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第三話:空洞The Fool On The Hill

大変長らくお待たせいたしました。

異世界年代記(仮)第三話、空洞The Fool On The Hillをお届けします。

これまでとは打って変わって賑やかなロードムービーとなりました。

あまり深く考えずにお楽しみください。

 どんがらがっしゃ~ん!


 派手な音を立てて荷車がひっくり返り、荒くれ男たちの怒号が響き渡る。その喧騒を飛び越えて、二十代くらいの軽薄そうな男が駆け抜けた。

 人相の悪い大男たちが悪罵とともに追いかけて行く。


 道行く人々は特に気にも留めない。この程度の騒ぎは日常茶飯事だ、自分に被害が及ばない限りは無視してよい。


 聖皇帝紀元二千六百八十五年の、ここはスコルピドトポス。酒場と賭博場と娼館で成り立つ、文字通りごみ溜めのような街。


 男は狭苦しい横町に逃げ込み追っ手を振り切った。腰の右側にコルトのシングルアクションをぶら下げてはいるが、流石に街中でぶっ放すほど野暮じゃない。

 一息入れた件の若い男は座り込んで帽子を脱いで汗を拭い、手にした革袋の中身を確かめた。


(こいつを持って行かれたら日干しになるしかねえからな……)


 バシリアス金貨が約二十枚。久し振りに勝ったポーカーの稼ぎだ。借金取りなんぞに渡すわけには行かない。

 彼の名はジサブロー。一年前に電気炊飯器の鉱山を発見し大金持ちになったはずだが、今はこの通り借金取りに追われる身である。

 まったく、飲む打つ買うは男の甲斐性などと誰が言ったのだろう。どれほど稼いでも追い付きはしない。


 ジサブローは宿へ戻ろうと立ち上がったが、用心深く表通りの気配に耳を澄ました。まだジサブローを捜す男たちの声が聞こえる。


(こりゃあ野宿するしかないかな?)


 山師にとっては野宿など慣れたものだ。ジサブローはお気楽そうに路地裏に姿を消した。


 スコルピドトポスの街外れには大きなゴミ捨て場がある。

 ここには親を持たない子供らも住み着いている。そのボスらしき子に銅貨を一握り手渡し、案内を乞うた。

 一晩をここで過ごし、宿に置きっ放しの荷物は明日回収すればよかろう。

 ジサブローは開発残土と廃材が積み上げられた一角を選び、風の当たらない場所に横になった……と思ったら「痛てえ!」と悲鳴を上げて飛び起きた。


「くそったれが!」


 尻をさすりながら今自分が寝転がった辺りを蹴飛ばす。

 砂埃が舞い上がり、たった今ジサブローの尻を刺したと思われる金属片が宙を舞った。

 手のひら大、銀色に鈍く輝くアルミニウムの板。どこかから千切り取られたらしく、直線の辺にはリベット孔が並んでいる。


(なんでこんなものが街のゴミ捨て場にあるんだ?)


 足先でそこらの土を除けてみる。

 すると木箱の角が地面から顔を覗かせてたではないか。

 山師の直感が働く。慎重に掘り起こしてみる。山師の七つ道具・短い金テコを使って蓋をこじ開ける。

 ボロボロに劣化した木蓋はさしたる苦も無く外れた。緩衝材のなれの果てと思われる白っぽい粉を払い除けると小さく細長い紙箱がぎっしりと詰まっている。

 黄色い表面の印刷はまだ十分読み取れた。


(これは……もしかすると……もしかするぞ……)


 慎重に一つを取り出し開けてみると……大当たり! 新品のスパークプラグが転がり出た!

 これは凄いことだ。

 こいつを売り払えばひと財産できる。優に三年は遊んで暮らせるだろう。普の山師ならそうするかも知れない。だがジサブローは瞬時に計算を立てた。


(コイツを売って、その金で鉱脈を捜す。これと同じものがまだ大量に眠っている場所があるはずだ。そこを見つければ三年どころか死ぬまで遊んで暮らせる!)


