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15 ウサギ狩り

「やはり追い付いて来れませんでしたね」


 サディコの溜息混じりの言葉に、私は後ろを振り返った。

 確かに、付いて来たいと言ったデンターとバンタムの姿はどこにも見えない。だが、それはそれほど驚くことでもなければ落胆することでもなかった。なぜなら、初めてアルナールへ来る冒険者のほとんどがデンターやバンタム程度の実力だからだ。

 そこから強くなろうと必死に努力するものはアルナールで受け入れられ、諦めるものは早々にあの地を去る。

 Cランクだと言っていたあの二人が前者であることを祈るが、すでに目的地まで着いてしまった私たちは取り敢えず二人を待つことにした。


 目的地と言ってもホワイトビッグラビットの群れにはまだ少し距離がある。こちらに気付かれぬよう気配を殺し身体強化で視力を強化して、私は群れの様子を伺った。


「これは・・・ホワイトビッグラビットと依頼に書いてあったが、私の知っているホワイトビッグラビットよりも倍以上大きいな」


 終焉の森で見てきたホワイトビッグラビットを思い出しながら、私はその大きさの違いに興味を惹かれた。


「終焉の森では人も魔物も己が生き残ることを優先しますが、一歩アルナールを出れば魔物にとってはほとんど天敵のいない楽園となるのです。そのためにホワイトビッグラビットと言った弱い魔物も気兼ねなく栄養を摂取出来て大きく育つのでしょう。アルナールの領地以外では魔物の数は激減しますが、その分大きく育って終焉の森より強くなっているものもいます」


 「それでも私たちアルナールの領民にとっては些細なことですが」と言うサディコの小さな呟きに、私は信じられない気持ちでその顔を見返した。


「何を言っているのだ、サディコ?大きくなっていると言うことは、肉も毛皮も倍取れると言うことではないか!アルナールでも全ての魔物がこれほど大きく育ってくれれば、領民も私たちももっと生活が豊かになり狩りに精が出ると言うのに・・・」


 帝都にとって希少な魔物素材で我が領はかなり潤っているらしいが、それでももっと生活が楽になり狩りに喜びを見出せれば、領民たちの成長に繋がるに違いない。そして、終焉の森で魔物が大きく育てば、もっと強いものと対峙できる可能性が高くなる。

 そんな期待を胸に、私がホワイトビッグラビットをジッと眺めていると、サディコの「さすがに竜が古龍に成長されると今の私では手に余ります」と言う言葉に首を傾げた。


「サディコはまだ古龍を討伐出来ないのだったか?」


「そうですね、ファルコ様やウルラ様と共にアルナール登録の冒険者がいれば問題は無さそうですが、私一人ではまだ無理です。古龍をお一人で討伐出来るのは、今のところアルナールでもエスカルダ様だけですよ」


 そんなサディコの言葉に、私は「父上や兄様たちも狩れると思うが・・・」と言う前にルルーシュに「古龍と対峙したことがあるのはエスカルダ様だけですもの」と言われ、なるほどと納得した。

 遠くから空高く飛ぶ古龍の姿やその魔力を感じることはたまにあるが、確かにアルナールで古龍と対峙したことがあるのは私だけだ。

 それも、その一度きりでそれ以来遠目で姿を見ることも無くなった。

 とても残念に思う。


 少し昔のことを思い出しながら、私は良い感じに突き出た岩場に腰をかけた。

 デンターとバンタムは果たしてどれくらいで追いつくだろうか・・・あまり遅いと困るのだが・・・そうは思っても彼らの力量次第なので、仕方がないと周囲の気配に気を配る事に専念した。


「エスカルダ様」


 柔らかく撫でる風に目を閉じていると、少し控えめにルルーシュが声を掛けてくる。


「どうした?」


「まだ時間がありそうなので、ここで朝食に致しましょう」


 そう言ってルルーシュはずっと手に持っていた大きめのバスケットを掲げて見せた。


「さすが、準備が良いな」


 準備の良いルルーシュを褒めるように撫でてやると嬉しそうに破顔し、その可愛らしさについ私の顔も緩んでしまう。

 サディコが土魔法で地を均して敷物を敷くのを待って、私たちはピクニック気分でルルーシュの用意したサンドウィッチのお弁当を広げる。バスケットにはサンドウィッチの他にアルナールの赤ワインとグラスが三つ入っていて、その存在にサディコが嬉しそうに口角を上げた。

