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第12話 エリトリットと青薔薇の魔女・1

 あたしが初めて青薔薇の魔女の姿を見たのは8歳の時だ。

 貴族の子女ばかりが通う王立学院で年に一回行われる名物行事、武芸大会。

 名前の通り剣や魔術などの武芸を競う大会で、貴族だけでなく平民までもがたくさん観戦にやってくる。


 両親と兄に連れられて来たあたしは、武芸大会を観るのが生まれて初めてだった。

 広い会場を埋め尽くす観客、大声で飛び交う声援。何より、石造りの闘技場の上で行われる激しく華麗な戦いにあたしは圧倒されていた。

 …その中でも、一際目を引いたのが彼女だ。


 その頃の彼女はまだ青薔薇の魔女とは呼ばれておらず、ただの生徒の一人だった。

 今では女生徒の出場も増え女子だけの部門も作られたそうだが、当時は全部門が男女混合だったし、出場者のほとんどが男だった。それもとりわけ屈強な生徒ばかりだ。


 しかし彼女はタッグ部門と呼ばれる2人1組の部門に、友人と女同士で出場した。

 そして並み居る強豪を打ち倒し、見事に優勝を果たしてみせた。たったの16歳、一年生でだ。

 この快挙は、当時の王都を大いに沸かせた。


 幼いあたしは彼女の戦いぶりに目を奪われ、すっかり魅せられてしまった。

 長い青銀の髪を翻らせて操るその魔術は、繊細で、速くて、正確。

 息を呑むほどに美しかった。




 その後、彼女について周りの大人に尋ねて回った。すぐに色んな話を聞かせてもらえた。

 彼女は若くして優れた魔術師で、人命救助や魔獣討伐などで既にいくつもの功績を立てていたからだ。

 あたしは、ますます彼女という魔術師への憧れを強くした。


 …あの人みたいになりたい。

 そう言って魔術の勉強に精を出し始めたあたしを、両親は喜んで応援してくれた。


 エリトリットは偉いね。良い子だね。とても凄いよ。がんばりなさい。

 たくさん褒められ、励まされ、あたしはますます夢中になって勉強した。

 優れた魔術師になるためには、魔術だけでなく幅広い学問を修め、知識を広げなければいけない。手当り次第に頑張った。



 そうしてあたしは魔術に夢中のまま成長し、15歳の秋に学院に入学した。

 どうもその頃あたしは、謎多き令嬢として社交界でちょっと噂になっていたらしい。

 と言っても、お茶会などにあまり顔を出さなかったせいで噂に尾ひれがついただけなのだろうが。


 顔を出さなかった理由だって、勉強に夢中で社交に興味がなく、友達が少なかったためにあまりお呼びがかからなかったからに過ぎない。

 うちは貧乏で、着ていくドレスすら大して持っていなかったというのもある。


 だが、そんな噂に釣られたあの男…有力な侯爵家の跡取り息子があたしに交際を申し込んできた。

 両親は大いに喜んだ。相手の家は高名で、しかも裕福だったからだ。


 何とか先方に気に入られ、婚約にこぎつけなさい。

 そう言われて初めて気が付いた。

 あたしの思い描いていた夢と、両親があたしにかけていた期待は、本当は食い違っていたのだと。


 賢く、美しく、魔力も高い優れた女性。

 それは貴族が結婚相手に求める理想像だ。青薔薇の魔女はまさにそんな人だった。

 彼女のようになって貴族たちの目に留まれば、我が家よりずっと家格の高い裕福な貴族に嫁ぐ事だってできるかもしれない。

 両親はそういう意味であたしの応援をしていたのだ。



「…違うの、お父様、お母様。私は魔術師になりたいのよ!侯爵家の奥様になんかなりたくない」

「何を言うんだ、エリトリット。女が一人で魔術師として生きるのがどれほど厳しいか。それに、我が家はどうなるんだ?お前を学院に通わせるために私達がどれほど苦労したか、分かっているのか」

「それは…」


 うちのような貧乏貴族は、子供を王立学院に入れるのがかなりの経済的負担になる。跡継ぎとなる長男だけは通わせて、他の子供はあまり金のかからない一般の学校に入れるという家も多い。

 兄だけでなくあたしまで通わせるのは随分大変だろうというのは、あたしも感じていた。

 でもあたしは単純に、それだけ期待してくれているんだろうと思っていたのだ。


 …魔術師として大成し、両親に恩を返す。

 口で言うのは簡単だが、それは困難で、しかも時間がかかる。

 魔術師というのは基本的に雇われの給料制で、いかに優秀だろうが若いうちはそう稼げるものではない。大きな発明をしたり大手柄を立てでもすれば別だが、それこそ雲を掴むような話だ。


 だが金のある貴族の家に嫁げば、支度金やら何やらである程度まとまった金が入ってくる。何より、継続的な経済援助だって期待できる。

 父はその頃新しい事業を始めたがっていたのだが、資金がないために計画が進んでいなかった。

 あたしが魔術師としてちまちまと稼ぐ給料じゃ、とてもそれには足りないだろう。



「エリトリット。お前の憧れるあの方だって、王宮魔術師の弟子だったのに、結局魔術師にはならずに結婚しただろう。それでも優れた魔術や魔導具を開発したり、素晴らしい功績を上げておられる」

「…はい」


 諭すような父の言葉に、あたしはうなずいた。それは事実だったからだ。


「結婚したって、魔術に携わる事はできる。お前は賢く優秀な子だ、きっとできるさ」

「お願いよ、エリトリット」


 …父母が本当にお金に苦労している事は知っている。それでも今まで、頑張ってあたしを育ててくれた。

 あたしは悩んだ末に、両親の願いを聞き入れることにした。




 そうして件の相手と交際するうちに、あたしも少しずつあの男に惹かれていった。

 彼は誰にでも別け隔てなく明るくて優しかった。友達も多い。ちょっとばかり軽薄な所もあったが、それも愛嬌だと思えた。

 交際は順調に進み、あたしが2年生の時にめでたく婚約をした。


「…ねえ、あんなのと婚約して本当に大丈夫?この前も、違う女と一緒にいるのを見たわよ」


 友達のセレンには、何度かそんな事を言われた。

 彼女はあたしと同じく貧乏貴族の娘だ。青薔薇の魔女と共に戦った女騎士に憧れ、自分も女騎士を目指している。

 そんな所があたしとは気が合って、あたしにとってはたった一人の親友だった。


「あんなの呼ばわりは酷いわね。彼は人気者だもの、仕方ないわ。きっとそのうち落ち着くわよ」


 彼は会うたびに「あの娘達はただの友達さ。僕にはエリトリットだけだよ」と言ってくれる。その言葉をあたしは無邪気に信じていた。

 今は少しばかり遊んでいるかも知れないけれど、卒業して結婚したらきっと、侯爵家の跡取りとしての自覚も出てくるはず。もっと落ち着いてくれるだろう。


 あたしは、彼の沢山の友達…男に媚を売ってばかりいる他の令嬢たちとは違う。あたしなら、有能な妻として彼を支えられる。

 そんな自惚れも、きっとあったんだと思う。


 …だけどそれは勘違いだったと、あたしは思い知る事になった。

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