番外編:はじめてのデート(後)
ファーストフード系のお店で昼食をとりながら、また私達は他愛もない話をした。さっきのことなど何も無かったかのように普通に。
ほっとしたようなガッカリしたような。
なんだか複雑な気分だった。
「風花ちゃんは部活やってないの?」
「やってない…。吹奏楽とかやってみたいけど…」
「あー、いいね。文化系なんだ」
「うん。運動はあんまり得意じゃないもん…。ピアノは弾けるから。やるなら他の楽器に挑戦してみたいかなー」
「ピアノ弾けるんだ、かっこいーっ!」
純一郎が目を輝かせる。そしてお約束のように「今度聴かせて」と言ってくる。
「今度ね…」
「うん、今度ね」
いつなんだろう、それは。
というか、このデートもどきに二度目三度目はあるんだろうか。
食事を終えた純一郎は頬杖をついて食べる私を眺めてる。たまに顔を上げると思い切り目が合っちゃって恥ずかしい。
そんなじっくり見ないで欲しい。
私はトレイの上のポテトをつまみ、「純一郎は新聞部と…サッカー部だっけ?」と動揺を押し隠しながら訊いた。
「うん」
新聞部は…やっぱり優さん目当てで入ったんだよね?なんて言い掛けてやめる。
否定したってそれは間違いないし…。
なんてモヤモヤする私をよそに、純一郎は話を続けている。
「中学時代は体操やってたんだけど、高校には体操部無かったから続けらんなかったんだよねー。だからまぁ、あきらと一緒にサッカー部に入るかーってなって…」
「体操部!!」
すごい意外な情報に反応して私は目を丸くした。
「え??宙返りとかするやつ??」
とっさに浮かんだイメージで言ってみる。純一郎は頬杖をついたまま「するねー」とさらりと言った。
「できるの?!」
「なにが?」
「宙返り!!」
「出来るよ」
「えーーー!!すごい!!見てみたいー!!」
宙返りする人を生で見たことなんて無い。っていうかそんな技、どうやったら身につくのかも分からない。
「あ、そう?見る?」
「――見せてくれるの?!」
自分で言っておいて驚いてしまう。そんな何の準備もなくできてしまうことなんだろうか。
「いーよ。ちょっと広いとこ行ければ」
「えー!行こう!広いとこ、行こう!」
私は興奮気味にそう言うと、トレイを手にさっさと席を立った。
純一郎が「じゃ、このへんで」と止まった場所は本当にただ広いだけのところだった。芝生があるわけでもないし、地面はアスファルト。混んだ遊園地の中でも人のまばらなところではあるけど…。
「こ、ここでいいの?大丈夫??」
「うん。普通のバク宙でいいんでしょ?」
「………う、うん。何が普通か分からないけど」
純一郎はそりゃそうだと笑いながら鞄を下ろすと、「ちょっと離れてて」と言って私を遠ざけた。そしてその場で2,3度ジャンプして「いきまーす」と一言。
ぐっと体を屈め、次の瞬間ぽんっと空へ跳ね上がった。
あっという間の一回転。
キラリとオレンジ色が宙を舞う。
純一郎の足が再び地についた瞬間、私は思わず拍手とともに歓声を上げていた。
「純一郎ってびっくり箱だよねー」
私の感想に、純一郎は「なにそれ?」と笑った。
「なんというか次から次に色々驚くことが飛び出してくるっていうか…」
「なるほど」
純一郎は納得したように頷くと、「その“色々”はいいことなの?悪いことなの?」と訊いてきた。
「…両方?」
「あ、そう…」
なにやらガッカリしたらしい。声のトーンが落ちている。
でもそれ以上追及してくることもなく、純一郎はまたアトラクションマップを開いた。
「次、どうしようか」
言いながらふと顔を上げて遠くを指差す。
「あれ乗らない?」
その指の先にあるのは、巨大観覧車だった。
――密室だ。
「…あれは、ちょっと」
やんわり拒否すると、純一郎が不満気に「なんで?」と聞いてきた。
「高いところは、ちょっと…」
「さっきフリーフォール乗ったじゃん」
うっ…。
「高い所に長時間は、ちょっと…」
「ふぅ~ん…」
あぁ、なんか見透かされてるような…。
納得いかない様子の純一郎は明らかに不満顔。
でもまた密室入ったら、またなんかおかしな雰囲気になりそうなんだもん。
どうしていいか分からなくなるんだもん!!
