バレンタインは程々に
何気に初めて間に合った気がします。
二月十四日。
日本的にはチョコを贈りあう風習があり、女子が好きな男子へ送ることが慣習化されているといっても過言でもない一日。
平日休日問わず男子が主にそわそわし、女子が浮ついた雰囲気に包まれカップルがキャッキャウフフとじゃれあうという。
そんな中俺こと八神つとむは、
日付が変わり、寝静まったころに、
財布と家の鍵と腕時計をもって家を出て、
自転車で逃走を図った。
バレンタインはいい思い出がない。基本的にいつきに対する橋渡しだったからだ。
いつもは朝起きたら逃走するのだが、その際の妨害が年々しつこくなってきたので今回はこうした。
さすがにこの時間帯だったら問題ないだろう。なんて思いながらどこへ行こうか決めてないことに気付いた俺は、まぁなるようになるだろうと思い直した。
途中自販機であったかい飲み物を買って飲み、体を温めながらも適当に自転車をこぐことしばらく。現在時刻は午前四時。
案内板を見て今どこまで走ったのか確認した俺は、不意に警察に追われる可能性に思い至った。
朝起きて俺がいないことに茜が騒ぎ、両親は事情を察しているだろうが、ほかの連中がどう考えるか考えると気が重くなってくる。
あー畜生。腹減った。ここまで来たら俺の知ってるやつが近くにあるわけじゃないから大丈夫なんだろうが、気が抜けない。
脱走した囚人の気持ちってこんなんなのだろうかと思いながらも勘で交差点を曲がっていくと、対向車が結構なスピードで飛ばしていた。
人通りがほとんどないからって制限速度は守れよ。
通り過ぎた車にそんなことを思っていると、少し先が明るくなっていた。
おいまさか……嫌な予感がした俺はさらに速度を上げたところ、現場にすぐ到着した。
「……おいおいおい。ガードレール破れてるぞ」
驚きで思わず声が漏れる。基本的に巻き込まれる俺であるが、こういった事故現場というのはそれほど多くはない。
ゆえにいまだ驚くが、崖下で燃えている車をどうこうする気はない。
まぁどうしようもないか。諦観の気持ちで納得した俺はこの現場を後にしてどこか静かな場所がないかなーと考えることにした。
午前六時。
眠い。
……そりゃ三、四時間ぐらい自転車走らせればそうなるだろ。なんて言葉はいらない。
欠伸をしながら眠気と戦いつつ本当どこ走ってるんだろうか俺と思いながら腹減ったなぁとぼんやり考えていると、コンビニが見えたので立ち寄ることにした。
「いらっしゃいませー」
夜勤の人だろうか。元気な声であいさつしてくれる。まぁマニュアルだろうが。
俺もそろそろ別なバイト探さないとなぁと考えつつ栄養ドリンクとパンなどを手に取ってレジへ持っていく。
「合計で1765円になります」
黙って2000円を出す。
「お釣りの235円になります。ありがとうございましたー」
そういわれてお釣りとレジ袋を渡されたので、慣れたもんだなと思いながら店を出ようとして、気付いた。
バレンタインデーフェアとか、そういった特集がされている棚がないことに。
「……」
これは夢か? はたまた幻覚か?
昨今のコンビニは大抵行事ごとに目立つ棚が存在するというのだが、ここには存在しない。
元々はあったということならば撤去されたと納得できるのだろうが、そもそもやっているキャンペーンがクリスマスである。時期外れも甚だしい。
俺がそんなことを考えているのがわかったのかどうか知らないが、店員さんが「どうかしましたか?」と聞いてきたので「今日は二月じゃなかったか?」と質問してみる。
対し店員は首を傾げて「何言ってるんですか?」と言ってから日付をこたえた。
「今は十二月二十三日ですよ」
「……は?」
「どうなってるんだ?」
念のために生年月日を尋ねたところ俺が生まれる十年前ぐらいだったことに俺は店を出て首を傾げる。
栄養ドリンクを飲みながら白んだ空を眺めつつ、現状を考える。
どうやら俺は過去に来たらしい。ドラマの撮影かなんかだろうが、ここまで大規模なセットを作るほど豪華なものという可能性がある。
よくわかんねぇなと思いながら自転車を背に座り込んで買ったパンを食べていると、ぞろぞろと動く人の気配がしたので籠にすべてを入れて急ぎ移動することにした。
――だよな。やっぱり撮影だよな。
口の中に放り込んだパンをかみながら自転車を急いでこいでいると、ロケ車かなんかを通り越したので間違ってきたんだなーと俺は後悔することになった。
というか、マジで最悪な確率なんだが。一体どう走ったら撮影現場内に侵入するなんてことがあり得るんだよおい。
全力で回しているうえに追いかけてくる様子もなかったので胸をなでおろしながらも口の中に入っていたパンを飲み込んだ俺は、帰りの心配をしながらも適当に先に進んだ。
結局場所がどこだかわからないながらも自転車で移動する中。
過ぎ行く街並みは段々と山へと変わり、畑や田んぼが一面に広がったところで……俺はついに自転車を止めた。
「……どこだここ」
当たり前のように迷子になった。しかも、結構な田舎まで来てしまったらしい。腕時計を見ると十二時を指していた。昼だ。
道理で腹が減ってきたわけだと思いながら自転車のタイヤの調子を確かめ歩き出したところ、ひらひらと雪が舞い降りてきた。
「マジかー」
降り出した雪を見上げた俺は思わず呟いてしまう。道理で寒くなってきたと感じるわけだ。汗も遅れて書いてきたし、こりゃ風邪ひきそうだな。