 まあ電気炊飯器の鉱山を見つけた時も同じことを言っていたのだが。


 木箱は持ち上げようとしたら崩れてしまった。やむを得ずブツは背嚢とポケットに詰められるだけ詰め込んで、ゴミ捨て場のボスを呼びつけた。


「ここらのゴミはいつ頃持ち込まれたんだ?」

「さあ? そんな古い事覚えてるわけねーべよ」

「これで思い出せるだろ? ほらよ」


 金貨を一枚握らせる。さすが金貨の霊験はあらたかだ、ボスは瞬時に記憶を取り戻した。


「去年の春頃だよ。ノートスって業者がいっぱい来てたよ」

「ありがとよ、坊主」



 ジサブローは宿屋へ向かった。荷物を回収したら、あとは役所の記録を調べて残土の発生場所を突き止めるのだ。


(忙しくなるぞ……)


 宿は街中の大きな娼館の三階。流れ者の宿泊所としては極めてお手頃だ。よそ者には慣れているし宿代を払っている限りは余計な詮索もされない。追っ手が踏み込んでくる心配もない。

 無人のロビーに入り、小窓から管理人のチェックを受けて階段を上る。

 自分の部屋のドアを開けて……ジサブローは腰を抜かした。

 二人の黒服を従えて勝手にブランデーを嗜んでいる、赤いジャンプスーツの若い女。


「ケ……ケルマ⁉ 何でここに!」

「なんでじゃないでしょ。先月分の返済、まだなんだけど?」

「(ギクッ)そ、それはご苦労なことです。良くここがお分かりで……」

「簡単よ。お金の匂いがしたからね」

「(相変わらずのがめつさで……)」

「何か言った?」

「いえ、な~んにも(愛想笑い)」

「とにかくね、今日という今日は利息分だけでもきっちり入れてもらうからね」

「金なんかねえよ」

「噓おっしゃい。ポーカーで勝ったの、知ってるからね?」


 まったく、やれやれだぜ。

 そこまでバレているなら仕方ない。ジサブローは跪いて泣き落としにかかった。


「ケルマちゃん、聞いてくれ。俺は今日、人生最大の当たりを引いたんだよね」

「先月も先々月もその前も、同じこと言ってたわね」

「いや今回は本物さ。金貨百枚どころか千枚、一万枚になる」

「博打の話なら聞かないわよ」

「違う。鉱山(ヤマ)だ」


 ケルマの眉がぴくりと動いた。

 黒服たちも顔を見合わせる。


「……鉱山?」

「そうとも。古代技術の臓物だ。しかも未使用品だぜ」

「寝言は寝て言え」

「夢でも寝言でもない。証拠ならあるさ、ほら」


 ジサブローは用心深く、これが全てという顔で一本だけ差し出した。たとえ相手がケルマでも全てを明かすわけには行かない。

 黒服の一人が思わず息を呑んだ。

 ケルマが受け取る。赤い放射の紋章が描かれた箱を開ける。

 白磁。鋼鉄。腐食なし。


「……新品?」

「そうだ」


 ケルマはしばらく黙っていたが、やがて鼻で笑った。


「それで? 一本拾ってきたからこれで納得しろと?」

「違うね。一本見つかったってことは、千本眠ってる場所があるってことだ」


「千回聞いた台詞だわ」

「だが一度は当たった」


 それを言われるとケルマも黙るしかない。

 電気炊飯器の鉱山。あれでジサブローは一時本当に成り上がったのだ。


「……何が欲しいの? 追加融資?」

「話が早くて助かる。カネも欲しいが必要なのは時間だ。事前調査に二日、移動に三日間」

「長い」

「じゃあ合計四日半」

「値切るところじゃないのよ」

「役所で書類を見るのに二日、エテローの街まで徒歩で三日かかるんだ」

「役所で何を調べるの」


 ジサブローは肩をすくめた。


「詳しくは言えないが、こいつは残土の中にあった。どこから運ばれて来たか調べる。それから相棒の鑑定が要る。あいつなら発掘場所の見当もつけるだろう」


 なるほどねと呟いて、ケルマはグラスのブランデーを飲み干した。

 それから立ち上がり、ジサブローの鼻先に指を突きつける。


「エテローに会うなら、あたしもついて行く」

「なんで⁉」

「あんたが逃げるかも知れないからよ」

「おいおい、俺を信用できないって言うのかい?」

「どの口が言うの?」

「この口」


 ケルマがジサブローの股間を蹴り上げた。


「次ふざけたらちょん切るからね。眞金(まがね)、お父様に報告。黒鉄(くろがね)、あんたはあたしと一緒に行きなさい」


 黒服の大男が無言で頷く。


「おいおい、ロマンスの旅に野暮な護衛付きかよ」

「見張り兼、荷物持ち兼、取り立て係よ」


 ケルマはそう言って笑い、ジサブローは天井を仰いだ。


(……やれやれ。だが話は早い)


