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アイドルッ!  作者: 末吉
閑話2
86/205

バレンタインに想いを込めて

前回言っていた通りいつきサイドです。

 僕、本宮いつきはつとむの幼馴染である。

 だから、彼の嫌いなものや苦手なものというのは把握している。


 それゆえ、バレンタインデーという日は彼にとってとても嫌な日だというのを把握してしまっている僕は、朝起きて朝食を摂っているところにかかってきた茜ちゃんの電話の内容を聞いて「ああやっぱりか」と諦観にも似た感情を抱いていた。


 僕はある時期まで男として過ごさなければならなかった。それが、娘しか生まれなかった本宮家の中のルールだった。

 けれど、いい加減彼に嘘をついていくのが辛くなったことと彼が関わったことによって彼に想いを寄せてしまった人たちが露骨に出てきたことによって父に直談判して当初の予定より早く元の性別に戻した。


 やっぱり独占欲というものが働いた結果、なのだろう。誰にも渡したくないという思いはあるから。


 で、えーっと、バレンタインの話だよね。つとむが嫌いになった理由。


 まぁ簡単に言うと、僕の橋渡しになるのが嫌になったから。だろう。本人が漏らしていたから覚えている。

 きっかけは小学生のころ。

 つとむが呼び出されたから残るといって僕を追い出した日。

 その時から僕は相当浮いていた。隣同士だったからつとむとは一緒に行動していたけど、家がお金持ちだったから結構遠巻きにされていた自覚はある。

 だからその日――つまり二月十四日――一人除け者にされた感じがして嫌な気持ちになりながらも帰宅した僕は、スケジュール通りに動くことになった。



 それから帰ってきたとき。

 つとむはげんなりした顔で家の前にいた。


『どうしたのさ』


 とっさに僕はそう問いかけた。

 対し彼はジト目で僕の事を見てから『げんかん前に全部運びこんどいたからな』と言うと立ち上がり、そのまま家に帰った。

 それが、僕宛に送られたチョコレートの山だと気付いたのは最初に開けた箱。


 それ以降つとむが僕に渡すというルートができてしまったとはなんとも皮肉な話で、他人のチョコを何でもらわなきゃならんとぼやきながらも持ってきてくれるんだけど……その過程が年々壮大になっている。


 去年なんて前日に逃亡したらしいんだけど警察に補導されて自宅に連行され、玲子さんに連れられてチョコを受け取っていたっけ。とんでもなく嫌な顔をしてたなぁ。


 だから今年も逃げるんだろうなぁと思い保険としてつけていたけど、まさか寝静まった頃を見計らうなんて……。


 君宛のチョコも結構届いていたのに僕に渡してきたよなぁと改めて興味のなさというかルーチンワークになっている事実に軽く絶望を覚えながら、エプロンを着て調理場でチョコを溶かしていた。


 現在午前八時。茜ちゃんに『大丈夫だよ』と返事しておいて自分で渡すチョコレートの形状を作るための準備をするためにここに来ていた。

 ……まさか茜ちゃん前日に作っておいて朝机に置いておいたなんてね。すごいよね。

 僕なんて前日、つとむが起こす行動に対し保険となるように指示させてからチョコレートの材料を選定してたのにさ。


 なんていうか、初めてなのか知らないけれどいざ作って渡そうと考えると途端にそれまで固めていたアイディアが全部吹っ飛んでしまった。


「……すごいなぁ」


 溶けていくチョコを見ながら僕は思わずつぶやく。

 ひょっとすると好きな人に贈る人はこんな風な気持ちなのだろうかと思いながら、溶けていく様を眺めていると、『対象者は現在北上中。県境を超えており、途中コンビニに立ち寄って朝食を購入。それ以前に遭遇した事故現場の犯人を我々が警察に突き出したことによる遅れはリカバリー出来ました』とイヤホン越しに現在の状況を教えてくれた。


