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第7話 テストと提案(前)

 小鳥の囀る声に、ゆっくりと目を開けた。

 半身を起こしカーテンを開けると、空はぼんやりとした灰色の雲で覆われている。しかし昨夜降った雨は既にやんでいて、もう降る様子はなさそうだ。


「ふああ…」


 あくびをしつつ大きく伸びをすると、全身に血が巡り、すぐに頭がはっきりとしてくる。

 昨夜は遅い時間まで本を読んでいたが、その疲れをほとんど感じない。

 短時間の睡眠でもしっかりと深い休息が取れるのは、若い肉体の良い所だ。


 裏庭に行き、魔術で呼んだ水を桶に溜めて顔を洗う。

 ついでに畑からサラダ用にルッコラを摘んだ。

 自分で食べるための野菜やハーブ類を植えてある小さな畑だが、雨の後なので水やりは必要ない。


 台所に入り、フライパンを熱してベーコンと卵を焼きながらパンをスライスする。

 昨夜の残りのスープを温め直し、軽く洗ったルッコラを半熟のベーコンエッグに添えれば、朝食の出来上がりだ。


「うん、美味しい。若いと食べ物まで美味しく感じるね」


 若返ると味覚まで鋭敏になるらしい。ものを噛むのも飲み込むのも楽になったおかげで食欲も増したし、最近は食事をするのが随分と楽しく感じる。

 だが、老人の癖で独り言が多いのだけは直りそうにない。


 のんびりと食後のお茶を楽しんだ所で、窓から光が差し込んできた。どうやら晴れてきたようだ。

 何だか幸先が良いと思いながら立ち上がる。そろそろ支度をしなければ。

 今日は日曜日、また家庭教師に行く日なのだ。





 ゲータイト伯爵邸に到着すると、玄関でセピオが待ち構えていた。挨拶もそこそこに勢い込んで尋ねてくる。


「先生、これは一体どういう事ですか!?」

「何がだい」

「またユージアル様が大人しく部屋で待っているんですよ!!こんなの絶対おかしいです!!」

「ほほう。先週見せたやる気はまだ健在らしいね」

「やっぱり何か知ってるんですね…!?」


 どうやらユージアルはセピオに対し、エリスの事を全く話していないらしい。あのチンピラとの戦いについて話せば、平日の午後に一人で下町をフラフラしていたのがバレるからだろう。

 あたしも先週は、今の時点で話す必要はないと思って適当に誤魔化しておいた。


「安心しな、今日の授業が終わったらちゃんと話すよ」

「……。分かりました。では、授業の後に」


 セピオは何か言いかけたが、素直に引き下がった。

 良い報告をしてやれるといいんだけどねえ。

 …全ては、今日のテストの結果次第だ。



 勉強部屋では、机に教科書を広げたユージアルが待っていた。

 ぎりぎりまで復習をしていたようだが、なるほど。これはセピオが驚愕して取り乱すのも分かる。


「ちゃんと準備をしてきたようだね?」

「おう!俺の実力を見せてやるぞ、ババア!…あ、セピオ、今日のお菓子はハーキマーのカヌレだぞ。分かったな!」


 保険のつもりだろうか、今回もしっかり高級菓子でご機嫌を取ろうとするあたり、姑息な小僧である。

 ハーキマーのカヌレと言えば老舗洋菓子店の看板商品だ。絶品だが行列必至なので、これまたなかなか食べられない。

 賄賂なんかで採点を甘くするあたしじゃないが、お菓子に罪はないので有り難くいただいておこう。





 …そして、それから40分ほど後。


「惜しかったね。90点だ」


 採点を終えてそう言うと、ユージアルは物凄くショックを受けた顔をした。

 今回は本当に自信があったんだろう。


「そ、そんなぁ…頑張ったのに…」

「そうだね、あたしも驚いたよ。良く頑張ったね」


 ごく狭い範囲の問題とは言え、こいつにしてみれば格段の進歩だ。

 実は先週のテストよりも少しだけ難易度を上げていたのだが、それでも間違ったのはたったの一問だけ。一番難しい最後の問題だけだ。


「後もうちょっとだったのに…エリスさん…!」

「そんなにあの娘に会いたかったのかい?」

「あったりまえだろ!あー、くそ…」


 ユージアルは机に突っ伏してふて腐れている。

 あたしはその頭を掴むと、ぐいっと無理矢理こちらを向かせた。


「痛ってぇ!何すんだババア!」

「良くお聞き、ユージアル。確かに満点じゃなかったが、あんたがこんな良い点数を取ったのは初めてだ。あんた、本当に頑張ったんだろう?…真面目にやれば、この通りちゃんと結果に繋がるんだよ。今回のでそれが分かったはずだ」


 やはりユージアルはやればできる子だ。

 今まで酷い成績ばかり取ってきたのは、やる気がなかったからに他ならない。


「…でも、全問正解じゃなかった。頑張った意味、ねえし」


 ムスッと頬を膨らませながら言う。

 その水色の目に暗い影があるのが気になった。この前子供に騙されてチンピラと戦った時もそうだったが、こんな投げやりな目をする子だっただろうか。

 …ここは一つ、飴を与えてやる必要があるようだ。


「いいからまあお聞き。『全問正解したらエリスに会わせてやる』って約束だけどね、こんなに頑張ったあんたに何もご褒美をやらないほど、あたしは鬼じゃない」

「えっ!?じゃあ…」


 ぱっと表情を明るくしたユージアルに、あたしはニヤリと笑ってみせる。


「今日、最後までちゃんと真面目に授業に取り組む事。それが守れたなら、あの娘に会う段取りを付けてやるよ」

「マジで!??やったーー!!話がわかるじゃねーかババア!!」

「そう思うんならババアって呼ぶのをやめな!!あたしゃ先生だよ、少しは敬意を払ったらどうなんだい!!」

「了解!!ババア先生!!」

「何も分かってないじゃないか!!」

「まあまあ、気にすんなって!」


 あたしのツッコミなど無視で笑っているユージアルに、思わず苦笑する。

 そんなにエリスに会えるのが嬉しいのかと思うと何とも複雑な気分だけど、こいつはそのために頑張ったんだよねえ。

 頑張る事に意味はある。今はどんな形だろうと、それをちゃんと教え込んでやった方が良いような気がするのだ。



「全くもう…。大体、喜ぶのはまだ早いよ。あたしの言った条件はちゃんと聞こえてたんだろうね?」

「分かってるって!任せとけ、俺はもう数学のコツを掴んだ!!」

「そりゃ結構だけどね、今日やるのは国語と政治経済だよ」

「えっっ」

「当たり前だろう!学院の教科は他にもたくさんあるんだ、数学ばっかりやったってしょうがないだろうが。ほら、さっさと始めるよ!」

「うえぇぇ…」


 ユージアルは渋い顔をしたが、大人しく机に向き直った。

 よしよし。これで今日もちゃんと授業ができそうだ。

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