 時は金なり。ジサブローにはどちらも足りない。昼飯もそこそこに町役場へと向かった。



 スコルピドトポスの町役場は手続きを求める住民でごった返している。

 大方が娼館と賭博場の営業許可(更新を含む)の申請、旅館の宿泊者の届け出、そして生活保護の申請だ。


 ジサブローは壊れかけのベンチに腰掛け、辛抱強く待っている。

 背後には黒鉄が無言で立っている。傍から見ればさぞかし奇妙な光景だろうが、気にする者は誰もいない。


 日が傾く頃、漸くジサブローの番が来た。

 土木工事関連の書類を閲覧したいと言うが、民間人に見せた前例が無いとけんもほろろに断られた。だがそんなことでめげる様なジサブローではない。

 こういう融通の利かない役人を説得する方法は二つある。一つには銃口、今一つは……。


「まあまあそう言わずに。お願いしますよ、お役人様」


 まるで美女を口説くかのように情熱的におっさん公務員の手を握る。

 その定年退職間近と思しき窓口担当者は、掌中に生じた感触に微妙な表情をした。

 そっと覗いてみると……燦然と輝くバシリアス金貨!


 うおっほん、と咳払いをして、そのお役人様は急に物分かりが良くなった。


「で、何を知りたいのですかな?」

「去年の春、ノートス商会がこの街へ運び込んだ残土の出所さ」


 窓口担当者は帳簿棚を見やり、一冊の分厚い台帳を引き抜いた。

 ぱらぱらと頁を繰り、金貨の重みを確かめるように指先で撫でる。


「……東街道三十里。旧レヴァント採石場跡地、とありますな」

「採石場? 採石場から残土が出るのか?」

「採石場だからと言って本当に採石しているとは限りませんよ」


 担当者が意味ありげににやりと笑い、ジサブローと黒鉄の目が合った。


「他には?」

「同じ荷主で近隣の村へ鉄屑を数車。以上」


 ジサブローは帽子を被り直した。


「十分だ!」


 財布も足取りも軽く宿へ取って返したジサブロー、早速ケルマに事の次第を報告し、追加融資の金袋を受け取ると宿を出た。


「なあケルマちゃんよ。本当について来るのかい?」

「当たり前でしょ。完済するまでは逃がさないわよ」

「素直じゃないねえ。俺と一緒にいたいって言えばいいのn


 台詞が終わる前にケルマの右ストレートがジサブローの顎を捉えた。完全に目を回したジサブローを、黒鉄が襟首掴んで立ち上がらせた。



 メタキリスメノの街はいつも静かだ。

 その静かな街の、更に静かな裏通り。そこにその男の店がある。


 古道具屋『エテロー堂』

 その佇まいは一見するとゴミ置き場にも見えるが、店舗前に無造作に積み上げられた無数の『商品』はどう見てもゴミの山だった。


 店主・エテローは店の奥、カウンター内で単眼鏡を嵌め、買い取ったばかりらしい小さな時計を検分していた。


「よう相棒、元気そうじゃねえか」

「帰れ。若しくは死ね」

「冷たいなー。それが二年振りに会った相棒への第一声か?」

「その相棒を無断で連帯保証人に仕立てたクズへの、最も相応しい待遇だと思うが?」

「まあそんなことより、俺の手土産を見てくれ。こいつをどう思う」


 エテローの手が止まった。


「これを……どこで手に入れた」

「そいつはまだ言えねえ。だがこれの親玉が眠っている所を探しに行く」

「これだけか?」

「いくつ欲しい? 付き合ってくれるなら必要なだけ渡す」

「先払いで十個に成功報酬。これ以上は負からんぞ」

「よっしゃ! そう来なくちゃ!」


 話が決まるとあとは早い。エテローは即座に店を家族に任せ、旅装を整えた。


「おや、ケルマのお嬢さんも一緒とは。新婚旅行の邪魔はしたくn