 朝日が昇り、薄く霧がかっていた大地が陽の光に輝きながら地肌を見せ、朝の新鮮な空気がサンドウィッチと赤ワインを特別なものに変えてくれるような幸福感に、私も嬉しくなって二人に笑顔を向けながら美味しい朝食に舌鼓をうった。


 デンターとバンタムが追いついてきたのは、私たちが朝食を終えて残りのワインをゆっくりと味わっていた時だった。

 息荒く汗だくになりながらやってきた二人の呼吸が整うまで待ち、先に確認していたホワイトビッグラビットの群れの場所を教える。


「・・・・・・遠すぎて身体強化しても見えないッス」


「右に同じく・・・」


 肩を落とす二人を励まし、群の数が三十二頭だと伝えてもう少し近くまで寄った。群れの頭数を聞いた二人の顔色が青ざめていたが、私は何も聞かなかった。

 今更ながらウサギ狩りと言う割の良い依頼を受けなかったことを後悔しているに違いない。だが、今回はウサギの毛皮で白宮の方々にコートを仕立てようと思っているので、彼らに譲る気はない。依頼は早い者勝ち。だがそう考えると茶色く古びた紙になるまで貼り付けられていたのが気にはなるが・・・・・・帝都の冒険者はあまりウサギ狩りが好きではないのかもしれない。

 まあ、ウサギ狩りだから楽しみには欠けるしな・・・・・・


「では、デンターとバンタムは見やすいところで見学しているように。サディコとルルは素材を汚さず一撃で仕留めてくれ」


「エスカルダ様、肉は必要ですか?」


「もちろん、ウサギ肉は美味しいからな。皆のお土産にしよう」


「では、頭は必要ですか?」


「納品部位になっている前歯以外は必要ない。血抜きで汚さぬように気を付けてくれ」


 サディコとルルーシュの質問に簡潔に答えると、私は「行くぞ」と一声掛けて走り出した。

 後ろからサディコとルルーシュの足音が付いてくるのを確認しながら、まずは一頭目の眉間目掛けて人差し指を突き立てた。

 一頭も漏らすことなく討伐するため身体強化を掛けているが、指を突き立てる瞬間はその強化を瞬時に解く。そうしなければ、ウサギのように柔らかい魔物は頭が粉砕されてしまうからだ。そうなると、素材として欲しい毛皮が汚れてしまう。

 身体強化を解いた状態ならば、指を突き刺したところで中の脳が衝撃で破壊されるくらいだ。

 サディコとルルーシュも指ではなく拳だが同じようにウサギの眉間に一撃を入れて倒している。私が命じた通りにちゃんと素材を汚さず狩っている姿に、私は満足だと頷いた。

 身体強化を掛けた上に、サディコとルルーシュがいたのでものの五分で討伐が終わる。大変なのはここからだ。

 確認した頭数と討伐した頭数を擦り合わせながら納品部位の前歯を剥ぎ取り、一頭ずつ逆さ吊りにして首を跳ねて血抜きをする。血の匂いで他の魔物が寄ってくるので、溜まった血糊はサディコの土魔法で全て埋めていった。

 血抜きが終わったら皮を綺麗に剥いでから、部位ごとに肉を捌いていくのだが・・・三十二頭を三人で捌くのは流石に大変だな・・・と私は思っていた。

 アルナールなら兄様や他の冒険者たちも総出で処理するので、数が多くてもそれほど困らなかったのだが・・・


「血抜きと捌くのに時間がかかるな・・・・・・」


「普通はこんなものですよ」


 サディコの言葉で、アルナールが普通じゃないと認識出来た。私も大分帝都との違いを理解出来てきている気がする。そう、成長していると思う・・・淑女として。


 そこでふと、ボーッとこちらを眺めているデンターとバンタムが目に入り、暇そうなので声を掛けた。


「デンター、バンタム、もし良かったら捌くのを手伝ってくれないか?毛皮と肉に分けるだけで良い」


 ハッとしたように目に力を戻した二人が、慌てるように駆け寄ってきて解体用のナイフを手に良い返事を聞かせてくれた。


「もちろんです!」


「が、頑張ります!」


 私が笑って頷くと、二人はそれぞれサディコとルルーシュの指示を受けながら丁寧に解体していく。少し遅いが丁寧なことは良いことだ。皇族に献上するものだからな。


 私も残りの獲物にナイフを突き立て、ウサギのもも肉をソテーで食べたいな・・・と考えていた。

 小一時間掛かってしまったが、獲物は全て肉と毛皮と納品部位に分けられ、切り離された必要のない頭部をどうするか話し合う。

 デンターとバンタムに解体の手伝いに素材を分けようかと聞いたところ、必要のないウサギの頭部を一つずつ貰えれば良いとのことだった。

 ウサギの頭部は・・・一体何に使うのだろう?