 それを聞きながら僕は思わず呆れる。

 だってたかが三、四時間で県を超えるのだから。ママチャリで。いくら車の通りがないとしても。

 最終的に彼はどこまで人力で行けるのだろうかと思わず想像しそうになったけど、溶かしたチョコレートを固め直さないとどう考えても来るであろう彼女たちに間に合わないことに気付いた僕はさっそく形状をハート型にしようとして……またも固まる。


 ハート形にして渡したとして……想いに気付かれるのではないかと。


 ――いやいやいや。つとむに限ってはないか。すぐさま否定してから、でも本当どうしようかと改めて悩む。


 特に意識せず、今まで受け取ったチョコがハート形ばかりだったからそういうものだと思って自分で作ろうとしていたけど、本当にそれでいいのだろうか?と。


 例えば漫画とかには自分の唇にチョコを塗って……という考えもあるらしい。そ、そんな破廉恥なことできるわけないので最初から選択肢に存在していなかったけど、告白を行うならそれぐらい大胆にしても――問題ある気がするかなぁ。


 でもよく考えたら美夏さんや光、レミが渡しにくるし、多分、郵送で送られてきそうだし、あと考えたらたくさんライバルが――。

 って、危ない危ない。早くしないとチョコレート固まっちゃうよ。

 脇道に逸れた思考を戻してさぁやろうと意気込んだところ、「お嬢様。何もハートにこだわる必要はないのでは?」と耳元で言われたので驚いて距離をとり助言をくれた人を見る。


「……幹根さん」

「差し出がましいと思いましたが」


 そういってお辞儀をした後、「レースのついたリボンを自分に巻いて『プレゼントは……』みたいなことでもよろしいかと」なんて爆弾を投下したので、僕はチョコレートの状態が気にならずに叫んだ。


「幹根さん!? 態と言っていません!?」

「いえ。素直になれないお嬢様に勇気を与えようと思いまして、近頃流行りの書物を集めましたので助言しようかと」

「それR指定入ってるやつじゃないの!?」

「いえ。普通の少女漫画でした」


 ……最近の少女漫画ってそんな大胆な表現使うんだ。


 幹根さんが実は少女漫画を読み漁っているという事実が気にならないくらいに驚いたことだった。


「ですがお嬢様。そうでもしないといつまでも進展のないままふと湧いてきた者たちのだれかに取られてしまうのではございませんか?」

「うっ」


 確信をついたその言葉に思わずたじろぐ。

 それを見た幹根さんは畳みかけるように口を開いたところ、「それぐらいにしたらどうです幹根」と静かにさせる声が調理室入り口の方から聞こえたので僕達はそちらへ向く。


 そこに佇んでいたのは雷善さん。一度僕にお辞儀をしてから「お嬢様を困らせるとは何事ですか」と淡々と幹根さんに説教を入れる。

 言われた幹根さんは僕に体を向けてから「申し訳ございません」と深々と頭を下げてくれたので、「まぁいいよ」と言ってから雷善さんに「どうかした?」と用件を尋ねる。正直あのまま話題が進んだら……その、羞恥心が。