 またもやケルマの右ストレートが炸裂した。



 レヴァント目指し、四人は街道を急ぐ。スコルピドトポスからは三日でも、メタキリスメノからは五日掛かるのだ。路銀を節約するためにものんびりしてはいられない。


「お嬢、尾行されている」


 二日目の朝、メシディアドロミの街を出る直前のことだ。黒鉄がケルマに囁いた。


「どんなやつ?」

「まだわからないが軍人ではなさそうだ」

「ふう……ん?」

「カネは掛かっても車を使ったほうがいい」


 こういうことにかけては、ケルマは黒鉄に絶対の信頼を置いている。前を行く二人にも声をかけた。


「あんたら! 足が疲れたから、車に乗るわよ!」

「なに?」

「吝嗇家のお嬢さんとも思えない発言だな(笑)」

「いいから! 早くしなさい」


 辻馬車を拾い「トリトスまで大至急」と告げる。破格の駄賃を受け取った御者は狂ったように馬に鞭を当て、四人の客を乗せて軋む馬車は砂塵を巻き上げて街道を疾走した。



 五日の道を二日半で駆け抜け、四人は旧レヴァント採石場跡地に辿り着いた。


『旧』

『跡地』


 このキーワードから、さぞかしうらぶれているだろうと思ったら大間違い。

 頬に傷ある大男たちが周囲を警戒し、ダンプカーの出入りを監視している。

 車の動きは見るからに不自然だ。残土やら廃材やらを運び込む採石場がどこにあるというのだ。


「石が採れなくなって廃材処分場になったんじゃないの?」

「それにしちゃあ警戒が厳し過ぎる」

「こりゃあ一筋縄では行かないな」

「聞いてみようか?」

「聞いたところで教えちゃくれないだろ」

「どうするのよ」

「勝手に調べるのさ」


 日が暮れれば人も車も動きが止まり、山の中の採石場からは人気が途絶える。


「それじゃあ行ってくるよ」


 ジサブローは立ち上がり、手を振って歩き出した。その背中に黒鉄が声をかけた。


「待て」

「なんだ?」

「金庫には近づくな。警報装置がある」

「ご忠告、感謝するよ」


 今度こそジサブローは鉄柵をひらりと飛び越えて敷地に入り、プレハブ2階建ての現場事務所へ向かった。

 玄関の前にしゃがみ込み、しばらく何かやっていたが程なくしてドアが音もなく開き、真っ暗な室内にその姿が飲み込まれた。


 残されたケルマは一応周辺を警戒している。ジサブローにもエテローにも言っていないが、彼らを尾行している者がいるのだ。


「お嬢さん、何をそんなにキョロキョロしてるのかね?」

「オバケが出たら怖いからよ」


 本当のことは言わない。尾行者とエテローが無関係という保証はないのだ。

 生き延びるには誰にも背中を見せてはならない。それがこの世界の鉄則だった。


 どれくらい時間が過ぎただろうか。

 入っていったドアからジサブローが姿を見せた。再びドア前にしゃがみ込み、何かやっている。

 戻ってきたジサブローは手ぶらだった。


「何よ、収穫なし?」

「いや大有りさ。ここは中継地に過ぎない。本命はミーロンだ」


 自分が何も持っていないことを疑問視されているのに気付き、ジサブローは言った。


「侵入の形跡を残したら後が面倒だろ。だから書類は読んだだけ、ドアは元通り施錠したのさ」


 それにしてもミーロンとは。直線距離で一千公里、途中には山脈もあるし海峡もある。歩いて行ける距離ではなかった。


「そこらへんは明日考えよう」


 エテローの提案に従い、四人は宿に戻った。部屋割りはジサブローとエテローが一番安いツイン。ケルマと黒鉄はエグゼクティブスイートだった。

 部屋に入ったジサブローは驚いた。荷物が引っ掻き回された跡が歴然としていたからだ。