◆
その後は暗闇に2人きりにならない系のアトラクションばかりを選んで乗って周った。
純一郎の態度は普通だったけど、いつの間にか手を繋ぐのをやめていた。
べつに手を繋ぐのまで嫌だって言ってないんだけど…と思いつつ、口には出せない。
辺りは少しずつ日が暮れ始めていた。
「あ、ぬいぐるみ居るよ」
園内を歩いていると、遊園地のキャラの着ぐるみ達が集まってるのを見つけた。
みんなそれぞれお気に入りキャラにたかって写真を撮ったり、握手してもらったりしてる。
「私も握手してもらうー!!」
またまたテンションアップ!
大興奮で駆け出して着ぐるみのところに行くと、なんとか順番を待って握手してもらえた。
純一郎に写真を撮って貰おう!なんて思ってふと辺りを見ると、純一郎が居ない。目立つオレンジ色はすぐに目についたけど、その姿を見て私は思わず顔をしかめた。
彼はお姫様キャラの外人のお姉さんと嬉しそうに握手を交わしていた。
綺麗な金髪のお姉さん。握手し終わった後もちらちら眺めつつこちらに戻ってくる。
私は腕組みで、そんな彼を迎えた。
「…なにしてんの」
「目が青かった!!」
変なところに感激してる。
「外人だからでしょっ!!すみませんね、普通の黒い目でっ」
そう言い捨てると、私はぷいっと背を向けて歩き出した。
純一郎が「え?ちょっと…」とか困惑しながらもついてくる。
その場を離れるまでとりあえずズンズン先を歩いていると、後ろから純一郎のどこか呆れた呟きが聞こえてきた。
「オトモダチとか言ってたくせに…」
思わずぴたっと足を止める。隣に追いついた純一郎が、私の顔を覗き込む。
「なんで怒るの?」
「べ、別にっ…!!」
恥ずかしくてたまらなくて、私は一気にまくしたてた。
「呆れてるの!ほんと可愛い女の子見たらホイホイ寄っていくんだから!っていうか可愛ければ誰でもいいって言ってたもんねっ!」
「…いや、流石にあのオヒメサマ狙わないって」
そんなこと分かってるもん!!!
…っていうか分かってるはずなのに。
なんでこんなこと言っちゃうんだろう。
でもなんか………頭にくるんだもん。
「風花ちゃんって、確かにあの時の子だよね。間違いない」
「な…、なにそれ!」
「そんなかんじで俺、ポンポン怒られたなぁと思ってさ。見た目は大人しい感じに見えたから、風花ちゃんだとは全く想像もしなかったけど、知ってみたらそのまんまだった」
純一郎は笑ったけど、私は笑えなかった。胸にずきんと痛みが走って。
なんだか悲しかった。
純一郎が気に入った私の外見に、中身が合ってないと言われた気がして。
「…がっかりしたんでしょ」
そしてまた私は可愛くないことを言ってしまう。
「してないよ」
「…嘘だよ」
「なんで?また会いたいって思ってたってば。でも死んじゃったんだと思い込んでたし…」
“名前教えてよ。実物に会ってみたかった”
あの日純一郎が最後にくれた言葉が蘇る。
それ以上何も言えなくなって、私は俯いたまま黙り込んでしまった。
いつしか日が翳った園内は綺麗にライトアップされ、パレードの音楽が遠く聞こえる。
「風花ちゃんこそ、なんで俺に会いにきたの?」
「えっ…」
振り返った純一郎は、心底不思議そうに「分かんないんだよねー」と首をひねる。
「あの2日間で一体俺のどこに惚れることができるんだろうかと…」
「ほ、惚れたなんて言ってませんけど!!」
「でも会いに来たじゃん」
ううっ…。
「なんで会いたくなるかなー」
ううううっ…。
「俺の体に惚れちゃった?!」
「――バカじゃないの!!!」
なにを言い出すんだこの男は!!