「ウサギの頭部など、何に使うのだ?」


 つい思ったことが口に出た私に、デンターが「頭部の骨だけでも防具が作れますから」と晴れやかに言った。


 ウサギを防具に・・・初めて聞いた。ウサギは肉か毛皮にしかならないと、兄様たちは言っていたのだが、帝都では防具にも生かすらしい。ウサギの骨にどんな効果があるのか興味はあったが、バンタムが「ホワイトビッグラビットの防具はエスカルダ様には必要ないと思われます」と言うので、なんとも聞き辛くそれ以上の質問は控える事にした。


「さて、では収納袋に素材を入れよう」


 私の声掛けで、サディコが背負っていた黒い袋を下ろした。

 これは死んだ魔物や魔獣の素材だけを運べる収納袋だ。私には良く分からないが、袋の中は光を通さぬ闇夜のようにポッカリと黒い空間が出来ており、その中に袋の大きさに反比例して相当の素材が保管出来るようになっている。

 狩りで得た素材が多過ぎるため、兄様たちが悩みに悩んで作り出した魔法の収納袋だ。作る時に「収納条件を付けなくては入れられないのが勿体ないな」と呟いていた。本当だったら素材だけでなく、寝袋やテント、食料など色々なものを入れて運べれば遠出も楽なのに・・・と私も思ったが難しいらしい。

 中に収納したものは時間も普通に経過するため早く処理しなくてはいけないし、便利なようで少し使い勝手が悪いが、大量の素材を収納して背負える大きさの袋で内容量に関係なく持ち運べるのだから良しとするしかないとウルラ兄様は零していた。


「え・・・え?な、なんですか、その袋は?」


「お・・・おお!?なんで袋の大きさ以上の素材が入るんだ!?なんなんだソレ!!」


 かなり驚いているデンターとバンタムを見て、私はこの袋がダンジェ家のみで使われていることを思い出した。

 皇族の方たちにもこういうものが出来上がりましたと報告しているので秘蔵というわけではないのだが、作るのに時間と魔力をかなり使うらしくダンジェ家にも三つしかない貴重な魔道具だ。そのためアルナールで共に狩りに出たことのない者にとっては初めて見る代物だろう。


「初めて見る者は大体驚くのだ。これは私の兄様たちが時間と魔力を惜しみなく注いだ傑作。私も兄様たちの飽くなき探究心と挑戦には尊敬の念を抱かずにはいられない・・・素晴らしいだろう?」


 私の言葉に呆然とした顔で応える二人に満足し、思いの外依頼は早く達成出来てしまった。

 ちなみに、ウサギの頭はルルーシュが燃やして骨は仕方なく積み上げて置くことにした。そうしていると必要な者が勝手に持って行くのだそうだ。


 十の鐘が小さく鳴り少しした頃、私たち五人は朝食を摂ったところまで戻りティータイムを楽しんでいた。

 魔物の肉は傷み難いのでそれほど急ぐこともなく、恒例となっている狩の後のお茶を五人で堪能しながら他愛もない会話をし、時にデンターとバンタムの質問に答えながら今日の狩のコツを教えたりする。


「どんな魔物も毛皮が欲しいのなら眉間に一撃与えるのが良い。衝撃で中の脳さえ壊せれば血で毛皮を染めずに済むからな。時折衝撃で吐血するものいるが、それは運だと思うしかあるまい。吐血しやすいのは人型の魔物だが、それ以前に人型は脆いので額に一撃入れると頭が吹っ飛ぶことが多いので気をつけると良い」


「いや・・・そもそも指一本で額に一撃入れたところで、脳も壊せなければ頭など吹っ飛ばせませんよ」


「いや・・・ワンチャンイケるかも・・・・・・」


「おい、バンタム・・・正気に戻れ。お前はこっち側だ」


 何やら楽しそうにやりとりしている二人に、今朝の冒険者ギルドでの荒んだ空気はひとつもなかった。

 やはり、戦いの場というものは擦れ違ってしまった志をも一つにすることのできる神聖な場なのだな。もちろん、自我のある生き物なのだから人間同士敵対することもあるだろう。それでも尚戦場を、狩場を求めるということは、戦いの場において皆が己の本性を晒しながら少しでも自分の理想に近付こうと努力する貴重な舞台だからだ。