 聞けばケルマ達も同様だという。


「これは素人の仕業だな」

「素人に見せかけたプロかも知れんよ」

「だがこれで決まったな。このヤマは当たりだぜ!」

「ああ。面白くなって来やがった」


 みな貴重品を部屋に残していくほど間抜けではない。被害らしい被害はないが、ケルマは実に不愉快だった。

 着替えが無くなってしまったのだ。


「急いだ方がいい」


 黒鉄の意見に異議を唱える者はいない。突然のチェックアウトに慌てふためくフロントを残し、四人は慌しく宿を出た。

 なおケルマは荷物を荒らされたことをネタに宿代を踏み倒していた。


「ミーロンへは飛行機を使うしかねえな」


 ジサブローが言う。

 ここから西へ二日の距離にシャンデプリュームの飛行場がある。そこへ行けばミーロンへの定期便が就航しているはずだ。


「いいけど……」


 ケルマは気乗りしない様子だった。ここまで来て今更降りる気はない。問題は運賃が高いことだ。

 手持ちの現金は減らしたくない。会社にツケてしまえば何とかなるが……。


「旅客機に乗るのとチャーターするのと、どっちが安上がりかしら」

「小型機で機体のみならそっちが安いかもな。けどパイロットがいないだろ」

「黒鉄が操縦出来るけど」

「なんでも出来るな、このおっさん」

「どっちにしても金貨二十は必要だが」

「俺もうそんなに持ってないんだけど」

「宿場ごとに博打やってるからよ」

「ジサブロー、プラグ売って金を作れよ」


 エテローが言う。


「まあしゃあねーわな」


 このやり取りを聞いて、ケルマは心底安堵した。



 夜間の移動は危険だ。四人は酒場で朝を待ち、また馬車に乗った。

 馬車に乗り込むと黒鉄は内懐から拳銃を取り出して装弾を確かめた。エテローが目聡くそれを見つける。


「お、帝國海軍一四式・将校モデルか。グリップにちょい傷ありだが保存状態はいい。売ってくれ」

「断る」

「言い値でいいんだ。金に糸目は付けんぞ」

「断る」


 取り付く島もない。エテローもそれ以上粘ろうとはしなかった。


「カネには代えられない……か」


 黒鉄は何も言わなかった。



「ここってこんなに寂れてたっけ?」


 陽が沈む直前、シャンデプリュームの飛行場に着いたものの、滑走路端に駐機している機体が驚くほど少ない。

 ジサブローの記憶にあるこの飛行場は多くの飛行機がごった返す空の要衝だったはずだ。


「今はどこもこんなものさ」


 エテローがタバコの火をもみ消しながら言った。


「機体の生産は頭打ち、にも拘らず航空輸送の需要は伸びている。だから到着した機体を即座に使い回す」

「ほー。そんなものかねえ」


 四人分の座席を求めて航空会社のカウンターに行ってみたが予約が一杯とあっさり断られた。


「どーすんのよ」


 ケルマがレーザービームのような視線で睨みつけるが、ジサブローの面の皮にダメージを与えることは出来なかった。


「直接交渉あるのみさ」


 旅客でもない係員でもないジサブロー達は、本来滑走路には入れない。だがそんなルールにはお構いなし、見張りの隙を見てさっさとゲートをくぐる。


「堂々としてりゃ案外疑われないもんさ」

「あんたの神経の太さが羨ましいわ」

「ん? 惚れてくれてもええんやで?」

「君死に給へ」


 広大な滑走路の一番端、ターミナルから最も遠いところに双発飛行艇が駐機している。

 コネラモア・デュスチル。大き目の機体は他にも数機あるが、ジサブローが目を付けたそれはひと際おんぼろだった。


「ちょっと! あれに乗るの? あたし嫌よ!」

