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最終話 まだ見ぬ未来

 あの武芸大会から2週間後、あたしは再びゲータイト伯爵邸に呼ばれていた。

 いよいよ伯爵から処罰を言い渡されるのか。

 しかしいつもの応接室にいたのは、伯爵ではなくユージアルだった。


「あ、エリスさ…じゃなくて、えっと、エリトリット先生」

「別に、いつもみたいにババアって呼んだって良いよ」


 迷いながら名前を呼ばれ、苦笑で答える。

 向かい合ったソファに座り、メイドが運んできた紅茶に口をつけた。



「…腕の火傷は良くなったかい?」


 あの2回戦、ユージアルは派手に両腕を燃え上がらせていた。

 治癒魔術で何とかなったとは思うが、どの程度の火傷か観客席のあたしからは分からなかったので心配だったのだ。


「うん、もうとっくに良くなってる。一応、アルデン殿下の魔術で全身濡れてたからやった作戦だったし、そこまで酷い火傷はしなかったんだ。ちゃんと治療だってしてもらったし。…まあ、しばらく結構痛かったし、消耗しすぎたせいで3回戦はあんなんだったけど…」

「でも、よく頑張ったよ」


 優勝候補のアルデン王子を打ち破り3回戦に進出したユージアルだったが、残念ながらそこで敗退した。

 3回戦が行われたのは同じ日の午後。

 魔力や体力が回復していなかったユージアルの動きは2回戦の時より明らかに鈍く、それでも多少は粘ったのだが、3年生の実力者相手に負けてしまった。


「アルデン殿下にはすっげー文句言われちゃったけどね。『僕に勝っておいて3回戦敗退なんてどういう事かな』って」


 苦笑いするユージアル。

 落ち込んでいないだろうかと思ってたが、結構元気そうだ。



「あのガドリンとはどうなったんだい?」

「あー…」


 ユージアルは何やらおかしそうに吹き出した。


「ガドリンの奴、俺が殿下に勝ったのがよっぽど気に食わなかったみたいでさ。あんなのは偶然だー!って言って回ってたんだけど、それを聞いた殿下が怒って『ふうん、君は僕が偶然で負けるような人間だと思ってるんだ?』とか言ったらしくて。あいつめちゃくちゃビビリ散らかしたみたいで、すっかり大人しくなった」

「へえ」


 捨て身の無茶苦茶な作戦だったけど、ちゃんと実力で決まった勝負だったと王子は認めてくれたらしい。


「でも、代わりにアルデン殿下がさ…。なんか妙に気に入られたっぽくて、一緒にランチ食べようとか、手合わせしようとか、やたら声掛けて来るんだよなぁ…」

「そりゃ、凄いじゃないか」


 王子から気に入られてるとなると、学院では一目置かれる。ガドリンに絡まれる事は今後もほとんど無くなるんじゃないだろうか。


「嬉しくないわけじゃないけど、俺、あの人ちょっと苦手なんだよなあ。悪い人じゃないんだけど」


 困ったように笑い、ユージアルは自分の両手に視線を落とした。



「…あと、クラスメイトとか同級生がさ、何か急に俺の事チヤホヤしてきて。ムカつくとまでは言わないけど、ちょっと複雑っていうか…」


 大会で実績を残し王子にも気に入られたユージアルに対し、学院の者は手のひらを返したらしい。

 ユージアルは元々名家の跡取り、その方が当たり前の扱いなんだろうけど、本人からすれば素直に喜べる事じゃないんだろう。


「…別に、あんたの好きにすりゃいいと思うよ。向こうがすり寄ってきたからって、こっちも愛想良くしなきゃならないって事はないんだし」

「うん…」


 うなずくユージアルに、あたしは「でも」と言葉を続ける。


「覚えておきな。あんたの周りの環境が変わったのは、あんたが自分の力で勝利を掴み取ったからだ。努力して、工夫して、勇気を出して戦って勝ったからだ。…あんたは、胸を張って良い」