 私が二人を眺めながら云々と頷いていると、胸元に留めておいた伝令蜂がブーンという微かな羽音を立てながら私の顔の横まで飛び上がった。

 誰かが伝令蜂で言葉を送ってきた証拠だ。私は慣れた手つきで伝令蜂を左手の指に止めると、身体強化でそっとその手に魔力を纏わせた。

 ほんの少し、微々たる魔力が私から伝令蜂に流れているのが分かる。言葉を受け取るに足る魔力を吸い取ると、伝令蜂から聞いたことのある男性の声が流れた。


「ジェラルトだ。何故午前のお茶会に其方は出席していないのだ?」


 突然のジェラルト殿下のお言葉に、私は首を傾げてしまった。


「・・・・・・サディコ、ルルーシュ、私に殿下からお茶会の招待状が届いていたか?」


「いいえ、届いておりません」


 サディコの言葉にルルーシュも頷く。これは、ジェラルト殿下の勘違いだろう。もしくは、招待状を送ったつもりで出していなかったか・・・


「招待状の確認は殿下の側近も行いますので送り忘れるという事は、まあまず無いでしょう」


 サディコが良い笑顔で私の考えを否定するが、私は口に出していなかったはずなのになんで考えていることが分かるのだ・・・?本当にサディコは優秀過ぎないか?

 サディコの優秀さに少し動揺してしまったが、今はジェラルト殿下へお言葉を返さなくてはならない。恐らく、今の時間ではお茶会がちょうど終わった頃だろう。午前のお茶会は昼食があるため、短い時間で終わらせるのが貴族としての心配りだ。


「エスカルダです。私の手元に殿下からの招待状は届いておりません」


 伝令蜂から返るジェラルト殿下のお言葉を待つと、十秒ほど間が空いてから「こちらのミスだ、今日はすまなかった」と意外にも謝罪のお言葉を頂いてしまったことに少し驚いてしまった。


「お気になさらず。またのお誘いを楽しみにしております」


 一応社交辞令としてまた誘ってくれと言葉にするが、あの可愛らしい姫君たちと天使のような皇女様の参加するお茶会ならば、率先して出たいと思う。


 言葉を伝え終わった伝令蜂は私の胸元のブローチとして再び留め、装飾としての価値を光らせた。


「・・・どうやら、どこかの誰かがエスカルダ様がお茶会に出席出来ないようにしているようですね」


「まあ、出席出来ないからと言って困ることはないが・・・」


 突然のジェラルト殿下の乱入により場の雰囲気が少し硬くなったが、私はルルーシュが淹れてくれたお茶を喉に通すことでホッと一息つくと、ティーカップを掲げて神ではなくルルーシュに感謝した。

 どんなにその場の空気が悪くなろうとも、ルルーシュの淹れたお茶を飲むと何故だか気分が良くなり疲れが取れるような気がするのだ。


 ジェラルト殿下がもうお一人に決めていらっしゃるからには私のお茶会出席など重要では無いように思えるが、皇族が招待をしたはずのお茶会に無断欠席というのはダンジェの名に傷を付ける行為になる以上、スープに毒を混入された件と含め私を排除しようとしている者を見つけ出すことは必要だろう。


「サディコ、悪いが動いてくれるか?」


 主人ではない私がファルコ兄様の影として動くサディコに暗部の仕事をさせるのに若干申し訳なさを感じながら問うと、サディコは当たり前だと言う表情で「もちろんでございます」と頷いてくれた。


 デンターとバンタムはお茶を飲むことを忘れたように私を見ていたが、私がそちらに視線を投げるとおずおずと言った体で言葉を零した。


「エスカルダ様って・・・・・・」


「白宮の姫君・・・・・・?」


 おかしいな、私は自己紹介をしたはず・・・あ、ダンジェとは言っていなかったか。だから二人が私を皇族と勘違いしているのか。


「私は白宮の姫君ではない」


 私が正そうとしたのをサディコが遮り、続きを取られた。


「エスカルダ様はアルナール領主リオン・ダンジェ辺境伯様の御息女、エスカルダ・ダンジェ様です。皇族と一緒にしないで頂きたい」


 サディコの皇族への不敬とも取れる発言と紳士的な微笑みに、デンターとバンタムはなぜだか真っ白になって言葉を失っていた。

 帰りまでに復活すると良いが心配だ・・・・・・


いつも読んでいただき有り難うございます!


転職真っ只中だったため、更新が遅れに遅れました。

転職、ちゃんと出来ました。


今後ともエスカルダの応援、宜しく御願い致します!!

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