「あれじゃないと無理なんだよ、お嬢さん」


 ヒステリックに叫ぶケルマをエテローが制止する。


「そゆこと! ミーロンへ行くにはシャノワールかタキドロミーオしかないんだ」

「じゃあタキドロミーオにしてよ。あっちの方が綺麗じゃない」

「だから無理なのさ。機体が綺麗に管理されている会社は規則にも厳しいからな。まあ見てなって」


 デュスチルの機体側面の扉はまだ開いて梯子が掛かっており、その下には積み荷らしきボール箱が五つ、地べたに放置されている。

 その扉の内側から飛行帽を被った男がひょいと顔を出した。


「あんた、丁度いいや。その箱こっちにくれ」

「これかい? 何だこれ随分重いな!」

「ひと箱四十ポンドって制限があるはずなんだがね」

「だが料金は相変わらずひと箱いくらってわけだ」

「そういうこと(笑)」


 残りの箱を運び上げるとパイロットが地面に降り立ち、梯子を片付けた。


「で、何の用だね?」

「ミーロンまで追加の荷物を積んで欲しいんだ」

「荷物? そのスーツケースかね?」

「ああ。プラスで人間を四人、それと……詮索無用no questions asked」

「報酬は?」

「金貨五枚」

「一昨日来やがれ」

「加えて新品のスパークプラグ三本と、交代の操縦士が一人」

「……トイレ無しで八時間。それで良ければ」

「待て待て待て! ちょっと待って!」

「どうしました、お嬢さん?」

「トイレ無しって……そんなんあり?」

「ないものは無いんですよ。一人乗りですから」

「噓でしょ……」

「やめときますか?」

「……やめない」

「ま、貨物室の一番後ろなら誰にも見えませんから」

「……うっさいわ!」


 取り敢えず交渉は成立した。

 パイロット用のドアから乗り込んだ五人乗りの操縦席には、座席が一つしかなかった。他の席があったであろう場所には、代わりに大きな郵便袋がぎっしり積まれている。


「どこに座ればいいんだ?」

「その袋を押し退けてくれ。何ならクッション代わりにしてくれていい」


 男三人がかりで辛うじて四人分のスペースを作る。郵便物の上に座るのは流石に気が引けて、それぞれ自分の鞄を椅子代わりにする。


 パイロットから受け取ったプラグを地上員が不思議そうな顔で交換し、間もなくエンジンが回り出した。



 黒鉄と一時間おきに交代しながら飛行を続けるデュスチル飛行艇。

 三十代らしいパイロットは上機嫌だ。


「黒鉄さん……だっけ? どこの部隊に居たんだ?」

「あんたも軍人上がりか?」

「ああ、ちょっと前までな。全く碌でもない空だったよ。ま、今よりはマシだったかな」


 天候に恵まれ、しかも追い風を受けて夜間飛行は順調だ。ジサブローだってつい軽口の一つも叩きたくなるというものだ。


「ケルマ、トイレは?」

「思い出させるなーッ!」



 ミーロンの滑走路に、デュスチルが半分墜落みたいな着陸をする。

 東の空が白み始めていた。


 エプロンに移動しプロペラが回転を止めると地上員が機体に取り付き、貨物の搬出が始まる。

 四人はまだ降りることが出来ない。流石に便乗がバレるのは不味い。


「もう少し我慢してくれ」


 パイロットが貨物室の床掃除に取り掛かる。

 自分の排泄物が洗い流される様子を、ケルマは虚ろな瞳で眺めていた。


「もういいぞ。皆いなくなった」


 青い顔で地上に降り立つ便乗者(いや、密航者と言った方が良いか?)たち。速足のケルマが先頭に立つ。

 最後尾の黒鉄に、パイロットが声を掛けた。


「なかなか良い腕だったよ、あんた。まっすぐ飛ばすだけでも大変な機体なのにな」