 その目を正面から見つめ、笑いかける。


「勝利おめでとう、ユージアル。あんたは、本当に立派になった」


「……」


 ユージアルの頬が紅潮する。

 嬉しそうに、照れくさそうに笑って下を向いた。


「…ありがとう、エリスさん。…ババア…」





 …応接室の中に沈黙が落ちる。

 あたしの聞きたい事、伝えたい事はもう言った。

 だけどユージアルはまだ何かを言いたそうにしている。拳を握りしめたり、開いたり。落ち着かない様子で、何かを言おうとしている。


 最後までちゃんと聞かなければいけない。

 こいつには、あたしに怒り、責める権利がある。


 数分ほど経ってようやく、ユージアルは「…あのさ」と口を開いた。


「ババアは、エリスさんの姿で授業すれば、俺がやる気出して成績上がるってそう思ったから、エリスさんを演じてた訳だろ?」


 あたしは「ああ」と素直にうなずく。もう嘘は言わないと決めている。


「じゃあ、エリスさんと初めて会った時、助けてくれたのは?」

「ありゃ、たまたま偶然だよ。あんたがあんな所にいるなんて思わなかったからね」


「励まして、褒めてくれたのは?」

「思った事を言っただけだよ。あんたは困っている人を見て、助けたいって思える人間だ。…そういう所が気に入ってたから、家庭教師を続けてたんだしね」


 本当に手を焼かされたけれど、根は良い子だってのは分かっていた。何かきっかけさえあれば成長できるんじゃないかと。

 その考えは間違っていなかったと、こうして証明された。


「…じゃあさ。デート、してくれたのは?」

「伯爵やセピオに頼まれたから」

「……」


 嘘じゃない。…だけど、全てでもない。

 あたしは正直に話し始める。


「…最初はね、そうだったんだよ。頼まれたから仕方なく行くつもりだった。…でも、嬉しかったんだ。あんたが自分の言葉で誘ってくれた時、あたしは嬉しかった。心から行きたいと思えた」


 ハッとしたようにユージアルが顔を上げる。


「あの日、靴をプレゼントしてくれた事も。一緒に歩いて、食事をした事も。全部嬉しかったし、楽しかった。何十年かぶりに、本当に楽しかったんだ。デート相手の正体がババアだったなんて、あんたにとっちゃ嫌な思い出になっちまったかも知れないけど…」


 こいつが忘れても、あたしは忘れない。

 あの日、一緒に過ごした思い出を。


「…いい思い出をありがとう、ユージアル。本当に、嬉しかったよ」




 あたしの言葉を聞き、ユージアルはぎゅっと両拳を握りしめた。


「…俺、ずっと考えてたんだけどさ。俺がショックだったのは、エリスさんがババアだった事じゃないんだ。いや、まあ、ショックだったんだけど、大事なのはそこじゃなくて。…エリスさんの態度が、俺を応援してくれた事が、全部ウソだったんじゃないかってとこ」


「嘘なんかじゃないよ。そりゃ、おだてたり愛想笑いはしたけど、あたしは本当にあんたを応援してた」

「うん。今の聞いて分かった。それにさ、武芸大会、来てくれただろ。…あの時聞こえたんだ。しっかりしな、あんたならやれるって」


 確かに叫んだ。

 追い詰められ戦意を失いつつあるユージアルを見ていられなくて、気が付いたら叫んでいた。

 でも、まさか聞こえていたなんて。


「アルデン殿下に勝てたのは、あの声のおかげだ。…それに、ババアがずっと色々教えてくれたおかげ。最後の炎の魔術、ババアには叱られたやつだったけど」

「そうだね。あんな危ないやり方、あたしは絶対に教えないよ」

「はは、ごめん」


 ユージアルは少し笑って頭をかく。


「試合の後、いっぱい思い出した。ババア、すごい根気強く色々教えてくれたよなって。俺あんなに不真面目で、全然授業聞こうとしてなかったのに」

「ああ。本当に苦労したよ、あんたには」

「だよな…」

「でもまあ、良いさ。あたしが教えた事は無駄にならなかった。それにこれからは、あんたももうちょっと真面目になるだろうし。…次の家庭教師には、あんまり迷惑かけるんじゃないよ」


