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勇者は目立ちたくない


 雪解けが近づいてくる。

 時間はかかったものの、旅の準備は整った。


 しばらく留守にする自宅の掃除も終え、ひと息つこうとお茶を用意する。カップは二つ。それを持って、コタツへ向かった。

 

「いい加減、諦めろ」


 コタツで丸くなっている先客の前にカップを置く。リリアネアが美貌をふくれっ面にしていた。

 

「だって……納得いかないわよ。耳を隠せばエルフだってバレないじゃない」


 一緒に連れていけと、ギリギリまでごねているのだ。

 

「何度も言うが、君は目立つ。特に俺と一緒だとな」


「それがよくわからないって言ってるの。なんなのよ、もう。まるでガリウスと並んで歩いちゃダメみたいじゃないの」


 まるで、ではなく実際にそうなのだ。

 ただでさえエルフの容姿は人族基準でずば抜けているのに、そんな彼女を豚のように醜い男が連れていたら目立って仕方がない。

 ただ、エルフを含めて容姿に重きを置かない亜人たちには、この辺りがうまく伝わらなかった。

 

 つんとそっぽを向いたリリアネアはしかし、ちらりと横目を流してきた。

 

「寂しいな……」


 このところ、直接アピールしにきている気がする。リッピに何か吹きこまれたのだろうか?

 

「ひとまず二週間ほどで帰ってくる。それまでミゲルを困らせたりはしないでくれ」


「あれ? そうなの? 一年くらいかと思ってた」


「なんのために飛竜を雇ったと思っているんだ。情報にも鮮度があるし、早く伝えるに越したことはない。俺の役目はそういったものだ」


 リリアネアは「なあんだ」と安堵したものの、「でも、やっぱり……」とすぐ眉根を寄せた。ころころ変わる表情は微笑ましくある。

 

「そ、それじゃあ、さ……帰ってきたら――ってぇ! これダメだった。今のなし!」


「いきなりどうした?」


「ああ、うん。旅立ちの前に戻ってきたときの約束するのはよくないって、リッピが言ってたから……」


「そんなジンクスがあるのか?」


「あたしもよくわからないけど、ジンクスっていうか、フラグ? とか言ってたかな」


 ますますわからなかった。

 

「遊びに行くのではないが、土産くらいは買ってくるぞ? そういうのもダメなのか?」


「大丈夫じゃない? まあ、お土産って言われてもピンとこないし、無事帰ってきてくれればいいわ」


 さらりとした気遣いに、思わずドキリとする。


(だが、たしかに無茶は禁物だな)


 なにせこの三年近く、まともに剣を振るっていなかった。森で狩りをする程度だ。

 シルフィード・ダガーがあれば大抵の戦闘なら問題ないし、風をまとって逃げ出せもする。が、ケガをして帰れば心配させてしまうだろう。

 

「ああ、二週間後にはまた、元気な顔を見せるさ」


 そうして、ガリウスは町のみんなに見送られ、飛竜に乗って旅立った――。

 

 

 

 

 長く、険しい最果ての森への道のり。その逆を辿る旅は、拍子抜けするほど呆気なかった。

 

(まさか、本当に二日で来られるとはな)


 途中でちょくちょく休憩し、一度は野宿でたっぷり体を休めてこの早さ。なるべく誰かに見られないよう、かなりの高度を飛んでいたので、防寒着を着込んでも辛かったが。

 

 上空から見下ろす。

 森が切れた先に、畑らしきが広がっていた。まだ土がむき出しで、これから何かを栽培する様子だ。

 その向こうには大きな街がある。高い壁で囲まれた城塞都市だった。

 

 ガリウスは飛竜を森に下ろした。

 

「明後日には戻るつもりだ。街へ入れたら酒を買ってくる。約束はできないので申し訳ないのだがな」


 飛竜――名前はクロ。リッピには安直と笑われた――の首を撫でると、クエッひとつ鳴いてから、飛竜は高く飛んでいった。


 街を目指して歩き出す。

 その間、どうやって街に入ろうか考えていた。

 

 あれだけの規模で、高い壁に守られている街だ。おそらく通行証か身分証が必要だろう。それらがなくとも、手続きすれば入れてもらえるかもしれない。が、時間はかかるだろう。


(となれば、こいつかこいつを使うことになるな)


 ガリウスは腰に差した短剣をさすり、もう一方の手で金貨をつまんだ。

 壁を越えての侵入か、門兵に賄賂を握らせるか。

 いずれにせよ、露見すれば活動しにくくなる。できれば使いたくはなかった。

 