 黒鉄は何も言わず、微かに頷くだけだった。


「あーっ!」


 ジサブローが大声を上げた。

 ケルマとエテローが何事かと振り返ると、ジサブローが黒鉄を指差している。


「このおっさん、今笑ってた!」

「黒鉄さんが?」

「黒鉄は笑わないわよ(それより早くおトイレ行きたい)」

「嘘じゃねーって。笑ってたんだよ! ほんのちょっとだけど!」


 黒鉄はやはり何も言わなかった。



 ミーロン周辺での情報収集はエテローの担当だった。古道具屋と言いながら故買も手掛けている男だ。裏社会の情報に通じている。

 たちどころにしてミーロン飛行場から西へ約十公浬、ミーロン川沿いの神殿近くの沢から大量の土砂が搬出され、飛行場に運び込まれたことを突き止めた。


「飛行場内に新しい土木工事の痕跡はないな」


 ジサブローが見解を述べる。


「そうだ。ただの土砂をわざわざ空輸するはずがない」「しかも作業にはタハウの軍人が関わっていたらしい」「間違いない。運び込まれたのは土砂に見せかけた『何か』だ」


 エテローが断言した。



 月明かりだけを頼りに山道を進む。

 車を雇おうと思ったが高過ぎて手が出なかった。

 ここでケルマが音を上げてくれればと言うジサブローの期待はあっさりと裏切られた。


「あたしがカネの匂いを逃がすとでも思った? 飛行機の八時間に比べりゃ楽なもんだわ」

「宿で寝てりゃいいのに」

「そう言って逃げるつもりでしょ?」

「よくお分かりで(笑)流石は俺のケルマちゃん(笑)」

「誰がお前のじゃ」


 黒鉄が舌を巻くほどの鋭いボディーブローがジサブローの鳩尾に決まった。懲りない男であった。



 三時間ほども歩いただろうか。


「こっちだ」


 エテローが指差す方向には林道の入り口を示すゲートがある。


「なんだよ。ここに何があるんだ」


 ジサブローが首を傾げる。


「大型車両が通った跡がある」


 黒鉄がマグライトを照らす。

 言われてみれば、林道にしては幅が広いような気もする。


「このゲートに使われているのは特殊鋼だ。切断は容易ではない」


 南京錠を確かめながら黒鉄が言った。


「お宝確定じゃん(笑)」


 ほくそ笑むジサブロー。車は入れないが、人間だけなら横を通って行ける。

 四人は林道に入り、更に歩き続けた。道はところどころ行き違いのために広くなっており、やがて谷底のような隘路となった。


 それから一時間も経った頃のことだ。ずっと聞こえていたフクロウの鳴き声がふと止んだ。

 もっともそれに気付いたのは最後尾を歩いていた黒鉄だけだ。

 黒鉄はケルマにそっと耳打ちした。


「右に三人、左に五人。このまま進めば挟まれる」


 ケルマは二十歩先を進むジサブローとエテローを見やった。

 黒鉄が言わんとすることは解っている。


 しかし……。


「(債務者と言う名の金蔓を)見捨てるわけには行かないわ」

「了解」


 黒鉄は風のように動き、ジサブロー達を押し倒して伏せさせた。二人の顔面が泥の中に埋まった。


「痛えな! 何すんだよおっさん!」


 ジサブローが叫ぶ。


「そのまま動くな」

「は?」


 その瞬間、複数の銃声が響き渡った。

 ジサブローとて素人ではない。考えるより先に路肩の溝に転がり込んだ。エテローと黒鉄も同様だ。

 ケルマはいち早く沿道の大木の陰に身を隠している。


(誰だか知らんが、撃っていいのは撃たれる覚悟があるやつだけだぜ)


 ジサブローは腰のコルト・シングルアクションに手を伸ばした……が、右手は空しくホルスターの上を通過した。


「あれ? 俺の拳銃……」


パン! パン!


