わたくしはもう、宿屋の親父
ヨロヨロと上体を起こすカイを見て、アストリッドは美麗隊に静かに言った。
「私を、お放しなさいませ。」
美麗隊はその言葉にハッと固まる。
髭モジャ親父姿のアストリッドの高貴さと威厳に、射抜かれたのだ。
アストリッドは真っすぐカイに向かう。
誰もが、サロペット姿のアストリッドが、優雅なドレスを身にまとっている錯覚に陥る。
カイはふらつきながら立ち上がり、アストリッドに手を差し伸ばす。
アストリッドは、軍手をはめた手でカイの手をギュッと握りしめた。
「ヨハネス隊長様。」
アストリッドは、カイの優しくて温かくて明るい緑の瞳に目を注ぎながら話し出す。
「わたくし、今日、カップを買いに参りましたの。
宿屋のお客様用のカップですわ。
ゲルツェン先生がお誘いくださって、この素晴らしい陶器市に来たのです。
ゲルツェン先生が色々と探してくださって、
わたくし、手持ちのお金の中でどれを買おうかと、
楽しくて、嬉しくて、夢中でしたの……」
アストリッドの手を握るカイの手に力がこもる。
アストリッドは、ヨハネスを見上げる。
「ヨハネス隊長様。わたくしはもう、宿屋の親父でございます。
護衛を望んでおりません。」
このお話の本編▼
『元公爵令嬢の小さな宿屋―年下の町医者が、客でもないのに今日も会いに来ます』
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