 しばらく歩いていると、

 

「おい! へたってんじゃねえぞ。キリキリ歩きやがれ!」


 行く手から声がした。

 どさり、と何かが地面に落ちる音が続く。

 

「ちっ、倒れやがった。使えねえ奴だぜ」

「ねえ、どうするのよ? 死んじゃったら違約金を払わなきゃいけないわよ?」

「逃げ出したことにすればいいんじゃね?」


 足音を消して近づくと、森の小道に三人組を見つけた。

 革の鎧を着た剣士風の男、黒いローブ姿の女、弓を背負った小柄な男の三人だ。

 

 おそらくは冒険者。近くの街を拠点にしているのなら、友好的に接触したいところだ。

 しかし、彼らの足元には――。

 

(リザードマン!?)


 トカゲのような体を持った、亜人が倒れていた。

 虚ろな目で、だらりと舌を出して小刻みに呼吸している。その体には無数の傷があり、血がにじんでいた。

 

「おいお前たち、何をしている!」


 ガリウスは思わず飛び出した。

 

「あん? なんだあ、てめえは?」


「旅の者だ。それより質問に答えろ。そこの亜人を傷つけたのは、お前たちか?」


 三人はきょとんとしたあと、鼻で笑った。


「まさかてめえ、今どき魔族狩りでもしてんの?」

「これはぼくのえものだーって言いたいのかしら?」

「ウケるw」


 どうやら真面目に答えるつもりはないようだ。

 ガリウスは腰に差した短剣――シルフィード・ダガーではなく、既製品のそれを抜いて――。

 

「もう一度同じ質問をするぞ? この亜人を傷つけたのは、お前たちか?」


 三人をボコボコにしたあと、リザードマンに回復薬を飲ませつつ尋ねた。

 

「お、俺らじゃ、ねえっす……」


 剣士の男は腹を押さえ、跪いている。

 

「では誰がやった?」


「魔物に、襲われたのよ……」


 頬を赤く腫らした女は倒れたまま答える。

 弓使いは力加減がうまくいかず、白目を剥いて気絶していた。やはり三年近いブランクは大きい。

 

「それにしては、お前たちはピンピンしていたな」


「そりゃあ……けっ、ああ、そうさ。そいつは荷物持ち用に借りたが、囮に使えば楽できると思ってよ。魔物の群れに放りこんだのさ。おかげで俺らは無傷で素材を取り放題。ボロかったぜえ」


 開き直ったのか、剣士の男はケタケタと笑う。

 

「つまり、お前たちが原因というわけだな」


「はんっ。奴隷を囮にして何が悪いってんだ。魔族なんぞ使いつぶしてなんぼ――ひっ!」


 ガリウスはゆっくりと立ち上がる。怖い顔をしたつもりはないが、剣士と女は怯えて震えていた。

 

「お前たちに訊きたいことがある。いくつか質問するので、嘘偽りなく話せ」


 街のこと。その入り方。この地での亜人たちの状況。

 ガリウスは淡々と質問を続け、その答えを得た。

 腰に短剣を差し、別の(・・)短剣を引き抜くと。

 

「最後に、ひとつ訂正がある。俺は旅の者ではなく、盗賊なんだ」


「……は?」

「……え?」

「…………」


 いつの間にか意識を取り戻していた弓使いを加え、三人はいっそう怯えに染まった。

 

「当然、お前たちのすべてを奪うつもりだ。まあ、冒険者も似たようなものだな。不必要に命を奪い尽くす存在だ。ならば、自らも奪われる側になる覚悟は、とうにできているのだろう?」


「ひ、ぃぃ」

「たす、け……」

「ぅ……」


 目に涙を浮かべ、怯えきった彼らを眺め、ガリウスは驚いていた。

 

「穏やかな生活が続き、前以上に甘くなったと危惧していたのだが……逆だった」


 シルフィード・ダガーを振るう。ほぼ同時に三つの首が宙を舞った。

 

人族おまえたちには、なんの感情も浮かばない」


 短剣を収め、振り向く。 

 エルフが調合した上級薬は効き目が抜群で、リザードマンは自力で上体を起こすほどに回復していた。

 

「貴方は、いったい……」


 こちらも恐怖と困惑がない交ぜになったような表情だ。

 盗賊を名乗ったのは失敗だったかなと反省しつつ、ガリウスは努めて柔らかな笑みを浮かべた。

 

「俺は人族だ。しかし、亜人きみたちの同胞でもある」


 リザードマンはしばらくその言葉を噛みしめてのち、差し出された手を、しっかりと握るのだった――。



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