 ジサブローの隣から聞き慣れた銃声が聞こえた。

 黒鉄の手にあるのは紛う事なきジサブローのコルトだ。


「おっさん! それ俺の!」


 右側の尾根に向かって二発撃ったと思ったら今度は左側に向けて四発。

 それきり襲撃者の銃声は止んでしまった。


「銃器はもう少し丁寧に整備しておけ」


 コルトを返しながら黒鉄が言う。


「『整備しておけ』じゃねえの。俺のもん勝手に使うんじゃねえよ。自分のがあるだろ」

「これは使えない」

「なんだよ、整備不良か? 他人には偉そうなこと言いやがったくせに」

「いや。使いたくないだけだ」

「ケッ! このしみったれが」


 ジサブローが悪態をつく。


「黒鉄、終わったの?」


 闇の向こうからケルマの声。


「終わりました」

「流石ね」


 合計八人を六発で仕留める黒鉄の腕にケルマは心底満足した。この男が敵でなくて本当に良かった。



 射殺され崖から転がり落ちた死体。それを黒鉄が靴底まで剥がして検分している。

 やがて立ち上がりケルマに向かって告げた。


「何もない」

「なにも?」

「銃は一番多く流通している民生品の猟銃。服装もバラバラの私服。だが行動は訓練された歩兵のものだ」

「傭兵崩れか? 軍人上がりってことか?」


 エテローが聞いたが黒鉄は首を横に振った。


「もっと厄介な相手かも知れん」


 こんな時、却って笑い出すのがジサブローだ。


「いいじゃねえか。面白くなって来やがった(笑)」

「あんたねえ……」


 ケルマが呆れたところでこの男は態度を変えない。落ちた帽子を拾い上げて陽気に笑う。


「このヤマは当りだぜ。死ぬほど贅沢させてやるよ、ケルマちゃん」



 林道は何故か沢へと下り、タイヤ痕を追って川岸を進むこと約三時間。

 四人は洞窟の入り口に辿り着いた。


「これは……」

「ああ……」


 ジサブローとエテローは感動に打ち震え、ケルマと黒鉄も呆然と立ち尽くす。

 それは間違いなく埋没した建物の入り口だったからだ。


 勿論いきなり飛び込むようなヘマはしない。

 中に刺客が待ち構えている可能性は十分にあるし、そうでなくても有毒ガスが充満している場合もある。


 龕灯に火を入れ慎重に中を探る。

 真っ暗な空洞が奥へと続く。


 間違いなく古代の生産設備特有の構造だ。

 だが……。


「なんにも無いわね」


 ケルマが至極まっとうなご意見を下さった。


「目ぼしい物は全て運び出された後のようだ」


 黒鉄さんが丁寧に補足してくれた。


「奥まで行けば何か残ってるよ!」


 未練がましく進むジサブロー。その前に現れたのは、落盤で埋まった倉庫らしき空間。

 流石のジサブローもがっくりと膝を突いた。


 それでも諦め切れず、背嚢の横に括り付けられたフォールディングスコップ(つるはしと一体になった折り畳みのやつ)を落盤跡に打ち込み始めた。


「この向こうに! お宝が! 埋まってるんだ!」


 だが柔らかな土砂は後から後から崩れ落ちて来る。発掘が不可能なのは(ジサブローを除く)誰の目にも明らかだった。

 ジサブローの悪戦苦闘は一時間ほども続き、ついに力尽きてその場に伸びてしまった。


「おいジサブロー。報酬はきっちり頂くからな?」

「返済も待たないわよ?」


 そう言って二人は投げ出されたジサブローの背嚢を漁り、残りのスパークプラグを取り出した。


「あんたも帰りの旅費が必要でしょ。一本だけ残しといたげる。感謝してよ」

「折半して一ダースずつか。辛うじてプラマイゼロってとこかな」

「こっちはギリ利息分ってとこかしら。経費を考えたら大赤字ね」


 今度は黒鉄を先頭に出口に向かう御一行様。

 外は既に夜が明けていた。暗いうちは分からなかったが、ここから直接本道に戻る石段があるようだ。


「あ~もう、お腹空いたし、早く宿に戻ってシャワー浴びたい」


 ケルマがボヤく。


 階段を登り切ったそこは、古い神殿の裏手だった。人の姿は見えないが廃墟ではなさそうだ。


「妙なところにあったもんだな、神殿も遺跡も」


 エテローが感想を述べる。


「お嬢、あそこに巫女がいる。頼めば食事くらいは出してもらえる」

「マジ? ラッキーじゃん」

「お賽銭くらい出した方がいい?」


 ワイワイと騒ぎながら歩いて行く三人。その姿が見えなくなった頃、漸く我らがジサブローが石段を登り切って姿を見せた。


 ふーっと大きく息を吐く。

 その表情には流石に疲労と落胆が浮かんでいる。


 しかし次の瞬間、彼は視線を上げた。


「ま、山師稼業なんてこんなものさ」


 ジサブローは肩をすくめ、間の抜けた口笛を吹きながら歩き出した。

 ケルマが残してくれたプラグ一本と、背嚢の底の隠しポケットに残った十本があれば当分生活には困らない。


 口笛の音は朝の空気に溶けるように、やがて参道の向こうへ消えて行った。




  (第三話:完)




第3話、いかがでしたでしょうか。

異世界の底辺に生きる者たちの逞しさが少しでも伝われば、作者としては望外の喜びというものです。

次回・第4話、構想は出来ているのですが、完成はいつのことやら……。

どうぞ気長にお待ちください。

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― 新着の感想 ―
黒鉄さんが無駄にかっこいいですね。どんな来歴があるのか気になります。
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