵な殿方と同衾する娘が羨ましくなって、勝手に潜り込んだんですよ」
頭がクラクラする。隣には双子が丸まって眠っている。
「昨日何かしたか?」
「娘とは知りませんが、私はまだです。今から致します?」
「頭が痛い。水を飲ませてくれ」
立ち上がると服がびしゃびしゃに濡れている。それに気がつき、顔を向けると恥ずかしそうにしている。
「ごめんなさい。私ったら、年甲斐もなく高ぶってしまって」
頭が痛いのはサキュバスの体臭のせいか…それとも焚かれた香のせいか?
「あんた。夫がいるんだろ?」
「もう!夫のことは言わないで」
「じゃあ…」
「ねぇ。わかるでしょ?私は正真正銘のサキュバスなの。精気がなければ生きていけない。死に損ないヴァンパイアじゃ、満たされないの」
「娘はそのことを心配していたぞ。ヴァンパイアにいいようにされてたって」
「もちろん娘に手を出させないためだったのよ?でも今はあなたが気に入っているから」
「なんでそんなに気に入られるんだか」
「理由がいるの?私を二度も守ってくれたんだもの。ご褒美がいるでしょ?」
立ち上がった母親に腕を引かれる。我慢できない、色香に当てられた思考はもうそれしか考えられない。
「やっとやる気になった?」
「名前も聞いてなかったな」
「ライラー。ライラーって呼んで」
目の前に差し出された胸を触る。ああ、可愛いなこの女。
「はぁ…お母さん?」
「何してるの!?」
「ダメ!離れて!」
「お母さん。暗示をかけたのね!最低!」
「でもお母さん。このままじゃ人を襲っちゃいそう」
「嘘つき!精気は私たちがあげてるでしょ」
「アルヴィ。これで大丈夫だから」
痛かった頭がすっきりした。全く…サキュバスはこうやって男を狂わせるのか…
「もう、あなたたち二人のためにサキュバス避けをしておいてあげただけなのに」
「どういうこと?」
「サキュバスは、サキュバスの匂いがついた男は襲わないの。だからこうして…」
「本当に?」
ライラーの目が泳いでいる。
「やっぱり最低!」
「ナディア、そんなに怒らないで。お母さんは多分、私たちを追い出したいのよ」
「シャーディア、あなたは本当に頭のいい子ね。二人ともこっちへおいで」
双子の頭を撫でる姿は一人の母親だ。そうしているうちに、ライラーの目に涙が溜まる。
「私は、あなたたちのお父さんがいたから、ここに居れた。でもあの方が死んだことはすぐに広まる。そうなったら私はすぐに追い出されるでしょう。もしかしたら正妻のマハー様に死を命じられるかもしれません。そうなったら二人とは一緒にいれない……」
「でも…」
「なんとかなるって言ってたじゃない!」
シャーディアはこうなることを前からわかっていたという様子だ。きっとナディアもそれを聞いていたが、受け入れたくないという思いなんだろう。
「もう正直に話すわ。私は、先が短いと思う。だから、この子たちをかくまって。もう、昼過ぎに一度使いが来ているの。この子たちと一緒に会いにこいって、そこで何をされるか分からない。今までは、あの人が、折り合いをつけてくれていたけど」
「正妻との仲は悪かったのか?」
「彼が一方的に嫌っていたんです。でも貴族同士です。家同士の関わりを深めるには、婚姻を続けるしかありませんでした」
「相手の貴族の名前は?」
「エイブラハム卿です。そのご息女」
エイブラハム…あの依頼を持ちかけて来た、外交官だかなんだかの、偉そうなやつか。
「知っているんですか?」
「ああ、依頼を持って来たのがそいつだ。感じの悪い偉そうなやつだった」
「そうでしたか。なら横柄な態度のことはご存知でしょう?それに何度か、私に会いに来て、迫ったこともあったんです。でも私がサキュバスとわかると、態度が変わって、娘に色々と吹き込んだようで。それをなんとか、あの人が取り持ってくれていたんです」
「ならあんたの旦那が死んだ今。面倒なことになるのは確実か」
「そうです。私が逃げれば、二人にまで迷惑をかけてしまう。だから、二人を預かってほしいんです」
全く…変なことになって来た。だが、これもライラーが企んだのなら、まんまと策にはまってしまったわけだ…
女相手は怖い。訓練の時から言われていきたことだが、かなり油断ていた。でも、彼女らは困ってのことだとしたら、助ける理由になるのかもしれない。