 いいタイミングで来てくれたよと安心していると、「柊哉様から言伝です」と答えてくれた。


「『チョコの形に気取られるなよ』だそうです」


 ……いや、そうなんだろうけどさ。


「想い人に対しみっともない形状にできないのはわかりますが、つとむ様は形状を気にする方ではございませんでしょう? ならば考え込むだけ無駄でございます」

「……ありがとう」


 心の中で考えていたことに対してまできっちりフォローしてくれた雷善さんは一礼し、「幹根。お仕事はまだありますからね」と言って調理場を出て行った。


「では、失礼いたします」

「あ、うん」


 幹根さんはそう言って調理場を後にし、残された僕は少し考えてからチョコレートの形状を決めて作り出すことにした。



「…………」


 作ってみたものの、なぜかバラの花びらになってしまった。

 なんでこうなったんだろうと思いながら新しい形としてハート形にした僕は、冷やす段階になってから不意に疑問に思った。

 何故かは知らないけど、気合を入れて作ったところそんなものになっていた。我ながら訳が分からない。


 二つ目も作ったけど、なんだろうね。一周回って落ち着いたテンションで作ったから特徴がなくなった気がする。


 ……まぁいいかな。


 時間的にも諦めた僕はこのまま冷やそうと冷蔵庫に二つを入れる。

 ここまでにかかった時間は約四時間。もうお昼だ。

 おかしいな……と思いながらエプロンを外した僕が調理場を出たところ、幹根さんが佇んでいた。


「どうしたの?」

「お客様がお出でですいつきお嬢様」


 どうやら、本当に来たらしい。イベントやらあるとか言ってたような気がするのに、ずいぶんとお早いご到着だ。


 冷えるまでは何もできないし、とりあえずつとむ連れ帰るまでの時間稼ぎをしようと思った僕は、「応接室に通していいよ」と指示を出した。




「いらっしゃい」

「「「お邪魔します」」」


 応接室に入った僕が挨拶すると、美夏さんとレミにつられて光も同じ挨拶をする。

 それを受けて苦笑した僕は、「別にいいですよ? 特に家としてのお話はありませんし」と言っておく。

 僕の言葉に光は「あ、でも、それなりにきていますけど……未だに慣れませんので」と普通の感覚で言ってくれるけど、他二人は遠慮もなかった。


「ですよね。一応、形式的に挨拶してみましたけど」

「それで、つとむさんはどこにいらっしゃるんですか?」


 うん。まぁ予想できていたけどね。


「あ、つとむはこの町にいないよ」

「「「え!?」」」


 案の定三人が驚いたけど、僕は理由を深く言わずに「まぁちょっと連れてくるから」と言って「幹根さんよろしく」と言っておいた。



 で、つとむのところまで行って強制連行したんだけど、行く際に何故か幹根さんが「どうせ迎えに行くのでしたら」と言って僕にメイド服を着せてきたので防寒着をフル装備せざるを得なかった。寒いのと恥ずかしくて。

 幸い、つとむは諦観にも似た表情で縛られていてそのうえ外が寒かったからか僕のこの服装について何も追究してこなかった。ただ、何か悟っていたようだ。


 自力で解くなんて荒業やったけど、それ以上に三県超えて田舎に迷い込むなんてどれだけ一心不乱に走ればできるのか僕にはわからない。

 けれど、自力でそれを成し遂げるのがつとむである。それを間近で見てきた僕としては本当に、心惹かれる……ね。


 ……というか、少しは気にしてほしいなぁ。


「なぁ」

「なに?」

「どうやって場所を特定したんだ?」

「教えない」


 ついうっかりチョコをあげないという話をしてしまったために自己嫌悪中でテンション降下中な僕は、つとむのもっともな質問に対してもつれない態度で返事してしまった。

 その結果つとむはなにやらこの場で服を脱ごうとしたので僕は慌てて明かすことにした。


 ……うん。聞いたつとむはなにやら絶望的な表情を浮かべているけれど、僕がいなかったら帰れなかった気がすると思うんだよね。一応最初の方でお礼は言ってくれたけど。


 あ。


「そういえば白鷺さん達も来てるからね」

「……」


 明らかに嫌な顔をしている。バレンタインという乙女にとって(日本内での)特別な一日であるというのに、それが目障りだと言わん顔をしている。


 ……ん? でも今なら普通に受け取ってもらえるかもしれない? 美夏さん達を追い払ったら普通に受け取ってもらえるかもしれない?


 そんな考えが頭をよぎったから勢いで言ってみたけど……うん。そんなに現実は甘くないよね。






 因みに。


 家に到着した時にはつとむはすでに眠そうで、あくびをしながら光達のチョコレートをもらってそのまま僕が普段座っているソファに倒れこんで寝てしまったからSPの人達に客室に運んでもらった。


 父にチョコレートをあげ、残ったハート形のチョコを、僕はつとむが寝ている横で寂しく食べる羽目になった。


 ……こんなに苦かったかな。

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