積もる前にどうにか考えないとなーと思いながら、自転車を押して歩き続けることにした。
「――――っていう感じ。助けてくれてありがとよ、いつき」
「うん分かった。君にチョコあげない」
「? 別にもらわなくてもいいが……どうしたむくれて」
現在はいつきの家へと輸送されるヘリの中。何をどうやって見つけ出したのかわからないが、ヘリを飛ばして俺の前にきてSP達が俺を強制連行するために縛り上げ自転車ごとにヘリの中に放り込まれた結果。
結局、逃げられなかったなぁと思いながら事情を説明したとたんにいつきが不機嫌になったので、どこかで地雷踏んだかなと肩を震わせながら考えていると、「寒そうだね」とコートにマフラー、それに耳当てを装備したいつきがあざ笑いながら言ってきた。内心ざまぁみろとか思っているに違いない。
まぁ否定はできないので何も言わずに縄をほどいた俺は、「一体どうやって俺の場所を?」と質問する。
「え、教えないよ」
「だろうな。仕方ない。どこかに発信機でもついてる可能性も考慮してここで脱ぐ――」
「わー! わーわーわー!! だ、ダメだよこんなととところで!!」
すっとズボンに手をかけたところ羞恥心からかいつきが顔を背けて叫びだしたのと同時にSPの奴らの殺気が消えたので「――かよ。寒いのに」と体を震わせながら言う。
「だ、だよね! 寒いもんね!!」
「……つぅか、なんだって俺はこうして連行されなきゃいけないんだ?」
不意に俺は現状に疑問を覚えたために呟く。今日の予定は何もないから接点などありもしないのに。
俺約束したことあったか……? と首を傾げて記憶を思い返していると、「そりゃ、当日君には驚いてもらいたかったからさ」と答えが返ってきたので聞き返す。
「サプライズ的なものってか?」
「まぁね。でも君、例年橋渡しにされてる自覚があったから逃げるんだろうなとは思っていたけど、まさか寝静まったころから逃走を開始するとは思わなかったよ」
その言葉に一つ予想できた理由があったので、それを口にして確認してみる。
「俺、尾行されたか?」
「まぁ見失わないギリギリの距離で、だけどね。でも焦ったよ。事故現場一瞥してからスルーしたおかげでどこに行ったのか見失いかけたから」
「……」
プライバシーって何なんだろうか。
さらりと告げられた言葉に今更ながらの疑問を抱いたところ、「ああそういえば」と思い出したかのように追撃を仕掛けてきた。
「僕の家に白鷺先輩たち集まってきているから」
「……」
その絶望の情報を俺に与えてどうしろというのだろうか。
遠回しに地獄を見せてやると言ってるのだろうかと思いながら黙っていると、「……あのさ、つとむ」と急にしおらしくなった口調でいつきが声をかけてきたので思わず「ん?」と返事をする。
「その、今日って聖バレンタインデーじゃない?」
「そうだな。だから俺は逃げてたんだが」
「君ってチョコ苦手じゃない……よね?」
「? そりゃ普通に食べてるの見てるだろ」
さっき渡さないとか言っていたのに何をいきなり確認してくるのだろうか。
もらえるわけない俺は真顔で応えると、いつきは少しうなりながら考え込みだしやがて意を決したのか声を大にして言ってきた。
「僕のチョコだけを受け取ってくれないかな!!」
「いやお前、最初の方にやらないとか言ってただろ」
「…………」
何やら撃沈したのか知らないが、隅っこで体育座りをし、のの字を書きながら「なんで僕勢い任せで言ったんだろ……」と嘆いていた。
その哀愁漂う背中を見ながらこの調子じゃ、着いたら面倒なことになるだろうなと考えつつ暇なので腕立て伏せをする。
体は鍛えていないと鈍る。俺は常日頃トレーニングというものを欠かす気はないのだが、高校に入ってからはそんなことをあまり行わなかった。
結果として鈍っていないのだが、それはそれでなにやら釈然としない。
とりあえず五十回を終えた俺は立ち上がってからヘリの外の景色を眺める。
まぁ雪が降っているのか雲は立ち込めており、その色は灰色に近い。
それほど降っていないから山が白に覆われるほどではない。
幻想的なのか意地悪で降ったのかなんて邪推していると、立ち直ったのかいつきがいつの間にか隣にきており「きれいな景色だね」と感想を漏らした。
「これがクリスマスだったら大都会大喜びなんだろうけどな」
「確かに。こればっかりは日本特有の感覚なんだろうね」
ヘリの下の景色を眺めてみると、いつの間にか住宅街の方へ来ていた。それでもうちの街のシンボル的ものが見えていないので遠くに来ていたんだなと実感する。
「本当にさ、十時間近くで北上して三県ぐらい超えるとかどんなスピード出してたの?」
「普通」
「君にとっての、という条件が付くけどね」
「まぁ数百キロぐらいありそうだからなぁ」
「本当にね」
『あと三十分ほどで到着いたします』
飛ばすのだろうかとアナウンスの声を聞いた俺は、自然といつきの肩を抱き寄せて立ったまま耐えることにした。
結論から言うと、この日にファンイベントの余り(と言われた)のチョコを渡され、茜は机に置いていきいつきは言葉通り渡してこなかった。
ちなみに、着いた頃には俺も眠気が本格的に到来していたので目が覚めたらいつきの家の一室にいて迷惑をかけたが……なぜか彼女は一切目を合わせようともしなかった。
……さて。お返しどうするか。