 あたしはもう、お役御免だ。

 ユージアルに、伯爵に、皆に、正体を隠していた。

 伯爵からどんな処罰を言い渡されるかは分からないが、もはや家庭教師を続ける事はできない。

 …いや、今のユージアルにはもう、家庭教師など必要ないのかもしれない。



「そ、それなんだけどさ」


 ユージアルが身を乗り出す。


「父さんとも話したんだ。…俺、これからもエリスさんに家庭教師やって欲しい」

「……は?」


 あたしは耳を疑い、ぽかんとしてユージアルの顔を見つめ返した。


「俺がここまで頑張れたのは、エリスさんのおかげなんだ。これからも、エリスさんがいてくれればいっぱい頑張れると思う」

「いや、だって…分かってるだろ。エリスは…あたしは、ババアなんだよ?」

「分かってる!それでも良いんだ!だから、家庭教師を…いや、家庭教師なんて関係なく、俺の傍にいて欲しい」


 顔を真っ赤にして、ユージアルが叫ぶ。



「…ババアだったとしても、それでもやっぱり俺、エリスさんのことが好きなんだ!!!」



「……!?な、何言ってんだい、あんた!?正気かい!?」


 仰天してあたしもまた叫ぶ。

 だがユージアルは、赤い顔のままで言い切った。


「正気だよ!!ババアでもいい!!ババア、俺と結婚してくれ!!!!」

「はあ!???」


 激しくうろたえたその時、バーン!!と応接室の扉が開いた。


「ご立派です、ユージアル様!!よくぞ言いました…!!」

「セピオ!!またお前か!!!」

「私もいるわよ~、よく頑張ったじゃないの、ユージアル」

「姉さんまで!!!」


 感涙にむせんでいるセピオと、嬉しそうに含み笑いをしているガーネットが入ってくる。

 …更に、その後ろからやって来たのは。


「久し振りだな、エリトリット殿」

「ゲータイト伯爵…」




 混乱するあたしの周りに全員が着席した所で、伯爵がおもむろに口を開いた。


「エリトリット殿への処分を決めた」

「え、あ、はい」


 そうだった、今日の本題はそれのはずだ。


「…まず、エリトリット殿には死んでもらう」

「死!?」


 処刑!?と焦るあたしに、伯爵は平然と言葉を続ける。


「そして、エリス殿にはカミントン男爵家の養女となり、我が家の魔術師として働いてもらう。戸籍についてはこちらで何とかしよう」

「は!?カミントン!?カミントンって…」

「はい、僕の家です」


 セピオがさっと手を挙げる。既に伯爵から話を聞いているらしい。


「ちょ、ちょっと待っとくれ。あんた、それで良いのかい?」

「もちろん。王宮魔術師と同等の実力を持つエリスさんが僕の妹…我が家の一員となり、一緒に働いて下さる事は大変喜ばしい」

「いや、でも、それって」


 カミントン家はゲータイト伯爵家の傘下にある。

 そこの養女になり、ゲータイトの魔術師として働くとなったら、完全にゲータイト家に囲い込まれる事になる。


「何より、ユージアル様とのご成婚の暁には僕が義兄となります!!僕を兄さんと呼ぶユージアル様!!こんなに楽しい事はありません…!!」

「お前それが目的かよ!?」

「何であたしがOKする前提になってるんだい!?」

「あら、良いじゃないの。エリスさんだって満更でもないんでしょ?」

「は!??」


 騒ぐあたし達に、伯爵が「ごほん!」と咳払いをする。


「ユージアルの申し出については、私からエリス殿に強制するつもりはない。どう返事をするかは自由だ。…ユージアル、私が手助けするのはここまでだ。欲しい物は自分で手に入れなさい」

「……!おう!!」

「お、おうって…」


 呆然とするあたしの両手を、ユージアルが握りしめる。


「諦めずに努力すれば結果は出るって教えてくれたのは、ババアとエリスさんだ。だから俺は、OKしてくれるまで諦めない!!」

「いやいやいやいや」


 確かにそう教えたけど、これは何か違うだろ。

 そもそもあたしの意思は完全に無視で話が進んでいる。いや、どんな処罰でも受けるって言ったのはあたしだけども。



 …何でこんな事になっちまったんだ?

 あたしは引退間近の王宮魔術師で、家庭教師のババアで、この落ちこぼれのわがまま小僧の成績を上げたら、王都を離れてのんびりと隠居生活を送るはずだった。

 なのにちょっとした間違いで竜の秘薬なんか飲んじまって、17にまで若返って、挙句の果てには小僧からプロポーズまでされて。


 エリトリット(ババア)としてのあたしは死んだ事にして、カミントン家の養女エリスとして生きるだって…?

 文字通りの全く新しい人生だ。

 ほんの数ヶ月前までは想像もしていなかった。今だって上手く想像できていない。



 ああ、だけど、何てこった。

 あたしと来たら、少しだけワクワクしている。

 これからも楽しい事が起こりそうな、そんな予感がしている。


 そんなに上手くは行かないかもしれない。

 人生はいつだって理不尽で、思いもかけない不幸が起こったり、とんでもない失敗をやらかしたり、時には人の悪意に晒される事だってたくさんある。

 あたしはそれをよく知っている。

 …でも。


 ユージアルの目を見る。

 すっかり頼もしくなった、未来への希望に満ちた水色の瞳。

 こいつがこれからどんな道を歩んでいくのか、近くで見届けるのも良いかも知れない。



「…分かった。いいよ」

「え!?それって…」

「違うよ!養女の話だ!結婚だの何だのの話は別!ちょっとくらい立派になったって、あんたはまだまだ未熟者の小僧だ、あたしと結婚しようなんて10年早い!!」

「ええええ~!??」


 心底情けない声を出したユージアルに、あたし達は顔を見合わせ、そして声を上げて笑う。


「…まあ、お手並み拝見と行こうじゃないか!」

これにて完結です!

ここまで読んで下さって有難うございました。ブクマや評価、いいねなど大変励みになりました。

少しでも面白いと思っていただけたら、評価や感想などいただけると嬉しいです。

活動報告も更新いたしました。

次回作の予定も立てておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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