真っ赤になって叫んだ私を見て、純一郎は声をあげて笑った。
なんだか懐かしい笑い声。なぜか知らないけど、私の胸はまたきゅぅっと苦しくなる。
「わ、笑わないでよっ」
照れ隠しで純一郎の体を押したら、不意にその手首を掴まれた。
引き寄せられて、びっくりして彼を振り仰ぐ。すぐ近くで目が合って、心臓がばくんと音を立てた。
「は、離してっ…!」
「風花ちゃん…」
純一郎の声が耳元で聞こえた。
ど、どうしようっ!!なんで今このムードになるのぉ??
2人きりじゃないのに!
密室じゃないのに!
たいして暗くもないのに!!
テンパった私は、また慌てて純一郎を突き放そうとした。でも意外なほど強い力で、私の両腕をつかむ純一郎の手は離れない。
「風花ちゃん、可愛い」
「そういうこと誰にでも言うくせに!!」
囁く声に反発して、私は顔をそむけたまま喚いた。
「もう風花ちゃんにしか言わないから」
「う、嘘ばっかり…!みう先生や優さんでもいいくせにっ!!別に私じゃなくても…」
「――風花」
どくんと、また心臓が跳ねて体が動きを止める。思わず顔を上げた私の目に純一郎の真摯な瞳が映る。
ずるい。
こんな時だけ、呼び捨てなんて。
純一郎の顔が近づくのが分かるのに。
どうしよう。動けない。
金縛りにあったみたい。
唇に温もりが触れたその瞬間、………私は観念して目を閉じた。
先に寄ってきたのは純一郎なのに。
こんなの悔しくてたまらない。でも認めるしかない。
先に深みにハマったのは、私なんだ…。
どこがいいのかなんて分からない。
でも私は、純一郎の一番になりたいの。
いっぱいいる可愛い子の1人じゃなくて。
見た目で付き合うんでもなくて。
私がいいって、言って欲しかったんだってば――。
突然辺りに響いたカメラの撮影音とフラッシュの光で、私は我に返って目を開けた。
純一郎も驚いたようにそっちを振り返る。
そこには朝にも見たような光景があった。
「――すっごいスクープ、頂き!!」
「げ、良子」
「えぇぇぇぇ!!!!!」
またもや坂宮良子さんがカメラ片手に立っている。
っていうか帰ったんじゃなかったの?!
なにしてんのこの人――!!!
固まる私をよそに、側に来た坂宮さんが純一郎の肩を叩いた。
「ほんとおめでとう純一郎。私は信じられないよ」
「撮ったの?今の」
「ばっちり撮った」
「うそ、見して」
「――バカじゃないの!!!!!!」
私は声をあげて、純一郎の体を思い切り引っ叩いた。
「いてっ」
坂宮さんは不意に私に向き直ると、「ほんと教えて欲しいんだけど、どうしてコレと付き合う気になったの?」と詰め寄った。
「付き合ってません!!!」
「――えぇぇ?!」
私の言葉に純一郎が驚嘆する。坂宮さんは目をぱちくりさせつつ、「あれ、そうなんだ」とか言ってる。
「私、帰るっっ」
居たたまれず、私は2人に思いきり背を向けた。
「えぇ!風花ちゃん!!」
「残念だったね、純一郎」
「良子、テメェ、覚えてろよ!!」
後ろでなにやら言い合いが聞こえるが、ずんずんと歩を進める。
慌てて追いかけてくる足音を聞きながら、私はやれやれと苦笑した。
うん、やっぱり悔しいから、もうちょっと頑張ってもらおう。
私の欲しい言葉を、ちゃんとくれるまで。
「風花ちゃーーん!!」
後ろから情けない声が呼んでる。
ほんとにバカなんだから。
純一郎の近づく気配を感じながら、私は気付かれないようこっそりと微笑みを浮かべていた。
<完>




