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第10話 エリスの授業

「…という訳で。この『青い』という言葉には、凍える雪の中で行軍した騎士たちへの作者の哀れみが含まれているんですね」

「なるほど…ただ騎士団の勇敢さを褒め称える詩ではないと…」


 教科書を指さしながら解説すると、セピオは生真面目にうなずいた。

 隣のユージアルは既に飽きてきているのか、さっきからつまらなそうに肩肘をついている。

 ちなみに、あたし(エリトリット)に化けたハロイスはほぼ無言で授業の様子を見守っている。今日は監督役だし、余計な口は挟まない方針だ。


 肘をついたままのユージアルが口を開く。


「可哀想なら可哀想って書けばいいのにさ、何でこんな回りくどい言い方するんだ?」

「それでは韻を踏めないので詩の形式から外れます。何より、堂々と騎士たちに同情すれば、行軍を命じた貴族への批判に繋がり、貴族を敵に回してしまいます」

「…んん?でもこの詩って、発表してすぐ評判になったってさっき言ってなかったっけ?じゃあ当時の貴族たちは、こっそり批判されてるのに気付いてなかったって事?」


 おや、小僧にしては珍しくちゃんと話を聞いていたらしい。

 ちょっと嬉しくなりつつ、あたしは質問に答える。


「もちろん気付いた者もいたでしょう。詩のモデルとなった騎士団は、この時の行軍で幾人もの凍死者を出していましたからね。ですが、美しく勇壮な詩という形を取った批判に、いちいち目くじらを立てるのはみっともない。貴族としての矜持がそれを許さなかったんですよ」

「はあー…貴族って本当面倒くせえなあ…」


 ユージアルは嫌そうに顔をしかめた。気持ちは分かるが、そういうあんただって貴族だろうに。



「ユージアル様、このような詩文の勉強は重要なのですよ!教養がなくては社交界で侮られますし、言葉の裏だって読めません!真面目にやって下さい!」

「わ、分かってるっての!」


 セピオが嗜めると、ユージアルは唇を尖らせながらも姿勢を正した。

 だがこれでも、小僧にしては随分とマシな態度なのだ。いつもならとっくに鉛筆を放り投げて逃げ出している頃である。やっぱり家庭教師がエリスだからか。

 一つため息をついたセピオがあたしの方を振り返る。


「…それにしても、エリスさんの教え方は分かりやすい。エリトリット先生とよく似ている」

「え?ええ、まあ…私も先生から勉強を教わっていますので、教え方が似てしまうのかもしれません」

「しかし、詩文にまで造詣が深いのは何故ですか?一般の学校ではこのような詩文までは教えないのでは?」

「私は魔術師を目指してますから。貴族家に仕官する可能性もありますし、学んでおいて損はないかと…」

「なるほど。素晴らしい心がけだ」


 笑って適当に誤魔化すあたしに、セピオは感心した様子だ。

 まあ、本当はあたしが元貴族で王立学院にも通っていたからなんだけど…やはりこいつ、ただ見張りに来た訳じゃないね。

 あたしがちゃんと家庭教師をできるか値踏みしてるのだ。きっと伯爵の指示だろう。




「では次は、歴史の勉強をしましょうか。今度のテスト範囲になっている近代史です」


 学院では次のテストが迫っている。早く準備をしないと間に合わない。

 一教科ずつ徹底的にやっていく手もあるが、ユージアルの飽きっぽさを考えると、浅く広く色んな教科をやっていく方が良いだろうと判断したのだ。

 急激に成績を上げるのは無理だろうが、この調子でやっていけば多少は成果が出せるはず。


「特に王国歴380年から430年頃ですね。大きな出来事が多いので覚えやすいですよ」

「あー、青薔薇の魔女が活躍してるあたりのやつか。ババアが大ファンの」


 ファンとか言うんじゃない、青薔薇の魔女はあたしの恩人なんだ。尊敬してるとお言い!

 …とあたしは思ったが、あたしに化けたハロイスは「まあね」などと答えている。この爺。


「僕もお城で肖像画を見た事がありますが、とても美しい方ですよね」


 ユージアルの興味を引くためか、セピオも青薔薇の魔女の話に乗る。

 彼女は絶世の美女としても有名で、城に飾られた肖像画は貴族ならば一度は目にした事があるだろう。


「でもさあ、本当にあんな美人だったのか?ああいう肖像画って大抵かなり盛ってあるもんだろ?」


 胡散臭げな顔をするユージアルにハロイスが「いいや」と首を振る。

 青薔薇の魔女は王宮魔術師団と関わりが深かったので、ハロイスも面識があるのだ。


「肖像画より本物の方がずっと美人だったよ。ああ、でも、乳は大分盛ってある…いっっ」


 途中でハロイスが妙な声を上げたのは、あたしがこっそり足を踏んだからだ。

 あたしの姿でおかしな事を言うんじゃないよ、このスケベ爺が。

 ユージアルはちょっと目を丸くしていたが、何やら照れた顔になって妙にくねくねした動きをした。


「で、でも俺は、エリスさんの方がもっと綺麗だと思うな…!」

「……は?」


 何を言ってるんだこいつは。

 思わず眉をひそめたあたしの横で、ハロイスが「気色悪い小僧じゃの…」とぼそっと呟く。

 完全に同意だけど、口に出すのはおやめ。聞こえてたらどうするんだい。

 セピオの方はと言うと、片手で眉間を押さえて「駄目だこれは…」とか言っている。



「ユージアル様…それはいけません…」

「何だよその同情的な目は!?」

「同情してるんですよ!!いいですか、そういうのは選ばれたイケメンか、好感度が高い相手にしか許されない台詞です!!ユージアル様はどちらでもありません!!あと動きが気持ち悪いです!!」

「だから少しはオブラートに包めよお前!??」

「今まで包んでいたからこんな事になっているんじゃないですか!!…分かりました、この事は伯爵にご報告を」

「悪かった!!俺が悪かったからやめてくれ…!!」


 さすがに滑った自覚があるのかユージアルは涙目だった。セピオは容赦がなさすぎじゃないか?

 見てるこっちまでいたたまれないので仲裁に入る。


「あの、もうその辺りで…本人恥ずかしがってますし…」

「え、エリスさん優しい…!」

「あ、やっぱり容赦しなくていいです」

「と思ったら厳しい!!」


 そうだった、こいつは甘い顔をしてるとすぐにつけ上がるんだった。

 なるべくおだてる方針で行こうかと思ったが、締める所はしっかり締めて行かないと。



「だいたい今は授業中でしょう!いい加減に始めますよ!」

「はぁ~い!」


 もう少しごねるかと思ったが、ユージアルは大人しく教科書に向き直った。何だかやけに素直だね…。

 しかもどこか嬉しそうにしているのが気色悪いが、今大事なのは授業だ。あまり気にしない事にする。


「ではまず、382年に起きた秘宝盗難事件ですが…」

「あ、すみません。僕は少しの間、席を外します」


 説明を始めようとした途端、セピオがそう言って立ち上がった。

 それからハロイスの方に近付き、何事かを耳打ちする。


「…あたしもちょいと席を外すよ。ユージアル、あたしらがいなくてもちゃんと勉強するんだよ。エリス、しばらくよろしく頼むね」

「はい、先生」


 二人は連れ立って部屋を出ていった。一体何を話すつもりなんだか…。

 ハロイスがあたしのいない所でもちゃんとやってくれるのか心配だ。あんまり妙な事はしないでくれよ、頼むから。

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